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Iの悲劇 [読書・ミステリ]


Iの悲劇 (文春文庫)

Iの悲劇 (文春文庫)

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2022/09/01

評価:★★★☆


 無人になった山奥の集落を再生させるプロジェクトが始動、移住者たちがやってきた。しかし、市役所職員・万願寺(まんがんじ)の懸命の努力にも関わらず、住民間でのトラブルや軋轢が多発して、一人また一人と集落を去って行く・・・


 合併によって誕生した南はかま市。市長の肝煎りで、無人になった山間の集落・蓑石(みのいし)地区を再生させるプロジェクトが始動し、移住者が集まってきた。彼らは空き家となった民家を借りて暮らし始めることになる。本書のタイトルの「I」は「Iターン」のことだ。

 市役所に新設された「甦り課」は、移住の斡旋と移住者への対応をする部署。昼行灯のような上司・西野秀嗣、今どきの若者らしい新人・観山遊香(かんざん・ゆか)と、やる気の無い仲間たちとともに移住者相手に奮闘するのが主人公の万願寺邦和。
 彼は希望して引き受けたわけではなく、プロジェクトが軌道に乗るまで支障なく務めて、早く元の部署に戻りたいとの願望を胸に秘めている。しかし、事態は彼の臨むようには転がっていかない。
 人間が集まればいざこざが起こるのは世の常。万願寺もそれに振り回されることになるのだが・・・


「第一章 軽い雨」
 先行して移住してきた久野家と阿久津家。しかし、久野家から苦情が持ち込まれる。阿久津家から流れてくる騒音に耐えられないと・・・

「第二章 浅い池」
 移住者・牧野は休耕田に水を張り、鯉の養殖を始めた。しかし、鯉の稚魚が何者かに盗まれていると言い出す・・・

「第三章 重い本」
 大量の書物とともに移住してきた久保寺。同じく移住者である立石家の息子・速人(はやと)と仲良くなるが、ある日、速人が行方不明になってしまう・・・

「第四章 黒い網」
 移住者・川崎由美子は現代文明を忌み嫌い、それがもとで周囲の移住者と軋轢を起こしていた。移住者たちの親睦のために秋祭りが行われるが、そこで食中毒騒ぎが起こる・・・

「第五章 深い沼」
 万願寺の弟は東京に出てシステムエンジニアとして働いている。久しぶりに電話で会話する兄弟。そこで弟の口から出たのは、移住プロジェクトへの辛辣な評価だった・・・

「第六章 白い仏」
 移住者の若田夫妻が住んだ古民家の離れには円空が彫ったといわれる仏像があった。移住者・長塚は、それを蓑石の "村おこし" に活用しようと言い出すが、若田夫妻は首を縦に振らない・・・


 蓑石にやってくる移住者たちの目的はそれぞれ。豊かな自然、静かな環境、自由にできる広大な空間・・・。しかし彼らは理想と現実の落差を思い知ることになる。
 街の中心部から車で40分もかかる蓑石地区。コンビニもスーパーもない。小学校も中学校もない。急病人が出ても医者がいない。雪が降ったら除雪車が来るまで家から出られない・・・。人が減っていくのも仕方が無いよなぁ・・・って思ってしまう。
 そして、そんなところでも住民同士のトラブルは起こる。むしろ第三者がいないぶん、過激な形で。

 そんな事態に介入して "火中の栗を拾う" 役回りを押しつけられているのが万願寺。移住民たちから出てくる苦情の波状攻撃に晒されて同情に堪えないが、これも仕事と割り切って取り組んでいく。まさに公務員の鑑(笑)。


 分類すれば、ダークな味わいの "日常の謎" というところか。でもプロバビリティの犯罪とか毒殺とか密室とか、ミステリ的なガジェットがそこかしこにしっかり取り入れられているのは流石。

 「終章」で明かされる、全編を貫く "真相" には暗澹たる気持ちにさせられるが、これも一つの考え方ではあるのだろう。

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