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スイッチ 悪意の実験 [読書・ミステリ]


スイッチ 悪意の実験 (講談社文庫)

スイッチ 悪意の実験 (講談社文庫)

  • 作者: 潮谷験
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/09/15

評価:★★★★☆


 女子大生・箱川小雪(はこがわ・こゆき)を含む6人の男女は、奇妙な実験に参加する。ある「スイッチ」を持ったまま1ヶ月間過ごせば、何もしなくても100万円もらえるという。ただし、その「スイッチ」を押すと、幸福に暮らしている一家が破滅するのだという・・・。


 私立狼谷(ろうこく)大学に通う箱川小雪は、先輩から奇妙なアルバイトを紹介される。1ヶ月間、何もしなくても100万円もらえるというものだ。主催者は大学OBで心理コンサルタントをしている安楽是清(あらき・これきよ)。小雪は、友人2人とともにアルバイトに参加することに。

 集まったのは総勢で6人の男女。まず連れて行かれたのは一軒のパン屋。鹿原弘一(しかはら・こういち)とその妻・柚子(ゆずこ)が経営している。売り上げは芳しくないが、夫婦は3人の子どもとともに幸福そうだ。

 大学へ戻ってきた6人のスマホに、安楽はあるアプリをインストールさせる。起動すると、1つの「スイッチ」が表示される。そしてこれを押すと、鹿原一家が破滅するのだという。
 鹿原夫婦の経営するパン屋は、安楽の資金援助でかろうじて存続している。誰かが「スイッチ」を押したら、その時点で鹿原家への援助は打ち切られ、一家は路頭に迷うことになるのだと。

 安楽の目的は『理由のない悪』というものの存在を確かめること。全く利害関係の無い相手を、理由もなく陥れるような悪意を人間は持っているのか?

 6人は「スイッチ」を持ったまま、1ヶ月暮らすことになる。押すも押さないも自由。彼らの意思に任されて。

 誰もスイッチを押すことなく時は流れていったのだが、実験最終日になって誰かが「スイッチ」を押してしまう。スマホアプリなので、誰が押したかは簡単に分かってしまうはずなのだが、押した人物は、ある手段を用いて "匿名性" を確保してしまう。
 この方法については書かないでおく。シンプルだけど「なるほど、この手があったか」って驚き、かつ納得してしまったよ。

 そしてこれがきっかけで、鹿原家に "悲劇的な事態" が勃発する・・・


 物語は、「スイッチ」を押した犯人(作中では "S" と呼ばれる)探しと、物語の語り手でもある小雪の過去から現在へ続く心象風景の変化、この2つのラインで進んでいく。

 小雪さんの設定がユニークだ。幼少期のトラウマがもとで、学校では軽いイジメに遭っていまう。さらに中学生のときに、彼女の行動がもとで起こった事態で心が折れてしまう。
 それ以来、"自分で決断すること" の恐ろしさに囚われてしまい、人生での大事な局面では、悉くサイコロやコイントスなどの偶然に頼るようになってしまった。
 大学生となった今もそれは抜けておらず、物事を決める際には頭の中でコイントスを行ってから選択をする、という行動を続けている。
 もっとも、今までのところ、頭の中でのコイントスに従った結果が悪い方には行ってないようだ。これは無意識のうちに彼女自身が選んでいる結果なのだろうが、残念ながら本人はそう思ってないのが問題だ。

 物語が進むにつれて、小雪の幼少期のトラウマには、実は鹿原弘一が絡んでいたことが明らかになってくる。
 終盤には "S" の正体も判明するが、それによって鹿原家で起こった "悲劇" に秘められていた意外な真実が明らかになり、物語の様相が一気に変わっていく。このあたりはミステリ的にもとても秀逸な展開だと思う。


 思わせぶりなタイトルと、文庫裏の惹句をみて、読む前は「嫌な事件が嫌らしく解決されて、読んだ後にいや~な感じが残る ”イヤミス” なんじゃないか」って先入観があった。
 でも読んでみたら、「人の悪意」と同じくらい「人の善意」にもフォーカスされるストーリーに、(いい意味で)予想を裏切られる。
 事件を経験していく中で精神的な成長を果たしていくヒロイン・小雪の姿も感動的で読む者の心に響く。
 読後感は事前の予想とは真逆で、清々しささえ感じてしまう。


 作者はこれがデビュー作。語りも達者で読みやすい文章で書かれていて、そのぶん物語に没頭できる。とても才能がある人だと思う。
 2作目の「時空犯」で話題になった人らしいけど、こちらも文庫化されていて、いま読んでるところ。



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