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九龍城の殺人 [読書・ミステリ]


九龍城の殺人(新潮文庫nex)

九龍城の殺人(新潮文庫nex)

  • 作者: 月原渉
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2022/08/29

評価:★★★


 死んだ母の遺骨を祖母に渡すために香港へ渡った少女・新垣風(あらがき・ふう)。非合法組織の長を務める祖母、同世代の女子2人と出会い、行方不明の父親を探す中、女だけが入れる九龍(クーロン)城で起こった密室殺人事件に巻き込まれる。


 舞台は、中国への返還まで数年と迫った香港。
 主人公は18歳の少女・新垣風。彼女の母親が何者かに殺されてしまい、香港へ向かうことに。母の生前の言葉に従い、遺骨を祖母に渡すためだ。そしてそこには、風の父もいるのだという。

 風の祖母は、女性を中心とした非合法グループ・風姫(フォンジェン)の長・雪麗(シェリー)。その娘だった母は、やがて風の父となる日本人男性とともに日本へやって来たのだ。

 香港空港でトラブルに見舞われた風を救ったのは、シャクティという少女。風の従姉妹だった。シャクティの導きで祖母との面会を果たすが、父親の情報は得られない。

 父を探して香港に留まるうちに、紅花(ホンファ)という少女に出会う。シャクティの友人で、孤児たちの世話をする聖母院を営んでいる。
 しかし経済的には困窮状態にあった。そのため、ホンファは聖母院の存続のために自らを非合法組織へ "身売り" してしまう。

 非合法組織は、身寄りの無い少女を九龍地区にある『城』に集めて、富裕層に斡旋する事業をしていたが、内実は奴隷的な人身売買だった。それゆえに『城』は女のみが入れる場所で、男は一人もいない。

 シャクティからそのことを聞いた風は、ホンファを取り戻すべく単身で『城』へ乗り込んでいくが、そこで見たものは『城』の主・龍(ロン)が浴室の中で死んでいる光景だった。
 外部からの侵入は考えられず、容疑は犯行時に『城』の中にいた、ホンファを含む6人の少女たちに絞られたが、やがて第2の殺人が起こる・・・



 率直に書いてしまうと、『城』内での事件の犯人が分かっても、ミステリ的なカタルシスはあまり大きくない。
 それはあくまで物語の途中経過であって、真のクライマックスは、風の母が殺された事件、風の母親の過去、そして雪麗が抱えていた秘密など、風自身に関わる部分が明らかになる終盤にある。

 作者はいままで、このレーベルで『使用人探偵シズカ』シリーズという凝った密室殺人事件を扱ってきたので、その延長で捉えるとちょっと当てが外れるように思う。

 どちらかというと、本書はキャラの魅力で読ませるところも大きいように思う。けっこう武闘派のシャクティ、自らの信念に忠実なホンファと、若い女性ながらキャラが立っている。ヒロインの風も、日本育ちながら意外に図太く肝が据わっているのは、やはり母と祖母の血のせいか。風姫の長の孫だから、他の非合法組織も簡単に手が出せないという事情があるにしても、だ。

 数少ない男性キャラの中で、冒頭から登場する "謎の中国人"(笑)・チェンが印象深い。胡散臭さ全開で敵か味方か判断できないが、ストーリーのキーポイントになるとちゃっかり登場してくる。終盤で明らかになる正体も意外だ。

 文庫で370ページほどとそれなりに厚みがあるが、香港社会の描写なども豊富で、ちょっとした旅行気分が味わえる。
 異国を舞台にした紀行ミステリとしても楽しめるし、少女3人組の友情の物語でもある。そして、返還後の香港を描いたエピローグが物語全体を気持ちよく締めくくってくれる。



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