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ひとごろしのうた [読書・ミステリ]


ひとごろしのうた (ハヤカワ文庫JA)

ひとごろしのうた (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 松浦千恵美
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/01/24
  • メディア: 文庫

評価:★★☆

 レコード会社に送られたデモ音源。その少女の歌声に魅せられた主人公は、楽曲制作者が不明なままCD発売に踏み切る。しかしその曲に影響を受けたと思われる殺人事件が発生する。主人公は楽曲制作者の探索を始めるが。
 ちなみにホラーではありません。ミステリです。


 主人公・大路樹(おおじ・いつき)は元ミュージシャン。かつてはロックバンドを率い、自ら作詞作曲した曲がミリオンセラーになるという快挙を成し遂げた。
 しかしその後は人気が低迷、バンドも解散。樹はソロデビューするが鳴かず飛ばず。31歳になった今は大手レコード会社に拾われ、見習いディレクターとして働いていた。

 レコード会社には毎年大量のデモ音源が送られてくるが、その中の一曲に樹は魅せられてしまう。
 タイトルは「ひとごろしのうた」。歌詞も絶望と孤独に溢れているが、それを歌う女性ボーカルの声は悲壮感を感じさせない。
 伴奏のギターは69年製レスポール・カスタム。演奏者は、素人にしてはかなりの技量を持っているようだ。樹も愛用していたモデルとはいえ、楽器の種類まで分かるのは、流石は元ミュージシャンというところか。ミリオンセラーは伊達じゃない。

 しかしエントリーシートには、楽曲に関する情報は皆無。唯一、歌っている少女の名であろう "瑠々"(るる) という記載のみがあった。

 樹はラジオ番組を通じて "瑠々" 本人からの申し出、あるいは "瑠々" に関する情報を募るが、具体的な成果は出てこない。しかしなんとしてもこの楽曲を世に出したい樹はCD発売を決断する。

 発売された「ひとごろしのうた」は大きな反響を呼び、CDの売り上げも好調。しかし発売6週間後、週刊誌にある記事が載る。
 それは岐阜・静岡・埼玉で起こった3件の殺人・無差別殺傷事件において、加害者と被害者が「ひとごろしのうた」から影響を受けたのではないか、というものだった。

 実際には彼らの所持していた音楽プレイヤーの中の楽曲のひとつに「ひとごろしのうた」があっただけなのだが、それを犯行と結びつけようという意図の記事だった。
 しかし風評被害は予想以上で、「ひとごろしのうた」は販売店から撤去されてしまう・・・


 念のため書いておくと、"呪いの音楽を聴いた者が殺人者になってしまう" ようなホラーな物語ではないので。あくまで楽曲の制作者、そして制作意図を巡るミステリだ。

 物語はこの後、「ひとごろしのうた」の "容疑" を晴らそうとする樹が楽曲制作者を探索する様子が描かれる。
 それには、彼の周囲にいる人々が大きな力となる。みな音楽を愛し、音楽については人並み以上の感性と聴力を備えている。
 「ひとごろしのうた」の音源から隠された事実を突き止めるレコーディング・エンジニア、かつて樹が通っていたジャズ・バーのマスターからはギター演奏者のヒントがもたらされる、など。彼らの協力によって樹は制作者の "正体" に少しずつ迫っていく。


 手がかりを集めて真相を見抜く、という作品ではない。主人公が少ないピースを頼りに試行錯誤を繰り返しながら制作者のもとへ近づいていく、という展開だ。

 でも退屈ではない。物語の途中では "瑠々" の人気を利用してひと山当てようとする、いわゆる "芸能界の闇" を象徴するような人物が接触してきたり、3件の事件を追う女性記者が登場したりと、読者を飽きさせない。

 やがて明らかになっていく楽曲成立の事情は、かなり辛く悲しいものだ。制作者はやむにやまれぬ思いでこの曲を作っていた。
 しかし物語全体のトーンは暗くない。それは主人公・樹のキャラクターが大きいだろう。明るく元気で、音楽をこよなく愛し、音楽に対する思いは常にまっすぐで迷いがない。
 「ひとごろしのうた」に対しても、優れた曲・優れた才能を世に出したいという、ただそれだけの純粋な願いを以て関わり続ける。だから周囲の人々の協力も得られるし、彼の情熱が、最終的に制作者の心をも救うことになる。

 ラスト3ページ、ちょっぴり×××な展開だけど、物語の余韻としては許容範囲だろう。



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