巨大幽霊マンモス事件 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
名探偵・二階堂蘭子シリーズの一編。
ロシア革命直後のシベリアを舞台に、甦った巨大マンモスが暴れ回る。〈死の谷〉と呼ばれる地へ物資を運ぶ一行に加わったドイツ軍スパイは、途中で不可解な密室殺人事件に遭遇する・・・
昭和40年代、国立市の喫茶店「紫煙」に月1回集うミステリ好きの面々がいた。その中の一人、ドイツ人のシュペア老人が語る不思議な謎の物語だ。
20世紀初頭、若かりし日のシュペアはドイツ軍のスパイとしてロシアに潜入する。革命後の混乱を逃れた貴族たちや帝国軍の残党が、シベリアの奥地にある〈死の谷〉と呼ばれる場所に立てこもっているらしい。
そこには、死んだと思われていた皇女アナスタシアも生存していて、革命に抵抗する人々の旗印として彼女を担ごうという動きもあるという。
〈死の谷〉はマンモスの墓場で、白骨化したマンモスの死体が眠っているらしい。その周辺には巨大な "幽霊マンモス" が跋扈しており、谷に近づく者たちを襲ってくるというのだ。過去にドイツが送り込んだ3人の工作員も、2人が死亡、生き残った1人もマンモスの恐ろしさを報告した後に息を引き取っていた。
シュペアは、スパイとしての使命以外に、彼自身 "ある目的" を抱えていた。
〈死の谷〉への補給物資を運ぶ商隊に潜り込むことに成功した彼は、一行とともにシベリア奥地を目指していく。
前半は、商隊が〈死の谷〉へと到着するまでの物語。途中で立ち寄る民家や街、そしてその地を支配する実力者たちとの関わりを描いていく。
シュペアたちの旅は平穏とはほど遠い。商隊は何者かに尾行されており、この〈追跡者〉によってメンバーが1人ずつ殺されていく。さらに一行が立ち寄った先では不可解な殺人事件に遭遇する。
周囲の雪原に足跡がない一軒家や、被害者の足跡しかない建物の中で他殺死体が発見されるという不可能殺人だ。
後半は〈死の谷〉に到着した後の物語。そこは単なる ”谷” ではなく、地下道が縦横に張り巡らされた大規模な要塞と化しており、"隠れ家" どころではないスケールだ。さらにはいろいろな ”秘密” も隠されているのだが、その辺は読んでのお楽しみ。
さて、タイトルで「巨大幽霊マンモス」なんて堂々と謳われてしまうと、大部分の読者は、その ”正体” が本書に於けるメインの謎になるだろうと期待してしまうのではないだろうか。
その怪物の巨大さ・異様さ・凶暴さは本書の中のいろいろな場面で強調されてるんだから。
私を含めて、多くの読者はいろんな ”正体” を考えると思う。気が早い人は読み始める前からああだこうだと考えてしまうかも知れない(私がそうだった)。
しかし当時の技術力で実現できるような "合理的かつ現実的な答え" は、なんと開巻早々に、シュペアと彼の上官との間の会話の中で提示されてしまう。そしてそれは、私も「このあたりだろう」って予想していた内容だったので、ある意味びっくり(同じことを感じた読者も少なくないと思う)。
ということは、作者はこれを超える "解答" を用意してるだろう、って思うよねぇ・・・
では、結果はどうだったのか。実はこれ、予想外に早い時期に判明してしまう。シュペアが〈死の谷〉に到着して早々に(物語の半ば過ぎあたりで)明らかになってしまうのだ。
問題は、それをどう評価するかだろう。
「予想を遙かに上回るスゴいもの」って思う人もいるだろうし、
「予想の斜め上過ぎてトンデモ本の世界みたいだ」って思うか。
私は後者の感想に近いかな。100年前という時代を考えると、ちょっと無理がありすぎじゃないかなぁ。勝手に期待を膨らませすぎた側が悪いと言われればそれまでなのだが・・・
つまり、本書のミステリとしてのキモは、実はマンモス云々ではなくて、2つの不可能殺人と、シュペアたちを追っていた〈追跡者〉の正体だった、ということなんだね。
実際、終盤の「現代編」で蘭子が解くのも、主にこの3つの謎だ(マンモスに付随するいくつかの謎にも言及するけど)。だけど、これも評価が分かれそう。確かに意表をつくものではあるけど反則すれすれな感じもするし。
さらに、ミステリとしてはもう一つ ”隠し球” があるのだけど、これについては書かないでおこう。
いろいろ文句を書いてしまったが、じゃあつまらないかと云えばそんなことはない。
ロシア革命直後の時代、シベリアの辺境、そこに建造されたロシア軍の基地に隠された謎、生存していた皇女アナスタシア、”予言” の力を持つという〈ラスプーチンの花嫁〉たち・・・と舞台立て道具立ては十分。
私がつけた星の数を見てもらえば分かると思うが、波瀾万丈の冒険小説としてはとても面白い。「シベリアを舞台にしたインディー・ジョーンズもの」って思って読むのが正解かも知れない。
最後に余計なことをひとつ。
〈死の谷〉に隠されていた最も根源的な秘密は、30年ちょっと前に出た講談社ブルーバックスでも取り上げられていたもの。当時は×××××××××××××××があったばかりで、世界的にその方面への関心が高かったのも、出版の背景にあったのかも知れない。
私もその本はリアルタイムで読んでたので、〈死の谷〉のくだりではちょっと驚いたよ。巻末のあとがきによると、本書の構想は20年以上前に立てられていたらしいので、ひょっとするとこの本もネタ元の一つなのかも知れない。