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星詠師の記憶 [読書・ミステリ]


星詠師の記憶 (光文社文庫)

星詠師の記憶 (光文社文庫)

  • 作者: 阿津川 辰海
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2021/10/13
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 近年流行している ”特殊設定ミステリ” のひとつだ。

 本書に登場する ”特殊アイテム” は、「未来予知を記憶する紫水晶」。

 未笠木(みかさき)村で産出する紫水晶は、不思議な現象を示す。
 その紫水晶を持って眠ると、その人の未来に起こる出来事が記録される。水晶を眺めると、その中にビデオのように映像が再生されるのだ。
 時間は最短で数秒だが、長いと3分ほどの未来が記録される。ちなみに音声ははなく映像のみ。本人視点での記録なので、自分自身は映らない(鏡を見るシーンがあれば別だが)。

 誰でも記録ができるわけではなく、ごく限られた人間だけが可能なことも分かっている。本書のタイトル「星詠師」は、水晶に未来を記録できる能力を持つ者のことだ。

 そして、「水晶に記録された未来は必ず実現する」。
 未来を変えようとしてあらゆる手段を講じても、結果としてその未来は必ず訪れるのだ。水晶に記録された未来は変えることができない。SFでいうところの ”タイム・パラドックス” は存在しない、という設定だ。

 このような、「紫水晶による絶対的な未来予知」が存在する世界でのミステリということになる。


 物語は、1972年に始まる。

 石上青砥(あおと)・赤司(あかし)という小学生の兄弟が、父のお土産の水晶の中に、男の顔が見えることに気づく。

 やがてそれが未来予知であることがわかると、兄弟の祖母の知人で電子機器製造メーカーの社長・紫香楽一成(しがらき・いっせい)がスポンサーとして乗り出し、未笠木村の水晶鉱山を買い占めて、将来の事業化を目指すことになった。

 紫香楽は未笠木村の山中に研究施設・〈星詠会〉を建設、水晶への記録能力を持つ者・〈星詠師〉を探しだし、彼らを集めて研究を開始した。

 2018年現在、星詠師は15名おり、赤司はその頂点に立つ〈大星詠師〉となっていた。ここからが本編の開始だ。

 被疑者を射殺してしまった刑事・獅童(しどう)は、自主的に1週間の謹慎を自分に課し、故郷の村にやってきた。

 そこに香島(かしま)という少年が現れ、助けてほしいと求めてくる。
 隣の未笠木村にある〈星詠会〉の施設内で、〈大星詠師〉・石上赤司が銃で殺され、容疑がその息子で〈星詠会〉幹部の真維那(まいな)にかかっているのだという。
 真維那は香島少年の ”師匠” であり、今は施設内に監禁されている。真犯人を見つけ、彼を助けてほしいというのだ。

 〈星詠会〉へやってきた獅童は、研究員から ”犯行時の映像” を見せられる。被害者の赤司が所持していた紫水晶に記録されていたのだ。

 現象の発見から30年。〈星詠会〉は紫水晶内の映像を読み出し、デジタルデータとして記録する技術まで確立していた。

 事件があった夜には皆既月食が起こっており、それが水晶内の映像にも映っていたことから犯行時の映像と断定された。そこに映っていた犯人も、顔認証では真維那にほぼ一致との結果が出ている。

 真維那の容疑を晴らすには、紫水晶による「絶対的な未来予知」を崩さなければならないのだが・・・


 間違いのない「未来を記録する紫水晶」という設定が持ち出されたら、もう手も足も出ないじゃないか・・・と思ってしまうが、作者は巧みにこの設定の裏や盲点や隙間を突く論理を展開してみせる。
 このあたりは素直に驚かされる。「そういうふうに考えれば、こんなことができるのか」「そういう解釈もできるのか」「そう考えれば矛盾しない」・・・

 紫水晶の設定を否定することなく、獅童は見事な論理で真犯人へ辿り着いてみせるのだ。いやぁこれはたいしたものです。


 この文章を書いてたら、アイザック・アシモフの一連のロボットものを思いだしたよ。あれも「ロボット工学三原則」という設定をフル活用した、SFミステリ・シリーズだったよなぁ・・・



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月の落とし子 [読書・冒険/サスペンス]


月の落とし子 (ハヤカワ文庫 JA ホ 2-1)

月の落とし子 (ハヤカワ文庫 JA ホ 2-1)

  • 作者: 穂波 了
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/10/05
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 第9回アガサ・クリスティー賞受賞作。

 新時代の月面探査を目指す国際的なプロジェクト「オリオン計画」。その3回目になる探査船・オリオン3号は月面のシャクルトン・クレーターへの着陸に成功する。
 しかし月面での船外活動を行っていた2名の飛行士が突然の吐血、そして急死してしまう。

 探査司令部は即時の帰還を命じるが、残った3人の飛行士は原因究明のために遺体を回収することを強く主張、司令部を押し切ってしまう。
 しかし地球への帰還中に、残った3人のうち2人までが同様の症状に襲われ、次々に死亡していく。原因は未知の高致死性ウイルスによるものと思われた。

 最後まで生存していた日本人宇宙飛行士・工藤晃(あきら)は、大気圏突入前に遺体を放棄、単独での帰還を目指すが、ある ”トラブル” に遭遇、オリオン3号はコントロールを失い、地表へ落下してゆく。

 オリオン3号が落着したのは日本。場所は千葉県船橋市のタワーマンションだった(表紙のイラストがそれ)。落下したカプセルが激突したことでマンションは崩壊寸前の大惨事となり、さらにウイルスが周囲に拡散を始めていく・・・


 本書は三部構成になっていて、ここまでが「工藤晃」と名づけられた第一部。
 第二部からは、晃の妹である工藤茉由(まゆ)にスポットが当たる。


 JAXAの職員として兄のプロジェクトをサポートしていた茉由は、墜落現場の調査隊に志願して参加する。
 彼女が加わったのは、若手ウイルス研究者・深田直径(なおみち)をリーダーとした感染症対策チーム。

 チームの第一目標は工藤晃の遺体回収。最後まで発症を免れていた彼の体を調べれば、ウイルスへの対抗手段が見つかるかも知れない。

 しかし彼らが直面したのは、想像を絶する現場の惨状、そして極限状態に置かれた人間たちの混乱だった・・・


 文句なしの傑作・・・というわけではない。
 いちばん引っかかったのは、ウイルス対策のできていない探査船の中に、原因不明の死体を収容しようと主張するところ。
 医学的知識もひと通りあるはずの宇宙飛行士ならば、絶対そんな選択はしないだろうし。ここは私も疑問を感じざるを得なかった。
 でもまあ、これをやらないとウイルスが地球へ来ることができないので、痛し痒しというところか。

 ここ以外は、全般的に読ませるエンタメとしてよくできてると思う。

 墜落現場の惨状、そして致死性ウイルスの拡散。それがすべて死んだ兄の引き起こしたことであり、心が折れてしまう茉由。

 それと反比例するように、キャラが変わっていくのがウイルス研究者の深田。
事件前は研究にしか興味がないような、典型的な ”学者バカ” だったが、茉由と行動していくうちに、次第に ”熱血キャラ” へと変貌していってしまう。

 まあ、有り体に言えば茉由に惚れてしまった(それも多分に ”吊り橋効果” かと思われるが)ことが原因なのだが、彼女を支えながら発症阻止因子を究明することに全力投球、終盤では大活躍となる。


 発症阻止因子が意外とシンプルなことに物足りなさを感じる人もいるかも知れないが、単純なゆえに見つかりにくかった、ともいえるのでこれは好みの問題かと思う。私としてはOKだったけど。

 同様の宇宙病原体による感染を描いたマイクル・クライトンの小説『アンドロメダ病原体』(1969年)でも、発症阻止因子はとても単純なことだったし。ちなみにこの作品は『アンドロメダ・・・』というタイトルで1971年に映画化されてる。TVで放送されたのを観た記憶があるよ。OPがとても印象的だったなぁ。


 最後に余計なことをふたつ。

 宇宙から来た未知の高致死性ウイルス、と聞いて真っ先に連想したのは星野之宣のマンガ『ブルー・シティー』だったよ。あっちでは人類はほとんど全滅してしまったけどね。やっぱり続編は書いてくれないのかなぁ・・・星野先生。

 ふたつめは本書が受賞した賞について。
 『アガサ・クリスティー賞』というネーミングだと、本格ミステリが対象の賞だと思う人が多そうだ。実は私もそう思ってた。だから本書が受賞したことを知って、ちょっと驚いたよ。
 実際、ネットで本書の紹介を読んでたら「これのどこが ”アガサ・クリスティー” なんだ?」って文句を言ってる人がいたよ。

 『江戸川乱歩賞』はミステリ以外の作品も受賞してる。サスペンスやSFっぽいのとか。これにはほとんど異議は出ない(作品の出来自体に異論はあっても)。
 長い歴史があって「そういうものもOK」というのが浸透してるからだろうと思う。最近では『松本清張賞』なんかも、あまり清張っぽくないのが多い印象。

 『アガサ・クリスティー賞』もまだ10年ちょっとだけど、今年は『同志少女よ、敵を撃て』みたいな作品も出て、実は間口の広い賞なんだということが少しずつ広まっていくんだろう。

 個人的には『鮎川哲也賞』みたいに、その名を冠した作家さんのイメージ(この場合は本格ミステリ)を継承するような作品が受賞するのがすっきりするとは思うんだけどね。



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本バスめぐりん。 [読書・ミステリ]


本バスめぐりん。 (創元推理文庫)

本バスめぐりん。 (創元推理文庫)

  • 作者: 大崎 梢
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/10/24
評価:★★★

 タイトルの ”本バス” とは、マイクロバスを改造して作った移動図書館のこと。いろんなジャンルの本をおよそ3000冊積んで、各所を巡回している。
 本書に登場するのは、横浜市の隣にある種川市(モデルは藤沢市あたりかと思われる)が運行している ”めぐりん” 号だ。

 視点人物となるのは照岡久志、通称テルさん。定年退職後に再雇用で3年働いた後、無職となった。暇を持て余しているところに友人からの誘いがあり、移動図書館の運転手となった65歳。

 相棒は司書の梅園菜緖子、愛称ウメちゃん。細い手足にショートカット、あっさりした顔立ち。文学系というより体育会系の雰囲気で年齢は20代半ば。

 この年齢差40歳のコンビが市内各所を巡回している時に遭遇したエピソードを5編収録している。


「テルさん、ウメちゃん」
 ”めぐりん” で借りた本に、大事な私物を挟んだまま返却してしまったという申し出が。ウメちゃんはその本を次に借りた中年女性・寺沢に確認するが、知らないという。しかし彼女の挙動はいかにも不審だった・・・

「気立てがよくて賢くて」
 高級住宅地・殿が丘は ”めぐりん” の巡回先の一つ。しかし近年、利用者が減少していて巡回先から外す案が浮上する。
 テルさんは近くにある保育園の児童に利用を呼びかけたらと提案するが、古くからの住民は悲観的。実は保育園と殿が丘には、ある因縁があったのだ・・・

「ランチタイム・フェイバリット」
 ”めぐりん” が毎週金曜日の昼にやってくるのは、企業のオフィスや工場・研究施設などが集積しているエリア。そこで働く人たちが利用するためだ。
 そこでの常連利用者・野庭悦司(のば・えつし)は、笑顔が爽やかで真面目そうな好青年だ。彼の相手をしている時のウメちゃんも楽しそう。
 しかし、彼の視線がしばしば ”めぐりん” ではない、別の方に向いていることにテルさんは気づく。彼は何を見ているのか・・・

「道を照らす花」
 宇佐山団地は、種川市で最も古い公団住宅。そこは ”めぐりん” の巡回先のひとつでもある。そこにある日、見慣れない美少女が現れる。
 彼女の名は宮本杏奈、中学2年生。母が亡くなり、父と二人で引っ越してきたのだという。本が好きで、”めぐりん” 利用の常連となってくれた。
 しかしある日、彼女は ”めぐりん” の前で突然泣き出してしまう。あまりの号泣ぶりに戸惑う周囲の人々。一体彼女に何が起こったのか・・・

「降っても晴れても」
 毎年10月に開かれる市民祭り。今年は開催場所が拡張されたのに伴い、”めぐりん” も参加することになった。そのための企画作りに没頭するウメちゃん。
 そんな中、図書館に苦情の葉書が届く。”めぐりん” の運転手についてのクレームだった。しかしテルさんにはその内容に全く心当たりがない。誰がどんな目的で投書をしたのか・・・
 野庭や杏奈など、以前のエピソードに登場したキャラも再登場し、さながらカーテンコール状態。


 強いて分類すれば ”日常の謎” 系なのだろうが、ミステリというよりは移動図書館を巡る ”ちょっといい話” という感じだ。

 移動図書館というのは、山間部みたいな僻地を巡回しているのだとばっかり思っていたが、都市部でもけっこう多いみたい。
 ネットで検索してみたら、私の住んでるところにはないけど近隣の2つの市では合計して3台の本バスが運行しているようだ。

 近年、自治体の財政悪化で公立図書館の統廃合が続き、司書の採用も少なくなってるらしい。運営を民間に委託してるところもあるみたいだし。ウメちゃんは公立図書館で正採用されてるみたいだから、かなり優秀なのでしょう。

 本作は続編『めぐりんと私。』が刊行されてる。ウメちゃんと野庭の仲も気になる。文庫になったら読みます(笑)。



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妖鳥(ハルピュイア) 山田正紀・超絶ミステリコレクション#1 [読書・ミステリ]


山田正紀・超絶ミステリコレクション#1 妖鳥 (徳間文庫 トクマの特選!)

山田正紀・超絶ミステリコレクション#1 妖鳥 (徳間文庫 トクマの特選!)

  • 作者: 山田正紀
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2021/10/08
評価:★★★★

 「山田正紀・超絶ミステリコレクション」と銘打った復刊シリーズの第1弾。1999年に文庫化されてるので、そのときに一度読んでたはずなのだけど、ほとんど内容を忘れてたよ。

 舞台は多摩市の郊外にある聖バード病院。創設者の姓が鳥居というところから名づけられたらしい。
 この病院で人が死ぬときには、黒くて大きな ”もの” が飛んでくるという、妙な噂があった。

 ある夜、HCU(緊急病棟)に入院していた患者が姿を消してしまう。くも膜下出血で意識はなく、間もなく死亡すると見なされていた患者だ。
 その患者は無菌室で発見されるが、首には二重にロープが巻かれて絞殺されていた。放置しておいてもいずれ死ぬ者を、なぜわざわざ殺す必要があったのか?

 そして別の章では、一人の女が目を覚ます。暗闇の部屋で、自分の名前さえ思い出せないような記憶を失った状態で。

 さらに別の章では、刑事・刈谷作弥(かりや・さくや)が聖バード病院にやってくる。入院している先輩刑事・狭更奏一(さこう・そういち)の見舞いのためだ。
 しかし病院に入る前、近くの雑木林の中で不審な言動をする少年と出会う。

 物語は主に刈谷視点で進み、その合間に記憶を失った女のパートが挿入される形で進行していく。

 病室で狭更に会った刈谷は、奇妙な話を聞かされる。
 悪性の腫瘍で余命幾ばくもない狭更は、入院後に大量に吐血し、意識不明で生命の危機に陥った。狭更は自分の意識が体から離れ、浮遊しているのを感じたという。いわゆる臨死体験だ。
 その時、病室にいたのは、いつでも嫌な顔ひとつせずに献身的に世話をしてくれる看護師で、狭更は常々 ”天使” のようだと感じていた。
 しかし幽体離脱した狭更が見たのは、瀕死の状態の自分を目の前にして ”笑った” 彼女だった。それはまさに ”悪魔の笑い” に思えたのだという。
 女は天使なのか、悪魔なのか・・・

 狭更から頼まれ、その日の看護師の名を調べ始める刈谷。
 それは難航するが、やっと当直医の篠塚から、探している看護師は新枝彌撒子(にひえ・みさこ)か藤井葉月のどちらかだということを聞き出す。

 加えて、篠塚は昨夜HCUが火事になったことを語り出す。そこは可燃物のないところだったにもかかわらず、火球が発生して一気に周囲のものを焼き尽くしてしまったのだという。
 そして、そこにいた看護師が一人焼死してしまった。顔も性別も分からないほど焼けただれた遺体には、「新枝彌撒子」というネームプレートが・・・。

 さらに事件は続く。
 刈谷に看護師のことを告げた篠塚だったが、その直後に病院の時計台で何者かともみ合い、そこの窓から外へ向かって突き落とされてしまう。現場を目撃した刈谷は、時計台を出て篠塚を探すが、彼の死体は窓の直下にはなく、そこから数十m離れた場所で発見される・・・


 とにかく冒頭から謎また謎のオンパレード。人体発火としか思えない焼死、宙を翔んで移動する死体、次々に引き起こされる怪異の陰に見え隠れする二人の看護師。死んだ看護師は誰? 記憶を失って閉じ込められている看護師は誰?
 幻想的なホラーと言われても通りそうな雰囲気。

 冒頭に登場する謎めいた少年に始まり、曰くありげな入院患者、いかにも怪しげなベテラン看護師、化粧をして涙を流す謎の中年男など、胡散臭い人物が大量に登場して、深い霧の中を手探りで歩むような物語が展開していく。

 しかしこれらが、終盤にいたってはきれいに収束してひとつの真相を形作っていく。冷静に考えたら「ほんとかい?」ってなりそうな事柄もあるけれど、そんな思いもどこかに吹っ飛んでしまうくらい、作者の豪腕ぶりに圧倒される。

 山田正紀はやっぱり天才だ。SFでもスゴかったけど、ミステリのほうもスゴすぎる。それでいて、短篇が雑誌掲載のまま埋もれてたり、単行本や新書で刊行されたまま絶版になって、文庫になってなかったりする作品が大量にある。
 どんどん発掘して復刊してほしいものだ。できれば文庫で(笑)。



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流れ舟は帰らず 木枯らし紋次郎 ミステリ傑作選 [読書・ミステリ]


流れ舟は帰らず (木枯し紋次郎ミステリ傑作選) (創元推理文庫)

流れ舟は帰らず (木枯し紋次郎ミステリ傑作選) (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/01/31
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆

 中村敦夫主演のTVドラマ『木枯らし紋次郎』が放映されてたのは、wikiによると1972年1月から73年3月までで、全38話とのこと。
 当時中学生だった私が観始めたときは、既にかなり放映が進んでしまっていて、後半の第2部あたりからだったように思う。上条恒彦の歌う主題歌『だれかが風の中で』もカッコよく、けっこう一所懸命に観ていた記憶がある。
 長い楊枝や「あっしには関わりのねえことでござんす」というニヒルな台詞も話題になり、世間にはブームが巻き起こった。

 私にはそれくらいの記憶しかなかったのだけど、本書によってミステリ的にも優れた作品が多かったことを知った。作者の笹川佐保は時代小説作家として有名になったけど、もともとは江戸川乱歩賞に応募し、受賞はならなかったが次席となってデビュー、その後もミステリ関係の賞をもらっているみたいだ。

 本書には10編を収録している。


「赦免花(しゃめんばな)は散った」
 シリーズ第1作。紋次郎は兄貴分・左文字(さもんじ)が犯した殺人の罪の身代わりとなり、三宅島に流刑になった。左文字は病で先のない母親が亡くなったら、真の下手人として名乗り出るはずだった。しかし、新たに島送りになった流人から左文字の近況を聞いた紋次郎は疑問を抱き、かねてから島抜けを画策していた清五郎の仲間に入り、島から脱出するのだが・・・
 島からの脱走と左文字の陰謀との二段仕込みのミステリ。


「流れ舟は帰らず」
 江戸の商人・天満屋彦三郎の息子・小平治は20歳で家を出奔、以後15年間消息不明だった。しかし小平治が上州にいるとの知らせを受けた彦三郎は娘のお藤とともに探索に旅立つ。その途中、お光(みつ)という女から手がかりを得るが、直後に二人組のゴロツキに襲われてしまう。その場に居合わせた紋次郎がゴロツキを倒すが、彦三郎は負傷して命を落としてしまう。今際の際の彦三郎から頼まれた紋次郎はお藤を伴って小平治に会いにいくのだが・・・
 紋次郎は彦三郎の頼みに応えたわけではなく、たまたま彼の進む方向と小平治のいると思われる場所が同じ方向にあっただけ、というのがいい。
 目的地に着いてからもさらに物語は二転三転して意外な結末を迎える。


「女人講(にょにんこう)の闇を裂く」
 舞台は越後の宿場町・二本木。
 20年前、酒に酔った高田藩士が二本木に乱入して狼藉の限りを尽くし、おゆみという娘を犯す。おゆみの恋人だった与七郎は激高して藩士を殺してしまう。
 高田藩に対して下手人を引き渡すことを決めた宿場の人々に怒った与七郎はおゆみとともに姿を消す。20年後、復讐のために戻ってくるとの言葉を残して。
 紋次郎が二本木に足を踏み入れたのがまさに20年目のその日だった。人々は宿場内に滞在中のよそ者の中から与七郎を探そうとしていたが・・・


「大江戸の夜を走れ」
 盗賊・十六夜(いざよい)の為吉(ためきち)が捕縛され、市中引き回しの上、処刑と決まる。
 為吉の妻・お栄は息子をひと目、夫に会わせるために江戸へ向かっていたが、途中の下高井戸で病に倒れてしまう。そこに居合わせた紋次郎は、お栄の代わりに赤い布を持って、為吉の前に姿を見せてほしいと頼まれる。それは妻子が無事に暮らしているとの印なのだというが・・・


「笛が流れた雁坂(かりさか)峠」
 硝薬(鉄砲用の火薬)が、信州佐久から密かに流出していることが判明、周辺の関所は軒並み厳しい詮議が続いていた。
 信州から出ようとしていた紋次郎は関所を避けて山中に踏み込むが、そこで7人の女郎(娼婦)と出会う。宿場の遊郭から足抜け(脱走)してきたのだという。
 しかし彼女らと伴に山中の道なき道を進むうちに、一人また一人と女郎が殺されていく・・・。まさに「そして誰もいなくなった」。


「霧雨に二度哭(な)いた」
 無宿人・小天狗の勇吉は、病に苦しむ女・お政を救い、油井(ゆい)村までやってきた。その村の入り口で勇吉は若い娘に声をかけられる。
「油井の清蔵という渡世人を知らないか」
 知らぬと答えた勇吉は、沓掛宿までやってくる。そこを縄張りとする前沢の多兵衛のもとへ草鞋を脱いだ勇吉は、そこで油井村で見かけたのとそっくりの娘に出会う。
 それは多兵衛の娘・お七だった。彼女には双子の妹・お六がいて、生後すぐに油井村の村役のもとへ養女に出されていたのだ。
 お七は翌月に祝言を控えていた。駒形新田の虎八親分を婿に迎えるのだというが・・・
 ミステリで ”双子” といえばいろんな展開が予想されるのだが、なかなかこれは見破れないんじゃないかな。


「鬼が一匹関わった」
 紋次郎は、お鶴という女児を連れた渡世人・弥一郎と出くわす。足を患って歩けない弥一郎はお鶴を紋次郎に押しつけて姿を消す。やむなくお鶴を連れ、榛名村のお大尽(資産家)・金三郎の元へ向かうことにした紋次郎。
 金三郎は弥一郎の弟で、その女房・お照はかつて弥一郎の妻だったのだという。いかにも曰くありげな人間たちの中に放り込まれた紋次郎だったが・・・


「旅立ちは三日後に」
 流れ者の暮らしにふと不安を感じた紋次郎。大原村の賭場で吾作という老人に情けをかけたところ、胴元のヤクザとトラブルになってしまう。
 負傷した紋次郎は吾作とその孫娘・お澄(すみ)に介抱される。二人の元で養生する紋次郎は、お澄と所帯を持ったらどうかという吾作の申し出を受け、自らの行く末に悩むことに。
 そんなとき、代官への賄賂として村が溜め込んでいた二百両が消えてしまい、紋次郎に容疑がかかる・・・


「桜が隠す嘘二つ」
 下総・境町を縄張りとする仁連(にれ)の軍蔵。子はなく、遠縁の娘・お冬を養女に迎え、それに婿を取らせて跡目を譲るつもりだった。
 18歳となったお冬の婿に選ばれたのは若手の代貸・市兵衛だった。しかし24歳という若さに不安を覚えた軍蔵は、関八州の大親分を集めて盛大なお披露目を行うことにした。彼らに市兵衛の後ろ盾になってもらうことを期待して。
 しかしそのお冬が何者かに殺されてしまう。容疑者として捕らえられたのは紋次郎だった・・・
 まず、出てくる大親分というのが超有名どころ、らしい。なにせ任侠ものに詳しくない私でも名前くらいは知ってる人もいる。大前田英五郎、国定忠治、笹川の繁蔵とかね。彼らを含めて総勢22人の大親分が境町に集結する。
 その親分衆の前に引き出された紋次郎だが、まったくビビることなく自分の推理を開陳し、現場や死体の状況、関係者の動きをもとに真犯人を指摘する。
 まさに ”名探偵・紋次郎” なのだが、法廷ものっぽい雰囲気も感じる。その場を仕切る大前田英五郎が裁判長で、評決を下す親分衆は陪審員のよう。
 まさか木枯らし紋次郎でこんなものが読めるとは。


「明日も無宿(むしゅく)の次男坊」
 大店・尾張屋善右衛門の次男坊・宗助は15歳で博打にはまり、勘当されてしまう。それから15年。善右衛門も還暦を超え、長男の平吉・お糸夫婦には子がない。さらにこの夫婦に災難が降りかかる。暴漢に襲われ、平吉は命を落としてしまったのだ。
 宗助を呼び戻すことにした善右衛門は100両の賞金をかけて探し始めるが、我こそは宗助と名乗る者が大量に現れる。しかし彼らを片っ端から贋物と見破っていく善右衛門だった。
 紋次郎は白帆の宗助と名乗る渡世人と知り合う。毒キノコにあたって憔悴していた宗助は、自分を尾張屋へ連れて行ってほしいと頼むのだが・・・


 いやあ、予想以上に本格ミステリな作品群でした。巻末の解説によると、収録作以外にも名作は多くあるとのことなので、もう少し読みたくなってしまった。第2弾が出ないかなぁ・・・



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黄泉がえり / 黄泉がえり again [読書・SF]


黄泉がえり (新潮文庫)

黄泉がえり (新潮文庫)

  • 作者: 真治, 梶尾
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2002/11/28
  • メディア: 文庫
黄泉がえり again (新潮文庫)

黄泉がえり again (新潮文庫)

  • 作者: 梶尾 真治
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/02/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

「黄泉がえり」

 熊本地方を中心に、死んだはずの人間が亡くなったときそのままの姿で生き返ってくるという事態が発生する。

 SFとしては「宇宙を彷徨っていた地球外生命体が ”力” を使い果たして熊本に漂着、そこで ”力” を再び蓄えていく過程で、その副作用(みたいなもの)が死者を甦らせている」という設定がある。
 だけどそこが主題なのではなく、一度死んだ人間が再び生き返ってきたら、社会にどんな混乱や変化が起こるか、家族や周囲の人々はどんな反応を示すか、が主に描かれる。

 実際、戸籍を扱う市役所には ”甦った死者” が押し寄せたり、亡くなった社長が ”帰ってきた” 会社では、現社長や古参社員が頭を抱える。
 ”甦り” がもたらした想定外の事態は、あちこちで騒ぎになっていく。

 ”甦り者” が現れた家族もいったんは混乱するが、ほとんどの場合は温かく迎え入れられる。
 どうやら、”強く愛し、慕ってくれる者” が存在する人が甦ってきていることが分かってくる。人を愛する想いが、甦りのきっかけになっているのだ。
 そして、甦り者たちは共通して、不思議な ”力” を宿していた。

 最愛の夫が帰ってきた。妻は喜び、懸命に愛する。夫もまた、不在の時間を埋めるように妻を愛する。
 甦ってきた兄は弟のために奔走し、一世を風靡した歌姫の復活にファンは驚喜する。
 甦ってきた者たちを受け入れ、社会は新たに回りはじめる。

 しかし、ある噂が流れ始める。近い未来のある日、甦り者たちが一斉に姿を消してしまう、と。
 そして、それを問われた甦り者たちは語る。それは事実であると。
 ”ある理由” によって、自分たちは ”いなくなる” のだと。

 甦り者たちとその家族は、再びの別離に脅えながらも、限りある時間を悔いなく過ごそうとするのだが・・・


「黄泉がえり again」

 甦ってきた者たちが一斉に姿を消してから17年。熊本は2年前に起こった大地震で大きな被害を受け、復興の途中にあった。

 そんなとき、死者が甦る現象が再び起こり始める。
 17年前の経験から、行政は比較的スムーズに彼らを受け入れていくが、前回とは、復活者の出現するポイント、そして対象に違いが生じていた。
 前回はせいぜい30年ほど過去までに亡くなった者が甦ってきたが、今回は歴史上の人物だったり、古代の生物が甦ったりしていたのだ。

 前作では脇役の一人だったジャーナリスト・川田平太が本作では主役となる。

 甦り現象を調べる川田は、その中心に女子高生・相楽いずみがいることに気づく。彼女は、17年前に唯一消滅せずに残った甦り者・相楽周平と、その妻・玲子との間に産まれた娘だった・・・


 「黄泉がえり」では、生き返った者たちと遭遇した社会の反応をユーモアも盛り込んで描きながら、ラストでは再びの別離に大きな哀しみも感じた。

 「ーagain」では、17年前と同じ現象を描き、後半では、前作と同様の ”理由” によって、再びの別離に怯える人々もまた描かれていく。
 主役の川田自身、死んだ母親が甦り、しかも知り合って恋仲となった女性・山口美衣子もまた甦り者だったなど、”現象” の当事者になってしまう。

 しかし、「ーagain」のラストは前作とはいささか異なるものになる。これは巻末の解説にあるのだが、作者自身、続編を書こうと思った理由が熊本地震だったという。大きな被害を受けた故郷の ”甦り” を本作に託したらしい。

 こちらの結末について「甘すぎる」と感じる人もいるかも知れない。私自身、そう思わないでもなかった。でも、それ以上に感じたのは「嬉しさ」だった。
 たまにはこんな「嬉しい結末」の物語があってもいい。

 しかしこの後、地球は、人類は、どうなってしまうのだろう・・・?



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白魔の塔 [読書・ミステリ]


白魔の塔 物理波矢多シリーズ (文春文庫)

白魔の塔 物理波矢多シリーズ (文春文庫)

  • 作者: 三津田 信三
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2021/10/06
  • メディア: Kindle版
評価:★★★☆

 終戦直後の日本各地を放浪し、復興に尽力しようとさまざまな世界に飛び込んでいく青年・物理波矢多(もとろい・はやた)を探偵役とするシリーズ、第2作。

 第1作での炭鉱を離れた波矢多は、海上保安庁の養成学校へ入学、卒業後に航路標識看守、つまり灯台守となった。
  波矢多の赴任先は、東北地方の轟ヶ埼(ごうがさき)灯台。そこで彼が経験する怪異を描いていく。そこには、地元の人間が ”白もんこ” と呼ぶ、白い人影のように見える謎の存在(怪物?妖怪?)が跋扈していた。

 物語は大きく三部構成になっている。


「第一部 守塔精神」

 轟ヶ埼灯台は、険しい山と深い森に覆われた半島の突端にあった。
 波矢多を乗せた漁船は海からの上陸を図るも、波が高い(と漁師は主張するのだが)ために断念、一番近い漁村である網引(あびき)港へ降り立つ。

 港から灯台までは、山と森の中の道なき道を辿って丸1日かかるらしい。波矢多は案内人を頼み、灯台まで徒歩で向かうことになるのだが・・・
 ここから波矢多が灯台に辿り着くまでが、文庫でおよそ100ページにわたって綴られる。

 波矢多は途中で案内人とはぐれてしまい、さらには彼の跡を追っていると思われる ”不気味なもの” の気配を感じ、逃げ惑ううちに日が暮れてしまう。
 野宿を覚悟した波矢多だったが、山中に一軒家を発見する。そこは地元の人間からは ”白屋” と呼ばれ、忌み嫌われている場所だった。

 住人は白穂(はくほ)という若い娘とその祖母・白雲(しらくも)。しかしその家は異様で妖しげな雰囲気に満ちていて、波矢多は恐怖の一夜を過ごすことに。
 このあたりは典型的な怪談の雰囲気が横溢している。

 そして翌日、白屋を発った波矢多は、ようやく轟ヶ埼灯台に辿り着く・・・


「第二部 日暮途窮」

 轟ヶ埼灯台の灯台長・入佐加(いさか)は、波矢多に対して、20年前に自身が経験したことを語り出す。

 20年前、若き入佐加は轟ヶ埼の灯台員として赴任した。波矢多と同じように網引の港から陸路で灯台を目指すが、彼もまた道に迷い、白屋へ辿り着く。

 そこで暮らしていたのは二人の女性。一人は白雲、もう一人はその娘・白露(はくろ)と名乗った。
 入佐加は特に怪異に出くわすこともなく、翌日無事に灯台に辿り着く。

 しかし勤務を続けるうちに、灯台の内外に「白い人影」の存在を感じるようになる。それは次第に彼の精神を消耗させていく。
 そんなとき、灯台に一番近い集落・白子(しろご)村で神楽祭りが開かれる。それに参加した入佐加は神社の宮司夫妻の娘・道子と知り合う。

 相思相愛の仲となった2人だが、彼女と結婚するには神社への婿入りが条件だった。灯台員を続けたい入佐加は、駆け落ちのように道子を連れて轟ヶ埼を離れ、北海道の灯台へと赴任していくのだが・・・


「第三部 五里霧中」

 物語の中で、様々な謎が現れる。灯台の内外や深い森の中に現れる、神出鬼没の ”白もんこ” の存在をはじめ、どう考えてもホラーな要素もたくさんあるのだが・・・
 この第三部の中で波矢多が解き明かすのは、その謎の一部だ。

 合理的に解明される部分は、ミステリを読みなれた人なら何となく見当がつくであろうレベル。前作『黒面の狐』はミステリ寄りだったが、本書はホラー寄りといえるだろう。

 物語としては十分に面白いのだけど、評価は好みによって別れるかな。ミステリとしての期待が大きすぎると、アテが外れたと思うだろうし、ホラー好きならたまらないだろう。
 私もホラーは苦手なので、ちょっと据わりの悪さを感じてしまった。



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ドッペルゲンガーの銃 [読書・ミステリ]


ドッペルゲンガーの銃 (文春文庫 く 40-2)

ドッペルゲンガーの銃 (文春文庫 く 40-2)

  • 作者: 倉知 淳
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2021/10/06
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

 主人公は女子高生・水折灯里(みずおり・あかり)。
 老舗出版社主催のミステリ短編賞に応募、佳作入選となって現役高校生作家としてデビューを果たした。しかし、担当編集者から第2作執筆の催促を受けるもネタが思い浮かばずに困り果てていた。

 灯里の兄・大介は警視庁捜査一課の刑事。彼女は兄からミステリネタになりそうな情報を得ようと、大介にくっついて捜査現場に潜り込むのだが・・・

 兄が刑事とはいえ、女子高生が犯罪現場に入りこむのは無理筋だろうと思うのだが、実は2人の父は警察庁の警視監という大幹部。よって、すんなり通ってしまうんだな。ミステリではよくある設定だけど。

 とまあこういう風に書いてくると灯里が探偵役かなぁと思いきや、そこはひとひねりされてる。意外な ”人物” が探偵として現れ、灯里はもっぱらワトソン役となる。

 扱われる事件はシリアスかつ凶悪なのだけど、この探偵役がたいへんユニークというか無茶苦茶なキャラなので、灯里とこの ”人物” との会話のシーンはユーモアたっぷり。このへんは作者の得意分野だろう。

 本書には彼女が出会った3つの不可能犯罪事件が収録されている。


「文豪の蔵」
 サブタイトルは ~密閉空間に突如出現した他殺死体について~。
 徳山蛙仙(あせん)は昭和初期~中期にかけて活躍した作家。その家と土蔵を相続した孫が土蔵を調べると、膨大な蔵書の中に大量の稀覯本、同時代の超有名作家たちのサイン本など、古書マニア垂涎のお宝の山が見つかった。
 さっそく蔵書の調査と整理が始まったが、その最中、土蔵の中で死体が発見される。被害者は調査に加わっていた大学国文科助教。しかし犯行推定時刻には土蔵は施錠されており、そこを開く唯一の鍵は衆人環視の中にあった・・・
 このトリックは単純だけど心理的な盲点をうまく突いてる。でも、謎解きのキモになるアイテムは、普通の人は思いつかないよなぁ・・


「ドッペルゲンガーの銃」
 ~二つの地点で同時に事件を起こす分身した殺人者について~。
 東京都足立区のコンビニに拳銃強盗が入った。強盗は銃を2発撃って店員を威嚇、現金3万円を奪って逃走した。
 その数分後、東京都大田区で殺人事件が起こる。被害者は私立探偵を営む傍ら、調査で得た情報で恐喝をしていた。遺体には2発の弾丸が撃ち込まれていた。
 2つの現場から採取した弾丸は線条痕が一致、同一の銃から発射されたものと断定された。しかし現場は25km離れており、通常の移動手段では1時間以上かかるのだが・・・
 ミステリを読みなれた人ならなんとなく見当はつくかな。でも、こんな策を弄した理由の方がメインか。


「翼の生えた殺意」
 ~痕跡を一切残さずに空中飛翔した犯人について~。
 資産家・兵頭(ひょうどう)雅臣の死体が自宅の離れで発見される。現場の状況から自殺と思われたが、殺人の可能性も排除できない。
 発見者は、雅臣と同居していた長男・秀一。1か月前に交通事故で足を骨折し、現在は車椅子で生活している。
 事件のあった夜には降雪があり、現場周辺の積雪に残っていたのは、離れに向かう雅臣の下駄の跡と、遺体発見時の秀一の車椅子の跡だけだった。
 これもミステリを読みなれた人なら、トリックはなんとなく見当はつくかな。でも、解決編を読むと「ここまでやるのか」とも思わさる。情景を想像すると、驚きを通り越して滑稽ですらあるが。


 その気になれば続編も作れる終わり方なので、いつか、無事に第2作を書き上げた(笑)女子高生作家・灯里さんに再会できるかも知れない。



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クロニスタ 戦争人類学者 [読書・SF]


クロニスタ 戦争人類学者 (ハヤカワ文庫JA)

クロニスタ 戦争人類学者 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 柴田 勝家
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/03/31
評価:★★☆

 多くの人間が生体通信機能を脳に埋め込み、ネットワークでつながった近未来。五感、記憶、感情に至るまでライフログに保存され、それは巨大なクラウドの海にアップロードされる。

 そこに誕生した ”集合自我” にアクセスすることによって言語、感情、価値観などが共有され、人間は民族という概念から解き放された。
 これらの技術は ”自己相” と呼ばれている。

 書いていながらよく分からないのだが(笑)、要するに人間というものが平準化されている世界なのだろう。それぞれの個性は維持しつつ、共通する基盤を持つ存在に。

 しかしながら、そういう “自己相“ を受け入れない者たちもまた存在する。世界は2種類の人々に分断されつつあった。


 主人公は日系人シズマ・サイモン。統合軍所属の文化人類学者だ。
 学生時代の友人でもあるデレクは軍曹、フランチェスカは心理医官(カウンセラー)で、3人ともに南米ボリビアの内戦地帯に派遣されていた。

 統合軍の目的は戦争の回避だが、やっていることは “自己相“ を持たない者に半ば強制的に移植を行い、自分たちの文化圏に彼らを取り込むこと。
 その行為に疑問を感じていたシズマは、1人の少女に出会う。ヒユラミールと名乗ったその少女を、統合軍は抹殺しようとするのだが・・・


 けっこうミリタリー描写や戦闘シーンが多いのは意外だった。
 特に “自己相“ を ”活用” して戦うシズマはなかなかヒーローっぽい。クラウドからデータをダウンロードすることで、自分の反射神経速度を変えたり、兵器の知識を得たり。
 このあたり、ちょっと『ジョー90』を思いだしたよ。うーん、例えが古い作品でゴメンナサイ。なにぶん古い人間なんでねぇ・・・分からない人はググってください(笑)。

 完璧に思える “自己相“ にも、その構造ゆえに致命的な欠点が存在し、ヒユラミールの存在がその脅威となることが次第に明らかになっていく。

 いかにもネットワークとクラウドの時代から生まれたであろうSF設定は、イメージ豊かに描かれ、面白そうではあるのだが、なかなか私の固い頭では完全な理解は難しいみたいです。

 物語の決着の仕方もよく分からない。このあと、世界は変わるのか。変わらないのか。シズマの行動は世界に対して意味があったのか・・・

 作者は柴田勝家というユニークなペンネームの人。
 うーん、どうしようかな。もう1作くらい読んでみようかな。



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ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密 [映画]


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 まずはあらすじから。

 前作『黒い魔法使いの誕生』の出来事から数年後の1930年代。

 ちょっと捕捉すると、前作は1927年という設定らしいので、その数年後ならば、本作は1932~33年あたりかと思われる。

 グリンデルバルトの勢力が急速に拡大、ダンブルドアはニュート・スキャマンダーとその仲間たちをドイツに送り込む。

 グリンデルバルトは、自分の信奉者たちを使ってドイツ魔法省を抱き込み、自身への指名手配を取り消させ、国際魔法使い連盟の代表選挙に出馬しようとしていた。
 彼が代表になると人間界との戦争が始まってしまう。選挙には魔法動物・麒麟を利用した不正な方法で勝利することを企て、それに加えて対立候補の暗殺をも実行しようとしていた・・・

 麒麟が次のリーダーを決める、なんて『十二国記』を思い出してしまったよ。


 題名通り、本作ではダンブルドアに関する秘密が明かされるんだけど
 原題は Fantastic Beasts: The Secrets of Dumbledore
 Secrets と複数形であることがポイントかな。

 そのせいか、グリンデルバルトとダンブルドアの過去の因縁や対決がメインとなり、ニュートの出番は少なめ。ティナに至ってはほんの数カット。まあ彼女が出てきてニュートと絡んだら尺が足りなくなって収拾がつかなくなってしまうからかな。

 観ていて気になったことをいくつか。

 前半の舞台がドイツで、そこの魔法省がグリンデルバルトに牛耳られていて、画面での表現もナチスドイツを彷彿させるのは、これは意図的にやってるんだろうなと思う。

 人間界との戦争を目論むグリンデルバルトだけど、魔法界には彼を支持する勢力も少なからず存在しているようだし、彼を熱狂的に迎える人たちが画面に現れると、アメリカの前大統領をはじめとして昨今の世界情勢を思い出してしまう。

 ヒトラーだって、最初は民主的な選挙によって登場したはずだよねぇ・・・

 政治的な描写が多いと思ったけど、全5部作の映画(今作は3作目)の最終作のラストは1945年になるらしいので、残り2作では第二次世界大戦と魔法界の関わりが描かれていくのだろう。そのための布石なのかも知れない。


 単体の映画としてみた時に感じたのは、ちょっと冗長かなということ。

 魔法のシーンは迫力満点で目を見張る出来なのだけど、それ以外のシーンはいささか尺が長いんじゃないかなぁ・・・と思うことしばしば。
 2時間20分を超える長さなのだけど、ストーリーを語るだけならば2時間くらいに刈り込んだほうがテンポよく観られるんじゃないかな、と思った。

 でも、その後でこうも思ったんだよね。
 この映画を観る人は、『ハリー・ポッター』シリーズからのファンが大半だろう。ならば、映画で描かれる ”魔法が存在する世界” が大好きで、その世界に没入するために映画館に来てるんじゃないかな、って。

 ならば、その世界をじっくりたっぷり描いてもらった方が彼ら彼女らのニーズに沿うわけだ。

 私自身『ハリー・ポッター』は嫌いじゃないが、そんなにのめり込んでるわけでもない ”普通” の人々とでは、評価の軸が違うんだろうなとも思った。
 まあこれは本作に限らず、シリーズもの作品全般に言えることだろうけど。


 余計なことだけど、ちょっとwikiで見てみたら、本作が1932年の出来事とすると、ニュートは1897年生まれなので35歳(画面では若く見えるが)、ティナは1901年生まれなので31歳。どちらもover30じゃないか(笑)。1945年だと48歳と44歳になってる。
 ならば、次作あたりで2人を結婚させとかないとマズいんじゃない?(笑)。


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