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月の落とし子 [読書・冒険/サスペンス]


月の落とし子 (ハヤカワ文庫 JA ホ 2-1)

月の落とし子 (ハヤカワ文庫 JA ホ 2-1)

  • 作者: 穂波 了
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/10/05
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 第9回アガサ・クリスティー賞受賞作。

 新時代の月面探査を目指す国際的なプロジェクト「オリオン計画」。その3回目になる探査船・オリオン3号は月面のシャクルトン・クレーターへの着陸に成功する。
 しかし月面での船外活動を行っていた2名の飛行士が突然の吐血、そして急死してしまう。

 探査司令部は即時の帰還を命じるが、残った3人の飛行士は原因究明のために遺体を回収することを強く主張、司令部を押し切ってしまう。
 しかし地球への帰還中に、残った3人のうち2人までが同様の症状に襲われ、次々に死亡していく。原因は未知の高致死性ウイルスによるものと思われた。

 最後まで生存していた日本人宇宙飛行士・工藤晃(あきら)は、大気圏突入前に遺体を放棄、単独での帰還を目指すが、ある ”トラブル” に遭遇、オリオン3号はコントロールを失い、地表へ落下してゆく。

 オリオン3号が落着したのは日本。場所は千葉県船橋市のタワーマンションだった(表紙のイラストがそれ)。落下したカプセルが激突したことでマンションは崩壊寸前の大惨事となり、さらにウイルスが周囲に拡散を始めていく・・・


 本書は三部構成になっていて、ここまでが「工藤晃」と名づけられた第一部。
 第二部からは、晃の妹である工藤茉由(まゆ)にスポットが当たる。


 JAXAの職員として兄のプロジェクトをサポートしていた茉由は、墜落現場の調査隊に志願して参加する。
 彼女が加わったのは、若手ウイルス研究者・深田直径(なおみち)をリーダーとした感染症対策チーム。

 チームの第一目標は工藤晃の遺体回収。最後まで発症を免れていた彼の体を調べれば、ウイルスへの対抗手段が見つかるかも知れない。

 しかし彼らが直面したのは、想像を絶する現場の惨状、そして極限状態に置かれた人間たちの混乱だった・・・


 文句なしの傑作・・・というわけではない。
 いちばん引っかかったのは、ウイルス対策のできていない探査船の中に、原因不明の死体を収容しようと主張するところ。
 医学的知識もひと通りあるはずの宇宙飛行士ならば、絶対そんな選択はしないだろうし。ここは私も疑問を感じざるを得なかった。
 でもまあ、これをやらないとウイルスが地球へ来ることができないので、痛し痒しというところか。

 ここ以外は、全般的に読ませるエンタメとしてよくできてると思う。

 墜落現場の惨状、そして致死性ウイルスの拡散。それがすべて死んだ兄の引き起こしたことであり、心が折れてしまう茉由。

 それと反比例するように、キャラが変わっていくのがウイルス研究者の深田。
事件前は研究にしか興味がないような、典型的な ”学者バカ” だったが、茉由と行動していくうちに、次第に ”熱血キャラ” へと変貌していってしまう。

 まあ、有り体に言えば茉由に惚れてしまった(それも多分に ”吊り橋効果” かと思われるが)ことが原因なのだが、彼女を支えながら発症阻止因子を究明することに全力投球、終盤では大活躍となる。


 発症阻止因子が意外とシンプルなことに物足りなさを感じる人もいるかも知れないが、単純なゆえに見つかりにくかった、ともいえるのでこれは好みの問題かと思う。私としてはOKだったけど。

 同様の宇宙病原体による感染を描いたマイクル・クライトンの小説『アンドロメダ病原体』(1969年)でも、発症阻止因子はとても単純なことだったし。ちなみにこの作品は『アンドロメダ・・・』というタイトルで1971年に映画化されてる。TVで放送されたのを観た記憶があるよ。OPがとても印象的だったなぁ。


 最後に余計なことをふたつ。

 宇宙から来た未知の高致死性ウイルス、と聞いて真っ先に連想したのは星野之宣のマンガ『ブルー・シティー』だったよ。あっちでは人類はほとんど全滅してしまったけどね。やっぱり続編は書いてくれないのかなぁ・・・星野先生。

 ふたつめは本書が受賞した賞について。
 『アガサ・クリスティー賞』というネーミングだと、本格ミステリが対象の賞だと思う人が多そうだ。実は私もそう思ってた。だから本書が受賞したことを知って、ちょっと驚いたよ。
 実際、ネットで本書の紹介を読んでたら「これのどこが ”アガサ・クリスティー” なんだ?」って文句を言ってる人がいたよ。

 『江戸川乱歩賞』はミステリ以外の作品も受賞してる。サスペンスやSFっぽいのとか。これにはほとんど異議は出ない(作品の出来自体に異論はあっても)。
 長い歴史があって「そういうものもOK」というのが浸透してるからだろうと思う。最近では『松本清張賞』なんかも、あまり清張っぽくないのが多い印象。

 『アガサ・クリスティー賞』もまだ10年ちょっとだけど、今年は『同志少女よ、敵を撃て』みたいな作品も出て、実は間口の広い賞なんだということが少しずつ広まっていくんだろう。

 個人的には『鮎川哲也賞』みたいに、その名を冠した作家さんのイメージ(この場合は本格ミステリ)を継承するような作品が受賞するのがすっきりするとは思うんだけどね。



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