名探偵の証明 密室館殺人事件 [読書・ミステリ]
名探偵の証明 密室館殺人事件 (創元推理文庫 M い 10-4)
- 作者: 市川 哲也
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2021/07/21
- メディア: 文庫
評価:★★★☆
名探偵・蜜柑(みかん)花子が活躍するシリーズ、第2作。
語り手は大学生・日戸(ひのと)涼。
ミステリ作家・拝島(はいしま)登美恵から取材と称して呼び出された彼は、謎の屋敷内に監禁されてしまう。そこには彼を含めて8人の男女が囚われていた。
拝島のファンという女性、タンクトップ姿のトラック運転手、眼帯をした男子大学生、サイドポニーの女子大生、そして鎧兜を装着した中年男、枕カバーを頭から被って筆談しかしない男。さらに、蜜柑花子の姿まであった。
彼らの前に姿を現した拝島はこう告げる。
「これから、この屋敷内で殺人が起こる。
そのトリックを論理的に解明できれば解放する」と。
地下1階、地上3階建てのその建物には外部への出入り口はない。その中で次々と殺人事件が起こっていく・・・
本書の内容を紹介するのは難しい。
クローズト・サークルものなのだが、犯人が予め拝島と分かっており、花子をはじめ登場人物たちは殺害のトリック(密室など)を解明することが目的として行動していくことになる・・・のだけど、それだけではない、とだけ書いておこう。
本書のもう一つの特徴は、語り手となる日戸涼の内面描写を通じて ”名探偵” とは何者か、ということが描かれていること。
涼は断言する。「名探偵は死神である」と。名探偵が存在する故に凶悪な事件が発生する。探偵が事件を呼び寄せているのだ。
彼はかつて、ある事件で家族を惨殺されて以来、名探偵というものに対して激しい恨みの感情を抱いている。
何度も事件に遭遇しながらも、多くの犠牲者が出てからでないと犯人に至ることができない。そんな奴が名探偵なんぞであるものか。無能なのだ、と。
であるから、今回の事態に遭遇して、涼は花子に対して激しい敵意を燃やすことになる。名探偵ならば、早くこの事態を解決して見せろ、と。
まあ、涼くんの言い分によれば、名探偵が存在しなければ事件も発生しない。事件が起こっても、名探偵なら第一の殺人ですでに犯人を指摘できてしまって、連続殺人なんて成立しなくなってしまう。
彼の発言はミステリという形式自体を否定するものということになる。
ミステリ世界の中では、推理に必要な材料が揃うまで探偵は真相を口にしない。その材料にしたって、探偵は神ではないのだから作品内で起こっていることを全て知ることはできないし、その解釈が正しいという保証もない。
ミステリは、読者は作品内に提示されたものを信じるという、作者と読者の暗黙の合意事項で成立する物語形式なのだから・・・
涼くんの考えはほとんど難癖の部類なんだが、そういうキャラが語り手になってることで、拝島vs花子 とは別に、涼vs花子 というもう一つの対決も本書の読みどころになる。
それでも本書はミステリであるから、終盤に至って花子の推理はこの館の中で起こったことをすべて解明してみせるのだが、この後でさらにもう一段、ひねりがある。
拝島の事件としては本書で解決なのだけど、「名探偵とは」というテーマは次作『蜜柑花子の栄光』へ持ち越される。
こちらも読了済みなので、近々記事をアップする予定。