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星砕きの娘 [読書・ファンタジー]


星砕きの娘 (創元推理文庫 F ま 2-1)

星砕きの娘 (創元推理文庫 F ま 2-1)

  • 作者: 松葉屋 なつみ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/07/12
  • メディア: 文庫


評価:★★★★☆

 第4回創元ファンタジイ新人賞受賞作、なのだけど、私がこの本を手に入れた理由は単純に ”ジャケ買い” でした。
 だってカッコいいじゃん、この娘さん。
 ・・・というわけで読み始めたんだけど、どっこい、この本はそんな軽いものじゃなかった。


 舞台は異世界・敷島(しきしま)国。京には朝廷があり、地方を豪族が支配しているという、鎌倉時代か室町時代を思わせる世界だ。
 この世界の空には太陽と月、さらには〈明〉(めい)と呼ばれる、満月よりも明るく輝く黄金色の星が天を巡っている。

 また、この世界には〈鬼〉が至る所に跋扈している。鬼とは、人と猿の中間のような外見の ”化け物” のことだ。
 その正体は、人の心から生まれる ”悪” が集まって形となったもの。さらに、深い恨みを持って死んだ人間が ”悪” をその一身に集めると、鬼の王ともいうべき〈羅刹(らせつ)〉となってしまう。

 敷島国の東の果て、その名も ”果州(かしゅう)” と呼ばれる地。ここには羅陵(らりょう)王と呼ばれる〈羅刹〉がおり、川の中州にある〈奇岩の砦〉を巣窟としていた。羅陵王は多くの人間たちを捕らえ、鬼の僕として働かせている。

 主人公・鉉太(げんた)は武士の息子だが、京より故郷に帰る途中で母と共に鬼に掠われ、〈奇岩の砦〉の囚人となっていた。物語の開始時点では11歳になっている。

 ある夜、鉉太は川で一本の太刀を拾い、さらに上流から蓮の蕾(つぼみ)が流れてくるのを目にする。
 蕾を砦に持ち帰った鉉太は仰天する。蕾はいつの間にか赤子に変わっていたのだ。さらにその子は〈明〉の星が沈むと美しい娘の姿へと変わり、〈明〉の星が昇るとまた赤子の姿に還ってしまう。

 絃太は赤子/娘を ”蓮華(れんげ)” と名づけ、世話をすることになる。蓮華のほうは鉉太のことを ”とと(父)” と呼び、慕うようになっていく。

 そして鉉太が蓮華を拾ってから6年後、物語は大きく動き出す。

 全体は3つのパートに分かれている。
 鉉太と蓮華が羅陵王を倒し、〈奇岩の砦〉を脱出するまでが第一部。
 二人が京の都で暴れる鬼を退治し、鉉太が ”父親” と再会する第二部。
 ここまでで全体の約半分。後半は、再び果州が舞台となる。

 鉉太の父は果州を統べる豪族・阿藤家の当主だった。その嫡男として故郷へ戻る鉉太の胸には、大きな夢があった。
 鬼の脅威に晒されている果州に平穏をもたらし、京に負けない理想の都とすることだ。
 しかしその行く手は険しい。豪族たちによる勢力争いは止まず、諍いは絶えない。彼らの戦いがもたらす恨み辛みは、新たな〈鬼〉や〈羅刹〉を産み出し、やがてその妄執は〈冥界〉の扉さえも開いていく・・・


 まずは蓮華さんのことを書かねばならない。
 娘の姿の時は、超人的な身体能力と武芸の冴えを披露し、群がる敵をバッタバッタと切り捨てていく。
 彼女が手にするのは、彼女と共に現れた太刀・〈星砕(ほしくだき)〉。彼女以外の者には、鞘から抜くことすらできず、それに切られた鬼は、星屑のように輝きながら消えてしまう。
 しかしながら、彼女の心は徹底的に幼い。善悪の区別すらできない。つまり、およそ人としての分別を持たないわけだ。彼女が剣を振るうのは、ただひたすら「”とと(鉉太)” の役に立ちたい」から。
 怪我をしても、赤子の姿に戻るときれいに回復してしまう。つまり毎日リセットされてしまうわけだ。まあ、記憶まではリセットされないので、少しずつ人間に近づけようと鉉太はいろいろ心を砕くことになるのだが。

 本作の特徴として、物語の根底に ”仏教” が存在していることがある。もっとも、”こちらの世界” の仏教と同じかどうかは分からないが(微妙に違うところがあるようにも思うのだが、私自身そんなに仏教に詳しくないのでなんとも言えない)。
 例えば ”〈明〉の星” は ”御仏(みほとけ)の化身” と呼ばれている。その〈明〉の星の運行と蓮華の ”変身” が連動していることから、彼女の存在には ”御仏” が関わっているであろうことが推察される。

 ちなみにこの世界では ”仏” とは架空の存在ではない。西洋ファンタジーの世界では ”神” が実在していて、しばしば物語に介入してくるが、それと同じように本書でも ”仏” は重要なファクターとしてストーリーに関わってくる。

 鉉太もまた素晴らしい好青年だ。心に大志を抱きながらも、それに溺れることなく、現実を直視する冷静な目も併せ持つ。その安定感も半端ない。
 鬼の砦に捕らえられ、厳しい使役に耐えながらも心がねじ曲がらずに健全さを保ち続ける。その大きな助けとなったのが蓮華の存在だ。
 彼女の世話をすることで人としての理性を保つことができた。というか、余計なことを考える余裕がなかったのかも知れないが。
 育児というのを経験した人なら納得できる話だろう(笑)。

 それ以外にも多くの個性的なキャラが登場する。
 朝廷の手先と名乗る謎の行商人・旭日(あさひ)。
 鉉太たちとともに果州に赴く、京の高僧・円宝(えんほう)。
 鉉太が掠われて不在の間、身代わりを務めていた少年・酉白(ゆうはく)。

 そんな中でも印象的なのは、鉉太の許嫁として登場する娘・泉水(いずみ)さんだ。親同士が決めた縁ゆえ、これまで2人は会ったことがない。
 そんな中、まだ見ぬ夫(鉉太)が京から娘(蓮華)を連れて帰ってきたと聞いた泉水は「婚礼前から妾を囲っているのか」と怒り心頭、絃太の元へ乗り込んでくるという、気が強く勇ましいお嬢さんだ。
 初対面こそ不穏な状況で始まるが、鉉太の人となりを知るうちにどんどん惹かれていってしまうあたり、とっても可愛い。豪族の娘だけに胆も座っているが細やかな情も持ち、愛嬌も充分となかなか魅力的なキャラだ。
 メインヒロインの蓮華さんも異色でユニークだけど、サブヒロインの泉水さんもまたいい。

 物語の終盤は、果州の運命をかけたスペクタクルな戦闘シーンとなる。戦いの主役となるのはもちろん絃太なのだが・・・
 そしてここに至り、蓮華の ”役割” が明らかになる。

 彼女の ”正体” は、物語の開始時からの大きな謎だ。どこで生まれたのか? なぜ ”変身” を繰り返すのか? そしてなぜ、この世界に現れたのか?
 ラスト近く、自らの出自と与えられた使命を知った蓮華は、最後の戦いへと赴くことになる。

 このあたりからもう目頭が熱くなってきてしまう。とくに○○の正体が分かったときにはもう・・・子どもと△△には勝てないとはよく言ったものだ。

 そして極めつけのラスト1ページ。ここで涙腺が崩壊してしまった。
 いやあ、こんなもの読まされたら泣くしかないじゃないか・・・


 徹頭徹尾、鉉太と蓮華の ”絆” を描ききって見せた作者の手腕に感服。
 物語は骨太にして重厚でありながら、読みにくさとは無縁。魅力的なキャラたちの動きを追っていけば、するすると感動的な物語世界の中に入っていける。
 素晴らしいファンタジーの書き手が出てきたなぁと思う。今後が楽しみな作家さんだ。



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