夏を取り戻す [読書・ミステリ]
評価:★★★★
時代は1996年8月。
舞台は東京から電車で1時間ほどのS県城野原(きのはら)市にある団地だ。
「プロローグ」で描かれるのは、城野原団地に住まう5人の小学4年生、里崎健・斎藤隼人・中井美咲・福永智子・石野慎司の会話。
5人とも私立中学校に入るために学習塾へ通っているのだが、隼人が言い出す。
「夏休みを取り戻そう」
塾通いに明け暮れ、ろくに遊べない夏休み。こんなことでいいのか。
隼人は ”事件” を起こすことを提案する。この5人の行動はやがて大きなうねりとなって、団地と彼らの通う小学校を動かしていく・・・
「第一章 失踪する子供たち」
ゴシップ雑誌『月刊ウラガワ』に、差出人不明のFAXが入る。S県の城野原団地で、小学生の連続失踪事件が起こっているのだという。
新人編集者の猿渡(さるわたり)は、フリー記者の佐々木とともにこの事件の取材のために城野原団地を訪れる。
そこで2人は安田広子という女子大生と出会う。彼女は「情報提供者は私だ」という。
広子の話によると、8月20日に失踪して2日後に帰ってきたのは福永智子。9月2日に失踪して4日後に帰ってきたのは里崎健。
どちらも城野原小学校の4年生。服も体も清潔な状態で帰ってきたので、どこかの ”隠れ家” で過ごしていたことが窺われるのだが、2人とも失踪中のことは頑として語らないのだという。
”隠れ家” をつきとめようと健の失踪について調べ始めた2人は、彼が失踪する直前、団地の外へ出て行って、そのまま帰ってこなかったことを知る。
この団地は川と鉄道の線路に挟まれ、外部との出入り口は2カ所しかない。そのどちらも衆人環視の中にあったのだ。
しかし佐々木は、”隠れ家” は団地内に存在すると言い出す・・・
「第二章 光の密室」
9月9日、今度は中井美咲が失踪する。それも学校の授業中に。
窓にはすべてアルミパネルが張られ、外部から光が入らないようになっていた視聴覚室。誰かが窓や戸を開ければ光が入るのですぐわかる。
しかし、そこで行われた道徳の映画の上映中に、美咲の姿だけが消えてしまったのだ・・・
「第三章 春は戻らない」
猿渡たちは、失踪した子どもたちがみな、5月に行われた小学生対象のキャンプへ参加していたこと、そしてそこで放火による火事が起こっていたことを知る。
子どもたちが起こしている事件の根底には、「夏休みを取り戻す」だけでなく、この放火事件の真相、さらには団地内と団地外の子どもたちの間の ”対立” があるらしい・・・
1996年という時代設定なので、子どもたちはスマホではなくゲームボーイを抱えている。この携帯ゲーム機も本書の中では大事なアイテムになってる。
子どもたちの失踪のトリックは、さほど難しくはない。小学生の考えたアイデアって設定だから、作者もそこで勝負しようとはしてないだろうし。
実際、健の行ったトリックはすぐ分かるし、美咲の脱出トリックも、私の考えたものとはちょっと異なってたが基本のところは同じだった。
”隠れ家” の場所にしても、思い当たる人は多いだろう。
ではどこが本書の読みどころかといえば、まずは5人の子どもたちの生き生きとした描写だろう。彼らの行為は大人を動かし、「第五章 夏を取り戻す」では全校集会まで開かせるに至る。
猿渡と佐々木という ”おっさん&若造” というバディも上手く描かれているし、キャンプのスタッフの一人だったという広子さんも、何か抱えていそうな様子で物語のキーパーソンになる。
もちろんミステリとしてもよくできてる。
ほとんどの謎は「第五章」までに解明されるので、じゃあこれで終わりかと思いきや、まだ文庫で80ページ以上残っているのだ。
その「第六章 冬が終わるまで」では、意外な展開が待っている。”日常の謎” 系で進んできた物語の雰囲気もここで一変する。
「第五章」まで、ミステリとしてはいささか食い足りないと思った人もいるかも知れないが、この「第六章」で明かされる ”真相” で満足できるだろう。
そして最後に置かれた「エピローグ」。
事件の後日談が語られる、くらいは書いてもいいだろう。
ラストの2ページ。これがたまらなく愛おしい。
こんなもの読まされたら、泣いてしまうじゃないか・・・(T-T)