灰色の棺 放浪探偵・呪師霊太郎 [読書・ミステリ]
評価:★★★
昭和12年11月。詩人・北原白秋は、その人気の絶頂期を迎えていたが、過労のためか眼底出血を患い、入院していた。
本書の主人公・矢代(やしろ)夕子は、出版社で働く22歳の女性編集者。縁談がまとまり、年内を以て退職の予定であったが、最後の仕事として白秋の担当を任されていた。
その白秋のもとへ脅迫状が届く。そこには「おまえは中島白雨(はくう)の才能を盗んだ」と記されていた。
中島白雨、本名は中島鎮夫(しずお)。17歳で自ら命を絶った、白秋の親友の名であった。
時を同じくして、夕子の父のもとへ故郷である福岡・柳川の本家から連絡が入る。本家である綺羅(きら)家は造り酒屋を営んでいたが、家督相続を巡って親族会議を開くという。
父の代理として柳川へ赴くことになった夕子だが、綺羅家にも同様の脅迫状が届いているという。綺羅家もまた、家業を通じて北原家と交流を持っていたのだ。
九州へ向かう前、病院の白秋を見舞いに行った夕子は、そこで謎の青年を見かけ、後を追う。彼は新宿にある安アパートに入り、夕子もまた中に入るが、そこで見つけたのは血まみれの男の死体。そして部屋にあった金魚鉢の中では、金魚が一匹、死んでいた。
綺羅家では当主が亡くなり、未亡人となった鈴(すず)が家業を継いでいた。しかし、亡夫に淳一郎という庶子がいたことが分かり、改めて鈴は彼に家督を譲ろうとしていた。しかし亡夫の2人の弟がそれに反対していた。
そんな中、柳川へやってきた夕子の前で、さらなる殺人が起こる・・・
本書の冒頭に白秋の『金魚』という詩が掲げられている。金魚を一匹ずつ殺していくという何とも不気味な詩なのだが、その詩をなぞったような殺人事件が続発する。
登場人物はさほど多くなく、しかも複数の死人が出るので、容疑者も減ってくる。しかしながら夕子以外の登場人物はみな、いかにも胡乱な言動を繰り返すので、なかなかこれと絞り込むことができない。
それでも、犯人の正体にはミステリらしい驚きを感じるし、犯人が ”見立て殺人” に仕立て上げた理由もまた納得できるものだ。
そしてなにより、昭和12年という時代でこそ成立する物語になっている。
盧溝橋事件の直後であり、これから中国との本格的な戦争に突入しようとしている時代。戦争によってねじ曲げられた人々の運命、残された後悔の念、そして悲しみが読後の余韻となって残る。
そんな中で、当時の女性には珍しくアクティブで前向きな夕子さんの存在が光っている。