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面影はこの胸に [読書・ミステリ]

面影はこの胸に (講談社文庫)

面影はこの胸に (講談社文庫)

  • 作者: 赤井 三尋
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/03/13
  • メディア: 文庫

評価:★★★

昭和4X年。齢80になろうという早稲田大学名誉教授の井上健吉は、
校友誌『早稲田学報』の取材に応じて、数十年前のことを回想する。
それは、名探偵として名を馳せた早稲田大学の言語学教授・等々力のもと、
助手として奔走し、解決に関わった3つの事件のことだった。
井上の妻・牧江とも、事件の捜査を通じて知り合ったことが
語られており、どこで彼女が登場するのかも興味を引く。

「秋の日のヴィオロンの溜息」
大正11年。世界的物理学者アインシュタイン博士が来日した。
博士は神戸で客船を下り、鉄道で東京へ移動してホテルに着いた夜、
持参してきたヴァイオリンが贋物とすり替わっていたことに気づいた。
楽器自体は安物だったが、ノーベル賞受賞者の持ち物なので
欲しがる者は多いだろう。
等々力を訪れた博士は、ヴァイオリン盗難の解決を依頼するが・・・
犯人当てと言うよりは、等々力教授の命のもと
調査に奔走する若き日の井上くんの奮闘がメインで
「少年探偵団」(江戸川乱歩)の大人版みたいな趣き。
等々力は明智小五郎の役回りだが、井上くんは
残念ながら小林少年ほど機転が利かないのはご愛敬。

「蛙の水口」
作中の描写から、大正13年の出来事と思われる。
等々力のもとを訪れたのは外務省の幣原喜重郎。
2日前、外務省電信課の職員・伊東潤一が事故死し、
その遺体のポケットから謎の文字列を記した紙が見つかった。
最近、外務省の使用する暗号が某国によって解読されている節がある。
伊東もまた、暗号機密流出に絡んでいたのかも知れない。
幣原の依頼内容は、外務省に潜むスパイの摘発だった。
等々力の命を受けた井上くんは、伊東の葬儀に参列していた
外務省の女性職員・浅見静枝の尾行を始めるが・・・
スパイの正体をあぶり出す、終盤の逆転が鮮やか。

「ジャズと落語とワン公と」
今回の主役は、落語家にして喜劇俳優として名を馳せた柳家金語楼。
作中での金語楼師匠は29歳。wikiによると1901年生まれとあるので
この短篇は1930年、昭和5年の話だろう。
ラジオに出演したことがきっかけで寄席組合と軋轢が生じ、
高座へ上がれなくなってしまった金語楼だが、
寄席以外にも活躍の場をたくさん持っていたので意気軒昂。
ある日、金語楼の事務所を訪れた男・名倉は、料金を全額前払いして
隅田公園で、一晩のジャズ落語(ジャズをバックに小噺や踊りを見せる)の
興業を打つことを依頼をしてきた。さらに、入場料はタダにして
誰でも観覧できるようにする、とも。
隅田公園を見下ろすことのできる言問橋(ことといばし)病院に
名倉の軍隊時代の恩人が入院しているのだが、余命幾ばくもない。
最後に金語楼のジャズ落語を見せてやりたいのだ、という。
しかし、興業の準備のさなかに当の病院を訪ねた金語楼だったが、
そのような患者はいないことがわかる。
等々力は金語楼から相談を受け、井上とともに調査に乗り出すが・・・
ここまで読んできた人の中には分かってしまう人もいるだろうが
某古典ミステリのバリエーションの一つだ。
金語楼の他にも、有名になる前の忠犬ハチ公も登場するなど
実在の人物や風物を取り入れているのも楽しい。
柳家金語楼師匠は、私も幼い頃にTVで見た記憶がある。
wikiによると没年は1972年なので、私は ”間に合った” のだろう。


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