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創薬探偵から祝福を [読書・ミステリ]


創薬探偵から祝福を (新潮文庫nex)

創薬探偵から祝福を (新潮文庫nex)

  • 作者: 喜多 喜久
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/11/28
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

患者数の極めて少ない、稀な病気の治療法の開発は
製薬会社の採算が取れないためになかなか進まないようである。

本作では、作品内設定として
『URT (Ultra Rare-disease Treatment)・超希少疾患特別治療』
なるものが登場する。

日下病院の院長・日下公一郎の尽力により、
医療制度として認められた『URT』とは
世界でたった一人しかいない病気の患者でも
その治療のために薬剤を開発するというものである。

国内で唯一、URTに対応した日下病院は、公一郎亡き後も
その娘・貴美恵が後継者となって希少疾患患者を受け入れていた。

主人公・薬師寺千佳は、日下病院直轄の創薬チームで
調査担当として働いている。
相棒は遠藤宗史(そうし)。化学合成において卓越した才能を示し、
薬理試験・分析も担当している。

二人とも、製薬会社に勤務しながら半ばボランティアのような形で
日下病院の創薬チームとして活動していた。
彼らには、URTの仕事とは別にもう一つの目的があったからである。
2年前、千佳の姉であり遠藤の婚約者でもある姫子(ひめこ)が
脳炎を発症し、それ以来回復のめどが立たない昏睡状態にあった。
彼女を目覚めさせるべく治療法を模索する二人だが、
千佳の中には、遠藤に対する思慕の情が次第に育ちつつあった・・・


「第一話 見えない檻」
アフリカのS共和国から帰国した駒川悟は、
エボラ出血熱に酷似した症状を示して危篤状態に陥る。
しかし検査の結果、彼はエボラウイルスには
感染していなかったことが判明する。
駒川と面会した千佳は、彼の口から
「呪いは・・・あった」という謎の言葉を聞く。
駒川のメモによると彼は2年近くの間、原住民の村に滞在し、
そこで ”宝の山” なるものを見つけたらしい。
伝奇的な言い伝えから科学的な解釈を導き出すくだりや
病状を引き起こした犯人を突き止めるまでの二転三転する展開が面白い。

「第二話 百億分の一の運命」
プロ野球チーム・東京エレファンツに所属する選手・岩里真吾。
彼は視神経に生じた腫瘍のために視力の低下を来していた。
しかし治療にあたっては薬物療法を望んだ。現役続行にこだわるがゆえに、
メスを入れることによって視神経が傷つくことを怖れたためである。
しかし分析のために腫瘍の一部を切りとることすら拒否されたため、
千佳たちは仕方なく、腫瘍細胞の遺伝子の活性化パターンが
岩里と同じものをもつ患者を探し始めるが、
世界中のデータにあたっても、わずか数例しか見つからない。
患者(データ)探しは難航するが、やがて戸倉潤平という10歳の少年が
磐里と全く同じ腫瘍を発症していることが判明する・・・
ラストは意外な人情話になったりする。

「第三話 受け継がれるもの」
千佳たちは日下病院のオーナー・貴美恵から
「骨突起異形成症」の治療薬開発を依頼される。
それはかつて貴美恵の母・弓子が罹患した希少疾患であり、
父・日下公一郎がURT制度の創設に踏み切るきっかけともなっていた。
弓子は創薬が間に合わず、死亡してしまっていたが、
日下病院へ同じ病気を発症した患者・新塚美幸が入院したことにより、
治療薬開発への再挑戦が始まったのだ。
千佳はかつての創薬チームのメンバーと会って情報を得ようとするが
彼らは千佳の姉・姫子の治療を行ったメンバーでもあった。
美幸の治療と並行して、過去のエピソードもまた語られていく。
ラストでは意外な人間関係も明かされる。

「第四話 希望と覚悟と約束」
女子高生・藤崎乃々葉(ののは)は、腫瘍の除去手術を受けた直後、
造血機能が大幅に低下してしまう。
旧創薬チームの一人であった生物系の研究者・蓮見から
iPS細胞を用いた造血幹細胞を治療に用いたらどうかとの
提案が為されるが、過去に姫子へ行った治療について
憤りを覚えていた遠藤は、蓮見との共同作業を拒否してしまう・・・
終盤近く、乃々葉とそのボーイフレンド・耕介の会話が泣かせる。

「第五話 破壊、そして再生」
iPS細胞を用いた、姫子の脳神経細胞再生治療が始まり、
遠藤は長年の心労から解放されたせいか創薬への熱意を失ってしまう。
勤務している会社でも評価が急落、閑職へと左遷されてしまう。
そんなとき、遠藤は駅の階段から転落、頭蓋内出血に陥る。
早めの処置で命は取り留めたものの、判断力・思考力が極度に低下して
日常会話もままならない状態になっていた。
日下貴美恵は、URT制度を用いた遠藤の治療を提案する・・・


これで完結、って感じのラストを迎えるが、
姫子を含めた登場人物たちがその後どうなるかは
明確には描かれず、読者の想像に任せられる。
もっとも、どうなりそうかはなんとなく示されてるけどね・・・

でも、私としてはちょっとすっきりしなかったかなぁ。
この終わり方が万事丸く収まるのは分かるんだが。

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