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ジェノサイド [読書・SF]

ジェノサイド 上 (角川文庫)

ジェノサイド 上 (角川文庫)

  • 作者: 高野 和明
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2013/12/25
  • メディア: 文庫




ジェノサイド 下 (角川文庫)

ジェノサイド 下 (角川文庫)

  • 作者: 高野 和明
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2013/12/25
  • メディア: 文庫



評価:★★★★☆

本書は2011年に刊行され、その年の話題をさらった本らしい。
「このミステリーがすごい!」をはじめ各種のランキングでも
上位を席巻したそうだ。

この作者、デビュー作であり乱歩賞受賞作である「13階段」は読んだ。
でもその次に読んだ本(たぶん「K・Nの悲劇」)が
どうしても面白いと思えず、途中で投げ出してしまった。
だから、それ以降手に取ることはなかった。

そんなわけだから書店で本書の文庫版を見つけたときも
「そんなにすごい出来なんだろうか?」って
半信半疑の気持ちがあったことを告白しておこう。

では、実際に読んでみたらどうだったか?
それは上の評価を見ていただければ分かると想う。


主人公の一人、ジョナサン・イエーガーは、
難病である "肺胞上皮細胞硬化症" に冒されて
余命幾ばくもない一人息子ジャスティンの医療費を捻出するため、
軍を辞めて傭兵稼業に身を投じていた。

彼に与えられた新たなミッションの地は、アフリカ。
発令者はアメリカ合衆国大統領。
ホワイトハウスの下した冷徹な決断により、
或る部族の一団が根こそぎ殲滅されることが決定したのだ。
3人の傭兵仲間と南アフリカで訓練を積んだ後、
イエーガーたちは戦乱の地・コンゴに潜入するが、
目的地へ到着した彼らを待っていたのは意外な "あるもの" だった。

もう一人の主人公は、薬学を専攻する大学院生・古賀研人(けんと)。
ウイルス研究者であった父・誠治が病気で急死するが、
その死んだ父親から1通の電子メールが届く。

メールの内容に導かれて行き着いた一軒のアパート。
その一室には、様々な薬物の合成に必要な機器一式が揃えられていた。
父が残したのはそれだけではない。誠治のノートPCには
"人知を越える驚異的な能力を秘めた" 創薬支援ソフトウェア「GIFT」
がインストールされていたのだ。

誠治の残したメッセージは、研人にこう命じていた。
「1ヶ月以内に "肺胞上皮細胞硬化症" の特効薬を開発せよ」と。

 この病気は3歳の子供に多く発症し、6歳までにその大半が死亡する。
 全世界でおよそ10万人の患者が存在するが、根本的な治療法はない。
 発症すれば死を免れない難病であった。

物語は、イエーガーたちがコンゴで "あるもの" と
接触したときから大きく動き出す。
アメリカ合衆国から追われる身となった彼らは、
"あるもの" とともにアフリカ大陸からの脱出を図る。
しかし合衆国の巡らせた謀略により、周辺に潜む武装組織が
こぞってイエーガーたちを追い始める。
彼らが見たのは、戦場という狂気の場所で繰り広げられる
獣性の解き放たれた人間のもたらす地獄図であった・・・

一方、研人にもまた、CIAの息がかかった追っ手が迫るが、
韓国人留学生・李正勲(イ・ジョンフン)の協力を得て、
「GIFT」を利用した特効薬の開発に取りかかることを決意する。
しかし研人は、自分が人類の運命を賭けた戦いに
巻き込まれていることを知らないでいた・・・


本書のテーマのひとつが "父と子" だろう。
間もなく命が尽きようとしている息子のために戦うイエーガー。
死んだ父親の遺志を継いで、新薬合成に挑む研人。
二組の "父と子" の思いが描かれていく。

特に、研人のパートがいい。
ウイルス学者としての父を理解できず、
自分が進んだ薬学の道にもいまひとつ身が入らず、
毎日を惰性で生きているような研人が、
父の死をきっかけにさまざまな人と出会い、言葉を交わし、
いろいろな経験を通して自分の進むべき道を見いだしていく。

これは研人の人間として成長の物語でもあるのだ。

父の言葉のままに新薬開発に取り組み始めたものの、
期限の1ヶ月以内にはとても完成は無理だと感じた研人。

そんなとき、病院で "肺胞上皮細胞硬化症" に冒されて
余命1ヶ月と宣告された6歳の少女・舞花を見て衝撃を受ける。
「自分には、あの子を救えない・・・」

しかしそんな研人に強力な助っ人が現れる。
創薬物理化学を専攻する正勲である。
二人で知恵を絞り、ディスカッションを繰り返していくうちに
すこしずつ新薬合成に光明が見えてくる。

中盤以降の研人は、新薬の完成へ向けて
ひたすら没頭するさまが描かれていく。
この難病によって苦しむ、世界中にいる10万人の子供たちを救うために、

研人の通う薬学部の学部長の言葉が、けっこう頭の中に残る。
「一人の医者が救える命の数はせいぜい万のオーダーだが
 新薬を一つ開発すれば、百万の命を救える」
まさに研人はこの道を進み始めるのだ。

 なんだか研人が頑張っている姿を読んでると、
 それだけで目がウルウルしてくるんだよなあ。
 若者が必死になって世のため人のためにもがいている姿に
 私はきっと弱いんだと思う。

そして、それと同時に研人は、研究者としての父の心のうちが
すこしずつ理解できるようになっていく。
このあたりの描写も本当にうまい。

 「GIFT」によって判明した分子構造にむけて、
 研人の合成操作がスムーズに進行していく過程は
 ちょっとうまくいきすぎのような気もしなくもないが
 そんなことを言うのは野暮というものだろう。
 それに途中で失敗したら1ヶ月で出来ないしね。

終盤の研人は、序盤とは見違えるようにたくましく、
行動力にあふれた若者へと変貌している。
そこにいるのは、創薬を自分の一生の使命と定めた、
一人の研究者(の卵)だ。

ラストで、すべてを終えた研人のもとへ
もう一通の電子メールが届く。
誠治が、自分が死んだ場合に備えて残しておいた
研人への最後のメッセージだ。

このメールがまた泣かせる。
つい最近も手紙文を読んで号泣してしまったのだが
(「レッドスーツ」のことだ)
またまた手紙で泣かされてしまった。
歳のせいか親子の情愛がからむと、もうてきめんである。
涙で活字が追えなくなってしまうなんて、もう泣きすぎ・・・


研人のパートばかり一生懸命書いてしまったが
イエーガーのパートだって良くできてる。

アフリカでの戦闘シーンは「地獄の黙示録」を彷彿させるし
ラスト近くのスペクタクル・アクションシーンは
まさにハリウッド映画そのもの。ハラハラドキドキが止まらない。

イエーガーたちが出会った "あるもの" 。
研人に与えられたソフトウェア「GIFT」とは誰が作ったのか。
そして彼が取り組んだ難病のための特効薬の合成、
それにはどんな目的が隠されていたのか。
そしてホワイトハウスの思惑。
さまざまな要素、ストーリーが絡み合い、見事な大団円を見せる。

久しぶりに骨太の、素晴らしく面白い
エンターテインメイント作品を読ませていただいた。

最後にどうでもいいことをひとつ。

この作品を、どのジャンルに分類しようか考えてしまった。
イエーガーのパートを読むと「冒険」「アクション」だろうし
研人のパートを読むと「サスペンス」だろうし
ホワイトハウスの様子は「国際謀略小説」だろうし。

しかし、ここはあえて「SF」とした。
いろんなジャンルの要素を併せ持つ作品だけれど、
その中心にあるのはこれだと思う。
読んでいてちょっと小松左京を思い出すところもあったしね。


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