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本陣殺人事件 [読書・ミステリ]


金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件<金田一耕助ファイル> (角川文庫)

金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件<金田一耕助ファイル> (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2012/10/01

 旧家・一柳(いちやなぎ)家当主の婚礼の夜、離れ座敷で新郎新婦が惨殺された。周囲に降り積もった雪には足跡ひとつなく、完璧な密室と化していた・・・
 日本ミステリを代表する名探偵のひとり、金田一耕助の初登場作品にして、日本家屋を舞台にした密室殺人の嚆矢ともなった、ミステリ史的にも重要な作品。
 表題作のほか、中編2作を収録している。

* * * * * * * * * *

 これから月一ペースで角川文庫の〈金田一耕助ファイル〉全20作を再読していこうと思う。みな高校~大学の頃に初めて読み、その後も読み返したことのある(多いものは4~5回くらい)作品ばかりなのだけど、最後に読んでから20年以上経つので、もう一度読んでみようと思った次第。
 これが私の人生で最後の "金田一耕助体験" になるかも(おいおい)。


「本陣殺人事件」

 岡山の旧家・一柳家は、江戸時代には宿場の本陣(参勤交代する大名の宿泊所)となっていた名門の一族。その当主・賢造は、若い頃に大学の講師をしていたが、現在は郷里に帰り、市井の研究者としてしばしば論文を発表するなど学者肌の人間。
 時に昭和12年(1937年)、その賢造が妻を娶ることになった。相手は岡山で女学校の教師を務めていた久保克子。賢造の周囲は反対したが彼はそれを押し切り、結婚へと至った。
 しかしその婚礼の夜、悲鳴と琴の音が響き、夫婦が初夜を過ごすはずの離れ座敷で二人の惨殺死体が発見される。しかも周囲に降り積もった雪により、離れは完璧な密室へと化していた・・・

 西洋で生まれたミステリを "和" の世界で見事に再構成してみせた、横溝正史の代表作のひとつだろう。犯人の動機があまりにも前近代的なんだが、90年近い昔が舞台だからね。もうほとんど ”時代ミステリ” になってるのだろう。

 式の数日前から一柳家の周囲には三本指の男が出没し、不気味な雰囲気を盛り上げる。現場には家宝の名琴や三本指の血痕のついた金屏風など、日本ならではの舞台装置も。
 しかし今回再読して感じたのは、和のテイストや不気味な雰囲気は、あくまでミステリの土台作りに過ぎず(横溝はそれが抜群に上手いのは周知のことだが)、その上にきっちりとした建造物をつくりあげていることだ。
 上にも書いた三つ指の男もそうだが、一柳家の一族、とくに賢造の弟妹たち、そして分家の当主など、みなキャラ立ちもしっかりしていて、かつ腹に一物抱えていそうで実に胡散臭い(笑)。さらに賢造の残した日記の内容など、事態を錯綜させて読者をミスリーディングさせる材料には事欠かない。

 本書は "あの密室トリック"(これもまた有名かつユニークで、後の世に与えた影響も大きい)で語られることが多いが、そのトリックの周囲を何重にも、読者を煙に巻くカラクリで囲い込むという堅牢なつくりをしていることに、改めて気づかされた。しかもそれを文庫で200ページという長さにきっちり収めている。やっぱり横溝正史はスゴい。


「車井戸はなぜ軋(きし)る」

 江戸時代から続く本位田(ほんいでん)家と秋月家は、K村を代表する名家だったが、維新後の混乱を上手く乗り切って財を成した本位田家に対し、秋月家は没落していった。
 大正7年、本位田家と秋月家に同時に男子が誕生したが、秋月家当主・善太郎は前年に病で半身不随の身となっており、二人の子はいずれも本位田家当主・大三郎のタネであることは公然の秘密だった。当然ながら二人はよく似た容姿を示して成長した。
 昭和17年、二人の男子・本位田大助と秋月伍一(ごいち)はそろって出征するが、終戦後に大助のみが復員してくる。しかし周囲は疑いの目を向ける。あれは本当に大助なのか。実は伍一ではないのか・・・

 本作は大助の妹・鶴代の手記を金田一耕助が再構成した、という設定で語られる。復員兵の正体を巡る入れ替わり疑惑など、後の『犬神家の一族』でも使われたシチュエーションだったりと、なかなか興味深い。


「黒猫亭事件」

 昭和22年、東京の外れにあるG町を巡回していた警官は、「黒猫」という名の酒場の裏手にある寺の庭で、ひとりの男が穴を掘っている場面に遭遇する。男は寺の見習い僧・日兆だった。そして日兆が掘っていた穴の底には女の死体が。しかし腐乱していて顔の判別がつかない。
 酒場「黒猫」は改装工事で現在休業中。そこには経営者夫婦に加えて3人の娘がいたことから、死体の主はその4人の女のうちの誰かと思われたが・・・

 冒頭に、作家Y(横溝正史自身がモデルと思われる)と金田一耕助の会話があり、そこで「顔のない死体」の事件の例として、この「黒猫」の事件を語られていく、という導入。
 死体の顔が判別できないミステリの場合、「被害者と加害者が入れ替わっている」という真相がほとんどだ、と耕助は云う。しかしこの事件はこの "公式" に当てはまらない事件だというのだ。
 作者は最初から可能性の一部を排除してしまってから書いているわけで、それだけ本作のアイデアに自信があったのだろう。実際、「顔のない死体」にもうひとひねり加えた "合わせ技" になっていて、ありきたりの作品とは一線を画していると思う。



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