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リア王密室に死す 梶龍雄 青春迷路ミステリコレクション1 [読書・ミステリ]



評価:★★★★


 昭和23年、京都市。旧制第三高等学校の学生・木津武志(きづ・たけし)は同居していた友人が毒殺されるという事件に遭遇する。現場は蔵を改装した密室状態の部屋だった。
 武志のアリバイを証言してくれるはずの人物は姿を消し、彼は第一容疑者となってしまう。友人たちとともに犯人捜しを始めるのだが・・・


 本書は前後編の二部構成になっている。


「前編 若者よ往け」

 舞台は昭和23年の京都。旧制第三高等学校(京都大学の前身。在学者の年齢は概ね17~20歳ほど)に在学している学生たちのグループが主役となる。
 彼らはお互いを本名ではなく、ニックネームで呼び合っている。前編の視点人物となる木津武志は "ボン" と呼ばれていて、他のメンバーにもそれぞれ "リア王"、"カミソリ"、"ライヒ"、"マーゲン"、"バールト"、"カラバン" というあだ名がつけられている。それぞれ由来があるのだが、ここでは割愛。

 ほとんどの学生は寮住まいなのだが、武志とリア王は寮を出て2人で暮らしている。蔵の中に併設された居住スペースに、蔵の番人を兼ねて住み込むことになったのだ。その分、家賃も格安だった。

 ほとんどの学生は経済的に苦しく、武志も例外ではない。彼は観光客相手に京都市内の案内をするアルバイトで日銭を稼いでいた。

 その日、アルバイトを終えて蔵に帰ってきた武志は、扉の前でバールトに出くわす。
「ボン、リア王が大変だ! 中で倒れてる!」
 鍵穴からは倒れたリア王の足が見えた。施錠されていた扉を開けた武志は、リア王が死んでいることを知る。

 死因は毒物の注射による中毒死。リア王の腕には注射針が刺さっており、注射器は部屋の座卓の下に転がっていた。
 現場は密室状態で、出入り可能なのは一カ所ある扉のみ。そこの鍵は武志、リア王、大家である有馬夫人の3人のみが持つ。

 状況から、武志は第一容疑者となった。しかし彼には犯行時刻にはアリバイがあった。伊藤と名乗る初老の夫婦の案内をして、先斗町(ぽんとちょう)にある彼らの知人宅を訪れていたのだ。
 ところが後日その家に行ってみると、見知らぬ人物が住んでおり、伊藤なる人物も知らないという。もちろん伊藤夫婦とも連絡はつかず、武志は窮地に立たされることに。

 もう一つ、武志に不利な状況があった。彼はバールトの2歳年上の姉・奈智子(なちこ)に恋をしていたのだが、リア王もまた彼女に想いを寄せていた。つまり、恋のライバルでもあったのだ・・・

 武志を筆頭容疑者としつつも決め手に欠け、捜査は膠着状態に。そんな中、グループ内でも頭脳明晰を誇るカミソリによって、真相が解明されるのだが・・・


「後編 青春よ彼方へ」

 時代は一気に30年以上を飛び越え、昭和50年代へ。

 「前編」に登場した旧制三高時代の仲間だった "ある人物"(作中では誰なのか明記されてるんだが、ミステリとしての興を削ぐと思うのでここでは名を秘す)が、ある新聞記事を目にするところから始まる。それは、30年前のグループの一人が事故死したというニュースだ。

 "ある人物" の息子・秀一(しゅういち)は、記事をきっかけに父から学生時代の殺人事件のことを聞かされる。
 父の話(カミソリによって解明された真相)に納得できないものを感じた彼は、医学生である恋人・弥津子(みつこ)とともに調査に乗り出していく・・・


 本書の惹句には「絶妙の伏線マジック」とある。
 以前読んだ、同じ作者の『龍神池の小さな死体』でも感じたが、作中に散りばめられた多くの伏線が、謎解きに際して綺麗に回収されていくのはたいしたもの。
 さらに本作では、前編と後編で二通りの解決を示しているのだが、密室トリックまで二通り用意されているという周到さ。
 それに加えて現代編では、現在進行中の重大事件も関係してくると云う多重な構成で、ミステリとしての楽しみはてんこ盛りと言っていいだろう。


 惹句には、さらに続きがある。「戦後の青春をリリカルに描く」と。
 旧制三高ならば、卒業生の多くは京都大学へ進学しただろうから、秀才の集団だ。よく言えば個性豊か、悪く云えば奇人変人の集合である学生たちが過ごす日常の描写。
 青臭い議論に熱くなったり、アルバイトに奔走したり、麻雀などの遊興に明け暮れたり、恋愛に心悩ませたり・・・。太平洋戦争が終わって3年、未だ混乱は残るものの、自由奔放な学生生活を謳歌する彼らの心は晴れやかだったろう。
 現代の我々からは想像するしかできないが、少なくとも彼らの目の前には揚々たる前途、明るい未来が見えていたと思う。

 作中で描かれる武志たちの過ごした学生時代と、自分自身のそれと比べる読者は多かろう。もちろん異なるところが多々あるだろうが、それでもどこかしら重なるところを見つけ、そこに懐かしさを感じる人もまた多かろう。
 そういう、自らの青春に思いを馳せさせる "ノスタルジー" もまた、本書の大きな持ち味だ。

 そんな若者たちの30年後を描く「後編」では、かつて ”同じ時間” を過ごした者たちの ”その後” が描かれる。
 功成り名を遂げた者、故郷で地道に生きる者もいる一方で、鬼籍に入った者、消息不明な者もいる。辿った時間を追っていくと、まさに ”人生いろいろ” と感じさせる。
 そして、ラスト近くの一行に込められた哀歓は忘れがたい。


 ミステリとして一級品なのはもちろん、青春小説としても一級品だ。楽しい読書の時間を約束してくれるだろう。



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