幽霊座 [読書・ミステリ]
評価:★★★
横溝正史復刊シリーズの一冊。
中編3作を収録している。
「幽霊座」
大正時代の初めに創立された稲妻座は、歌舞伎の専用劇場。大手資本が進出してくる中でも独立を保つことができたのは、人気歌舞伎役者・佐野川鶴之助を擁していたため。
しかし昭和12年(1937年)、当時30歳だった鶴之助が、千秋楽興業の最中に劇場から姿を消してしまう。その後の消息も知れず、生死も不明のまま。
この鶴之助最期の舞台を観客席で見ていた人々の中に、若き日の金田一耕助もいた。作中の描写によると、金田一は20歳頃から鶴之助と個人的に親交があったという。しかし彼をしても真相は解明されないまま終わってしまう。
まあこの頃の金田一は、まだ探偵ではなかったし、調査のノウハウもまだ身につけていなかっただろうから。
ちなみに、作者の言葉によると金田一耕助は大正2年(1913年)生まれなので、このとき24歳のはず。そしてこの後すぐに渡米してしまうわけだ。
そして鶴之助失踪から17年後。主役に鶴之助の息子・雷蔵を迎えて、鶴之助の追善興行が行われる。しかし楽屋には毒入りのチョコレートが贈られ、連続殺人が始まる・・・
地方の旧家を舞台にして血族間の骨肉の争いを描いてきた横溝が、本作では歌舞伎界を題材に選んだ。人気役者の一族にもまた、封印された秘密があり、それが惨劇の引き金となっていく。
終盤になって明らかになる鶴之助失踪の真実はかなり驚かされる。そして犯人の執念もまた尋常ではない。
横溝正史は何を書かせてもそつがないと思わされる一品。もちろんその裏には、当然ながら人並み外れた研究と努力があったのだろうけど。
「鴉」
岡山県の山奥で神社の神主を務め、湯治場も営む旧家・蓮池家。
当主・紋太夫(もんだゆう)は息子夫婦に先立たれ、孫娘・珠生(たまき)だけが残された。貞之助という青年を婿養子に迎えたが、彼は3年前に謎の失踪を遂げてしまった。
ご神体を収めた神殿に入ったまま、姿を消してしまったのだ。神殿は内部から施錠され、衆人環視の中にあった。神殿内には血のついた鴉(からす)の羽根が一本、そして「3年後に帰ってくる」と記された血文字の書き置きが。
磯川警部とともに金田一耕助が蓮池家を訪れたのは、貞之助失踪からちょうど3年目、彼が ”予告” した日だった。しかし貞之助は姿を見せぬまま、殺人事件が発生する・・・
人体消失のトリック自体は驚くほどのものではないが、事件のそもそもの発端となった ”秘密” は、あまりにも重すぎる。
こういう題材は現代ではなかなか扱えないんじゃないかな。昭和20年代だからこそ書けたのかも知れない。
「トランプ台上の首」
隅田川沿いのアパートの一室で、ストリッパー・牧野アケミの死体が発見される。遺体は首が切断され、部屋にあったトランプ・テーブルの上に。そして胴体は部屋の中にはなかった。
現場に残された血の跡から、胴体は川に放り込まれたか、ボートで運び去られたものと思われた。
捜査に当たる警察の前にさらにもう一つの死体が現れる。それはアケミのパトロンをしていた実業家・稲川専蔵だった・・・
”首が切断された死体” は、ミステリでよく使われるシチュエーションだけど、それには首を切る合理的な理由が必要。さらに本作の場合は、胴体を隠す理由も併せて説明されねばならない。
しかし最期に金田一が示す推理は、事件の全貌を筋道立てて綺麗に解き明かしてみせる。
巻末の解説によると、高木彬光の『刺青殺人事件』(1948年初刊)が発表されたとき、横溝はこれと似たトリックを考えていてショックを受けたという。
しかしこれにもめげずに、新たに書き上げたのが本作で、『刺青-』発表の9年後のこと。転んでもただでは起きないのが巨匠たるゆえんということか。
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