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風神の手 [読書・ミステリ]

風神の手 (朝日文庫)

風神の手 (朝日文庫)

  • 作者: 道尾 秀介
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2021/01/07
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

本書は3つの中編と「エピローグ」からなる。
舞台は西取(にしとり)川を挟んで隣接する2つの街、
上上町(かみあげちょう)と下上町(しもあげちょう)。
この街に流れる40年近い時間の中で、3つの物語が綴られる。

「第一章 心中花」
物語は、15歳の藤下歩実(あゆみ)が、母親の奈津実(なつみ)とともに
上上町にある「鏡影館(きょうえいかん)」という写真館を
訪れるところから始まる。病で余命幾ばくもない奈津実は、
ここで遺影を撮ってもらうために来たのだ。
しかし奈津実は、店内に展示されていた1枚の写真を見て驚き
店主に問う。「これはサキムラさんとおっしゃる方ではないですか?」
歩実がこの様子を祖母に伝えたところ、
かつて一度だけ奈津実が口にした言葉を教えてくれた。
「私のせいでサキムラさんが死んじゃった」と。

ここから奈津実の回想に入る。
28年前、中江間(なかえま)奈津実は高校生だった。
彼女の父は中江間建設という会社を経営していたが、
請け負った西取川の護岸工事の最中に川の汚染事故を起こし、
その隠蔽を図ったとして事業継続を打ち切られ、
護岸工事は他の建設会社へと引き継がれた。
中江間建設は倒産し、一家揃って県外へ転居することが決まった頃、
奈津実は漁師修行中の青年・崎村と知り合う。
2人は互いに思いを募らせていくが、奈津実が町を去る日は迫ってくる。
町を挙げての祭りとなる火振り漁の日を
最後の思い出にしようとする奈津実だが、そこで事件が起こる・・・

「第二章 口笛鳥」
小学5年生の ”まめ” は、転校生の ”でっかち” と出会い、親友となる。
でっかちは上上町の写真屋の息子として生まれたが、
両親が離婚し、いまは母親の再婚相手と暮らしていて
義理の父親は西取川の護岸工事の現場で働いている。
しかし、実の父親が経営する写真店に謎の男たちが上がり込み、
店主を監禁しているらしい。
でっかちと共に店主の救出に乗り出すまめだが・・・

「第三章 無常風」
第一章の7年後。15歳だった藤下歩実は成人し、
看護師として働き出している。
歩実が勤務する癌病棟に入院している老女、
野方逸子(のかた・いつこ)が本章の語り手となる。
かつて西取川の汚染事故を起こし、さらにその隠蔽までも画策して
契約を打ち切られた中江間建設。
歩実の母・奈津実の運命を変えた祖父の会社の不祥事の後、
中江間建設に代わって護岸工事を引き継いだのが
当時、逸子が社長をしていた野方建設だったのだが・・・

人間は嘘をつく。些細なものから重大なことまで。
たいていは早々にバレて、大事にならずに済んでしまうものだが
中にはそのままの虚構が一人歩きしていって
多くの人々の運命に関わっていくことも起こりうる。

本書の中では、結ばれた(かもしれない)奈津実と崎村の運命も
大きく変転していってしまうし、
本来、苦しまなくて済んだ人が艱難辛苦に弄ばれてしまうこともある。

ただ、”変えられてしまった” 人生と、”変わらなかった” 人生、
どちらが幸せだったかは一概に言えないし、
ある人を苦しむ運命から救えば、他の人が苦しむことにもなるだろう。
人間すべてに降りかかる喜怒哀楽の総量は変わらないのかも知れない。

とはいっても、自分の人生では苦楽は少ないほうがいいし、
誰かの嘘で自分の人生がねじ曲げられたと知ったら、
穏やかな気持ちではいられないだろうが・・・

3つの章の中で、ある人物が何気なく嘘をついたことによって、
あるいは、それが嘘であることを知りつつも、それを正すことなく
口をつぐみ続けることによって結果的に加担してしまい
多くの人の運命がねじ曲げられていくさまが描かれる。

一つ間違えると、陰湿な物語になりそうなのだが、
哀しみ一辺倒な感じを受けないのは、
奈津実の娘である歩実の存在が大きいだろう。
母が辿った過酷な運命を知りながらもそれを受け入れ、
未来に向かって、まさに名前の通り ”歩んで” いく。

ネタバレになるので名前は挙げないが、第一章から第三章までの
登場人物が一堂に会する「エピローグ」の穏やかさに
ちょっぴり心安らかな気持ちになって、本を閉じられる。


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