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到達不能極 [読書・SF]

到達不能極 (講談社文庫)

到達不能極 (講談社文庫)

  • 作者: 斉藤詠一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/12/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

第64回江戸川乱歩賞受賞作。

とは言っても、本作をミステリだと思って読むと当てが外れる。
文庫裏表紙の惹句にもあるけど、本作は ”SF” であり ”冒険小説” だ。

 江戸川乱歩賞の長い歴史の中でも、ミステリ以外が受賞した例はある。
 思いつくままに挙げると、例えば
 『ナイトダンサー』(鳴海章)は航空アクションだったし、
 『Twelve Y.O.』(福井晴敏)はミリタリー・サスペンスだった。
 本書もミステリではないけれど、過去の乱歩賞を見てみれば
 受賞したっておかしくない作品ではある。
 それだけ間口の広い賞なのだろう

物語は現代と太平洋戦争末期の2つの時系列で語られていく。

2018年2月。

ツアー・コンダクターの望月拓海(もちづき・たくみ)と
50人の乗客を乗せたチャーター機は、南極遊覧飛行に飛び立つ。
しかし飛行中に謎のシステムダウンを起こしてしまう。

機体は氷原に設けられた滑走路へ不時着する。
そこは、今は使われていないアメリカのプラトー基地だった。
しかしチャーター機の通信機も故障、救援を呼ぶことができない。

いわくありげな乗客・ベイカーと共にプラトー基地へ入った拓海は
そこで身元不明の死体を発見する。

プラトー基地の無線から発した救援要請に答えて、
昭和基地所属の雪上車が一台到着し、ベイカーと拓海は
それに乗り込んで中国の有人基地に向かうことにする。

しかしそこまでの距離は遠く、雪上車の燃料がもたない。
そこでベイカーが提案する。中国の基地へ向かう途中にある
旧ソ連が放棄した基地で燃料補給をすればいい、と。
そこは『到達不能極基地』と呼ばれていた・・・

1945年1月。

マレー半島中部、ペナン島に進駐している帝国海軍第一三航空隊。
18歳の少年兵・星野信之二等飛行兵曹はそこで訓練に励んでいた。
ペナン島のホテル『ベルリン』で、支配人と共に暮らしている
ドイツ人少女ロッテにほのかな思いを寄せながら。

ある日、星野とその上官・台場大尉を含む5人の隊員に密命が降る。
それはドイツ人科学者ハインツ・エーデルシュタイン博士とその娘を
密かに南極へ移送せよ、というもの。
そして博士の娘とはロッテのことだった。

航続距離を伸ばすために機銃をすべて取り外した一式陸上攻撃機で
5人の日本人兵士と2人のドイツ人は一路南極を目指す。

途中、いくつかのドイツ勢力圏下の島で補給を受けながら飛行を続け、
ついに南極の氷原にあるドイツ軍基地へと到着する。
そこは『到達不能極基地』と呼ばれていて、
ヒトラーはそこで ”極秘実験” を行っているのだという・・・

ナチスドイツの極秘実験、不思議な ”力” を持つ謎の美少女、
なぁんてくれば、どうしても『終○○○○○○イ』を連想してしまう。

まああちらは文庫本で4冊、原稿用紙2800枚なんていう超大作なので
単純に比べることはできないが、
本書も新人の第一作としては頑張っていると思う。

南極の環境の過酷さや、太平洋戦争末期における兵器の描写など
下調べも時代考証もかなり綿密に行っているようだ。

それでいて拓海やベイカー、台場と他の隊員などキャラの個性も
分かりやすいし、星野とロッテの心の交流も細やか。

さらに、現代編でも過去編でも、『到達不能極基地』へ近づくにつれ
不穏な雰囲気が増し、高まる緊迫感がうまく醸し出されていて、
途中までは非常にわくわくしながら読んでいた。

「途中まで」というのはどこまでかというと、
一式陸攻が到達不能極基地にたどり着くまで。

ヒトラー肝いりの極秘実験が、様々なアクシデントによって
想定外の方向へ向かっていくのだが、
これはある意味お約束の展開。『ウルトラQ』だと思えばいい。

実験の内容はねえ・・・
まず、○○○○についてはSFではお馴染みのアイデアではある。
そこから、人間の○○や○○を○○に○○するというのは
飛躍が過ぎるかな、とも思うが、これが本作の ”キモ” ではあるし、
これあってこその終盤の盛り上がり。
たぶん作者が一番書きたかったのもこのアイデアだろうとは思う。

だから、新人らしい大胆な奇想と思えば
これも目くじらを立てるところではない。

 「江戸川乱歩賞」という、おそらく日本で一番有名な新人賞に
 こういう、ある意味トンデモなアイデアをぶち込んできた度胸は
 素直にすごいとは思うが。

ただ、終盤の展開がちょっとねぇ・・・。

現代編で、ナチスドイツの極秘実験の ”遺産” と
対決させられる拓海やベイカーたちなんだが、
それまでにろくな伏線もなしに「突然、新たな敵が出現」とか
「突然、新しいキャラが登場」とか「じつはこうなってました」とかの
”後付け設定” や ”ご都合主義” ともとれる展開が・・・。
この辺は読んでいて「おいおい」とツッコみたくなる。

途中まではすごく期待して読んでたので、この終盤はちょっと残念。
前半までを見る限り、ストーリーの語り方は上手いと思うので、
次回作に期待ですね。

巻末に『間氷期』というスピンオフ短篇が収録されてる。
本編に「突然、登場」してきた(笑)、あるキャラの過去が
描かれているのだけど、たぶん作者のアタマの中には
本編を書く前からこのキャラがいたのだろう。
でも、それは読者には分からないことだよねぇ・・・

最後にちょっと余計なことを。

『到達不能極』というのは実在する言葉らしい(作者の造語ではない)。

wikiによると、あくまで地理的に定められた点であり、
物理的には「到達できる」(到達例がある)場所でもある。

「陸上で最も海から遠い点」(中国とカザフスタンの国境あたり)、
「海上で最も陸から遠い点」(南太平洋の一点)などいくつかある。
「南極における到達不能極」もあって、
これは南極大陸上で最も海から遠いところを指す。

wikiを読んでいてびっくりしたのは、1958年に旧ソ連が
その場所に「到達不能極基地」をつくっていたこと。

 もっとも、恒久的なものではなく、観測のために
 短期滞在するところだったらしいが。詳しくはwikiで(おいおい)。

もちろん本書に登場する「到達不能極基地」は架空の存在だ。


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