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鏡の花 [読書・その他]


鏡の花 (集英社文庫)

鏡の花 (集英社文庫)

  • 作者: 道尾 秀介
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2016/09/16
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

本書は一風変わった構成になっている。

これから内容の紹介をするのだけど、
本書はなるべく予備知識を持たずに読んだほうがいいかなと思うので
これから読もうという人は、以下の文章は読まないことを推奨する。


本書は6つの短編による連作集で、登場人物は共通しているのだが、
物語としては全く別ものなのだ。

たとえば「第一章 やさしい風の道」では、
翔子(しょうこ)と章也(しょうや)という姉弟が登場する。
この二人がバスに乗って、かつて彼らが両親と共に
暮らしていた家を訪ねていく、という話だ。
現在、その家には妻と死別した瀬下という男が住んでいるのだが
瀬下と章也の会話を読んでいるうち、読者は気づく。
翔子は、翔也が生まれる前にこの家の二階のベランダから落ちて
既に死んでいることに。
文中に出てきて、章也と会話をしている翔子は、
彼の意識の中だけに存在していることに。

そして「第二章 つめたい夏の針」でも
翔子と章也という姉弟は登場するが、こちらの翔子は
1歳半の頃、二階のベランダから "落ちそうになった" だけで
無事に成長しており健在である。

このように、登場人物は共通するものの、
彼ら彼女らが辿ってきた運命は、
ある者は微妙に、ある者は大いに異なっているのだ。

この二人以外の主な登場人物としては
翔子の友人の真絵美(まえみ)、その弟の直弥。
海沿いの林業試験場に勤める瀬下、その妻の栄恵(さかえ)、
そして一人息子の俊樹。
瀬下の同僚の木島結乃(ゆいの)、後にその夫となる飯先(いいざき)、
そして二人の間に生まれる娘・葎(りつ)。

残りの4章の物語も同様に、
どこかしら異なる運命を辿った人々が登場する。

第一章では瀬下は妻・栄恵に病気で先立たれているが
逆に瀬下の方が先に事故死している話もある。
俊樹が大学卒業直後に夭折している話もあれば
俊樹と葎が夫婦になって、子ども(瀬下や飯先にとっては孫)が
生まれている話もある。

SFでいうところのパラレルワールドにおける
"分岐した未来" あるいは "可能性の世界" に相当するのだろうが
読んでいる限り、作者にはSFを書くつもりは全くないのだろうと思う。

第一章から第五章までは、上に挙げた人物の誰かしらが
既に亡くなっているか、今まさに死の床にある。

物語中の人々はその喪失感、あるいは喪われつつある命に
絶望的な思いを抱きながら時を過ごしている。
作者が描きたかったのは、そんな "哀しみ" なのだろうと思う。

生きている者は誰でも、家族や周囲の者から愛されている。
人は、愛する者がいつまでも健やかに生き続けていて欲しいと願う。
なぜなら、代わりになる者などいないのだから。

第五章までの物語はそんな "喪失の哀しみ" が
根底に流れているので、いささか暗い雰囲気であるのは否めない。

しかし最終の第六章では、危うく悲しい分岐に入り込みそうなところを
寸前で踏ん張ってみせる人々が描かれる。
ここに至って、読者はやっと息がつけるようになるわけだ(笑)。
いろいろあったが、終わりよければ全て良し、なのかな。

とは言っても、ここに来るまでのお話が辛くて悲しいので
星半分減点してしまいました(笑)。

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