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影の中の影 [読書・冒険/サスペンス]


影の中の影 (新潮文庫)

影の中の影 (新潮文庫)

  • 作者: 月村 了衛
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/02/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

中華人民共和国、新疆ウイグル自治区。
"自治区" という名称とは裏腹に、
中国政府によるウイグル族への弾圧は苛烈を極めている。

ジャーナリストの仁科曜子は、在日ウイグル人コミュニティの活動家が
次々と変死を遂げていることを知る。
その真相を探るため、曜子はコミュニティの有力者である
テギン・ヤンタクとの接触を図るが、会合場所に現れたテギンは
謎の男たちに襲われて惨殺されてしまう。
しかしテギンは今際の際に曜子へ告げる。
「カーガーに連絡を・・・助けを・・・求めるのだ・・・」

その数日後、曜子はかねてから取材の約束を取り付けていた
広域暴力団菊原組の組長と会う。
取材の最後に、曜子は組長の菊原に「カーガー」について問う。
それを聞いた菊原は顔色を変え、こう告げるのだ。
「ええか、それに触ったらあかんで」

さらに、ウイグル人道支援協会理事の松坂から
曜子は驚くべきことを聞かされる。

高名な学者やジャーナリストを含む9名のウイグル人亡命者が
日本に不法入国して潜伏中だという。
その中には老人、女性、幼児もいる。
彼らは中国政府がウイグル自治区で行っている暴虐の証人として
国際世論に訴えるべく、中国を脱出してきた。
そして、アメリカ中央情報局(CIA)の仲介で
日本を脱出する予定だが、CIA側の受け入れ態勢が
まだ整っていないため、国内での待機を余儀なくされている。

しかし中国政府が亡命団を見逃すはずがない。
すでに、彼らを抹殺するための "刺客" を送り込んでいる。
テギンを殺害したのもその "刺客" の仕業だという。

そして曜子は亡命団のメンバーと接触する。
会合場所は東京の中心部、時刻は白昼。
しかしそれにもかかわらず、その場へ "刺客" たちは襲撃を掛けてきた。
中国政府と事を構えたくない日本政府。当然、警察は動かない。
孤立無援、絶対絶命の状況下、一人の男が現れて "刺客" を撃退、
曜子たちを救い出す。名を問われた彼は答える。
「カーガー」と。


冷静かつ巧緻な頭脳、最強の格闘技術を備えた彼の本名は
景村瞬一(かげむら・しゅんいち)。
物語はここから時間軸を戻して景村の過去を語る。

正義と理想に燃えた若きエリートだった彼が
ある人間の裏切りによって全てを喪い、失意のうちに日本を離れて
世界中の戦場を放浪するようになった、悲哀に満ちた半生。
二度と陽の当たる場所で生きていくことができなくなった彼は
「カーガー」という名で呼ばれるようになる。
それは、沖縄言葉で「影法師」のことだった・・・


一方、菊原組の組長は曜子が遭遇するであろう苦難を予期し
若頭の新藤をはじめとする武闘派の精鋭13人を
彼女のもとへ護衛として送り込んできていた。
亡命団と合流した新藤たちは、景村と手を結んで
"刺客たち" を迎え撃つことになるが、
いくら手練れとは言ってもヤクザは素人、
プロの暗殺団の前に次々と倒されていく。

CIA側の受け入れ態勢が整うまであと12時間、
彼らは最強の暗殺団を相手に亡命団を護り抜くことができるのか・・・


本書の一番の読みどころは、もちろん後半の
暗殺団との壮絶な戦闘シーンだ。
その中で、景村の戦闘能力がずば抜けていることは当然なのだが
プロの暗殺団と比べれば分が悪いヤクザたちの戦いも見逃せない。
いや、この物語の感動ポイントの多くは、実は彼らが示してくれるのだ。

世間から外れ、裏街道を歩いてきた彼らだが、
亡命団の存在を知り、"護るべきもの" を背負ったとき、彼らは変わる。
護るための戦いに意味を、そして矜持を見いだしていくのだ。

組長の菊原もそうだが、彼らもまた "古い時代のヤクザ" で
新藤たちの見せる言動はまるっきり "浪花節" なのだが
それゆえに、単純に読み手を感動させる。

暗殺団相手の、勝ち目の薄く生還の可能性が低い戦いにも
彼らはあえて飛び込んでいく。
一人一人が背負ったドラマが明かされ、
死闘の末に一瞬の輝きと共に消えていく姿が読み手の涙を誘う。


景村の過去については上に書いたが
曜子もまた、過去の取材に "トラウマ" を抱える身。
この物語は、他の多くの冒険小説がそうであるように
過去に "悔い" を残した者たちの "敗者復活戦" なのかも知れない。


中盤から終盤にかけてはページを繰る手が止まらない怒濤の展開。
楽しい読書の時間を約束してくれる、冒険アクションの傑作だ。
清々しい読後感を味わえるラストまで一気読み。

その気になれば続きが作れそうな結末なので
ぜひ続編を希望したいなあ。
また「カーガー」に、そして曜子さんに会いたいものだ。

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