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つばき、時跳び [読書・SF]


つばき、時跳び (徳間文庫)

つばき、時跳び (徳間文庫)

  • 作者: 梶尾 真治
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2018/01/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

主人公の井納惇(いのう・じゅん)は、サラリーマン生活の傍ら
書き上げた歴史小説が新人コンテストに入賞し、専業作家となった。

その頃、熊本に住んでいた祖父母が亡くなり、
惇は空き家となった祖父母宅に住むことになった。
そこは曾祖父が終戦後に買い取った「百椿庵(ひゃくちんあん)」と
呼ばれる江戸時代からある屋敷で、名前の通り肥後椿が咲き乱れていた。
そして、そこには「若い女性の幽霊が出る」という噂もあった。

「百椿庵」に住み始めて数日後、惇は仏間で着物姿の女性と遭遇する。
年齢は二十歳ほどで、「つばき」と名乗った彼女に
惇はすっかり魅せられてしまう。

彼はつばきと語り合ううち、彼女が百数十年を隔てた
幕末の時代からやって来たらしいことを知る。
その時代、彼女は「百椿庵」で "りょじんさん" と呼ばれる
藩の客人の世話をしていたらしい。

惇は「百椿庵」の屋根裏に怪しげな "からくり" を見つける。
この "からくり" が時を超える働きを持っているのではないか?
そして "りょじんさん" なる人物こそ、
この装置を使って過去の時代を訪れていたのではないか?
そして、つばきもまたこの "からくり" の働きで
未来に迷い込んでしまったのではないか?

つばきと共に「百椿庵」で暮らし始める惇。
未来の世界に驚き、あるいは怖がり、そして興味を示すつばき。
彼女の一挙手一投足が微笑ましく感じられ、
つばきと暮らす日々に例えようもない幸福を感じる惇だったが
ある日突然、つばきは過去の世界へと戻ってしまう。

つばきを失った惇は、彼女と再会したい一心で
屋根裏の "からくり" を操作しているうち、
今度は自分自身が幕末の時代へ跳んでしまう。

つばきとの再会を果たした惇は、彼女から "りょじんさん" の話を聞く。
彼はある日突然現れ、「百椿庵」でしばらく暮らした後、
忽然と姿を消した。その期間は40日に満たなかったという。
どうやら、本来属している時代から異なる時代にやって来た人間は、
その時代に滞在できる時間に限りがあるらしいことが分かってくる。

つばきと暮らせる幸せな時間にもやがて "終わり" が来る。
惇もまた、この時代に留まり続けることはできず、
現代へ強制的に戻されてしまうタイムリミットが訪れる・・・


文庫で400ページ近い作品だが、そのほとんどは
惇とつばきが二人で過ごす日々の描写である。
前半では現代に暮らす二人、後半では幕末で暮らす二人。

波瀾万丈なイベントはほとんど起こらず、
淡々と、と言っては語弊があるかも知れないが
二人が些細な日常を過ごしながら、お互いへの愛情を育んでいく様子が
ゆったりとした筆致で綴られていく。
そしてその愛情が深まるごとに、やがて来る "別れの時" が切なくなる。


作者はタイムトラベル・ロマンスの名手である。
本書でも、"時を超える愛" を真正面に掲げ、
150年の時を隔てた男女のラブ・ストーリーを語る。

愛し合いながらも別離の時を迎えてしまう二人。
彼らがどんな運命を辿るのかはネタバレになるので書かないけれど
二人の物語を最後まで読んできた人なら納得できる結末だろう。


本書の一番の魅力は、もちろんヒロインのつばきさんだろう。
彼女が惇に向ける思いは、誠実で一途そのもの。
男だったら、惚れない方がおかしいくらい
健気な女性として描かれているんだが、
いささか理想化されすぎているようにも思う。

まあ、幕末の時代の女性だからね。
古風で奥ゆかしく、何事も三歩下がって後ろを歩くような人。
女性から見たら「男にとっての願望充足キャラ」って感じる人もいるかも。

もっとも、そんなつばきさんだからこそ
惇くんも自分にとって "運命の女性" と思い定め、
必死になって "時の流れ" に抗おうとするのだし、
大多数の読者は、二人が幸せになることを願うのではないかなぁ。


つばきさんのキャラがすんなりと受け容れられる人ならば、
楽しい読書の時間を過ごせるのは間違いないだろう。

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