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二歩前を歩く [読書・ミステリ]


二歩前を歩く (光文社文庫)

二歩前を歩く (光文社文庫)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/09/08
  • メディア: 文庫
評価:★★★

一見すると超常現象に思えるような状況というものが
ミステリにはよく登場する。
実際には巧妙なトリックだったり、心理的な錯覚だったりして
最終的には合理的な説明なり解釈なりが披露される。

ところが本書はいささか毛色が異なる。
例えば冒頭にある「一歩ずつ進む」はこんな話だ。


ある企業で研究員をしている "僕" は
マンションの一室で一人暮らしをしている。
部屋の中ではスリッパ履きで過ごしているが、
ある日帰宅すると、出て行くときに脱ぎ散らかしてあったはずの
スリッパがきちんと揃えられている。
それから、毎日帰宅するたびにスリッパに異変が起こる。
きちんと揃ったスリッパが、毎日少しずつ前に異動しているのだ。
あたかも歩いて部屋の奥に向かうが如く・・・

"僕" は同僚の研究員・小泉に相談するが
二人で検討した結果は、外部からの侵入の可能性はなく
スリッパはあくまでも "勝手に" 動いているとの結論に到達する。
小泉は言う。
「HOWは議論しないことにしよう。
 超常現象に理屈を求めても仕方がない。
 それより、WHYを考えよう」
"どうやって" ではなく "なぜ" スリッパは動くのか。
スリッパが動くことにはどんな意味があるのか。
あるいは、スリッパは何をしようとしているのか。
そして小泉は、ある "仮説" を語り出す・・・


超常現象の存在はそのまま認めて、その現象がもつ意味を考える。
そこからミステリとしてのオチにもっていく、というパターンだ。
超常現象そのものの謎解きは行われないが
それ以外の状況から導かれる謎の "解釈" はきちんと明かされる。

うーん、書いていてなんだかよく分からない文章だなあ。
オチをバラさずにミステリを紹介するのは難しいが
この作品集はなおさらたいへんそうだ。

たとえば上記の作品なら、スリッパの "移動" は
マンションの他の部屋では起こらず、
"僕" の部屋でのみ起こる。それはなぜか、とか。
うーん、ネタバレギリギリだったりするかな(笑)。

本書にはこのような短編が全部で6作収録されており、
いずれも小泉が "探偵役" となって "仮説" を提示していく。

「二歩前を歩く」
ある日を境に、道行く人が "僕" を避けるようになった。
童顔で背も高くないのに、前から歩いてくる人が、
なぜか驚いたようにさっと横に移動するのだ。
あたかも、自転車が突っ込んできたみたいに。
あるいは、恐いヤクザに気がついたみたいに・・・
ちなみにこの "僕" は、「一歩ずつ進む」の "僕" とは別人です。

「四方八方」
急性の白血病で愛妻・知花(ちか)を喪った岩尾。
しかし彼は仏壇も位牌も必要ないという。
なぜなら、彼が暮らす部屋の壁紙の裏には、
知花の遺髪が一面に貼り付けてあるからだという。
しかし、次第に岩尾は身体に変調を覚えるようになっていく・・・

「五ヶ月前から」
三十代半ばで独身の穂積はマンションで一人暮らし。
五ヶ月前から、家に帰ると浴室の明かりが
つけっぱなしになっていることに気づく。
出勤時にはきちんと消しているはずなのに・・・

「ナナカマド」
"わたし" は特許調査部で働く三十代独身女性。
使っている軽自動車のガソリンの残量が
いつのまにか増えるという謎の現象に遭遇している。
残量がタンクの3割を切ると、次に乗るときには
7割ほどまで補充されているのだ。
タンクの蓋に封をしておいても、なぜかしっかり増えている・・・

「九尾の狐」
総務部保険課で働く勝倉。
彼の二期上の先輩・林田理子(はやしだ・りこ)は美人で独身。
気さくな性格もあり、社の内外で人気が高い。
しかし勝倉は気づいてしまう。
彼女は長い髪を後ろでひとまとめにしたホーステール。
(ポニーテールより結び目が下で、背中に流すような髪形らしい)
その髪の房が、ときおり重力に逆らうように
ぱっくり二つに分かれてしまうことに・・・


超常現象がらみなので、オチはホラーっぽくなったり
けっこう救いのない結末の話が多い。
しかし掉尾を飾る「九尾の狐」では、出だしこそ妖怪ものみたいだが
小泉の "仮説" を聞いた勝倉が取る行動によって、
とてもハッピーでほっこりした結末を迎える。
読後感も素晴らしく、それまでの重苦しい雰囲気を吹き飛ばしてくれる。

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