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破滅の王 [読書・冒険/サスペンス]


破滅の王 (双葉文庫)

破滅の王 (双葉文庫)

  • 作者: 上田 早夕里
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2019/11/14
  • メディア: 文庫
評価:★★

昭和10年(1935年)、宮本敏明(としあき)は
上海科学研究所に赴任し、細菌学研究員となった。

ここは日中共同の研究施設で所長の新城の方針もあり、
友好的な雰囲気のもとで宮本は研究に勤しむ。しかし、
戦争が激しくなるにつれて軍の専横が目立つようになっていく。

昭和18年(1943年)、宮本は日本総領事館から呼び出しを受け、
総領事代理の菱科(ひしな)と駐在武官の灰塚(はいづか)少佐から
重要機密文書の精査を依頼される。

それは、「キング」という暗号名で呼ばれる細菌の論文であった。
「キング」は土壌中の常在菌であるビブリオ菌に
紫外線を当てて突然変異を促し、さらに
抗生物質への耐性を獲得した、高致死性の細菌兵器だった。
現在のところ治療法はもちろんワクチンさえも存在しない。

執筆者は中国に進出した民間製薬会社の研究員・真須木(ますき)一郎。
彼は論文を分割して米英仏独の各国に送り、
自身は「キング」の菌株をもって行方をくらましていた。

宮本は灰塚から「キング」の治療薬の開発を命じられるが
それは自らの手で究極の細菌兵器を完成させることだった。

 細菌兵器を使うには、使う側が治療薬なりワクチンを持っていることが
 必須条件になる。そうでないと敵と一緒に共倒れだからね。

一方、真須木は危険な細菌を作り出したことによって
精神的に追い詰められ、いっそのこと人類を全滅させようと
「キング」の散布を計画していた・・・


私は主人公は宮本だと思って読んでいた。あながちそれは
間違いではないのだが、主役と言えるほどの活躍かというと疑問符が付く。

宮本が「キング」に関わるのは1943年からなのだけど、
「キング」の研究自体はもう何年も前から始まっている。

物語前半の宮本は、もっぱらその話の聞き役である(笑)。
赴く先々でいろんな人物に会い、その相手から
過去の話を延々と聞かされる、というシーンが続くのだ。

行動自体も彼自身の意思と言うより、強制されたり巻き込まれたり。
要するに「キング」にまつわる様々な人間の思惑や葛藤を
(「宮本」というフィルターを通して)読者に伝える、
というのが役回りのようだ。

主人公らしく活動しようにも、彼には二重三重に
手枷足枷があって、自由に活躍できる余地がほとんどない。
真須木が「キング」をばら撒くのを阻止しようにも、
宮本自身、軍の監視下にあって行動の自由がないし。
「キング」の治療法を開発しようにも、肝心の ”菌” が手元にないし。
だから後半になって「キング」によるものと思われる感染が発生し、
現地へ行っても、対症療法しかとれないし。

先が気になってどんどんページをめくらせる・・・
という思いにかられないのはそのへんに原因があるのだろう。

まあ、そんな環境に置かれても、それでもなお科学者としての
矜持を保とうとする、彼や彼の仲間の研究者たちの姿を
描きたいのだろうけど・・・

主役という点では灰塚少佐のほうがそれらしい。
終盤、「キング」の菌株を手に入れたスパイを追って
降伏寸前のドイツに向かい、連合軍のベルリン突入に合わせて
「キング」の散布を実行しようとする計画を阻止するべく
奮闘する姿は、スパイ・サスペンスとして読み応えがある。

ラスト近く、文庫判で50ページほどの分量なのだけど
ここが一番読んでいて面白かった。
エンタメとしての完成度を追求するなら、
この部分を膨らませて本編に仕立てて
「キング」をめぐる開発や暗闘の部分は圧縮して
背景として示すだけにするのが正解なんだろうけど、
作者が語りたかったのはそこじゃなかったんだろうね。

中国大陸での旧陸軍の細菌兵器開発と言えば
「731部隊」と石井四郎は避けて通れないだろう。
私も『悪魔の飽食』(森村誠一)を読んだ時は驚いたものだ。
本書でも石井四郎は(出番は少ないが)登場するし、
731部隊の人体実験の様子、さらにはナチの強制収容所の様子も
しっかり描かれている。

戦争と科学の関わり合いは古くて新しいテーマ。
科学の進歩が兵器の進歩につながるという ”闇” を描いた本書は
文庫で約500ページという大部で、扱っている対象も「細菌兵器」。
全編を通して重苦しい雰囲気で進行するのは仕方がないのかも知れない。

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