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探偵が早すぎる [読書・ミステリ]


本書で、「2019年に読んだ本」の記事が書き終わります。
いやぁ長かった。
2か月以上連続で毎日記事を書くなんて、よく続いたもんだなぁ。
自分で自分を褒めてあげたい(笑)。


探偵が早すぎる (上) (講談社タイガ)

探偵が早すぎる (上) (講談社タイガ)

  • 作者: 井上 真偽
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/05/18
  • メディア: 文庫
探偵が早すぎる (下) (講談社タイガ)

探偵が早すぎる (下) (講談社タイガ)

  • 作者: 井上 真偽
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/07/20
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

変わった筆名なんだけど「真偽」とかいて「まぎ」と読むそうな。

大富豪・大陀羅勝光(だいだら・かつみつ)の庶子であった
父・十川瑛(そがわ・あきら)の死により、
女子高生・一華(いちか)は膨大な遺産を相続することになった。
その額、およそ5兆円。どれくらいスゴいかというと
個人資産の世界ランクのベストテンに入るくらいらしい。

しかし、相続から外された勝光の実子たち
(瑛の異母兄弟姉妹たち、一華からみれば伯叔父・伯叔母)
はもちろん黙っていない。
密かに一華を亡き者にし、5兆円を手に入れようと画策を始める。
彼らもそれなりに資産家だったり実業家だったりするので
資金は潤沢だ。それによって ”刺客” を用意し、一華に差し向けていく。

父の葬儀で一度襲われ、足に負傷を負ってしまった一華は
家政婦・橋田のアドバイスを受け、反撃に出ることを決意する。
”敵” の攻撃を未然に防ぎ、その証拠を以て裁判に持ち込んで
首謀者を相続人から排除してしまおう、というものだ。

そしてそのために橋田が呼び寄せた探偵こそ、タイトルにある
「早すぎる探偵」、すなわち犯罪が起こる前に事件を ”解決” してしまう
史上最速の探偵・千曲川光(ちくまがわ・ひかる)だ。

上巻では、一華の高校への登下校時、そしてハロウィーンのお祭り、
下巻では、父・瑛の四十九日法要が ”犯行” の舞台となる。
寺での焼香、墓地での納骨、そしてホテルでの会食に至るまで
幾重にも仕掛けられた死の罠が一華を待ち受けるが・・・


探偵というものは事件が起こってから活動を始め、そしてたいていは
最後の犯行が行われる前後くらいまでは、
犯人が分からない or 絞り込めないのが普通(笑)。
そういう意味では新しい切り口ではある。

さらに、ストーリーは首謀者&実行犯側の
計画立案と準備の段階から描かれていくので
倒叙もののバリエーションでもある。

どの ”犯行” も、実行前に、中には準備する前の段階で
探偵に見破られてしまって失敗するのだが
通常のミステリでの ”謎解き” に該当するのが、
”なぜ、犯行計画に気づいたか” という探偵からの説明。

読んでると、まあいちいちごもっともなんだけど
多くの事象の中から、探偵から見て都合のいい部分を取り上げて
つなげてあるなあ、という感じもしないでもない。

 でもまあ、たいていのミステリの解決編だって
 同じようなものだよね。
 いわゆる後期クイーン的問題だったかな。
 「作中で探偵が最終的に提示した解決が、
  本当に真の解決かどうか作中では証明できない」ってやつ。

この作品の場合、結果的に探偵が常に正しいカードを引いているわけで
(間違ったカードを引いたらそこで物語が終わってるから)
ノープロブレムなんだろうけど。

さて、本書のような展開を可能にするには、
事前にすべての容疑者が判明していて、
さらに、彼ら彼女らすべてをある程度監視の下に置いておく必要がある。
今回は大陀羅一族という対象がはっきりしているが
一華の父の異母兄弟姉妹たちと従兄妹も加えると
その数はゆうに十指に余る。

資金面では、一華の財産を考えれば全く問題ないが
人材面でも探偵には複数の協力者というか仲間がいるような描写が。
一介の私立探偵にできる芸当ではないなぁ・・・と思っていると
ラストにはそれにもしっかり説明がつく。


・・・とまあ小難しいことを書いてしまったけど
探偵が犯人に対して、悪だくみを暴いていくくだりは爽快だ。
さらには、犯人が用意した罠をそっくりそのまま
犯人に対して仕掛け返す、”倍返し” で決着をつけるところも楽しい。
王道的な勧善懲悪で締めるところも、近年にない展開だろう。


オジさんとしては、読んでいて気になるのは
本書が終わった後の一華さんの人生。
おそらく悪党どもは一掃されてしまうのだろうけど、
年端のいかない女の子が5兆円の財産を抱えて生きていくのは、
決して楽な道ではないだろう。

 宝くじで億単位の賞金を当てて、そのために
 人生が一転(それも悪い方へ)してしまったという話も聞くし。

老婆心ながら心配していたのだが、
どうやら何とかなりそうなエンディングなのでひと安心。

tantei.jpg
さて、本作は2018年の秋にTVドラマ化されてるんだね。
私は未見なんだけど。

wikiによると一華役は広瀬アリス。
女子高生から女子大生へと設定変更されている。
うーん、一華はもっと地味目なイメージなんだけどなぁ。

千曲川光は滝藤賢一。
原作では、一見して性別不明な優男だったのでこちらはかなりの改変。
ちなみに滝藤さんは好きな俳優さんですよ、はい。

そして橋田は水野美紀。
原作では年齢不詳ながらも外見は20代ってあったので
こちらもかなりの改変。水野さんはドラマ時に40代前半だったはず。
ただまあ、一華の保護者的存在なのでこちらの方がしっくりくるかな。

一華の遺産を狙う大陀羅一族の長子が片平なぎさ。
これには笑ってしまった。はまりすぎでしょう。

2019年の末にもスペシャル版が作られてるんだけど
こっちの内容はオリジナルかな?

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わずか一しずくの血 [読書・ミステリ]


わずか一しずくの血 (文春文庫)

わずか一しずくの血 (文春文庫)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/10/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

ある夜、石室敬三の元へかかってきた1本の電話。それは
1年2か月前に夫と娘を棄てて蒸発した妻・三根子からのものだった。

「10時のニュースに自分が出る」と告げられ、TVをつけると
群馬の山中から白骨化した左足が見つかったと報じられていた。
その左足の薬指にはまっていた指輪には「M・I」とのイニシャル。
石室の娘・千秋は断言する。「これはお母さんの足だ」と。

同じ夜、群馬県・伊香保の温泉旅館『かじか亭』に
男女の二人連れが宿泊していた。翌朝、男が出立した後に
女が死体で発見される。顔面は人相が分からなくなるほどに
鈍器で殴打され、さらに左足が切断されて持ち去られていた。

生前、女が仲居に告げていた電話番号は石室敬三のものだった。
さらに、殺された女も左足に指輪をしていたという証言があり、
宿帳に記した名前も「ミネ子」だった。

捜査が難航する中、『かじか亭』の仲居・宮前藤代、石室の娘・千秋と
事件の周囲にいた女たちが次々と失踪し、
さらには日本各地でそれぞれ別人と思われる
女性の体の一部が発見されていく・・・


本書はまず、石室三根子はどうなってしまったのか、
という容易ならざる謎から始まる。

白骨化した左足は三根子のものなのか?
それならば三根子は左足を失ったときに死んだのか?
それとも、まだ生存しているのか?
それとも、旅館で殺された方が三根子なのか?
そして、電話をかけてきたのは本当に三根子なのか?
なぜ二つ(二人)の左足は指輪をしていたのか?

冒頭に展開されるだけでも、けっこうな謎のてんこもりだが、
読み進めていくとさらに物語は混迷していく。

複数の女性の失踪と死体発見が続けて起こり、
猟奇的な嗜好を持つ犯人による大量殺人事件か、と思われる。

一方で、犯人の行動を描くパートもあり、そこでは
強烈な個性で女性を引き寄せていく男性像が示される。
心に満たされないものを持っている女性が、犯人に対して
身も心も奪われていくくだりは濃密な官能小説のようでもある。

そして、中盤過ぎまで読み進んでいっても
物語の ”視界” は晴れてくれず、
ラストでどう着地するのかが全く見えない。

なにせ後半に入ると、犯人に迫る手がかりを得た刑事までもが
なぜか自らの意思で警察組織を抜け、失踪してしまうのだから。

 広げた風呂敷がどんどん大きくなって、
 果たしてうまく畳んでくれるのか心配になってくる。


本作は、複数の容疑者の中から犯人を見つけ出す、
いわゆるフーダニットの要素はほとんど無く、
それよりは「事件の背後ではいったい何が起こっているのか?」
が巨大な謎となって読者の前に立ちはだかる。

ラストではもちろん、その全貌が明らかになるのだが
それによって事件の様相が一変してしまう。

そこで語られる ”真実” は、あまりにも意外で
これを ”超絶技巧” と思うか、”荒唐無稽” と感じるかで
本書の評価は変わってくるだろう。

冷静に考えれば、かなり無理な部分も無くは無いが
登場人物たちの繰り広げる人間模様、濃厚な愛欲などを
執拗に描写してきたその筆致が、
意外すぎる真相を不自然と感じさせず、納得させてしまう。
それが連城三紀彦の技巧なのだろう。

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黒涙 [読書・冒険/サスペンス]


黒涙 (朝日文庫)

黒涙 (朝日文庫)

  • 作者: 月村了衛
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2019/09/06
  • メディア: 文庫
評価:★★★

前作「黒警(こくけい)」の続編。
ちなみに本作のタイトルは「こくるい」と読む。

前作において、警視庁組織犯罪対策第二課所属の
警部補・沢渡(さわたり)は、日本の暗部に潜む
 ”黒社会” 組織「義水盟」の大幹部・沈(シェン)と
義兄弟の契りを結ぶことになった。

二人の共通の友人であった男の死を契機に、彼らは
国や人種を越えて自分たちの〈信義〉を貫くことを決意したのだ。

昼行灯な刑事が、実は裏社会とつながる顔を持っていて
法で裁けぬ悪を、自らの手で闇に葬る・・・
なぁんて書くと、まんま「必殺仕事人」だが、
実際、前作「黒警」は現代版 ”必殺” って評もあった。
もちろん主人公・沢渡の造形は中村主水がモデルだろう。

しかし、内容としては ”必殺” よりは ”ハングマン” の方に近いかな、
なんて感想を前巻の記事では書いた記憶がある。
”敵” の命を奪うのではなく、悪行を世間にさらして
社会的な制裁を与える、って展開だったからね。

では、本書はどうか。
前作を踏襲して安易にパターン化することなく、
新たな局面を描いていく。事件のスケールも大きくなって。


政府要人の個人情報が中国側に筒抜けになっていることが明らかになり、
警視総監の判断で部署を超えた特別捜査チームが編成される。
目的は、政府内から中国への情報漏洩ルートを摘発すること。

警視庁公安部、警備部、刑事部、組織犯罪対策課から
エース級の捜査員が集められたが、なぜかその中に沢渡も選ばれる。
卓越した才能と実績をもつ滝口警視正の指揮のもと、
チームは中国スパイ網摘発の捜査を開始する。

やがて、在日華人の親睦団体である
「宝石(パオシー)日籍華人連誼(れんぎ)会」が
中国諜報部の隠れ蓑になっている可能性が浮上するが
懸命の捜査にもかかわらず、そこから先への突破口が開けない。

そんなとき、沈はインドネシアの青年実業家・ラウタンを引き込む。
中国の強引な海洋進出に反発するラウタンは、
日本における中国スパイ摘発に自発的に協力を申し出たのだ。

沈の手引きで、親中派の国会議員主催の日中経済交流会に参加した
ラウタンは、新進気鋭の実業家として名前を売り込むことに成功する。

順調に日中の政財界に食い込んでいくラウタンだが、
彼の前にシンシア・ユンと名乗る謎の女が出現する。
やがて彼女を愛するようになったラウタンは、逢瀬を重ねていく。

それと並行して、ラウタンは沢渡を通じて警視庁の特捜チームに接触、
滝口はラウタンを使っての ”囮捜査” を立案するのだが・・・


本作も、基本フォーマットは ”必殺” なのだろう、と思っていたので
物語の流れを予想しながら読んでいた。
「ラウタンは死んじゃうんだろうなぁ」とか
「シンシアは絶対に敵の回し者だろ」とか。そんなら、
××が実行犯で××が黒幕で××が裏切り者かなあ・・・とか。

その予想は当たるところもあり、外れるところもあり。
さすがに簡単に見破られるような展開にはしないよねぇ。
実際、明かされてみるとちょっと意外である。

ラストも前作みたいな決着の仕方をするのかと思っていたのだが、
そんな ”甘い” ことでは収まらないだろうと思うようになった。
なにせ今作の敵は前作以上に巨大かつ冷酷非情だったから。

終盤の展開は、前作とはうって変わって重苦しく、やるせない。
沢渡も、前作以上に警官としての一線を越えた行動を強いられる。

てっきり、長く続くシリーズになるかと思ってたんだが、
ここで完結してもおかしくない幕引きを迎える。

もうちょっと沢渡と沈のコンビを見たかったんだけど
第3作はもうない・・・のかなぁ?

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○○○○○○○○殺人事件 [読書・ミステリ]


○○○○○○○○殺人事件 (講談社文庫)

○○○○○○○○殺人事件 (講談社文庫)

  • 作者: 早坂 吝
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/04/14
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

タイトルが伏せ字でできているという、なんとも人を食った作品だが
さらに冒頭に「読者への挑戦状」が置かれていて
犯人当てはもちろん、タイトル当てもまた
作者から読者への挑戦であることが知らされる。

「犯人は当てられなくても、タイトルなら当てられるでしょ?」
というわけだ。

ちなみに、私は犯人もタイトルも当てられませんでした。
でもこのタイトル、犯人より当てにくいように思うんだが。

終盤で探偵役が真相を明かし、犯人を指名した後だって
当てるの難しいんじゃない?

閑話休題。


語り手は区役所に勤める地方公務員、沖健太郎(おき・けんたろう)。
アウトドアが趣味の沖は、ネットで知り合った同好の士たちと共に
小笠原諸島のさらに沖合に位置する孤島へと向かう。

そこは黒沼重紀(しげき)・深景(みかげ)夫妻の所有する島。
そこで沖たちは毎年恒例のオフ会を開いているのだ。

参加者は沖の他に大学院生の小野寺渚、医師の浅川史則(ふみのり)、
医師の中条法子(のりこ)、フリーライターの成瀬瞬(しゅん)、
そして瞬の愛人とおぼしき10代の女性・上木(かみき)らいち。

しかし一行が島に到着した翌日、メンバーの二人が失踪し
さらに殺人事件が発生する・・・


さて。

本編の語り手である沖君は20代の独身男性で、
若い男なら誰でも持っているであろう ”煩悩の塊” である(笑)。
つまり、女性というものに対して抱く欲望と妄想が果てしないのだ。

その主な対象は、いままでは渚に向けられていた。
要するに彼は渚嬢に惚れているのである。

それに加えて、今回新たに参加した上木らいち嬢がまた
ナイスバディでフェロモンむんむんのエロいキャラなので
もう沖君は全編にわたって妄想全開になってしまう(爆)。

語り手のアタマの中が、9割くらいエロで占められているので
物語全体の雰囲気もエロくなるのは仕方がない(おいおい)。

読者は彼の妄想&欲望満開の独白を全編にわたって読まされるわけで
なかには、辟易してしまう人もいるかも知れない。

しかし、そこにこそ本書の ”キモ” が仕込まれているのだ。

詳しく書くとネタバレになってしまうのだけど、
単なるエロティック・ミステリではなく、
エロと謎解きが一体化しているところが本書の特徴。
いままで、ありそうで無かった路線ではあるが。

終盤に至り、”ある事実” が明かされる。
読者は驚くだろうが、いちおう伏線も張ってあるしね。

謎解きも、この ”事実” を踏まえた上で論理的に展開される。
そういう意味では、本格ミステリのお約束は守られて作られてはいる。

作られてはいるんだが・・・あとは読者個人個人の好みでしょうねぇ。

評価で分かるかと思いますが、
私はこの手の話はあんまり好きではないです。
いや、エロい話自体は嫌いではないですし、
エロいミステリも嫌いではないのだけど(苦笑)、
流石にここまで振り切れてると、
ちょっとついて行けないものを感じます。

すみません、古~い人間なので・・・

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戦場のコックたち [読書・ミステリ]


戦場のコックたち (創元推理文庫)

戦場のコックたち (創元推理文庫)

  • 作者: 深緑 野分
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/08/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

1941年、アメリカは第二次世界大戦に参戦する。
その翌年、17歳のティムもまた合衆国陸軍に志願する。

2年間の訓練を経て、ティムはヨーロッパ戦線に赴くことになる。
配属先は第101空挺師団。最前線にパラシュート降下する部隊だ。
彼の階級は五等特技兵、その役割は管理部付コック。
しかしながら戦闘時には一般兵と同じく銃を握って戦場を駆け巡り、
コックであっても敵と命のやりとりをするのに変わりはない。

1944年のノルマンディー上陸作戦を皮切りに、
ヨーロッパ各地を各地を転戦していくティムたち。
そんな中、彼らが戦場で出会ういくつかの不思議な出来事が描かれる。

その ”謎” に合理的な解釈を与えるのは、ティムの親友にして
彼が所属するG中隊コックのチームリーダーで三等特技兵のエド。

”非日常の世界” である「戦場」における ”日常の謎” という、
まさに意表を突く発想のミステリ。

全五章からなる長編だが、各章ごとに異なる ”謎” が描かれる
連作短編集としても読める。

「第一章 ノルマンディー降下作戦」
1944年6月6日深夜、連合軍はフランスのノルマンディーに
一大上陸作戦を敢行、ティムたちの部隊も
真夜中のパラシュート降下でフランスの土を踏む。
集合場所の村に到着したティムたちだが
そこで機関銃兵のライナスが、上官たちには秘密に
降下兵たちからパラシュートを回収していることを知る。
貴重品であるパラシュートの横流しは許されないことなのだが・・・

「第二章 軍隊は胃袋で行進する」
フランス内陸部の補給基地まで進んだティムたち。
膨大な物資が集積されたその基地内で、盗難事件が発生する。
一夜にして3トン、600箱に及ぶ ”粉末卵” 消えたのだ・・・
寡聞にして ”粉末卵” という存在をこの本で知った。
兵士たちからは不味いと悪評のある食材らしいけど。

「第三章 ミソサザイと鷲」
オランダの村へたどり着いたティムたち。
激しい戦闘を終えた彼らは、民家の地下室で夫婦の銃殺死体を発見する。
死因は自殺と思われたが、二人とも両手は祈りの形に組まれていた。
拳銃を撃った後に手を組むことはできない。
現場には第三者がいたのか・・・?

「第四章 幽霊たち」
ベルギーのアルデンヌの森。
ドイツ軍の猛反攻によって孤立状態に陥ってしまったティムの部隊。
季節は冬を迎え、深い靄と降り積む雪が彼らの気力体力を奪っていく。
そんな中、仲間のコック兵の一人が ”幽霊” を見た、と言い出す。
謎の物音をたてながら、夜の戦場を彷徨っているという・・・

この第四章までで文庫でおよそ400ページ。
もしミステリ要素だけに絞れば、
この半分のページ数で語ることができるだろう。

しかし本書は戦争小説でもある。ミステリ的な比重は物語が進むにつれて
だんだん比重が下がっていき、戦場の描写が増えていく。

酒は飲めないし,タバコを吸うとクラクラしてしまうような
どこにでもいる平凡な少年だったティムも
真夜中の敵陣への降下、銃弾の下をかいくぐっての敵陣突入、
さらには追い込まれた塹壕で凍死の危機にさらされ、
そして相次ぐ仲間の死が彼の心を打ちのめしていく。

”戦場” という非日常の中に置かれたティムが、次第に
”命の重さ” への感覚をすり減らしていく。

さらに、戦争に巻き込まれた一般市民の生活も描かれる。
ひたすら息を潜めて戦闘が去るのを待つ者、
ドイツ軍への抵抗運動に身を投じる者、
そして表向きは中立を装いながらドイツへ内通する者。
そんな市民間の内紛も描かれる。

読者として辛いのは登場キャラたちが戦死していくことだろう。
感情移入できるキャラ、嫌いなキャラ、そんなのは関係なく
戦争は容赦なく若者たちの命を奪っていく。

敵味方関係なく、戦争という行為に走る人間というものの愚かさが
幾重にも描かれていく。ドイツ軍の非道さももちろんだが
連合国軍だって程度の差はあれ、人道的とは言いがたい行動を取る。

「第五章 戦いの終わり」に至り、それはピークを迎えて
ナチスによって収容所に送られたユダヤ人たちの扱いは
想像を絶するものがある。

人間という存在に対して絶望的な思いにも駆られるが、
そんな中でティムは ”ある行動” を起こす。
それは戦場の末端にいる一兵士が簡単にできることではないのだが、
「第一章」から「第四章」までに起こった事件、
そしてそれに関わった兵士たちとの出会いが
ティムのこの行動の動機、そしてこの行動を可能にする
伏線になっていたことが明らかになる。

そして「エピローグ」で語られるのは、
終戦から44年後、ベルリンの壁が崩壊した1989年の世界で
生き残った者たちが再会するエピソードだ。

異例の立身出世を遂げた者、意外な転身を遂げた者、
故郷に帰って家業を継ぎ、地道に生きてきた者。
そして、戦場で受けた心の傷が癒えずに破滅していった者。
彼らの送ってきた、さまざまな後半生が語られていく。

そしてティムの取った ”行動” が、決して無駄では無かったことも。
人間は愚かだが、そんなに棄てたものでもない。

齢60を超えた彼らの人生の哀歓を
しみじみと感じながら、ページを閉じた。

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うまや怪談 神田紅梅亭寄席物帳 [読書・ミステリ]


うまや怪談 (神田紅梅亭寄席物帳) (創元推理文庫)

うまや怪談 (神田紅梅亭寄席物帳) (創元推理文庫)

  • 作者: 愛川 晶
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/10/30
  • メディア: 文庫
評価:★★★

寄席には30代の頃に一回だけ行ったことがある。
場所は浅草だったかなあ。
たくさん芸人さんが出たはずなんだけどほとんど覚えてない。
唯一、記憶にあるのは林家木久蔵(現・木久扇)師匠の
ものまねだけだったりする(おいおい笑)。

本書を読んでたら、また行きたくなったよ。

閑話休題。


二つ目の噺家・寿笑亭(じゅしょうてい)福の助とその妻・亮子を
主人公とした、落語絡みの ”日常の謎” 系ミステリ連作。
本書で3巻目となる。

福の助は最初、山桜亭馬春(さんおうてい・ばしゅん)に
弟子入りしたのだが、馬春が脳溢血を患い、
後遺症のため高座に上がれなくなってしまった。
そのため、福の助は他門に移り、芸名も変えた。

しかし馬春が病気療養のために千葉県館山市に転居した後も、
福の助はしばしば元師匠のもとを訪れる。
彼や亮子が、近況や身の回りで起こった出来事を語っていくと
馬春はその話の中から,意外な解釈を引き出してみせる。
という、いわゆる安楽椅子探偵ものである。


「ねずみととらとねこ」
紅梅亭で『若手落語家競演会』が開かれることになった。
落語協会が有望な若手噺家を5人選び、競わせようというもの。
賞金こそ少額だが、ここで注目を集めれば真打ち昇進が近づく。
その競演会に福の助も選ばれた。しかも兄弟子二人を飛び越して。
心躍る亮子をよそに、福の助は自宅で演目の稽古を始める。
そこへ、弟弟子の桃家福神漬(ももや・ふくじんづけ)が訪ねてきて
亮子に意外なことを告げる。参加者のひとりが怪我で出られなくなり、
その代わりに福の助の兄弟子で、陰険な性格で有名な
福太夫(ふくだゆう)が参加することになったという・・・

「うまや怪談」
毎月第二水曜日に行われる『二水会』は、寿笑亭一門の勉強会だ。
福の助は次の『二水会』での演目を「厩(うまや)火事」に決めた。
一方、私立高校の事務員として働く亮子の回りでトラブルが発生する。
短大の入試に合格していた女生徒が、大学には行かないと言い出した。
理由は、「水商売で働いて男を養うため」
その男として名が上がったのが26歳の社会科講師の只野。
しか女生徒と只野は付き合ってはいないのだという。
さらに、国語教師の野村鮎美(あゆみ)と
数学教師・矢萩の間にストーカー騒ぎが起こる・・・
鮎美とは大学時代の同級生だった福の助が、
事態の背後に隠れた事情を解き明かす。

「宮戸川四丁目」
前回の騒ぎで、蚊帳の外に置かれた馬春師匠はご機嫌斜め。
理不尽にも、福の助に対して ”出入り止め” を申し渡す。
福の助は師匠の怒りを解くべく、”あるもの” を作り上げる。
下座(寄席での出囃子などの演奏者)で三味線弾きの雅美姐さんから
軽自動車を借り、亮子と二人で ”あるもの” を
師匠の療養先の館山まで運んだのだが・・・
いやあ、古い芸人さんは遊びもスゴかったんだねえ・・・
って、ちょっと驚かされる一編。


”事件” と ”寄席での噺” の二つの発端から始まるんだけど
両者が乖離しないで、最終的に一つの物語にまとまっていくのは流石。
ミステリと落語と両方に精通していないとできない技だろう。

私は落語そのものには詳しくないし、だから
古典落語の演目を出されても皆目見当が付かない。
じゃあ本作は楽しめないか、というとそんなことは全くない。
(詳しい人はより楽しめるんだろうけど)
作中で懇切丁寧に解説が入るので落語初心者でも大丈夫。

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日曜は憧れの国 [読書・ミステリ]


日曜は憧れの国 (創元推理文庫)

日曜は憧れの国 (創元推理文庫)

  • 作者: 円居 挽
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/05/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★

主役は中学2年生の女子4人組。

暮志田千鶴(くれしだ・ちづる)は、カトリックの女子校に通う。
やや引っ込み思案な自分の性格に悩んでいる。
先崎桃(せんざき・もも)は、地元である四谷の公立中学校に通う。
気さくで誰とでも話ができ、明るいムードメーカー。
神原真紀(かんばら・まき)は、私立大学の附属女子中に通う。
何事もゲーム感覚で要領が良くこなしてしまう。
三方公子(みかた・きみこ)は超難関中高一貫女子校に通う。
読書家で博識だが、堅物すぎていささか融通が利かない面も。

そんな彼女たちが、それぞれの抱えた理由から
四谷のカルチャーセンターで体験講座を受けることになり、
たまたま同じテーブルに就いたところから物語は始まる。
タイトルの「憧れの国」とは、舞台となるカルチャーセンターの
キャッチコピーから来ている。

彼女たちが様々な講座で出会う ”事件” を描く、連作短編集。
いわゆる ”日常の謎” 系ミステリだ。


「レフトオーバーズ」
人気講師が指導する料理教室に参加した千鶴たち4人は
中学生同士と言うことで一つのテーブルに集められてしまう。
初対面の挨拶もそこそこに、彼女らは慣れない料理に大苦戦。
そのさなか、参加者の女性の財布が盗まれるという事件が起こる・・・
ちなみに ”レフトオーバーズ” とは、”余り物” という意味だそうな。

「一歩千金二歩厳禁」
将棋教室に参加した4人組。講師は元棋士の恩田、
アシスタントは彼の孫の駒子、ちなみに小学5年生。
基本的な解説の後に、対戦に入ったのだが
将棋にいささか心得のある桃は、ある ”企て” を試みるのだが・・

「維新伝心」
歴史講座に参加した4人組。講師は因幡(いなば)という老紳士。
関ヶ原から始まり、江戸時代の終わりまでが語られるはずだったのだが
維新の直前にまできたところで突然、因幡が倒れてしまう。
命に別状は無かったものの講座は途中で終了。そんな中、
真紀は講座の最後の内容を当てようというゲームを他の3人に提案する。

「幾度もリグレット」
20年のキャリアを持つ人気作家・奥石衣(おくいし・ころも)。しかし
ここ数年、新作の発表は無く、公式の場への露出も減ってきていた。
そんな奥石が講師を務める創作講座に参加した4人。
与えられた課題は、提示された物語の ”続き” を考えること。
千鶴も桃も真紀もそれぞれの結末をまとめるが、
公子だけは悩みに悩んでしまう・・・

「いきなりは描けない」
四ツ谷駅に近い公園で、最後の講座は何にしようか考える4人。
そのとき、風に吹かれて千鶴の足下に転がってきたのは
スケッチブックから破り取られ、丸められた切れ端。
しかしそれには、素晴らしい出来映えの鉛筆画と「助けて」の文字が。
千鶴→桃→真紀と、リレー形式で情報を集めて絵の描き手を探し出し、
公子が最後の締めを担当する。4人の見事な連携が描かれる。


4人のお嬢さんそれぞれが葛藤を抱えている。
それは自らの性格だったり、家庭環境だったり、
今の生き方への不満だったり、将来への不安だったり。

でもそれは、彼女たちが本質的に真面目だから。
目先の損得や快楽よりも大事なものがあるはずだと気づいているから。
充実した人生を生きていきたいと欲しているから。

事件と関わっていく中で、4人それぞれが
自分と対話して、悩みの出口を探していく。
そんな少女たちの成長も本書の読みどころだろう。

本書には続編があって、それも手元にあるので近々読む予定。

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カツベン! [映画]


いろいろな意味で ”残念” な映画でした。

ネットの評判をみてみると、案外高評価している人が多いみたい。
まあ、人の好みはそれぞれですからねぇ。
私の好みの範囲には収まってくれなかったということで。

katsuben.jpg
時代は100年前、というと大正時代か。

当時の映画には音声がなく、「サイレント映画」と呼ばれていた。
日本では、映画の上映中に楽士が音楽をつけ、
カツベン(活動弁士)が映画の配役のすべての声を担当し、
さらには解説を蕩々と語るというスタイルで大衆に提供されていた。
人気の活動弁士を抱えることが、映画館の浮沈にもつながる時代だった。

主人公の染谷俊太郎は、活動弁士を夢見る少年だったが
成長した彼は、なぜか窃盗団に所属する偽弁士となっていた。

 映画の上映中は、住民が映画館に集まってしまうので
 近隣一帯が無人になってしまい、その間は盗み放題。
 まさに映画は、当時最大最強のエンターテインメントだったんだね。

ある日、逃亡中に窃盗団とはぐれてしまった俊太郎は
盗んだ金を抱えて小さな町の映画館・青木館に流れ着き、
そこで働き始める。

折しも青木館は新興のタチバナ館に押され、経営難に陥っていた。
雑用係として働いていた俊太郎だったが、
ある切っ掛けで弁士を務めることになる。
彼の ”語り” は人気を呼び、青木館には客が押し寄せるが
それを黙って見ているタチバナ館ではなかった・・・


封切り前に映画館で見た予告編では、コメディ色が前面に出ていて
てっきり喜劇映画なのだと思って足を運んだのだけど、
その期待はいささか外れたように思う。

まず主役二人の設定が笑えない。

タチバナ館のオーナーが、実は窃盗団の親玉で
盗んだ金を持って逃げた俊太郎を未だに追い続けているし
警察もまた、窃盗団検挙を諦めていない。

ヒロインとなる沢井松子は、俊太郎の幼なじみにして初恋の相手。
彼女のほうは「女優になる」という夢を実現していたが
その代償として、人気弁士・茂木の愛人となっている。

主役二人が犯罪者と愛人という組み合わせでの登場で、
観客の身からすると、感情移入するにはハードルが高いなあと感じた。


では他の登場人物はどうか。

青木館で働く弁士や楽士、映写技師なども個性豊かな面々なのだが
彼らの行動には、可笑しさよりも自我の強さのほうを多く感じて
なかなか笑いにつながらない。
経営者役の竹中直人が出てくると、やっと喜劇っぽくなるんだけど
その彼が浮いて見えるのはいかがなものか。

タチバナ館側の悪党たちのキャラも極めてマンガ的なんだが
親玉役の小日向文世が意外に強面の演技で、こちらも気楽に笑えない。


全体として感じたのは、喜劇としてもシリアスなストーリーとしても
中途半端じゃないかなぁ、ってこと。
観客を笑わせたいのか、しんみりさせたいのか・・・
このあたりの戸惑いは、映画が終わるまで消えなかった。


終盤、タチバナ館の乱暴狼藉によって
閉館の危機に追い込まれた青木館が繰り出す起死回生の一手も、
事前の伏線で「たぶんアレを使うんだろうなぁ」とは予想がつくが
それが効果的かと問われたら、素直にYESとは答えられない。
あまりにも苦し紛れで、あれで観客が満足するとは到底思えないんだけど
100年前の観客なんだからあれでいいんだ、ってことなの・・・?


その後に起こる俊太郎と窃盗団との追いかけっこも、
登場人物たちがスクリーン狭しとドタバタ走り回るのはいいんだけど、
なんともテンポが悪くてスピード感も緊張感も乏しいように感じたし。
おそらくここが最大の ”笑わせ” ポイントなのだろうけど・・・


更にこの映画には、”サイレントの時代を描く”、という側面もある。

映画の冒頭では、サイレント映画を撮影している様子が描かれるのだが
これはなかなか興味深い。
曇ると撮影が中断したり(晴れてないと撮影ができない)、
トラブルが発生してもそのまま撮影を続け、編集で何とかしたり。

さらに上映にあたっては、弁士の説明ひとつで
映画の解釈が180度変わってしまう、というシーンが描かれる。
これには驚かされた。いやはや弁士の力、恐るべし。


とまあこんな具合に、2時間の映画の中に欲張って
いろいろ盛り込み過ぎたせいで、かえって
どれにもなりきれない映画になってしまったような気がする。


ラストもすんなり腑に落ちるというものではなかったように感じた。
俊太郎が持ち逃げした金の扱いも疑問だし
主人公二人の落とし所は、ああいう形で良かったのかなあ・・・
すっきり割り切れる大団円がほしかった、って感じたのは私だけかな。


120分の映画なのだけど、要素を整理して90~100分くらいに収めて
喜劇なら喜劇に、シリアスならシリアスに徹していたら
すっきりして見やすい映画になったんじゃないかなあ・・・


いろいろ書いてきてしまったけど、役者さんはとても頑張っている。

成田凌くんは初主演らしいけど、堂々と弁士を演じていてたいしたもの。
ヒロインの黒島結菜さんも、かわいらしく清楚な中に
凜として意思の強さを感じさせる女性を好演している。

主役二人の幼少期を演じた子役たちも素晴らしい。
男の子は長台詞を達者にこなし、女の子の哀歓の表情も豊か。
ただ、映画冒頭のこの幼少期の部分がいささか長すぎるのは気になった。
あ、これはこの子たちのせいではないよ。もちろん。

対照的な二人の人気弁士を演じた永瀬正敏と高良健吾。
タチバナ館のオーナーの娘を演じた井上真央の蓮っ葉ぶり。
窃盗団を追う、コミカルで熱血な刑事の竹野内豊。
そして端役の役者さんに至るまで、
みんなが実に強烈な個性を放っているのはスゴいと思う。ただそれが、
映画の面白さにはつながっていないように思えるのがねぇ・・・

あと、本編終了後のエンドタイトルを観ていて驚いたのが
上白石萌音、城田優、草刈民代、そして
シャーロット・ケイト・フォックスという名前があったこと。

いったいどこに出てたんだろうってwikiを見たら分かった。
映画の中で上映されるサイレント映画のなかに映っていたんだね。

こういうところをみると、手間暇かけて作ったんだろうなあって思うし
俳優陣も豪華だし熱演しているし。
なんとももったいなくて、いろいろ残念な感じがして仕方がない。


最後にひとこと。
映画のラストカットで、スクリーンに文章が映し出されるんだけど、
これは映画の最初に出した方がよかったと思うなぁ。

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黒面の狐 [読書・ミステリ]


黒面の狐 (文春文庫)

黒面の狐 (文春文庫)

  • 作者: 三津田 信三
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/03/08
  • メディア: 文庫
評価:★★★

時代は昭和20年代半ばあたり。
主人公は物理波矢多(もとろい・はやた)という青年。
新天地建設の志を胸に満州へ渡ったものの、敗戦によって夢は破れ、
失意のうちに帰国して大阪で会社勤めをしていたが
ある日、思い立って仕事を辞め、当てもない放浪の旅に出た。

九州・筑豊の小さな駅・穴寝谷(けつね)に降り立った波矢多は、
そこで合里光範(あいざと・みのる)という男と出会う。

合里は、かつて炭鉱会社の労務補導員として、
朝鮮半島から炭鉱夫を集める仕事をしていた。
最初は ”募集” から始まったものの、
希望者の減少と戦局の悪化に伴い ”徴用” へと変化していく。

そんな中、合里は鄭南善(チョンナムソン)という青年を
炭鉱夫として送り込むが、鄭の労働環境は劣悪のひと言。
さらに彼は空襲で死亡してしまう。

合里は、個人的に鄭との間に友情と呼べるような関係を築いていたので
彼の死の衝撃は、合里に大きな罪悪感を残していた。

合里の話を聞いた波矢多は、自らも炭鉱夫となることを決意、
彼と共に抜井(ぬくい)炭鉱のひとつ、鯰音(ねんね)坑で働くことになる。

そして1か月。鯰音坑で落盤事故が発生するが
坑道の最奥部にいた合里だけが逃げ遅れてしまう。

そしてそれが切っ掛けのように、殺人事件が続発していく。
波矢多たちが住んでいた炭鉱住宅で、炭鉱夫の一人が
密室状態の下で、首に注連縄(しめなわ)を巻いた縊死体で発見される。
犯行直前には、周囲にいた子どもたちがその住宅に入る
”黒狐の面” をつけた人物を目撃していたが、
出てきた姿は見られていない。
”犯人” はどこへ消えてしまったのか・・・

さらに二人の炭鉱夫が同じような密室状態で殺され、
どちらも遺体の首には注連縄が・・・

そして、二次災害を恐れた炭鉱会社のために遅れてしまっていたが
事故を起こした坑道にようやく救助隊が入る。
しかし、そこで発見された合里の遺体の首にもまた、
注連縄が巻いてあったのだ・・・


同じ作者の刀城言耶シリーズとはかなり毛色が異なる。
特に戦時中の朝鮮人労働者の扱いとか
炭鉱での過酷で劣悪な労働環境、それを放置する炭鉱会社の責任など
社会派的な描写が多いのが特徴だ。

しかし、核となる部分にある怪奇性や不可能犯罪は健在。
本書では、炭鉱夫の間で語り継がれてきた
奇怪な ”狐面の女” の伝説、そして続発する密室殺人の謎だ。

この時代だからこそ、そして炭鉱の町だからこそ成立するトリック。
そして密室以外にも、ある ”大技” が仕込まれている。
現代社会では難しいだろうけど、
この時代、この作品世界の中ではあり得るかな、って思わせる。

終盤、波矢多が語り始める真相では、真犯人の名が二転三転。
三津田信三のミステリでは十八番とも言える ”多重解釈” も健在。

本書は波矢多が探偵役となるシリーズの第1作で、
第2作は既に刊行されているようだ。
次作では、波矢多は灯台守になるそうな。
彼は日本のあちこちで、その時代ならではの職業を転々としながら
謎を解いていくのだろうか。

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天冥の標VII 新世界ハーブC [読書・SF]

天冥の標VII 新世界ハーブC (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標VII 新世界ハーブC (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 小川 一水
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2013/12/19
  • メディア: 文庫
大河SF「天冥の標」シリーズ、第7部。

21世紀初頭に起こった、致死率95%に達する伝染病 ”冥王斑” の
パンデミックから生まれたのが《救世群》。
”冥王斑” から奇跡的に回復し、保菌者となった者たちが作り上げた
生活共同体で、”非感染者” から隔離された彼らは
やがて ”独立国” 的な扱いを受けるようになっていく。

彼らの活動を封じ込めたい ”非感染者” たちとの緊張関係は
世紀を超えて続き、パンデミックから500年後の世界を描いた
前巻・第6部「宿怨」でピークに達する。

《救世群》が手に入れた異星人のオーバーテクノロジーは
両者の均衡を崩し、ついには戦争状態へ突入する。

そのなかで、強硬派の《救世群》議長の娘ミヒルと
副議長ロサリオは、人類史上最凶最悪の作戦を発動する。
すなわち、致死率95%の冥王斑の原種ウイルスを
太陽系全域の人類居住地へバラ撒いたのだ。

その結果、人類文明は崩壊し、生き残ったわずかな者たちも
食料/物資を求めて暴徒化してしまう。

性的奉仕ロボットである《恋人たち》とともに
辛くも《救世群》から脱出したアイネイアは、
太陽系を離れて他星系へ向かおうとする途中の
恒星間宇宙船ジニ号に接触、恋人のミゲラと再会する。
しかしその直後、太陽系全域を襲った大混乱に巻き込まれて
恒星船ジニ号は小惑星セレスに墜落してしまう。

ここまでが第6部で語られたこと。
第7部である本書は、この直後から始まる。

ジニ号の墜落から辛うじて生き残ったアイネイアとミゲラは、
セレス・シティの地下に建設された<ブラックチェンバー>と呼ばれる
巨大シェルターに、感染から逃れた人々が収容されていることを知る。

しかし、<ブラックチェンバー>にたどり着いた二人は愕然とする。
収容されていた生存者は総計で52244名。
内訳は男性24905名、女性27339名。
しかしその中に成人は1029名しかいなかったのだ。

そのわずかな大人たちも、暴徒からシェルターを守る戦いのさなかで
ほとんどが命を落としてしまう。

やがて太陽系内の通信が途絶えたことから、
<ブラックチェンバー>内の5万人が
人類(非感染者)の生き残りのすべてと思われた。

シェルターに残された子どもたちのうち、最高齢は17歳。
否応なく子どもたちのリーダーとなってしまったアイネイアたちは、
生き延びるための長い苦難の道を歩み始めることになる・・・


もちろん彼らの行く手は前途多難だ。限りがある食糧、
エネルギー供給も先細り、それらを巡る内紛も起こる。
そして、いまだに ”非感染者” の掃討を続ける《救世群》からも
身を隠さなければならない。
さらに、彼らが暮らす小惑星セレス自体にも、
謎の異変が起こり始める・・・


「エピローグ」まで読むと、パズルのピースがいろいろハマる。

 そうかあ。
 こうやって第1巻「メニー・メニー・シープ」につながるんだねぇ。
 もう一度第1巻を読み返したら、いろいろ腑に落ちるんだろうなあ。

もっとも、残された謎もまだまだ多いのだけど、
それは次巻以降で明かされていくのだろう。

次巻の第8部「ジャイアント・アーク」は、
裏表紙の惹句を読む限りでは第1巻の直後から始まるみたい。
やっとカドムとイサリの話の続きが読めるんだねえ。
ここまで来るのが長かったよ・・・

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