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わずか一しずくの血 [読書・ミステリ]


わずか一しずくの血 (文春文庫)

わずか一しずくの血 (文春文庫)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/10/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

ある夜、石室敬三の元へかかってきた1本の電話。それは
1年2か月前に夫と娘を棄てて蒸発した妻・三根子からのものだった。

「10時のニュースに自分が出る」と告げられ、TVをつけると
群馬の山中から白骨化した左足が見つかったと報じられていた。
その左足の薬指にはまっていた指輪には「M・I」とのイニシャル。
石室の娘・千秋は断言する。「これはお母さんの足だ」と。

同じ夜、群馬県・伊香保の温泉旅館『かじか亭』に
男女の二人連れが宿泊していた。翌朝、男が出立した後に
女が死体で発見される。顔面は人相が分からなくなるほどに
鈍器で殴打され、さらに左足が切断されて持ち去られていた。

生前、女が仲居に告げていた電話番号は石室敬三のものだった。
さらに、殺された女も左足に指輪をしていたという証言があり、
宿帳に記した名前も「ミネ子」だった。

捜査が難航する中、『かじか亭』の仲居・宮前藤代、石室の娘・千秋と
事件の周囲にいた女たちが次々と失踪し、
さらには日本各地でそれぞれ別人と思われる
女性の体の一部が発見されていく・・・


本書はまず、石室三根子はどうなってしまったのか、
という容易ならざる謎から始まる。

白骨化した左足は三根子のものなのか?
それならば三根子は左足を失ったときに死んだのか?
それとも、まだ生存しているのか?
それとも、旅館で殺された方が三根子なのか?
そして、電話をかけてきたのは本当に三根子なのか?
なぜ二つ(二人)の左足は指輪をしていたのか?

冒頭に展開されるだけでも、けっこうな謎のてんこもりだが、
読み進めていくとさらに物語は混迷していく。

複数の女性の失踪と死体発見が続けて起こり、
猟奇的な嗜好を持つ犯人による大量殺人事件か、と思われる。

一方で、犯人の行動を描くパートもあり、そこでは
強烈な個性で女性を引き寄せていく男性像が示される。
心に満たされないものを持っている女性が、犯人に対して
身も心も奪われていくくだりは濃密な官能小説のようでもある。

そして、中盤過ぎまで読み進んでいっても
物語の ”視界” は晴れてくれず、
ラストでどう着地するのかが全く見えない。

なにせ後半に入ると、犯人に迫る手がかりを得た刑事までもが
なぜか自らの意思で警察組織を抜け、失踪してしまうのだから。

 広げた風呂敷がどんどん大きくなって、
 果たしてうまく畳んでくれるのか心配になってくる。


本作は、複数の容疑者の中から犯人を見つけ出す、
いわゆるフーダニットの要素はほとんど無く、
それよりは「事件の背後ではいったい何が起こっているのか?」
が巨大な謎となって読者の前に立ちはだかる。

ラストではもちろん、その全貌が明らかになるのだが
それによって事件の様相が一変してしまう。

そこで語られる ”真実” は、あまりにも意外で
これを ”超絶技巧” と思うか、”荒唐無稽” と感じるかで
本書の評価は変わってくるだろう。

冷静に考えれば、かなり無理な部分も無くは無いが
登場人物たちの繰り広げる人間模様、濃厚な愛欲などを
執拗に描写してきたその筆致が、
意外すぎる真相を不自然と感じさせず、納得させてしまう。
それが連城三紀彦の技巧なのだろう。

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