SSブログ

戦場のコックたち [読書・ミステリ]


戦場のコックたち (創元推理文庫)

戦場のコックたち (創元推理文庫)

  • 作者: 深緑 野分
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/08/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

1941年、アメリカは第二次世界大戦に参戦する。
その翌年、17歳のティムもまた合衆国陸軍に志願する。

2年間の訓練を経て、ティムはヨーロッパ戦線に赴くことになる。
配属先は第101空挺師団。最前線にパラシュート降下する部隊だ。
彼の階級は五等特技兵、その役割は管理部付コック。
しかしながら戦闘時には一般兵と同じく銃を握って戦場を駆け巡り、
コックであっても敵と命のやりとりをするのに変わりはない。

1944年のノルマンディー上陸作戦を皮切りに、
ヨーロッパ各地を各地を転戦していくティムたち。
そんな中、彼らが戦場で出会ういくつかの不思議な出来事が描かれる。

その ”謎” に合理的な解釈を与えるのは、ティムの親友にして
彼が所属するG中隊コックのチームリーダーで三等特技兵のエド。

”非日常の世界” である「戦場」における ”日常の謎” という、
まさに意表を突く発想のミステリ。

全五章からなる長編だが、各章ごとに異なる ”謎” が描かれる
連作短編集としても読める。

「第一章 ノルマンディー降下作戦」
1944年6月6日深夜、連合軍はフランスのノルマンディーに
一大上陸作戦を敢行、ティムたちの部隊も
真夜中のパラシュート降下でフランスの土を踏む。
集合場所の村に到着したティムたちだが
そこで機関銃兵のライナスが、上官たちには秘密に
降下兵たちからパラシュートを回収していることを知る。
貴重品であるパラシュートの横流しは許されないことなのだが・・・

「第二章 軍隊は胃袋で行進する」
フランス内陸部の補給基地まで進んだティムたち。
膨大な物資が集積されたその基地内で、盗難事件が発生する。
一夜にして3トン、600箱に及ぶ ”粉末卵” 消えたのだ・・・
寡聞にして ”粉末卵” という存在をこの本で知った。
兵士たちからは不味いと悪評のある食材らしいけど。

「第三章 ミソサザイと鷲」
オランダの村へたどり着いたティムたち。
激しい戦闘を終えた彼らは、民家の地下室で夫婦の銃殺死体を発見する。
死因は自殺と思われたが、二人とも両手は祈りの形に組まれていた。
拳銃を撃った後に手を組むことはできない。
現場には第三者がいたのか・・・?

「第四章 幽霊たち」
ベルギーのアルデンヌの森。
ドイツ軍の猛反攻によって孤立状態に陥ってしまったティムの部隊。
季節は冬を迎え、深い靄と降り積む雪が彼らの気力体力を奪っていく。
そんな中、仲間のコック兵の一人が ”幽霊” を見た、と言い出す。
謎の物音をたてながら、夜の戦場を彷徨っているという・・・

この第四章までで文庫でおよそ400ページ。
もしミステリ要素だけに絞れば、
この半分のページ数で語ることができるだろう。

しかし本書は戦争小説でもある。ミステリ的な比重は物語が進むにつれて
だんだん比重が下がっていき、戦場の描写が増えていく。

酒は飲めないし,タバコを吸うとクラクラしてしまうような
どこにでもいる平凡な少年だったティムも
真夜中の敵陣への降下、銃弾の下をかいくぐっての敵陣突入、
さらには追い込まれた塹壕で凍死の危機にさらされ、
そして相次ぐ仲間の死が彼の心を打ちのめしていく。

”戦場” という非日常の中に置かれたティムが、次第に
”命の重さ” への感覚をすり減らしていく。

さらに、戦争に巻き込まれた一般市民の生活も描かれる。
ひたすら息を潜めて戦闘が去るのを待つ者、
ドイツ軍への抵抗運動に身を投じる者、
そして表向きは中立を装いながらドイツへ内通する者。
そんな市民間の内紛も描かれる。

読者として辛いのは登場キャラたちが戦死していくことだろう。
感情移入できるキャラ、嫌いなキャラ、そんなのは関係なく
戦争は容赦なく若者たちの命を奪っていく。

敵味方関係なく、戦争という行為に走る人間というものの愚かさが
幾重にも描かれていく。ドイツ軍の非道さももちろんだが
連合国軍だって程度の差はあれ、人道的とは言いがたい行動を取る。

「第五章 戦いの終わり」に至り、それはピークを迎えて
ナチスによって収容所に送られたユダヤ人たちの扱いは
想像を絶するものがある。

人間という存在に対して絶望的な思いにも駆られるが、
そんな中でティムは ”ある行動” を起こす。
それは戦場の末端にいる一兵士が簡単にできることではないのだが、
「第一章」から「第四章」までに起こった事件、
そしてそれに関わった兵士たちとの出会いが
ティムのこの行動の動機、そしてこの行動を可能にする
伏線になっていたことが明らかになる。

そして「エピローグ」で語られるのは、
終戦から44年後、ベルリンの壁が崩壊した1989年の世界で
生き残った者たちが再会するエピソードだ。

異例の立身出世を遂げた者、意外な転身を遂げた者、
故郷に帰って家業を継ぎ、地道に生きてきた者。
そして、戦場で受けた心の傷が癒えずに破滅していった者。
彼らの送ってきた、さまざまな後半生が語られていく。

そしてティムの取った ”行動” が、決して無駄では無かったことも。
人間は愚かだが、そんなに棄てたものでもない。

齢60を超えた彼らの人生の哀歓を
しみじみと感じながら、ページを閉じた。

nice!(4)  コメント(4) 
共通テーマ: