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黒面の狐 [読書・ミステリ]


黒面の狐 (文春文庫)

黒面の狐 (文春文庫)

  • 作者: 三津田 信三
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/03/08
  • メディア: 文庫
評価:★★★

時代は昭和20年代半ばあたり。
主人公は物理波矢多(もとろい・はやた)という青年。
新天地建設の志を胸に満州へ渡ったものの、敗戦によって夢は破れ、
失意のうちに帰国して大阪で会社勤めをしていたが
ある日、思い立って仕事を辞め、当てもない放浪の旅に出た。

九州・筑豊の小さな駅・穴寝谷(けつね)に降り立った波矢多は、
そこで合里光範(あいざと・みのる)という男と出会う。

合里は、かつて炭鉱会社の労務補導員として、
朝鮮半島から炭鉱夫を集める仕事をしていた。
最初は ”募集” から始まったものの、
希望者の減少と戦局の悪化に伴い ”徴用” へと変化していく。

そんな中、合里は鄭南善(チョンナムソン)という青年を
炭鉱夫として送り込むが、鄭の労働環境は劣悪のひと言。
さらに彼は空襲で死亡してしまう。

合里は、個人的に鄭との間に友情と呼べるような関係を築いていたので
彼の死の衝撃は、合里に大きな罪悪感を残していた。

合里の話を聞いた波矢多は、自らも炭鉱夫となることを決意、
彼と共に抜井(ぬくい)炭鉱のひとつ、鯰音(ねんね)坑で働くことになる。

そして1か月。鯰音坑で落盤事故が発生するが
坑道の最奥部にいた合里だけが逃げ遅れてしまう。

そしてそれが切っ掛けのように、殺人事件が続発していく。
波矢多たちが住んでいた炭鉱住宅で、炭鉱夫の一人が
密室状態の下で、首に注連縄(しめなわ)を巻いた縊死体で発見される。
犯行直前には、周囲にいた子どもたちがその住宅に入る
”黒狐の面” をつけた人物を目撃していたが、
出てきた姿は見られていない。
”犯人” はどこへ消えてしまったのか・・・

さらに二人の炭鉱夫が同じような密室状態で殺され、
どちらも遺体の首には注連縄が・・・

そして、二次災害を恐れた炭鉱会社のために遅れてしまっていたが
事故を起こした坑道にようやく救助隊が入る。
しかし、そこで発見された合里の遺体の首にもまた、
注連縄が巻いてあったのだ・・・


同じ作者の刀城言耶シリーズとはかなり毛色が異なる。
特に戦時中の朝鮮人労働者の扱いとか
炭鉱での過酷で劣悪な労働環境、それを放置する炭鉱会社の責任など
社会派的な描写が多いのが特徴だ。

しかし、核となる部分にある怪奇性や不可能犯罪は健在。
本書では、炭鉱夫の間で語り継がれてきた
奇怪な ”狐面の女” の伝説、そして続発する密室殺人の謎だ。

この時代だからこそ、そして炭鉱の町だからこそ成立するトリック。
そして密室以外にも、ある ”大技” が仕込まれている。
現代社会では難しいだろうけど、
この時代、この作品世界の中ではあり得るかな、って思わせる。

終盤、波矢多が語り始める真相では、真犯人の名が二転三転。
三津田信三のミステリでは十八番とも言える ”多重解釈” も健在。

本書は波矢多が探偵役となるシリーズの第1作で、
第2作は既に刊行されているようだ。
次作では、波矢多は灯台守になるそうな。
彼は日本のあちこちで、その時代ならではの職業を転々としながら
謎を解いていくのだろうか。

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