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モーリスのいた夏 [読書・ミステリ]

モーリスのいた夏 (PHP文芸文庫)

モーリスのいた夏 (PHP文芸文庫)

  • 作者: 松尾 由美
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2011/09/17
  • メディア: 文庫



評価:★★★

高校2年生の夏休み、村尾信乃は義父(母の再婚相手)の紹介で
アルバイトを始めることにする。
それは山奥の避暑地で10歳の女の子の相手をするというもの。
しかしそれには、その子のお眼鏡にかなう必要があった。
実際、今までにも多くの女子高生が "不合格" になったという。

とりあえず試してみようと、女の子の住む別荘へ向かった
信乃が出会ったのは、芽理沙(めりさ)という美少女だった。

なぜか彼女に気に入られたらしく、別荘での滞在を許された信乃。
しかしそこに泊まった晩、真夜中に起こされた信乃は
芽理沙に敷地の一角にある小屋へと案内される。

そこで引き合わされたのは、
芽理沙が "人くい鬼モーリス" と呼ぶ異形の生き物だった。

芽理沙は言う。
「モーリスは人は襲わない」
「モーリスは大人には見ることができない」
「モーリスは、死んだ生き物の(モーリスが殺すことはない)
 "魂" だけを吸い取る生き物」
なのだと。

そして信乃は、
実際にモーリスが大人たちには見えていないことを知る。
さらに、モーリスが "魂" を吸い取るとその生き物の死体は
消滅してしまうところを目撃する。


そんなおり、別荘地の滞在客が続けざまに死亡し、
その遺体が消失するという事件が起こる。

モーリスの仕業ではないことを信じる芽理沙とともに、
信乃は真犯人を探し始めるが・・・


妊婦だけが住む町で起こる事件を描いた『バルーン・タウンの殺人』や
意志を宿した椅子が名推理を披露する『安楽椅子探偵アーチー』とか
現実世界とは異なる設定を導入したミステリを書いてきた人だけど
今回は「人の魂を吸い取る生き物」が存在する別荘地、という
またまた変わったお話である。

モーリスの正体については明らかにされない。
登場人物が言うように「宇宙からきた」のかも知れないし
「森に棲む妖精」なのかも知れない。

とは言っても、超自然の力などは借りずに、
事件は理論的に、つまりミステリとしては
至極まっとうに解決される。

本書のメインとなるのはそういうミステリよりも
不思議な生き物とともに信乃と芽理沙が体験する
ひと夏のささやかな冒険、そして成長だろう。

エピローグは本編終了の7年後。
かつての信乃と同じ年齢まで成長した芽理沙から、
大学院生になった信乃へ手紙が届く。
「青春の思い出」といったら大げさだけど
郷愁をかき立てるラストになっていてなかなか切ない。


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ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子 [読書・ミステリ]

ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子 (講談社文庫)

ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子 (講談社文庫)

  • 作者: 二階堂 黎人・千澤のり子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/08/12
  • メディア: 文庫



評価:★★☆

ある事情で夫と離婚し、警視庁を退職した元刑事・桐山真紀子。
私立探偵を開業したものの、警備会社の下請けで引き受けた
埼玉県知事の警護中に暴漢の放った銃弾をうけて入院する羽目になる。

退院目指してのリハビリに励む真紀子の前に
姪の早麻理(さおり)が現れ、人探しを頼まれる。
ルームシェアをしていた同居人である女性・当摩雪江が
失踪してしまったのだという。

真紀子は、早麻理があまりにも雪江のことを
知らなさすぎるのに呆れかえりながらも引き受けるが、
早麻理が雪江に使わせていた部屋に入って愕然とする。
ポスターに隠された壁一面に悪態と罵りの言葉が書き殴られていたのだ。

乏しい手がかりをたぐって雪江の消息を探る真紀子だったが、
やがて失踪の裏に潜む巨大な闇にぶちあたるのだった・・・


実はこの本、読んだのは8月。つまり約3ヶ月前。
この文章を書き始めてハタと困ったのは
内容がかな~り思い出せなかったこと。
上記の文章は本書をあちこち拾い読みして
記憶を呼び覚ましながら書いた。

 いつまでも あると思うな カネと記憶力

雪江の正体や失踪の理由なども、けっこう頭の中から綺麗に蒸発してた。
もちろん、本格ミステリ作家・二階堂黎人が噛んでいるのだから
きっちり合理的に(しかも意外性をもって)解決されるし、
さらに言えば、この時代ならではの事件の原因や背景があって、
けっこう社会派的ミステリな面もあったことも改めて確認できた。

ところが、事件の諸々を忘れてしまっていた私が
けっこう覚えていたものがある。
それが早麻理というキャラ。
ヒロイン真紀子のことはほとんど残っていなかったのに
早麻理のことは「ああ、あの姉ちゃん」(笑)って覚えていたよ。


一言で言うと「脳天気」で「天然」な「おバカ」(三言だったね)。
TVのバラエティ番組なんかなら掃いて捨てるほどいそうなキャラだが
小説世界に出てきてこられるといささか鬱陶しい。

「愛すべきおバカ」ならまだ愛嬌があるけれども
読んでいて感じるのはオツムの軽さばかり。
世の中を舐めているとしか思えない言動を繰り返しては
読者(私だけかも知れんが)をイラッとさせる。


物語の発端は、早麻理がネットを通じて
ルームシェアをする相手を募ったことなんだが、
いったい「部屋が余ってるから」とか
「家賃が半分になるから」と言った理由で、
ネットで知り合っただけの氏素性の知れない人物と
同居しようなんて思うものなのか?

 ネットの匿名性を悪用した犯罪なんて日常茶飯事なのにねえ・・・

しかしもっと驚くのは、いざ同居が始まっても、
早麻理が雪江のことを全く知ろうとしないこと。
お互いのプライバシーを尊重すると言えば聞こえはいいが、
無関心極まる態度に呆れてしまう。

まあ下手に知ってしまうといろいろトラブルの元になるかも・・・
って心理は分からなくもないが、それにしてもねえ・・・

本書のキーパースンであるところの当摩雪江を
登場させるためのキャラであるとはいえ、
いささか早麻理の "残念さ" は誇張の度が過ぎているような気も。

出てくる度に読者(私だけかも知れんが)を
イライラさせるというのは、裏を返せば
キャラの描き方がそれだけ達者だという証拠なのだろうが・・・

まあ、このご時世、
こんなお嬢さんもいるんだろうなあ・・・とか、

こういうキャラに目くじらを立てる私は
やっぱりオジサンなんだろなぁ・・・とか

いろいろ思ったものでした。


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写楽 閉じた国の幻 上下 [読書・ミステリ]

写楽 閉じた国の幻〈上〉 (新潮文庫)

写楽 閉じた国の幻〈上〉 (新潮文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/01/28
  • メディア: 文庫




写楽 閉じた国の幻〈下〉 (新潮文庫)

写楽 閉じた国の幻〈下〉 (新潮文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/01/28
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

私は絵心のない人間で、今までの人生で
人から絵が上手いと言われた記憶がない。

小学校1年か2年の頃に一回だけ賞状をもらったことがあるのだけど
それ以降はさっぱり。中学の美術の成績はさんざんだった。
もちろん高校では音楽を選択したし(まだ歌の方がましだった)
大学の頃、生物学実習で細胞のスケッチを描いたことがあるが
これも担当の先生からのダメ出しの嵐を食らったものだ。

閑話休題。

「写楽」というのは謎の絵師として有名で
わずか10ヶ月あまりの活動期間の中で
強烈な個性の絵を多数発表した後は
いっさい筆を断ち、姿を消してしまう。

当然ながら、その正体は同時代を生きた絵師、
あるいは描画能力に秀でた人物の別名義だったのではないか、
という説が出てくる。

実際、多くの説が出ていて百家争鳴らしいのだけど
この本を読んでちょっとネットで調べたら
学会というか研究者の間では「正体はこの人」というのが
ほぼ固まり、定説化しているらしい。

とは言っても、当時を生きていた人は誰もいないのだから
そこに "新説" の登場する余地がある。

しかし、長年にわたっていろんな人物が
"候補" として挙げられてきたのだから、
よほど意外な "正体" を提示しないことには
インパクトに欠けるだろう。

その困難な課題に挑戦したのが本書だ。
本格ミステリの帝王・島田荘司は、実に意外な "真犯人" を指摘する。

いやあこれはほんとにビックリである。


内容紹介に移ろう。

大学講師・佐藤は不慮の事故で一人息子を失い、
もともと不仲であった妻との間も決定的に壊れてしまう。

失意のどん底にあった佐藤に、出版社から著書の刊行が打診される。
彼が選んだテーマは「写楽」だった・・・

当然ながら、読者は写楽の正体にまつわる歴史ミステリを期待して
読み始めると思うのだけど、
冒頭から年端もいかない少年が命を落とすという
陰鬱なシーンが展開する。
佐藤が研究へ没頭する理由付け、という狙いがあるのは分かるんだが
それにしては重すぎて、
いささか読み進めるのが辛くなるというのが本当のところだ。

とは言っても、美貌の大学教授・片桐が登場し、
写楽の正体へ迫ろうとする佐藤の探求が始まってからは
面白く読めるんだけどね。


物語は、佐藤を取り巻く状況を描きつつ、写楽の正体に迫る現代編と
写楽登場までの "前夜" を描く江戸編が交互に語られていく。

佐藤が始めに写楽の正体と睨む人物もなかなか意外で
(未読の人のために名前は挙げないけど)
これでも充分面白いと思うのだけど、はやばやと否定される。
なんとなれば写楽の登場以前に亡くなっているから。

でもこの人、死亡時の状況にも諸説があって
もっと長く生きてたって "言い伝え" もあるくらいだから
この説で突っ走っても面白いんじゃないかなあ・・・

なぁんて思ってたら、
作者が最終的に提示した写楽の正体は
これを遙かに上回るインパクトがあって、
さすがは島田荘司というべきだろう。

ただ、あまりにも意外すぎて
写楽の正体が本書通りだった可能性はかなり低いだろう。
でも思考実験としてはとても面白い読み物になっていると思う。


一方、ラストまで読み進んでも
佐藤個人を取り巻く状況に関してはほとんど解決されない。
息子の死亡事件の裁判とか、妻との離婚問題とか。
片桐教授との仲も進展するのかしないのかも不明なまま。

巻末のあとがきによると、現代編の登場人物を巡っても
長大なストーリーが構想されていたのだけど、
写楽の正体を探求する部分が長くなりすぎて
入れられなかったとのこと。
いつか続編を書きたいともある。

ならば、それが語られる日を待ちましょう。


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築地ファントムホテル [読書・ミステリ]

築地ファントムホテル (講談社文庫)

築地ファントムホテル (講談社文庫)

  • 作者: 翔田 寛
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/08/12
  • メディア: 文庫



評価:★★★

昨今、「築地」といえば "市場" だが(笑)、
およそ150年の昔、文明開化真っ盛りの東京には
「築地」の名を冠したホテルが存在した。
しかし慶応4年(1868年)に開業したそのホテルは
わずか4年後に火事により焼失してしまう。
本書はこの史実をもとにしている。

明治5年2月、焼失した「東都築地ホテル館」の
焼け跡から刺殺死体が発見される。
殺されたのは英国人貿易商ヘンリー・ジェームス。

横浜在住の英国人報道写真家フェリックス・ベアトは
助手の少年・菅原東次郎を引き連れて焼け跡を訪れるが、
警察による取材制限を受けてしまう。

ベアトは、警官と押し問答をするうちに
警視・米倉から取引を持ちかけられる。
取材を許される代わりに
救出された宿泊客からの事情聴取に協力することになったのだ。

そして、ホテル滞在中にヘンリーと懇意になった
英国人教師アーサー・モリスから驚くべき話を聞く。
火事のさなかにヘンリーの死体を発見したモリスは、
その背後に鎧甲に身を固め、刀を振りかざした
日本人らしき者の姿を目撃していた。
築地ホテルは、外国人専用ホテルとして
日本人の立ち入りが厳しく制限されていたにも関わらず・・・


歴史ミステリは往々にしてそうだが、
その時代、その場所でこそ成立する物語になる。
本書でも作者が明治を舞台に選んだのは
この時代、この状況においてこそ成立するミステリを
描きたかったからだろう。

「外国人専用ホテル」という特殊な場所だからこそ成立するからくり、
そしてこの時代だからこそ発生しうる動機。
背景としての文明開花期の日本、
そして「明治」という時代の抱える "闇"。

甲冑武者からみの真相はいささか「え?」なのはご愛敬かなあ。
ちょっと期待していたんだけどね。

とは言っても、終盤になって明かされる、
事件に関わった人間たちの間に隠されたつながりは
なかなか意外性があって、
甲冑武者の "残念さ" を帳消しにして余りある。

ただ、ミステリとしてはよくできているのだろうけど
読後感がかなり重くて、事件が解決しても誰もhappyにならない結末は
私のストライクゾーンからはちょいと外れているかなあ。


ちなみにフェリックス・ベアトは実在の人物。
wikiによると1863年頃から1884年まで、
およそ21年にわたり日本に在住していたらしい。

本書のエピローグで、晩年を迎えたベアトが
郷愁とともにこの事件を回想するシーンはなかなか。


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図書館の魔女 全四巻 [読書・ファンタジー]


図書館の魔女 第一巻 (講談社文庫)

図書館の魔女 第一巻 (講談社文庫)

  • 作者: 高田 大介
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/04/15
  • メディア: 文庫




図書館の魔女 第二巻 (講談社文庫)

図書館の魔女 第二巻 (講談社文庫)

  • 作者: 高田 大介
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/04/15
  • メディア: 文庫




図書館の魔女 第三巻 (講談社文庫)

図書館の魔女 第三巻 (講談社文庫)

  • 作者: 高田 大介
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/05/13
  • メディア: 文庫




図書館の魔女 第四巻 (講談社文庫)

図書館の魔女 第四巻 (講談社文庫)

  • 作者: 高田 大介
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/05/13
  • メディア: 文庫



評価:★★★★☆

気がつけばもう11月。
そろそろ読書感想録も再開しようと思って
読書記録を見たらびっくり。
今回の『図書館の魔女』を読んだのは8月だったよ。
3ヶ月も前のことなのでかなり忘れてる。
がんばって思い出しながら書いてみよう。


現実の世界では、「言葉は無力」な場面をしばしば見かける。
敵対勢力同士の「話し合い」が決裂あるいは中断して
武力紛争になだれ込むなんて、何度見たことか。

そしてそれはフィクションの世界でも同様。
"敵" に対しての「話し合い」や「説得」はものの役に立たず
(なかにはそれすら行われることなしに)
相手の武力侵攻を阻止するために、主人公もまた武力を手にする。

 ただ現実と異なるところは、最終的に
 "敵" とわかり合える結末を迎えることもあることか。
 (わかり合えないまま終わることも多いが)

しかし本書では、そういうネガティブに扱われがちだった「言葉の力」を
メインのテーマに取り上げていて、
当然ながら、その手のことを本業とする者を主人公に据えるという、
ファンタジーとしては珍しいというか目新しい物語をつくりだした。

「逆転の発想」であり「発想の勝利」とも言えるだろう。

 最終巻末の解説で作者の本業は言語学者とわかって、
 なるほどと思ったし納得もした。


さて、主人公がまたユニークだ。
外交交渉のための根回しに腐心し、会議においては主導権を握り、
自他の利益の最大化を目指して落とし所を探る。
なんだか老獪な政治家みたいだが、これをやってのけるのが
図書館の司書、それも年端もいかぬ美少女なのだ。
人呼んで『図書館の魔女』、彼女こそが本書のヒロインである。

 まあ、いささかライトノベル的ではあるが、
 ファンタジーならばある程度は許されるお約束だろう。
 リアリティ云々を言う人はそもそもこういう物語を読まないだろうし。

そして、従来のファンタジーとは異なり、
派手な合戦シーンなどはほぼ皆無である。
少人数での立ち回りや小規模な戦闘シーンはあるが、
全体の割合からしたらこれもわずかだろう。

その代わり、会議のシーンがやたら多い。
複数の人物が一つの部屋に集まりって
じっくりと語り合うシーンも含めたら、
文庫で1800ページを越える本書のうちのかなりの部分が
それで占められているといっていいだろう。

なら退屈なのか、というとそうではないんだなぁ。
そういうシーンが実に読み応えがある。
「ページを繰る手が止まらない」ほどスピーディな展開ではないが、
登場人物たちの丁々発止なやりとり、台詞の応酬が実に面白い。
「じっくり味わって読みたい」という気にさせる。

ちょっと前置きが長くなりすぎた。内容の紹介に入ろう。

本書には3つの国家が登場する。

多島海に面する王国「一の谷」。主人公たちの属する国でもある。
海を挟んだ西側には「アルデシュ」、北に位置する帝国「ニザマ」。

物語は、山奥の鍛冶の里に生まれ育った少年・キリヒトが
王宮の命によって故郷を離れるところから始まる。
「一ノ谷」王都にある史上最古の図書館で彼が出会ったのは、
自分とほぼ同年代の少女・マツリカ。
祖父である先代の引退に伴い、司書となった彼女は
古今東西の書物に接し、森羅万象に精通する、
さらに数多の言語を操ることすらできる天才少女だった。

彼女の役目は一介の司書にとどまらない。
水面下での各国との外交交渉を取り仕切っていて
王宮や有力政治家も彼女の言動に一目置いており
「一の谷」の政治への大きな影響力を持っていたのだ。

さらにキリヒトは知る。
"図書館の魔女"は、自らの声を持たない
(口をきくことができない)身であることを。

 戒律とかで「言葉を発するのが禁じられている」のではなく、
 身体能力としての「発声そのものができない」ようだ。
 そのあたりの事情は詳らかにされていないのだが、
 続編などで明かされるのかな?

幼い頃から手話を仕込まれてきたキリヒトは、
マツリカの手話通訳として図書館で働き始める。

折しも、アルデシュが「一の谷」領への侵攻を企てているとの
知らせがもたらされる。
裏で操るのはニザマ帝国の宰相・ミツクビ。
彼は「一の谷」の元老院議員にも切り崩しをかけ、
さらには暗殺者まで放ってきていた。

それを阻止すべくミツクビと対峙するマツリカ。
彼女の側近として仕えるキリヒトもまた、
否応なく国際謀略の世界へ引き込まれていく。


一巻から二巻にかけては比較的ゆったりとした進行だ。
(というか本書全体が割とゆったりとしてるんだけど)
国際社会での謀略と並行して、
キリヒトとマツリカを中心とした日常も描かれていく。

王宮の地下迷宮を二人で探検するシーンは
いささか冗長かなあとも思ったんだけど
ちゃんと後半の伏線にもなってるし、
回を重ねるうちに二人の "お決まりのデートコース" みたいに
なってくるのもまた面白い。

二巻の終盤、ニザマの刺客がついにマツリカの前に現れ、
絶体絶命の危機を迎えるが、ここである事実が明かされる。

そうだよねえ。ファンタジーはこうでなくっちゃ。
このあたりから俄然、読む方もピッチが上がってきた。

アルデシュ侵攻の原因は、麦の凶作にあった。
マツリカは穀倉回復の手段を提供することで戦争の回避をもくろむ。

言葉を持たぬ少女が持つ一本の筆が紡ぎ出す言葉を載せて
無数の手紙が世界の各地へ向かう。
言葉を持たぬ少女が "言葉" のみを武器に世界と渡り合う。

しかしミツクビはそれを座視することはない。

三巻では、ニザマが送り込んださらなる刺客が
彼女の "言葉" を封じようとする。
しかしマツリカはそれに屈することなく、
キリヒトとともにニザマとの交渉の場へと向かう・・・


田舎育ちで純朴なキリヒト。
博覧強記だけど傲岸不遜で偏屈者のマツリカ。
出自も性格もおよそ正反対の二人で、
最初の頃は前途多難を思わせるカップルなんだが
物語が進むにつれてしだいに心を通わせていく。

このあたりは典型的なボーイ・ミーツ・ガールな
ラブ・ストーリーにもなっている。
巻を追うに従い、次第にキリヒトに対しての
マツリカ嬢のツンデレ度が増していくのが実に微笑ましい。
本当は「純愛」って言葉もつけてあげたいんだが
マツリカ嬢が本気で嫌がりそうなのでやめておこう(笑)。

天才であり、他に代わる者のない重い使命を背負うが故に
孤独であったマツリカが、初めて得た同世代の仲間であるキリヒト。
しかも彼女に対して絶対的な忠誠を誓ってくれる。
そりゃあ "大切な人" になるでしょう。

 ここまで書いてきて、ふと『ベルばら』のオスカルとアンドレが
 頭の中をよぎってしまう私はやっぱりオジサンなんだろうなあ。

最終巻に至り、クライマックスにおける二人の "ふるまい" は、
もはや長年連れ添った熟年夫婦もかくやと思わせるほど息もピッタリ。

 文庫4冊1800ページをこえてついにここまで来たか、
 としばし感慨に耽ってしまうシーンだった。

マツリカに仕える二人の司書であるハルカゼとキリンをはじめ
魅力的なキャラも多いのだけど、もういい加減長く書いてきたので割愛。

「言語」に関する蘊蓄も計り知れないほど詰め込まれているんだけど
(しかもそれを面白く読ませるのはたいしたもの)
これも私ごときでは紹介しようにも手に余る。
このへんは「読んでみて下さい」としか言えない。


ラストでは、さらなる物語が始まることを予感させていて
実際、続編も刊行されているようだ。
さらに続巻も予定されているらしいので、
また楽しみなシリーズがひとつ増えました。


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