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三匹のおっさん [読書・その他]

三匹のおっさん (文春文庫)

三匹のおっさん (文春文庫)

  • 作者: 有川 浩
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/03/09
  • メディア: 文庫



評価:★★★★

若い頃は「還暦」なんて、遙か彼方のことだと思っていたのだけど
気がつけばもう目の前に迫っている。時の流れは早い。

精神的には若い頃のまんまのつもりだが
(逆に言えば成長してないってことか)
身体は着実に衰えてきてる。
眼はぼやけるし歯は痛いし、あちこちに "ガタ" がきてる。
でも「気だけは若い」んだよねえ。

だから、本書の三人組の心境はよく分かる。
私だって赤いちゃんちゃんこを贈られたらムッとするだろうし、
電車で席を譲られても素直に喜べないだろう。
まだまだ "現役" だって言いたい。

閑話休題。


サラリーマンの傍ら剣道教室を主宰していたキヨ(清一)。
妻と切り盛りしていた居酒屋を息子夫婦に任せたシゲ(重雄)。
小さな町工場を経営するやもめの技術屋ノリ(則夫)。
還暦を迎えた幼なじみ3人組だが、まだまだ老け込むに早いとばかりに
夜な夜な町内を見回る自警団を始める。
いわば "ご近所様限定の正義の味方" だ。
彼らが出くわすのは、ご町内の善男善女を悩ませる "悪党ども"。
三匹の侍ならぬ三匹のオッサンが颯爽と悪を懲らしめる。


「第一話」
 会社を定年退職したキヨは、嘱託として
 町内にあるゲームセンターの経理責任者となる。
 しかし、あまりの杜撰な金銭管理に唖然となるが、
 そこにはさらに"ある事情"があった・・・

「第二話」
 町内に痴漢が出没していた。
 三人組も痴漢を一人捕まえたが、どうやら便乗犯らしい。
 そんなある日、キヨの孫の高校生・祐希はバイトの帰りに
 女子高生が暴漢に襲われるところに遭遇する。
 彼女はノリの娘・早苗だった・・・

「第三話」
 シゲの妻・登美子の前に現れたロマンスグレーの男は
 小学校時代の同級生・広野と名乗った。
 思いがけない出会いにときめく登美子だったが・・・

「第四話」
 キヨのもとに剣道教室の生徒だった中学生・昴(すばる)が現れる。
 中学校で飼っているカモたちに危害を加えている者がいるという。
 卒業生である祐希と早苗、そして三匹が解決に乗り出すが・・・

「第五話」
 痴漢事件以来、祐希といい雰囲気になっていた早苗。
 しかしある日、祐希を見かけた早苗の同級生・潤子から
 「彼を紹介して」と頼まれる。些細な行き違いから
 祐希は潤子とつき合うことを承知するが、
 彼女はある "トラブル" に巻き込まれていた・・・

「第六話」
 商店街の一角、空いた店舗に入ったのは催眠商法の業者。
 町内の人々を狙って客引きの真っ最中。
 被害を未然に防ぐべく、三匹は客を装って店に潜入するが・・・


メインとなるのは還暦三人組だが、彼らに絡む若者世代の代表が
キヨの孫・祐希とノリの娘・早苗だ。

息子夫婦とは今ひとつそりが合わないキヨだが
なぜか祐希とは妙にウマが合うようで、
三人組の活躍のほとんどに祐希は絡んでくる。

見かけこそチャラ男だが、一本芯が通っていて本質的には真面目。
善悪の区別もきちんと判断できて勉強もそこそこやっている。
(続編で明らかになるが、公立大学を受験しようというくらいだから
 成績もそんなに悪くないはず)
口は悪いが内心では祖父であるキヨを尊敬している。

まあちょっとできすぎなくらいで
「こんな孫がいたらいいなあ」って思わせる好青年である。

できすぎと言えば早苗ちゃんだ。
母親を早くに亡くしたために、幼い頃から家事全般を切り盛りし、
炊事洗濯なんでもこなす。それでいて
気立てはよく、父親思いの優しい娘に育った。
まさにオジサンキラーを画に描いたみたいな子で
「こんな娘がいたらなあ」とか
「息子の嫁に欲しい」とか思う人もいるだろう。

祐希と早苗のラブコメシーンは、
さすが当代随一のラブストーリー作家の面目躍如。
この二人を主役にしても長編が一本書けそうである。


還暦を迎えたおっさんたちが、
町内にはびこる "悪" をたたきのめす。
中学生や高校生の遭遇した事件も見事に解決し、
孫世代から尊敬の目で見られる。
どちらも願ってもなかなか実現できないことだ。
ある意味 "熟年世代の願望充足小説" でもあるのだろう。
しかしそこは達者な有川浩のこと。
おっさんの "かっこよさ" を、嫌らしくならずに描き出している。
実際、私はとても楽しんで読ませてもらった。

本書には続編「三匹のおっさん ふたたび」がある。
実はこっちの方も読了しているのだけど
もし本シリーズを未読の人がいたら、
この2冊は間をあまり開けずに読んだほうが楽しめると思う。
本書の「第六話」のラストの状況が
そのまま続編の「第一話」冒頭につながっているので。

もっとも、本書を読んだ人なら
言われなくても続編を読みたくなると思うけど。


あと、どうでもいい話なんだが
「三匹のおっさん」は文春文庫、
「ふたたび」は新潮文庫なのはなぜ?
文藝春秋とケンカでもしましたか有川さん?

と思ってたら、今度は2冊とも講談社文庫から出てたよ。
10年20年経って復刊する時に違う出版社からってのはよくあるけど
まだ出て3~4年だよねえ。
いったいどうなってるんでしょう・・・


黒い破壊者 宇宙生命SF傑作選 [読書・SF]

黒い破壊者 (宇宙生命SF傑作選) (創元SF文庫)

黒い破壊者 (宇宙生命SF傑作選) (創元SF文庫)

  • 作者: A・E・ヴァン・ヴォークト
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2014/11/28
  • メディア: 文庫



評価:★★★

宇宙へ進出した人類が遭遇する多種多様な生命体との
ファースト・コンタクト、協調や対立など、
様々な関わりを描いた作品を集めたアンソロジー。

「狩人よ、故郷に帰れ」リチャード・マッケナ
 地球人の末裔であるモーディン人は、
 フィトと呼ばれる植物に被われた惑星を見つけた。
 彼らは駆除用植物ザナシスを投入して環境を改造、
 フィトを一掃したのち、故郷では絶滅しかけている
 大型動物グレート・ラッセルを繁殖させようとするが・・・
 自分に都合のよいように環境を変えようとする人類。
 それに対し、しなやかに抵抗し続ける大自然。
 エコロジーをテーマにしたSFなんだけど、それよりも
 環境改造の作業員ロイとフィトの研究者ミドリとの
 ラブ・ストーリーとして楽しませてもらった。
 フィトの乱舞するラストシーンの美しいこと。

「おじいちゃん」ジェイムズ・H・シュミッツ
 惑星への植民団の先遣隊として2000人がやってきてから4年。
 海岸の浅瀬に棲息する巨大な蓮のような生物は、
 人間たちの水上移動の手段として利用されていた。
 中でも50フィートの大きさを持つそれは<おじいちゃん>と呼ばれ、
 先遣隊の一人である15歳の少年・コードが世話をしていた。
 ある日、コードは植民団の評議員ら3人とともに
 <おじいちゃん>に載って海へ乗り出すが、
 突然<おじいちゃん>は暴走を始める・・・
 異性の生命体がもつ異様な生態、というテーマ。
 本作のネタ自体はそんなに突飛なものではないが
 わかってみると、<おじいちゃん>という呼び名は失礼かなぁ。

「キリエ」ポール・アンダースン
 射手座に出現した超新星に向かう探検隊を載せた
 宇宙船<大鴉(ザ・レイヴン)号>。
 隊員の中には、御者座イプシロン星で生まれた
 プラズマ生命体ルシファーと、
 "彼" とテレパシーで意思疎通ができる女性・エロイーズがいた。
 しかし超新星の星域への "ジャンプ" の直後、
 宇宙船の主動力炉が故障してしまう・・・
 意外なほど紳士的で女性に優しいルシファーがご愛敬。
 ラストのオチは、星野之宣の某短編に同じネタがあったなあ。
 どちらも哀感に満ちていて切ないが。

「妖精の棲む樹」ロバート・F・ヤング
 作者はラブストーリーSFの名手なんだけど、
 今回に関しては恋愛要素はほぼ皆無。
 巨大な樹木に被われた鯨座オミクロン星第18番惑星。
 樹木作業員のストロングは、伐採のために
 1000フィートを超える、惑星最大級の樹に登り始める。
 しかしその途中、彼は一人の女性と出会う。
 妖精めいた顔、金色の髪の彼女はストロングに語りかける。
 《なぜ地球人は樹を殺すの?》
 本作はのちに長編化されて「The Last Yggdrasil」(未訳)になった。
 「時が新しかったころ」も「真鍮の都(宰相の二番目の娘)」も、
 創元SF文庫のアンソロジーに短編版が収録されたら、
 時を置かずして長編版が邦訳された。
 ならば、これも長編版の邦訳が出るのかしら?
 ちょっぴり期待。

「海への贈り物」ジャック・ヴァンス
 生物濃縮を利用してレアメタルを取り出す養殖鉱業社のプラント。
 作業員のレイトが行方不明になり、責任者のフレッチャーは
 軟体動物ストリッカル・モニターが犯人とにらむ。
 そして、モニターが共生関係を結ぶ水棲動物・デカブラック
 (ヒトデとジュゴンが合体したような生物)
 には、ある秘密があった・・・
 タコとかイカとかエイみたいな不気味な生き物が出てきて、
 ちょっとホラーな雰囲気も漂う出だしなんだけど、
 きわめてまっとうな異星生命SFとして着地する。
 うーん、でもやっぱり好きにはなれないかなぁ。

「黒い破壊者」A・E・ヴァン・ヴォークト
 外見は真っ黒の子猫のようだが、耳は巻きひげみたいになっていて
 電磁波を自由自在に操り、生命維持のための呼吸も必要としない。
 破壊力抜群の四肢を持ち、おまけにずるがしこいまでに知恵が回る。
 人間の裏をかくのも造作もない。そんなヤツが襲ってくる。
 宇宙生物では横綱級に有名かつ人気があるケアル様の登場だ。
 名作『宇宙船ビーグル号の冒険』第一話の原型となった短編である。
 私も20代の頃に『ビーグル号』を読んだけど、
 このケアルの話しか覚えてなかったよ。
 それだけ印象が強烈だったんだね。
 あまりの人気ぶりに、自作にこの "超生物" を登場させてる
 作家さんもたくさんいるとのことだ。
 (ダーティペア・シリーズにも出てたよなあ。ムギちゃん。)
 ああ、なにもかもみな懐かしい・・・


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煽動者 [読書・ミステリ]

煽動者 (実業之日本社文庫)

煽動者 (実業之日本社文庫)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2015/08/01
  • メディア: 文庫



評価:★★★

「V」と呼ばれるテロ組織が登場するミステリ・シリーズ。
「攪乱者」につづく第2作。

彼らの目的はもちろん現政権の打倒であり
新政府の樹立なのだが、そのための方法が変わっている。

「テロ」とは言っても、誰も殺さない。
人々を不安に陥れ、次第に政府への不満を蓄積させ、
最終的には合法的に政権を奪取すること。
そのための方策を、知略の限りを尽くして考え出し、実行する。
それが「V」のメンバーに求められることだ。


軽井沢にある、某企業の研修センター。
ある土曜日の昼、そこに8人の男女が集まった。
日常では一般市民として生活していながら、
招集がかかれば反政府活動に従事する。
機密保持のためにお互いを偽名で呼び合う彼らは
いわば「週末限定のパートタイム・テロリスト」たち。

今回彼らに与えられたテーマは
『"子供" をターゲットにした、なんらかの「兵器」を開発し、
 政府に対する不信感を醸成させること。』
しかも、子供の命を奪うことはNG。

序盤~中盤にかけて、彼らのディスカッションが続く。
物語の9割がたは研修センター内で進行するので、
必然的に議論やら会話のシーンが多くを占める。

議論は白熱するも結論まで至らず、
夕刻を迎えた8人は個室に移動して休憩に入るが、
夕食を前に、メンバーの一人である女性が扼殺死体で発見される。

もちろん警察を呼ぶことはできない。
残った7人は死体の処理を組織に任せるが、
「兵器」の考案作業は続行するよう命じられる。

本作のユニークさというか状況の異常さというのはここ。
残った7人の中に犯人がいるのは間違いないのに
真相追求は後回しにされる。
7人は不満を抱きつつも、目的に沿った「兵器」をひねり出すまで、
議論を続けることになる。

 犯人捜しの興味とは別に、「子供をターゲットにした兵器」とか
 「いったいどんなシロモノを考えつくだろう」って思ってたが
 ふたを開けてみれば意外と納得の「兵器」。
 このネタで1本書けそうな気もしてしまう。

警察が介入しないので、科学捜査等で得られるデータは一切ない。
必然的に、7人は純粋に論理的な思考のみで
犯人を絞り込んでいかざるを得ない。

閉鎖された建物の中で議論が延々と続くが
メンバー間の諍いや仄かな恋愛感情のドラマを織り込んで
だれることなく、読者の興味をつないでいく。
そういうところにさりげなく手がかりを仕込んでいるのも流石。
このあたり、特殊な状況下におけるミステリを得意とする作者の
面目躍如というところか。

一番のポイントは、お互いのプライバシーは知らない(はずの)8人の中で、
殺意にまで至る動機が生じたのはなぜか、である。
もちろん終盤にはそれが明らかにされる。

その殺意が生まれた "瞬間" のシーンを読み返してみたんだが・・・
いやあ、これはわからないよなあ。
アンフェアではないけど、ここに気づく人っているのかな。

まあ、そういうポイントを見つけることができるのが
プロのミステリ作家なんだろうけども。


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大空のドロテ 上下 [読書・冒険/サスペンス]

大空のドロテ(上) (双葉文庫)

大空のドロテ(上) (双葉文庫)

  • 作者: 瀬名 秀明
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2015/11/12
  • メディア: 文庫




大空のドロテ(下) (双葉文庫)

大空のドロテ(下) (双葉文庫)

  • 作者: 瀬名 秀明
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2015/11/12
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

幼少期のミステリ読書体験に、ホームズと並んで
ルパンを挙げる人は多いだろう。私もその一人だ。

ちょっと思いつくままに挙げても
「奇岩城」「813」「緑の目の令嬢」「三十棺桶島」「虎の牙」
「カリオストロ伯爵夫人」「バーネット探偵社」・・・
懐かしいタイトルばかりだ。

そんな私の前に、この本は現れた。


20世紀初頭の世界を舞台にアルセーヌ・ルパンの新たな物語の幕が開く。
主人公には空に憧れる少年とサーカスの少女を配し
冒険を通じて成長していく姿を描く。
脇役陣にはルパン・シリーズからのキャストをそろえ、
さらには実在の人物まで登場させる。
フランスの片田舎の町を旅立った少年は、
世界の運命を左右する力を秘めた財宝を求めて
愛する少女とともに幾多の困難をくぐり抜け、
いつしかアフリカの大空を飛び回り、砂の大地に降り立つ。

本書のストーリーをざっくり書くとこうなる。
これだけでも胸がわくわくしてくるだろう。

というわけで文庫上下巻、合計1000ページに及ぶ大著に挑んだのだけど、
だがしかし・・・なんだなぁ。


感想は後に回して、まずはもう少し詳しい紹介をしよう。


時は1919年。
フランスはノルマンディー地方の町・ドンフロン。
そこで暮らす14歳の少年・ジャンが主人公だ。
両親を失い、祖父と暮らしながらも大空への憧れを胸に抱いている。
彼はある日、ドンフロンを訪れたサーカス団の一員で、
飛行機で曲芸をする少女・ドロテと知り合う。

赤ん坊の時に修道院の前に置き去りにされ、孤児として育ったドロテ。
彼女の身元を示す手がかりは、一枚の黄金のメダルのみ。

しかしそのメダルを狙う "謎の一団" が現れた。
"疣(いぼ)鼻の老人" とその配下たちは執拗にドロテを追いかける。
一団の襲撃から彼女を救い出したジャンだったが、
彼らの怒りを買ってしまい、家は焼かれ、祖父は命を落としてしまう。

折しも、ルパンを名乗る何者かが
大胆不敵な犯行予告とともに古銭を盗み出す事件が起こっていた。
盗まれた貨幣は、同じものが5枚鋳造されており、
それにはプランタジネット家の財宝のありかを示す
手がかりが秘められているという。
そして、ドロテが持つメダルはその中の1枚だった。

 ちなみにwikiによると、プランタジネット家とは
 12世紀に英仏にまたがる大王国を築いた王朝の家系である。

第II部では、「奇岩城」の舞台となったエトルタにて、
次なるメダルを狙うルパン(を名乗る怪盗)と
フランス警察との攻防が描かれる。
サーカス団と共にエトルタに向かったジャンとドロテ。
その二人の前に再び "疣鼻の老人" が現れる。
そして次第に明らかになるドロテの出生の秘密。
なんと彼女はルパンの娘かも知れないのだ・・・

世界を支配することもできる "巨大な力" を秘めた
プランタジネット家の財宝を巡り、物語の舞台は
第III部のパリ、そして第IV部のアフリカへと拡がり
物語は秘境冒険小説へと変貌していく。


本書はルブランが書かなかった空白部分を埋める作品、と言う位置づけ。
作者は膨大な原典に当たり、
他の作品との矛盾が生じないように時代を選び、
当然ながら他作品のキャラも大挙して登場させている。
(まあパスティーシュなのだから当たり前かも知れないが。)

 とは言っても、大胆に設定を変更している部分もある。
 (改変というより作者による独自の解釈という方が正しいが) 
 「えっ、そうだったの?」
 私も驚いた "新解釈" は読んでのお楽しみだろう。

文庫で1000ページということは、たぶん原稿用紙だと1500枚近い大作。
ルブランの原典を詳細に読み込み、当時のヨーロッパ・アフリカの
風俗や情勢も十分に下調べをして書かれているのはひしひしと感じる。
そういう意味では、並々ならぬ労力と情熱を注ぎ込んだ、
途轍もない「力作」なのは間違いない。

でもそれがそのまま作品の高評価につながるか、と言われれば
「それはそれ、これはこれ」なんだなあ。

いささか乱暴だが、一口で言うと「疾走感に乏しい」と感じる。
波瀾万丈の一大冒険活劇のはずなのに、である。


ルパン・シリーズに関する蘊蓄も尋常ではないし
背景となる世界の書き込みも半端ではない。
描写が厚くてリアルなのは間違いないんだが、
逆にそれが読むテンポを妨げているような気がしてる。

海外作品を翻訳したような文体(って思うのは私だけかも知れないが)
もあって、すいすい読めるとはいいがたい。

特に後半に入ると、ルパン・シリーズを知らない人や、
昔読んだけど細かいとこはさっぱり忘れてる人(私だ)には
今ひとつぴんとこない展開もあって、
(とりあえずストーリーは追っていけるのだけど)
ちょっと読むのがしんどくなってきた。

「マニアック」と言ってしまったら言い過ぎだろうが、
原典を知ってる度合いによって、
楽しめるレベルがかなり異なるのではないだろうか。
(これも、パスティーシュなのだから当たり前、とも言えるが)

 ルパン・シリーズを知らない人っていないと思ってたんだが
 若い人の中にはアニメの「ルパン三世」は知ってても
 ルブランの「ルパン」は読んだことないって人は
 けっこういるんじゃないかなぁ。
 もちろん、ルパン・シリーズが大好きで何回も読み返してる、
 なんて人にとっては、
 本書はたまらない魅力に溢れているんだろう、とは思う。


なんだか文句ばっかり書いてるようだが、それもこれも、
面白くなりそうな要素はてんこ盛りにあるのに、
それがうまく伝わってこなくて、なんだかスゴくもったいない。
そんな気がして仕方がないから。

 器に大盛り、味付け濃いめ、食べたら胃もたれ。そんな感じ?

枝葉を切り払って、長さをこの2/3くらいにして、
展開をスピーディに、活劇部分のアクションを増量したら
リーダビリティがぐ~んとアップして、
もっと燃えて萌えられる(笑)んだろうけど、
たぶんそれでは、作者が書きたかったものとは違ってしまうのだろう。

結論:やっぱり瀬名秀明とは相性が悪い(苦笑)。

星3つにしようかと思ったんだけど
ルブランへのリスペクトと作者の情熱で、星半分増量。


最後に余計なことをいくつか。


その1

本書のプロローグは1963年。
一人の若い作家が高齢の大御所を訪ねていくところから始まる。
その老作家が44年前(本編の1919年)の出来事を回想する
(つまり彼は本編の登場人物の一人)、
というかたちで物語の幕が上がる。
この二人の正体(どちらも実在の作家)も最後に明らかになるのだけど、
この二人がこの "組み合わせ" である必然性はあったのかなあ。


その2

主人公の男の子の名がジャン、ヒロインがサーカスの少女。
そして彼女の持つ "アイテム" を狙う一団が現れる、なんて
まんま「ふ○ぎ○海○ナ○ィ○」じゃないか、
って突っ込みが入りそうだが(私も入れました)、
中盤以降にドロテの本名が明らかになってみると、
案外、狙ってるのかなとも思えるが、まさかね。
真相は不明です(笑)。


その3

本編終了後のジャンとドロテがどうなったのかが
すんごく気になるんだけど、後日談は一切語られない。
わずかに老作家の回想にドロテがちょっぴり出てくるけど・・・
すぱっと切ってしまうのも潔いとは思うが、
やっぱりちょっとは知りたいよねえ。

 「ふ○ぎ○海○ナ○ィ○」は、主役カップルをはじめ、
 その他のキャラも含めて後日談(12年後)をしっかり描いていたしね。

共白髪になった二人が見たいとまでは言わないが、
もうちょっとサービスしてよ、瀬名さん(笑)。


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密室蒐集家 [読書・ミステリ]

密室蒐集家 (文春文庫)

密室蒐集家 (文春文庫)

  • 作者: 大山 誠一郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/11/10
  • メディア: 文庫



評価:★★★★

何処の誰かは知らないけれど、
(警察の偉い人は)
誰でもみんな知っている(笑)。

密室事件が発生するとどこからともなく現れ、
いつのまにかちゃっかり捜査情報を聞き出し、
密室事件の真相と意外な犯人を明らかにして
気がつくと消えている。

何十年経っても変わらない容姿を保っていたりと
存在自体が摩訶不思議な探偵さん。
それが『密室蒐集家』と呼ばれる謎の人(笑)。

いやあ、ここは突っ込んではいけないのでしょうね。
「純粋謎解き」に特化するための舞台装置なのでしょう。
文中では "精霊" なんて言われてるが
座敷童みたいな "妖怪" の方が近そう(おいおい)

閑話休題。


本書には、そんな風変わりな『密室蒐集家』が登場し、
5つの密室を解決するけれど、
事件自体はガチガチな超本格ミステリである。


「柳の園 1937年」
 昭和12年。柳園高等女学校の生徒・千鶴は、
 置き忘れた本を取りに学校へ戻る。
 時は夕刻、校庭を歩く彼女が目撃したのは、
 教師・君塚が音楽室で射殺される瞬間だった。
 しかし、内部から施錠された密室状態の現場から、
 射殺犯は消え失せていた・・・。

「少年と少女の密室 1953年」
 昭和28年。高校生のカップルが殺されるが、
 現場となった屋敷は警官が周囲を監視していて
 犯行時刻の人の出入りは不可能だった・・・
 密室蒐集家氏が登場早々、意外な真犯人を指摘することにまずビックリ。
 なぜそうなるのかの推論もきっちりしてるんだが・・・

「死者はなぜ落ちる 1965年」
 昭和40年。画家の優子は、テナントビルの5階に住んでいる。
 彼女のもとへ、かつての男・森一(しんいち)が現れる。
 復縁を迫る森一に辟易していた優子の目の前を、人が落下する。
 落ちたのは6階に住むホステス・麻美。
 しかし麻美の部屋は内側から鍵がかかった密室だった。

「理由(わけ)ありの密室 1985年」
 昭和60年。マンションの一室で一人の男が射殺された。
 現場は密室だったが、トリックは早々と解明される。
 しかし、犯人は何のためにわざわざ現場を密室にしたのか。
 3人の容疑者から、密室蒐集家は犯人を指摘する。
 「柳の園」の千鶴さん、48年ぶりの再登場。

「佳也子の屋根に雪ふりつむ 2001年」
 どこかのアンソロジーで既読。時代は平成13年。
 結婚の夢破れ、睡眠薬自殺を図った佳也子は女医・典子に救われる。
 しかしその翌朝、典子は刺殺死体で発見されるが、
 二人がいた家の周囲には雪が積もり、
 足跡は典子のものしかなかった・・・
 「雪の足跡」ものだが「この手があったか!」と唸らされる。


「氷山の一角」という言葉があるが、本書を読んでいて感じたのはこれ。

「鍵のかかった部屋で人が死んでいる」という、
"状況" だけ見れば、ある意味シンプルな現象も、
解き明かされてみると、それはまさに "氷山の一角"。
水面下には意外なほど大がかりな "仕組み" が潜んでいる。

そういう "状況" を成立させるものは、犯人の工作だけではない。
関係者の錯覚・誤認、偶然の重なり。
犯行時間の前にも後にも、現場の内にも外にも、それはある。
それらを組み合わせて構成された巨大で精緻なパズル。
それが本書に登場する密室だ。

逆に言えば、人工的に過ぎるという批判もあるんじゃないかな。
あんな短時間にそれだけの工作ができるのか。
そんな都合のよい偶然が起こりうるものなのか。

でも、本書はあえてその "人工美" に挑んでいると思うし
本書を読む人はそこのところに目くじらを立てたりしないだろう。

 でもね、あんまり上手くできすぎていて
 ちょっと文句を言ってみたくなる、て部分もあるんだなあ。
 まあ、やっかみですね(笑)。

この文章の初めの方にも書いたけど、「純粋謎解き」に特化した作品。
「密室破り」に加えて「意外な犯人」まで盛り込んでの大盤振る舞い。
ここまで "本格" にこだわった作品も少ない。
これは楽しまなくちゃ損でしょう。


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