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64(ロクヨン) [読書・ミステリ]

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

64(ロクヨン) 上 (文春文庫)

  • 作者: 横山 秀夫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/02/06
  • メディア: 文庫




64(ロクヨン) 下 (文春文庫)

64(ロクヨン) 下 (文春文庫)

  • 作者: 横山 秀夫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/02/06
  • メディア: 文庫



評価:★★★★☆

よく「胃に穴があく」なんていう。
強烈なストレスに晒された状態を指してそんな風に表現する。

本書の主人公もまた、物語中で凄まじいストレスに晒される。
これでもかこれでもかと言わんばかりの集中砲火。
胃どころか大腸や小腸や十二指腸や食道にまで穴があくんじゃないかと
心配になるくらいのストレスの "絨毯爆撃" 状態である。

当然ながら、読む方にもそれは伝染する。
主人公への感情移入が強ければ強いほど、
読者もまたストレスの "流れ弾" に晒される。
体調の悪い時には読まないほうがいいかも知れない(笑)。

閑話休題。


主人公・三上はD県警・警務部秘書課の広報官。
広報官というのは対外的な折衝を行う部署で、
新聞やTVなどの記者を相手に、事件の概要や
捜査の状況などの情報公開をするのも、仕事のひとつ。

もともと三上は刑事上がりで、広報官は望まぬ職種だった。
なるべく早く古巣の刑事部へ戻りたいと日々願っている。
これがストレスのもとその1。

ある日、主婦が自動車事故を起こし、相手を死なせてしまう。
D県警の交通事故では原則実名が公開されてきた。
報道で匿名にするかどうかは個々のマスコミの判断に委ねられる。
(全国の地方警察がそうなのか、D県警だけなのかは分からないが。)
しかしなぜかこの件に限って、三上は上層部から
主婦と被害者の実名非公開を命じられる。
これが記者たちの反撥を呼び、広報官と記者クラブとの関係は最悪に。
これがストレスのもとその2。

折しも、D県警への警察庁長官の視察が決定する。
長官は、昭和64年に起こった未解決の少女誘拐殺人事件の
遺族宅を訪れることを要望する。
上層部の命で遺族宅へ交渉に赴いた三上だが、
少女の父親は長官来宅を拒否してしまう。
これがストレスのもとその3。

さらに、長官視察に対して刑事部がなぜか猛反発を示し、
視察の準備をする三上に対してあからさまな妨害が入る。
これがストレスのもとその4。

そして、三上の一人娘・あゆみは長い引きこもり生活の末、
突然、失踪してしまう。
これがストレスのもとその5。

そしてそして、あゆみの公開捜査をしてもらうために
三上は直属の上司・赤間のコネにすがってしまう。
その結果、赤間の命令には(どんなに理不尽なものでも)
逆らえない状態になっている。
これがストレスのもとその6。


うーん、ざっと書き出してみたけど、
三上に与えられるストレスは、本書の序盤だけでこんなにある。
細かいことを書けばもっとありそうな気もするんだが
書いててだんだん気が滅入ってきたのでやめておこう。

もちろん(!)これがすべてではない。
物語が進行するにつれて、あるものは解決するが
その代わり、また新しいストレスのもとが発生していく。
まさにモグラたたき状態である。

本書のタイトル「64(ロクヨン)」とは、上記の
「昭和64年に起こった未解決の少女誘拐殺人事件」の
ことを指し、D県警史上最悪の事件でもあった。
作中時間では、発生から既に14年が経過し、
時効まであと1年と迫っている。

「64」にかこつけた長官視察には、ある隠された目的があった。
そして、「64」事件の裏にもD県警内部に、ある "秘密" が。
長官視察を中止させたい刑事部と、
「64」の "秘密" を利用して刑事部を抑えようとする警務部。
刑事部と警務部は、D県警内部を真っ二つに割った
全面対決の様相を呈するようになっていく。

その背景にあるのは、
部外者の介入を極端に嫌う強烈な "縄張り意識" と、
異常なまでの "ポストへの執着" だ。
このあたりを読んでると、警察というところは
事件の捜査や治安の維持なんかそっちのけで
内部抗争と足の引っ張り合いに明け暮れてるみたいに
思えてしまうよ。

 フィクションだから、かなり誇張されてるんだろうけどね・・・
 あ、もちろん "真っ当な" 警察官も出てきます(笑)。

内部(上司)と外部(記者クラブ&遺族)、
警務部と刑事部、そして組織(D県警)と個人(家族)。
本書は、様々なものの板挟みになりながらも、
ひたすら職務に忠実であろうとし、
どんなに小さな可能性であろうとも、
膠着した事態を動かす突破口を探し続ける三上の苦闘を描いていく。

もちろん、三上の不撓不屈の戦いぶりが
一番の読みどころであるのは間違いないんだが、
さらに本書のすごいところは、
きちんとしたミステリにもなっているところだろう。

三上に対して四方八方から襲ってくるストレスの群れ。
しかしその中には多くの伏線が敷かれていて
一見何の関係もないような事柄が、実は深いところでつながっている。
物語の後半、もつれた糸がほぐれていくように
事件(というか一連の騒ぎ)の真相が綺麗にひとつながりになって
明らかになっていく過程はホントによく練られていて唸らされる。


尋常でないストレスの集中砲火を浴びる三上。
彼も人間であるから、悩みもするし後悔もするし間違うこともある。
前半の三上は試行錯誤の連続である。

しかし、後半に入り、ある時点で彼は吹っ切る。
「広報官」という職務を全うするために、
「刑事」への未練を振り捨て、退路を断ち、"覚悟" を決める。
この三上の "変化" もまた読みどころだろう。


読みながらいろいろなことを考えた。
人間、好きな仕事ばかり出来るわけではない。
自分が望まぬ仕事を割り振られることもあるだろう。
いや、むしろそういう場合の方が多いかも知れない。

そのとき、どんな心持ちでその仕事に取り組むか。

私自身、望まぬ仕事を割り振られることは多い。
というか、今だってそういう仕事も割り振られている。
自分が適役とは思えない仕事も多い。
でも嫌だからやらないというわけにもいかない。
誰かがやらなければならない仕事ならば、なおさらだ。
そこにはやはり "覚悟" というものが必要なのだろう。

 幸いにして(?)、私には三上ほどのストレスはないけれどね・・・
 あんな目に遭ってたら、私なんぞただの1日で身体を壊して
 入院してしまうだろう。

私のように、振られた仕事を毎回ヒイヒイ言いながら
何とかこなしている人もいるし、
逆に、どんな仕事を割り振られても、涼しい顔で
きっちりスマートにこなしてしまう人もいる。
(まあ、裏では人知れず努力をしているんだろうけど・・・)
そういう人はたいてい出世も早いんだなあ・・・

なんだかだんだん本書と関係ない話になってきた。


聞くところによると、作者はしばらく体調を崩していて、
本書は実に7年ぶりの作品らしい。
しかも、推敲の過程で数千枚の原稿を捨てて
作品の完成度を上げていったとのこと。

まさに、かかった時間にふさわしい、渾身の傑作だと思う。


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