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忘却城 鬼帝女の涙 [読書・ファンタジー]


忘却城 鬼帝女の涙 (創元推理文庫)

忘却城 鬼帝女の涙 (創元推理文庫)

  • 作者: 鈴森 琴
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/07/11
  • メディア: 文庫
評価:★★★

 異世界・亀珈(かめのかみかざり)王国。
 ここは死者を蘇らせる ”死霊術” によって栄えた国だ。死霊術士たちの長は「名付け師」と呼ばれ、当代は縫(ほう)という92歳の男が務めている。

 この「名付け師」の代替わりを巡り、王都で開かれた死霊術の祭典・幽冥(ゆうめい)祭での騒乱を描いたのが前作『忘却城』。

 そして本書はその続編ということになる。とはいっても前作の主役だった青年・儒艮(じゅごん)や重要キャラだった金魚小僧も登場しない。

 代わって主役を張るのは、これも前作でのメインキャラの一人だった異民族の女戦士・曇龍(ウォンロン)。
 前作から数ヶ月後、今は死霊術士たちの総本山である霊昇山に身を寄せ、幽冥祭以来ずっと昏睡状態にある千舞蒐(せん・ぶしゅう)の世話をしている。

 ちなみに名付け師・縫の弟子たちは ”御子(おこ)” と呼ばれており、千舞蒐はその中で唯一の女性である。

 前作でもそうだったが、今作でも御子たちは仲が悪い。上位の弟子たちは次の名付け師の座を目指してお互いがライバルであるのだが、そうでない弟子たちも総じて小競り合いを繰り返している。まあ、死者を蘇らせようなんて考える時点で普通の感覚ではないのだろう。

 しかし本書に登場する千魘神(せん・えんしん)は珍しくまっとうな若者らしい。物語の中では、彼が曇龍の相棒となって活躍する。


 前作と同じく、複数のストーリーラインで物語は綴られていく。
 物語の序盤では各登場人物の様子が点描される。何せ登場人物一覧には30人以上の名前があるんだから(笑)。

 ダブル主役の曇龍と千魘神、縫の一番弟子の千魍千(もうせん)と二番弟子の千魎千(ろうせん)の角逐、王国の辺境・剥(はく)州の女領主・白芍(びゃくしゃく)とその周囲の人々、など。
 そしてそれらの合間に、亀珈王国とは別の大陸で暮らす、異民族の少女テオドラの数奇な、そして悲しい物語が挿入されていく。

 前作でも感じたが、イメージが豊かというか、豊かすぎて(笑)読んでいて時々迷子になってしまう。個々のシーンやキャラクターの印象は強いのだが、それが全体の中でどんな意味や位置づけにあるのかがなかなか把握しづらい。
 このへんは私のアタマが悪いのが原因の大部分だろうけど(おいおい)。



 さて、亀珈王国の辺境各地には、過去の大戦を通じて ”二十四大鬼” と呼ばれる、退魔不可能とされる強力な ”魔” たちが封印されている。
 その一人、”鬼帝女(きていにょ)” に復活の兆しがあるという。

 霊昇山に退魔の要請が入るものの、名付け師の力をもってしても倒すことは叶わないという。そのミッション・インポッシブルを買って出たのが千魘神で、彼と曇龍が鬼帝女と対決するのがクライマックスになる。

 複数のストーリーラインが終盤に向けてきれいに収束していくのも前作通り。昏睡状態の舞蒐も、意外な形で物語に関わってくる。このあたりの構成力はやっぱりスゴいと思う。


 さて、次作では儒艮も金魚小僧も再登場するようだ。近々読むつもり。



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隷王戦記 (全3巻) [読書・ファンタジー]


隷王戦記1 フルースィーヤの血盟 (ハヤカワ文庫JA)

隷王戦記1 フルースィーヤの血盟 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 森山 光太郎
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/03/17
隷王戦記2 カイクバードの裁定 (ハヤカワ文庫JA)

隷王戦記2 カイクバードの裁定 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 森山 光太郎
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/08/18
隷王戦記3 エルジャムカの神判 (ハヤカワ文庫JA)

隷王戦記3 エルジャムカの神判 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 森山 光太郎
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2022/04/20
評価:★★★★☆

 文庫で全3巻、総計1250ページほどにもなる大長編ヒロイック・ファンタジーだ。


 舞台となるのは異世界の大陸・パルテア。

 そこは大きく3つの地域からなる。
 ”牙の民” と ”草原の民” が暮らす〈東方世界〉(オリエント)、
 〈世界の中央〉(セントロ)の ”戦の民” は多くの国家に分裂し、戦乱に明け暮れている。
 そして大国・ウラジヴォーク帝国が支配する〈西方世界〉(オクシデント)。

 この世界には、7人の〈守護者〉と3人の〈背教者〉と呼ばれる、超常の力を持つ者たちが現れる。それは世界創世の時代からの ”神々の戦い” が尾を引いたもので、〈守護者〉たちと〈背教者〉たちは相争い、人間の世界に戦乱をもたらしてきた。

 ”牙の民” の王・エルジャムカが〈人間の守護者〉の力を得たこと、同じ時期に ”草原の民” の族長の娘・フランが〈鋼の守護者〉の力を得たことで、世界の平衡は崩れ去る。

 人間世界の制覇を目指すエルジャムカは、その手始めに ”草原の民” に向けて侵攻を開始する。フランの持つ〈鋼の守護者〉の力を我がものとするためだ。
 「降るか、滅びるか」
 抗えば滅ぼされ、降伏しても奴隷兵とされ、”牙の民” による世界制覇の戦いの最前線に送り込まれることになる。

 それでも、”草原の民”・次期族長のアルディエルは民の命を救うために降伏を選択する。

 主人公・カイエンは、アルディエルの親友であり、フランに想いを寄せる剣士だった。彼はアルディエルの決定を不服とし、”砂の民” の軍勢を率いて ”牙の民” に立ち向かう。
 しかし、エルジャムカの繰り出す圧倒的な〈守護者〉の力の前に、為す術もなく敗れ去ってしまう。


 フランがエルジャムカに助命を願い、それによって一命を取り留めたカイエンは〈世界の中央〉へと流れていき、都市国家・バアルベクで奴隷兵となった。

 生きる目標を喪い、刹那的になっていたカイエンだったが、バアルベク太守・アイダキーンの娘・マイと出会ったことで、彼の運命は大きく変転することになる。

 マイの護衛役となったカイエンは、奴隷であっても人間的な扱いをするアイダキーンと、父の思いを継いでひたすら民の幸福のみを願う娘・マイの ”理想” に触れたことで、少しずつ心の再生を果たしていく。

 そんなとき、バアルベクで内乱が勃発、マイが拉致されてしまう・・・

 その戦いのさなか、カイエンは〈憤怒の背教者〉の力を手にすることになる。内乱鎮圧を果たした彼が、バアルベクの ”騎士” に任じられるまでが第1巻。


 その間にも、”牙の民” は強大な軍勢で西へと侵攻を続けている。エルジャムカに対抗するには、群雄割拠している〈世界の中央〉の ”戦の民” の争いに終止符を打ち、全戦力を糾合して ”牙の民” にぶつけるしかない。


 第2巻では、カイエンとマイによる〈世界の中央〉統一の戦いが描かれる。
 バアルベクの隣国シャルージとの戦いでは、〈炎の守護者〉の力を持つ戦士・エフテラームが立ちはだかる。
 そして南部地域を統べるカイクバードは ”軍神” の異名を持ち、〈世界の中央〉最大の戦力を率いている。


 そして第3巻では、いよいよ ”牙の民” との最終決戦が描かれる。
 フランの他にも多くの〈守護者〉を傘下に加えたエルジャムカは、怒濤の勢いで〈世界の中央〉へ侵攻してくる。

 盟主・マイのもと、”戦の民” の統合を果たし、”隷王” の称号とともに全軍の指揮権を手にしたカイエンは、エルジャムカ率いる300万の軍勢を迎え撃つことになるが・・・

 とにかく、〈守護者〉たちの力を駆使する ”牙の民” の強さは圧倒的だ。迎撃のために築いた長大な砦もエルジャムカの勢いを止めることは叶わず、有力な武将たちも次々に戦死を遂げていく。

 それに加えて、エルジャムカと対決する前に、カイエンが倒さなければならない相手が2人いる。
 1人はかつての親友であり、今は ”牙の民” でも屈指の大将軍となったアルディエル。
 そしてもう1人は、かつての想い人であり、今やエルジャムカとともに世界を破滅へと導こうとしている〈鋼の守護者〉・フラン。

 このあたり、読んでいて実に心臓に悪い。「勝てる気がしない」というフレーズがあるけれど、第3巻はまさにその言葉がぴったりである。
 この手の物語はけっこう読んできたつもりなのだが、ここまで ”絶望感” に襲われる物語はほとんど記憶にないくらいだ。それだけ作者の筆力が優れているということなのだろう。
 実際、第3巻の前半はどうにも読み進めるのが辛くて、ペースがかなり落ちてしまったことを告白しておく。

 エルジャムカの持つ〈人類の守護者〉の力は、”〈守護者〉の王” とも言うべき最強の力だ。
 それに対抗し、〈人類の守護者〉を倒す唯一の方法は、3人の〈背教者〉の力を一つに束ねること。
 カイエンは残り2つの〈背教者〉の力を手にすることができるのか、そしてエルジャムカの進撃を止めることはできるのか・・・


 大長編ゆえ、魅力的な脇役も数多く登場するのだけど、もうかなりの量を書いてしまったので、これくらいにしておこう。

 傑作だと思うのだけど、あえて難を言えば、ところどころ物語を端折ったように感じる部分がある。
  物語の疾走感を重視したのかとも思ったが、あまり長くならないようにと版元からページ数の制約を示されたのかも(笑)。
 なにせ、本が売れない時代なのでねぇ・・・

 とはいっても、読んでいて不満に感じるほどではないので、これはこれで構わないとも思う。
 私自身は、面白ければどんなに長くても苦にしないのだけどね。
 本書の内容は、十分に書き込んだら倍の6巻くらいあってもおかしくない。それくらい豊かな物語が詰め込まれていると思う。


 久々に、大興奮しながら読んだヒロイック・ファンタジー大作でした。
 現在のところ、「今年読んだ本ベストテン」で暫定ながら第1位です。



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滅びの鐘 [読書・ファンタジー]


滅びの鐘 (創元推理文庫)

滅びの鐘 (創元推理文庫)

  • 作者: 乾石 智子
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/08/09
評価:★★★★

 舞台となるのは、大陸の北にある国・カーランディア。
 土着の民・カーランド人は、100人にひとりは魔法使いの才を持つ、創造性豊かな民だった。しかし600年前、西の海からやってきたアアランド人によって征服されてしまう。

 それでも長い間、二つの民はなんとか平穏な時を過ごしてきたが、アアランド人の王・ボレスクがカーランド人の大虐殺を始めたことで、平和は破られてしまった。

 偉大なる魔法使い・デリンもまた、娘夫婦をボレスクに殺される。彼は報復として王宮前広場にある鐘を打ち砕いてしまう。それは平和の象徴として、439人のカーランド職人によって建造されたものだった。

 鐘は439の破片となって飛び去り、世界中に散ってゆく。同時に、鐘に封じられていた〈闇の獣〉と〈闇の歌い手〉も解き放たれてしまう。

 破片を胸に受けたボレスク王は命を落とし、足に受けた第一王子・イリアンは歩くことができなくなってしまう。難を逃れた第二王子・ロベランは、父と兄の復讐のため、そして〈闇〉を封じてイリアンの足を治す術を得るために、カーランド人へのより一層の迫害を進めていく。

 主人公・タゼーレンは王都の東にある村に暮らす、弓の得意な少年だ。そこではカーランド人・アアランド人の区別なく仲良く暮らしていたが、ロベランによる統制は強まり、ついにカーランド人たちは村を捨てて逃亡することに。

 王都から離れるべく、東の山岳地帯へ向かって旅を続けるタゼーレンたちの苦難が綴られていく。束の間の安住の地を得たかと思っても、アアランドの追撃軍は迫ってくる。
 最終的に、タゼーレンたちは山を超えた彼方にあるという ”伝説の都・カーランド” を目指すことになる。

 そして、〈闇の獣〉を再び封じるためには、古より伝わる〈魔が歌〉を歌うことしかない。しかしそれは、 ”人ならぬ者” にしか歌うことができないものだった・・・


 文庫で約570ページという大長編。巻末のあとがきによると、作者が10代のころから構想していたものらしい。

 思い入れもたっぷりあるのか、登場するキャラも多彩だ。

 タゼーレンの父・アクセレンは〈歌い手〉としての類い希な才を持つ。
 タゼーレンの幼馴染みの少女・セフィアは、アアランド人であるにもかかわらず、カーランド人たちの逃避行に同行する。
 デリンの身内で唯一生き残った孫息子・オナガンは両親の死に心を閉ざす。
 アアランディアの大公・キースはデリンともつながりをもち、ロベランの行動には批判的。いささか服装の趣味がユニーク(笑)な人だが。
 カーランド人迫害を進めながらも、なかなか目的達成ができず、さらには王位の後継争いまで勃発してしまって、次第に狂気に囚われていくロベラン。
 王国南部オーギシクの大公の娘・ヴァレンナは終盤に登場して、物語に絡んでくるなど印象に残るお嬢さんなんだけど、もっと早く出番を与えて、カーランド人たちと関わらせてもよかったんじゃないかなぁ。

 しかし何といっても、本書は主人公・タゼーレンの成長の物語だ。

 冒頭では、仲間たちから ”いじめ” っぽく扱われる少年として登場するが、物語の中でさまざまな苦難に遭いながら成長していく。
 ”ある理由” から弓の腕も上達し、やがてアアランドの追撃隊からも恐れられる存在に。さらには ”伝説の都・カーランド” の手がかりを見つけ、逃亡先に行き詰まったカーランド人たちに行く手を示したり。
 終盤では過酷な運命に見舞われてしまうのだが、彼の ”選択” が物語を終結へと導いていく・・・


 作者の代表作である〈オーリエラント〉シリーズではないけれど、単発作品だからこそ描ける物語もある。
 重厚で、雰囲気はどちらかというと暗めなのだけど、読後感は悪くない。



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失われた地図 [読書・ファンタジー]


失われた地図 (角川文庫)

失われた地図 (角川文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/08/23
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

 本書の舞台となるのは錦糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木など、旧軍の施設があったり、中世近世での激戦地だった場所。
 そこにはときおり「裂け目」と呼ばれる謎の空間が発生し、”記憶の化身” と呼ばれる、妖怪のような亡霊のような、要するに人外の存在が湧き出してくるのだ。

 主人公・風雅遼平(ふうが・りょうへい)は、”記憶の化身” たちと戦い、「裂け目」を封じる力を持った一族の1人。
 仲間たちとともに「裂け目」の発生した場所に赴き、事態を収束させるために人知れず戦っていた。

 一方、同族に生まれた鮎観(あゆみ)とは、愛し合い結婚したのだが、息子・俊平が生まれたときから2人の間にすれ違いが生まれていた・・・


 ホラー風味のファンタジー・アクション、といった感じ。
 恩田陸にはときおり、単発で一風変わった作品を発表することがあるが(「雪月花黙示録」とか)、本書もそのひとつか。

 いまのところ続編とかはなくてこれ一冊だけみたいだけど、最後まで読んでも物語的に決着はつかない。分量的にも文庫で240ページに満たないし。
 「裂け目」と ”一族” との戦いは遙かな過去から連綿と続いていて、未来に向かっても永遠に続きそう。本書はそのほんの一部を切り取った、ということなのかも知れないが。

 鮎観さんの苦悩は十分理解できるのだけど、これでは遼平くんが報われないなぁ・・・と思いながら読み終えた。



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忘却城 [読書・ファンタジー]


忘却城 (創元推理文庫)

忘却城 (創元推理文庫)

  • 作者: 鈴森 琴
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/02/20
  • メディア: Kindle版
評価:★★★

 舞台は異世界・亀珈(かめのかみかざり)王国。
 ここは死者を蘇らせる ”死霊術” によって栄えた国だ。死霊術士たちの長は「名付け師」と呼ばれ、当代は縫(ほう)という92歳の男が務めている。

 主人公は王都で家庭教師を営む青年・儒艮(じゅごん)。
 ある夜、何者かに拉致され、連れてこられたのは一切の光が入らぬ ”盲獄”(もうごく)と呼ばれる場所。
 そこには彼以外に5人の人物が集められていた。それぞれ少年、青年、壮年、老年の男たち。そして1人の中年女。

 そこに響くのは、自らを名付け師と名乗る男の声。彼の話から、名付け師の代替わりに絡んで、近々王都で開かれる死霊術の祭典・幽冥(ゆうめい)祭で何らかの事件が起こると儒艮は推理する。

 謎の声は告げる。「私の願いを叶えよ」と。しかし願いの内容は口には出されない。さらに「儒艮以外の5人は、今後彼に従え」と告げる。

 解放された儒艮は、まず盲獄に集められた者たちを探し出すことから始めるが、その行く先々で様々な事件が起こっていく。

 名付け師・縫は、死霊術の才能のある者を厚め、弟子としていた。
 彼らは御子(おこ)と呼ばれているが、その中で唯一の女子である千舞蒐(せん・ぶしゅう)、彼女に仕える少年・亨象牙(きょう・しょうが)の2人が、もう一方の主人公となる。
 こちらでは、名付け師の後継を巡る御子内部での確執や、舞蒐の過去が描かれていく。

 この2つのストーリーラインが交互に語られ、最後に一つになるのだが、その背後には王国の第二王太子・氷飛雪(ひょう・ひせつ)の存在があることが次第に明らかになっていく。
 第二王太子自身は既に故人になっているのだが、舞蒐はかつて飛雪の許嫁であったし、儒艮もまた意外な形で飛雪に関わっていたことがわかる。

 そして、クライマックスとなる幽冥祭の日を迎えるが・・・


 とにかく、イメージが豊饒な作品だ。舞台となる国、死霊術をはじめとする風俗描写も詳細だが、登場人物についても一筋縄ではいかない者が多すぎる(笑)。

 ほとんどのキャラは、複雑な過去を抱えている。「実はこの人は・・・」という展開が頻発する。生いたちや職業のみならず、他の人物との意外な関係とかも次々と明らかになっていく。
 もちろん、ストーリー展開に必要な要素ではあるのだけど、そういうものが多すぎると、物語全体が見通しづらいものになってしまう。
 私自身、途中で把握しきれなくなってしまって「こいつ、何者だったっけ?」と思うこともしばしば。

 まあ、記憶力のいい人なら問題ないのかも知れないが・・・二度三度と読み直していけば、スルメのように新たな味わいを発見できるのかも知れないが、そんな人ばかりではないだろう。

 なんだか文句ばっかり書いてるようだが、物語自体は面白い。それは間違いない。でも、もっと理解できれば、もっと楽しめるのだろうなぁ・・・私にはそこまでの読解能力がないなあ・・・って思わされる作品だったりするんだな。

 読書人口や読書時間が減っている昨今、わかりやすさ・読みやすさが求められがちな小説というジャンルにおいて、流れと逆行するような作品ではある。
 でも、こういう作品もあっていいと思う。私ももっと気合いを入れて読まなきゃいけなかったかなあ・・・とちょっと反省していたりする。

 とりあえず、本書には続編が2作出ているみたいなので、そちらも読もうと思ってます。



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炎のタペストリー [読書・ファンタジー]


炎のタペストリー (ちくま文庫)

炎のタペストリー (ちくま文庫)

  • 作者: 乾石智子
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2019/07/05
評価:★★★★

 舞台は異世界。大陸の北西部にあるハルラント聖王国から始まる。
 主人公はその最西端にある村〈西ノ庄〉に暮らす少女・エヤアル。この世界の人々はみな、種類や大きさは様々だが、それぞれ魔法の力を1つ持って生まれてくる。エヤアルに与えられたのは ”炎を操る力” だった。

 しかし彼女が5歳になったとき、”力の暴走” が起こり、山ひとつ分の森が焦土に変わってしまった。自らの ”力” の強大さに呆然となるエヤアルだったが、そこに〈炎の鳥〉が現れ、彼女から ”力” を奪い去ってしまう。

 力を失った〈からっぽの者〉となったエヤアル。そして8年後、13歳となった彼女の前に〈カンカ砦〉の兵士が現れる。彼らの目的は徴兵。ハルラント聖王国は、隣国・暁女王国との戦いで兵士と労働力が不足していたのだ。

 強制的に砦へと連れてこられたエヤアルだったが、そこで彼女は新たな ”力” に目覚める。それはあらゆる物事を記憶する力だった。
 その力で砦の戦の様子を記憶し、報告するために王都へ向かったエヤアルだったが、彼女の力を知った国王ペリフェ三世は、新たな任務を与える。

 大陸東部の大国・太陽帝国の帝都ブランティアへ送り込まれたエヤアルは、キシヤナという女性の指導を受け、他国の言語を学ぶことに。
 エヤアルの使命は、ブランティアに関する情報をペリフェ三世に送り伝えること。ハルラント聖王国は周辺国家と結んで、ブランティア侵攻を目論んでいたのだ・・・


 なんといってもヒロインのエヤアルが魅力的だ。
 自分の ”力” が新たな戦乱の火種になるなど、辛い境遇の連続なのだけど、それにめげることなく、自分にできることに懸命に取り組んで生きていく。
 受け身なだけではなく、教育係キシヤナに対しても言うべきことはきっちり言うなど、自分の人生を自らの力で切り開いていこうとする逞しさがある。
 それでいて、旅の途中で知り合った火炎神殿所属の騎士ダンに心をときめかせるなど、年相応の微笑ましい一面も。

 後半ではブランティアを離れ、火炎神殿本社(やしろ)のある大陸中央部のアフラン王国まで向かうなど、エヤアルの旅は大陸を半ば縦断するような長大なものになる。

 強大な ”力” を持って生まれるが、その ”力” は取り上げられてしまう。
 〈炎の鳥〉の目的は何だったのか。
 彼女の持っていた ”力” にはどんな意味があったのか。

 終盤近く、エヤアルは自分に与えられた運命を知る。
 彼女の ”選択” が物語のクライマックスとなる。


 文庫の表紙に描かれているエヤアルがいい。視線の強さがそのまま意志の強さを秘めているような大きな瞳。この絵は、彼女のイメージをよく捉えている。
 魅力的な彼女の旅を追っていけば、様々な人々や冒険に出会い、最後には静かな感動が待っている。素晴らしいファンタジー作品だ。

 最後に余計なひと言を。
 神殿騎士ダンくんはたいへんだね。10年は長いよねぇ。せめて5年くらいにしてあげてよ。
 本書を読んだ人なら、かなりの割合でそう思ったんじゃないかなぁ(笑)。



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竜鏡の占人 リオランの鏡 [読書・ファンタジー]


竜鏡の占人 リオランの鏡 (角川文庫)

竜鏡の占人 リオランの鏡 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/01/24
評価:★★★☆


 巨大な湖水・ティラン海のほとりにある交易国家・リオラン。そこを治める王族には3人の王子がいた。ジャフルは現王の子、アラバスの父は宰相を務め、ネオクの父は書記官長の職にある。いずれも10代後半という生意気盛り。

 3人揃って坊ちゃん育ち。ジャフルは薄っぺらく、アラバスは頭でっかち、ネオクは享楽的な性格と、要するに揃いも揃った ”三馬鹿王子” というわけだ。

 しかしリオランを取り巻く状況は平穏ではない。現王は病床にあり、その隙を狙ってか北からは騎馬民族のノイウルン族が、東からは大国・央美(おうび)国が迫ってこようとしていた。
 王宮ではジャフルの母だった正妃がなくなり、美貌の第二王妃・カトラッカが権勢をふるっている。

 ある日、3人の王子はカトラッカに呼び出され、〈竜鏡〉(りゅうきょう)というものの存在を知らされる。それは過去も未来も映し出す力を持ち、それを使えば世界を統べることもできるという。

 3人はカトラッカにそそのかされ、〈竜鏡〉探索の旅へと出ることになってしまう。しかしそれは、カトラッカと彼女の腹心にして愛人のエスクリダオによる陰謀で、王子たちを王宮から放逐し、あわよくば野垂れ死させることを画策していたのだ。

 3人の王子に加え、ジャフルの妹で占人見習いのジャフナ、奴隷秘書のガドロウ、護衛役の戦士バンダクの総勢6人で湖水を渡る交易船に乗り込み、遥かな冒険の旅に出ることになる・・・のだが、なにせ三馬鹿王子だからね。

 行く先々で欺されたり、メンバーがバラバラになったり、悪徳商人に捕まったりとトラブルの連続に巻き込まれることになる。彼らの旅は、序盤からは思いもよらないほど長期間にわたるものになっていく。


 本書は、この〈竜鏡〉探索の旅を通じて、三馬鹿王子たちが庶民の生活、世間の厳しさを知り、さらには過酷な境遇を味わうことで、次第にたくましく成長していく姿を描いていく。
 もっとも、3人のうち1人はさっぱり成長しない、というか、さらに悪化するんだが(笑)。

 もちろんファンタジー要素も満載だ。
 〈竜鏡〉に関わった者たちは転生を繰り返し、怨讐の因縁に囚われている。カトラッカとエスクリダオもまた、意外な過去世が明らかになっていく。
 湖水に棲むティランの女神も竜の化身となって現れ、スペクタクルな戦いのシーンを見せてくれる。

 序盤では、王子たちのあまりのふがいなさに「この国は大丈夫か?」って思わされるが、旅を終えた彼らを見ると「まあ何とかなりそうかな」くらいにはなってるかな。
 途中の苦難の部分を読んでると、いつ挫けるか心配してしまうのだが、彼らは最後まで頑張ってくれる。このあたり、ちょっと展開が甘い気もするが、そこに拘るのは本筋ではないだろう。
 読者も彼らが試練を乗り越えるのを期待するし、それに応えてみせてこその主人公だよね。

 できれば、数年後の彼らの様子が知りたいなあとも思った。短編でもいいから、書いてくれないかなぁ・・・。



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星巡りの瞳 [読書・ファンタジー]


星巡りの瞳 (創元推理文庫 F ま 2-2)

星巡りの瞳 (創元推理文庫 F ま 2-2)

  • 作者: 松葉屋 なつみ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/10/12
  • メディア: 文庫


評価:★★★★

 舞台は前作『星砕きの娘』と同じだが、時代は数百年遡る。ストーリー上のつながりもないので、こちらを先に読んでも一向に差し支えない。
 当然ながら共通して登場する人物もいない。厳密に言えば1名だけいるのだが、それが判明するのはかなり終盤になってからだし、ストーリーに大きく関わるわけでもないので、これも問題ない。


 舞台は日本の中世を思わせる敷島(しきしま)国。あちこちに〈鬼〉と呼ばれる怪物が跋扈している世界だ。
 現在の都・寧治(なち)には国を統べる大王(おおきみ)がおり、まもなく春宮(はるのみや)[王太子]が指名されることになっていた。

 主人公は柳宮(やなぎのみや)家の嫡子・白珠(はくじゅ)。物語開始時点で15歳。王位継承権を持つ五つの宮家の一員であり、同い年の相楽(さがら)とともに春宮の有力候補であった。

 大王の長い治世を祝う〈春告鳥の舞〉の日。舞台に上がった白珠の前に、突然〈鬼〉が現れた。鬼は白珠に襲いかかって右眼を負傷させ、宴の場は大騒ぎに。
 白珠は「鬼を呼び寄せた」という理不尽な罪を着せられ、全ての官職を失ってしまう。

 それから5年。春宮には相楽が指名され、白珠は宮家からの放逐は免れたものの、あちこちの女性と浮名を流すなど、すっかり放蕩者になってしまった。
 しかし、〈春告鳥の舞〉の日の騒ぎは記録にも全く残っておらず、さらには人々の記憶からも消えていることに白珠は気づく。これはいったい何故か。

 そんなある日、宮中に仕えていた妹・小紅(こべに)が白珠のもとを訪れる。彼女に対して ”御所守(ごしょもり)” の任が打診されたという。

 ”御所守” とは、いまは廃墟となっている旧都・香久(かぐ)の番人とも言える役どころ。
 香久から寧治への遷都が行われた後、旧都には鬼が出没するようになった。そこで大王は ”御所守” を置くことにした。
 初代の ”御所守” は大王より預かった神剣を以て鬼を一掃、さらに新たな鬼が入りこまないように旧都一帯に結界を張った。以後、代々の ”御所守” は結界の維持に務めることが任務となった。

 作中では明言されていないようだが、 ”御所守” はほぼ終身制らしく、いったん拝命すれば死ぬまで香久の地で暮らすことになるみたいだ。

 妹の代わりに ”御所守” の役を買って出た白珠は、下働きの少女・つばめ1人だけを伴に連れ、香久の地へ向かう。
 そこで明らかになったのは、旧都が鬼の巣窟となっていたこと。結界は鬼を入れないためではなく、中にいる鬼を外へ出さないためのものであったのだ。

 香久の鬼たちを統べるのは、かつて人であったものが妄執に囚われ、〈羅刹〉と化した魔人・陽炎(かげろう)だった・・・

 御所寮の寮頭・玄紫(げんし)の手助けを得て陽炎と接触した白珠は、かつて香久で起こった事件のことを知る。陽炎が人から鬼へと化してしまった理由、そしてその元凶となった存在のことも。

 終盤では、香久の結界から出た陽炎が寧治の都に現れる。さらには大王の治世に不満を抱く者たちの暗躍もあり、それらが結びついて王都は崩壊の危機に見舞われる・・・


 前作でも見られた、物語のスケールの大きさは本作でも健在なのだが、読後感はかなり異なる。星の数が前作と比べて減ってるのには、いくつか理由がある。

 まずは物語の決着の仕方。前作での ”大団円” ともいえる締めくくりとは異なり、いささか苦いものが残るように思う。

 白珠という主人公は、欲のない人間として描かれていて、作中でしばしば自ら貧乏くじを引くような行動をする。この物語においても、最終的に彼が全てを背負うことによって王都の大混乱が収束していく。それは何より本人が望んだことなのだけど・・・頑張った者、苦労した者は報われてほしいと思んだよなぁ。
 まあ、白珠本人には不満は無さそうなのが救いか。

 相楽というキャラは、その対局として描かれている。小心者で人が良いいのだけど、その裏で実はけっこう腹黒で要領がよく、結局のところ一番おいしいところを掠っていったりする。こういう二つの面が彼の中では矛盾なく両立してるんだな。本人も自分が善人ではないことを充分自覚してはいるんだが、だからといって行動を改めようとはしないというね・・・。
 読んでいてこんなに嫌な奴だと感じるキャラも珍しいんだが、そう思わせるだけの筆力が作者にはあるってことだよね・・・。どこかで彼にギャフンと言わせるような描写がほしかったなあ、って思ったり。

 あと、主人公の目をはじめ、身体を欠損する描写が何カ所かあって、それもちょっと受け入れにくい。物語の構成上、必要なのは分かるのだけど、やっぱり読んでいて良い気持ちはしないので。

 いろいろ文句を書いてしまったが、遠い過去に端を発するスケールの大きな物語を破綻なくまとめきる作者の力量はたいしたもの。次回作はもうちょっと素直に喜べる作品になったらいいなぁ、とは思うが(笑)。




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星砕きの娘 [読書・ファンタジー]


星砕きの娘 (創元推理文庫 F ま 2-1)

星砕きの娘 (創元推理文庫 F ま 2-1)

  • 作者: 松葉屋 なつみ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/07/12
  • メディア: 文庫


評価:★★★★☆

 第4回創元ファンタジイ新人賞受賞作、なのだけど、私がこの本を手に入れた理由は単純に ”ジャケ買い” でした。
 だってカッコいいじゃん、この娘さん。
 ・・・というわけで読み始めたんだけど、どっこい、この本はそんな軽いものじゃなかった。


 舞台は異世界・敷島(しきしま)国。京には朝廷があり、地方を豪族が支配しているという、鎌倉時代か室町時代を思わせる世界だ。
 この世界の空には太陽と月、さらには〈明〉(めい)と呼ばれる、満月よりも明るく輝く黄金色の星が天を巡っている。

 また、この世界には〈鬼〉が至る所に跋扈している。鬼とは、人と猿の中間のような外見の ”化け物” のことだ。
 その正体は、人の心から生まれる ”悪” が集まって形となったもの。さらに、深い恨みを持って死んだ人間が ”悪” をその一身に集めると、鬼の王ともいうべき〈羅刹(らせつ)〉となってしまう。

 敷島国の東の果て、その名も ”果州(かしゅう)” と呼ばれる地。ここには羅陵(らりょう)王と呼ばれる〈羅刹〉がおり、川の中州にある〈奇岩の砦〉を巣窟としていた。羅陵王は多くの人間たちを捕らえ、鬼の僕として働かせている。

 主人公・鉉太(げんた)は武士の息子だが、京より故郷に帰る途中で母と共に鬼に掠われ、〈奇岩の砦〉の囚人となっていた。物語の開始時点では11歳になっている。

 ある夜、鉉太は川で一本の太刀を拾い、さらに上流から蓮の蕾(つぼみ)が流れてくるのを目にする。
 蕾を砦に持ち帰った鉉太は仰天する。蕾はいつの間にか赤子に変わっていたのだ。さらにその子は〈明〉の星が沈むと美しい娘の姿へと変わり、〈明〉の星が昇るとまた赤子の姿に還ってしまう。

 絃太は赤子/娘を ”蓮華(れんげ)” と名づけ、世話をすることになる。蓮華のほうは鉉太のことを ”とと(父)” と呼び、慕うようになっていく。

 そして鉉太が蓮華を拾ってから6年後、物語は大きく動き出す。

 全体は3つのパートに分かれている。
 鉉太と蓮華が羅陵王を倒し、〈奇岩の砦〉を脱出するまでが第一部。
 二人が京の都で暴れる鬼を退治し、鉉太が ”父親” と再会する第二部。
 ここまでで全体の約半分。後半は、再び果州が舞台となる。

 鉉太の父は果州を統べる豪族・阿藤家の当主だった。その嫡男として故郷へ戻る鉉太の胸には、大きな夢があった。
 鬼の脅威に晒されている果州に平穏をもたらし、京に負けない理想の都とすることだ。
 しかしその行く手は険しい。豪族たちによる勢力争いは止まず、諍いは絶えない。彼らの戦いがもたらす恨み辛みは、新たな〈鬼〉や〈羅刹〉を産み出し、やがてその妄執は〈冥界〉の扉さえも開いていく・・・


 まずは蓮華さんのことを書かねばならない。
 娘の姿の時は、超人的な身体能力と武芸の冴えを披露し、群がる敵をバッタバッタと切り捨てていく。
 彼女が手にするのは、彼女と共に現れた太刀・〈星砕(ほしくだき)〉。彼女以外の者には、鞘から抜くことすらできず、それに切られた鬼は、星屑のように輝きながら消えてしまう。
 しかしながら、彼女の心は徹底的に幼い。善悪の区別すらできない。つまり、およそ人としての分別を持たないわけだ。彼女が剣を振るうのは、ただひたすら「”とと(鉉太)” の役に立ちたい」から。
 怪我をしても、赤子の姿に戻るときれいに回復してしまう。つまり毎日リセットされてしまうわけだ。まあ、記憶まではリセットされないので、少しずつ人間に近づけようと鉉太はいろいろ心を砕くことになるのだが。

 本作の特徴として、物語の根底に ”仏教” が存在していることがある。もっとも、”こちらの世界” の仏教と同じかどうかは分からないが(微妙に違うところがあるようにも思うのだが、私自身そんなに仏教に詳しくないのでなんとも言えない)。
 例えば ”〈明〉の星” は ”御仏(みほとけ)の化身” と呼ばれている。その〈明〉の星の運行と蓮華の ”変身” が連動していることから、彼女の存在には ”御仏” が関わっているであろうことが推察される。

 ちなみにこの世界では ”仏” とは架空の存在ではない。西洋ファンタジーの世界では ”神” が実在していて、しばしば物語に介入してくるが、それと同じように本書でも ”仏” は重要なファクターとしてストーリーに関わってくる。

 鉉太もまた素晴らしい好青年だ。心に大志を抱きながらも、それに溺れることなく、現実を直視する冷静な目も併せ持つ。その安定感も半端ない。
 鬼の砦に捕らえられ、厳しい使役に耐えながらも心がねじ曲がらずに健全さを保ち続ける。その大きな助けとなったのが蓮華の存在だ。
 彼女の世話をすることで人としての理性を保つことができた。というか、余計なことを考える余裕がなかったのかも知れないが。
 育児というのを経験した人なら納得できる話だろう(笑)。

 それ以外にも多くの個性的なキャラが登場する。
 朝廷の手先と名乗る謎の行商人・旭日(あさひ)。
 鉉太たちとともに果州に赴く、京の高僧・円宝(えんほう)。
 鉉太が掠われて不在の間、身代わりを務めていた少年・酉白(ゆうはく)。

 そんな中でも印象的なのは、鉉太の許嫁として登場する娘・泉水(いずみ)さんだ。親同士が決めた縁ゆえ、これまで2人は会ったことがない。
 そんな中、まだ見ぬ夫(鉉太)が京から娘(蓮華)を連れて帰ってきたと聞いた泉水は「婚礼前から妾を囲っているのか」と怒り心頭、絃太の元へ乗り込んでくるという、気が強く勇ましいお嬢さんだ。
 初対面こそ不穏な状況で始まるが、鉉太の人となりを知るうちにどんどん惹かれていってしまうあたり、とっても可愛い。豪族の娘だけに胆も座っているが細やかな情も持ち、愛嬌も充分となかなか魅力的なキャラだ。
 メインヒロインの蓮華さんも異色でユニークだけど、サブヒロインの泉水さんもまたいい。

 物語の終盤は、果州の運命をかけたスペクタクルな戦闘シーンとなる。戦いの主役となるのはもちろん絃太なのだが・・・
 そしてここに至り、蓮華の ”役割” が明らかになる。

 彼女の ”正体” は、物語の開始時からの大きな謎だ。どこで生まれたのか? なぜ ”変身” を繰り返すのか? そしてなぜ、この世界に現れたのか?
 ラスト近く、自らの出自と与えられた使命を知った蓮華は、最後の戦いへと赴くことになる。

 このあたりからもう目頭が熱くなってきてしまう。とくに○○の正体が分かったときにはもう・・・子どもと△△には勝てないとはよく言ったものだ。

 そして極めつけのラスト1ページ。ここで涙腺が崩壊してしまった。
 いやあ、こんなもの読まされたら泣くしかないじゃないか・・・


 徹頭徹尾、鉉太と蓮華の ”絆” を描ききって見せた作者の手腕に感服。
 物語は骨太にして重厚でありながら、読みにくさとは無縁。魅力的なキャラたちの動きを追っていけば、するすると感動的な物語世界の中に入っていける。
 素晴らしいファンタジーの書き手が出てきたなぁと思う。今後が楽しみな作家さんだ。



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水晶宮の死神 [読書・ファンタジー]

水晶宮の死神 (創元推理文庫 F た 1-4 VICTORIAN HORROR ADV)

水晶宮の死神 (創元推理文庫 F た 1-4 VICTORIAN HORROR ADV)

  • 作者: 田中 芳樹
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/07/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★

19世紀半ば、ヴィクトリア朝の英国を舞台にして
エドモントとメープルの叔父姪コンビが遭遇した
怪奇な事件と冒険を描く、その第3作にして最終作。

wikiによると、タイトルにある「水晶宮」とは
1951年にロンドンで開かれた第1回万国博覧会の会場として作られた建物。
鉄骨とガラスで作られ、563m×124mの大きさだった。

万博終了後には解体されたが、1954年にはロンドン南郊のシデナムで
コンサートホール、植物園、博物館、美術館、催事場などが入居した
複合施設としてスケールが拡大されて再建された。

本書の冒頭、エドモントとメープルの主人公二人組が出かけていくのは
この再建後の水晶宮のほうだ。

毎日4万人もの観客を集めていた水晶宮に二人が到着した直後、
袋詰めの首無し死体が降ってくるという事態が勃発する。

 wikiに載ってる写真を見ると、建て替え後の水晶宮は
 少なくとも6階建て以上はありそうな立派な造りをしてる。

しかも首無し死体はその後も数が増え続ける。
観客はパニックに陥るが、折しも天候が急変し
水晶宮周辺は暴風雨に襲われてしまい、外部への脱出もできなくなる。

そして現れるのが今回の悪役、ガラスの仮面に黒マントの謎の人物。
常人を超える身体能力を持つこの怪人とエドモントが
繰り広げる大立ち回りが、前半の山場となる。

後半では怪人の操る怪物どもが登場し、
ロンドン近郊の地下道を舞台としたホラーな冒険物語になる。

歴史上の実在人物が顔を見せるのがこのシリーズの特徴だが、
今回のメインゲストはチャールズ・ラトウィッジ・ドジスン、
文学的にはルイス・キャロルとして知られる人物だ。
チャールズ・ディケンズも出てきて、結局彼はこの3作とも皆勤かな。

そして今回は、架空の有名人も登場する。
その名もジェームズ・モリアーティという少年。
水晶宮に閉じ込められた観客の一人として登場するのだけど
13歳にもかかわらず沈着冷静で、言動の端々に非凡さが垣間見える。

エドモントは彼を評して
「容姿や体格は15,6歳、頭脳はおそらく20歳以上」と記している。
これはもう、あの ”モリアーティ” ですよねぇ・・・

”ヴィクトリア朝怪奇冒険譚三部作” と銘打たれたシリーズは
これで完結。各巻にストーリーのつながりはほとんどないけど
順番に読んだ方がキャラへの愛着は湧くだろうな。

本書のラストシーンは、81歳になったエドモントが登場し
メープルが67歳になったことが語られてる。
彼女の性格からして、さぞ波瀾万丈の人生を送ったのだろう。
短篇でもいいから、そのあたりのエピソードの一つ二つでも
読んでみたいとは思うのだが、作者はたぶん書かないだろうなぁ・・・
『銀英伝』でもそうだったし。


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