『ゴジラ ー1.0』 ネタバレなし感想 [映画]
ゴジラ70周年記念作品。日本で製作された実写のゴジラ映画としては、2016年公開の『シン・ゴジラ』に続いて通算30作目。
結論から言うと、私はとても楽しませてもらいました!
100点満点で言うと100点です。ホントは120点あげたかったのですが、いろいろツッコミどころが多すぎたので20点減点しての100点です(おいおい)。
この記事を書いている時点で2回鑑賞してますが、あと2~3回はリピートしようと思ってます。
さて、”ネタバレなし” とは言っても、ある程度は映画の内容に触れざるを得ません。致命的なネタバレはしていないつもりですが、予備知識がないほうが楽しめるのは間違いないので、未見の方は以下の駄文なんぞ読むより、直ちに映画館へ直行していただくことを推奨します。金と時間を掛けるだけの価値がある作品だと思いますので。
それでは、ある程度のあらすじ紹介は必要かと思うので、前半部分だけをかいつまんで。Wikipediaの記事を要約/編集したものを掲げます。
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第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)。零戦パイロットの敷島浩一[神木隆之介]は、特攻へ向かう途中で機体が故障したと偽り、大戸島の守備隊基地に着陸する。
その日の夜、基地を島の伝説で語り継がれる生物「呉爾羅(ゴジラ)」が襲撃、敷島と整備兵の橘宗作[青木崇高]以外は全員ゴジラに襲われて死亡する。
同年冬、東京へと帰ってきた敷島は、隣家の太田澄子[安藤サクラ]から空襲によって両親が亡くなったことを伝えられる。
敷島は闇市で、彼同様に空襲で親を失った女性・大石典子[浜辺美波]と、彼女が空襲の最中に他人から託されたという赤ん坊の明子[永谷咲笑:子役]に出会い、成り行きで共同生活を始める。
敷島は米軍が戦争中に残した機雷の撤去作業の仕事に就き、作業船・新生丸艇長の秋津淸治[佐々木蔵之介]、元技術士官の野田健治[吉岡秀隆]、乗組員の水島四郎[山田裕貴]と出会う。
敷島は彼らに典子との正式な結婚を勧められるが、戦争とゴジラによる被害で心の傷を抱える彼は関係の進展に踏み出せず、典子もそれを察して自立するために銀座で働きだす。
ある日、敷島たちは作業中の日本近海にゴジラが現れていることを知り、これを新生丸で足止めしろという命令を受ける。体高50メートルへと変貌したゴジラに機銃や機雷で応戦するが効果はなかった。
そこにシンガポールから帰ってきた接収艦の重巡洋艦「高雄」が到着、砲弾で応戦するが、ゴジラの吐いた熱線によって「高雄」は海の藻屑となってしまう。
翌朝、東京へと襲撃してきたゴジラは東京湾から品川を経由し、典子が働いている銀座へと向かう・・・
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CGの進歩というのは実にスゴい。本作のゴジラが漂わせる存在感、恐怖感、そして絶望感は半端ない。ゴジラの吐く熱線の描写も、シリーズ最高級に凄まじく、その破壊力も桁違いのものを感じさせます。
いったい、こんなのをどうやったら倒せるんだい・・・って観ているほうも途方に暮れそうです。
それでも何とかしなければならない。しかし時代は終戦直後。いつもならゴジラと戦ってくれるはずの自衛隊はまだ存在していない(前身となる ”警察予備隊” の発足が昭和25年、正式に ”自衛隊” となったのは昭和29年)。それどころか、進駐軍(米軍)による武装解除によって、ろくな武器さえ残っていない。
ゴジラに対して日本政府は当てにならず、米軍もソビエト連邦とのにらみ合いを理由に、ゴジラに対する武力行使はしないと宣言してしまう。
そこで本作では、民間人の有志が立ち上がるというストーリーに。
映画の後半では、彼らによってゴジラ殲滅のための「海神(わだつみ)作戦」が立案されます。荒廃した今の日本に、わずかに残されたものを精一杯かき集めての、乾坤一擲の戦い。ですが成功の確率については、はなはだ心許ない。
それでも「やれることをやるしかない」と腹を括った者たちの戦いが始まります。もうこのあたりから、涙腺が緩んで仕方がありませんでした。
この映画には、いわゆるスーパーヒーローは登場しません。第1作の『ゴジラ』(1954)の ”オキシジェン・デストロイヤー” のような超兵器も出てきません。ゴジラに対抗できるような他の怪獣の出現もありません。
ゴジラと戦うのは人間だけ。それも、名も無い市井の人々ばかりです。でも、彼らは自分の与えられたポジションで、自分のできることに精一杯取り組みます。
一人一人は小さく弱い存在である人間たちが、知恵を集め、力を合わせて、巨大な災厄を打ち払おうと懸命に足掻き続ける。それがこの映画です。
キャストについて。
主人公の敷島浩一を演じるのは神木隆之介さん。”興収ハンター”(笑) と呼ばれてるらしいですね。声優を務めた『君の名は。』(2016)も大ヒットしたし、現代の映画スターの一人でしょう。戦争とゴジラという二重のトラウマで、”自己肯定感ゼロ、生きること自体を放棄しつつある青年” という難役を熱演してます。
ヒロインの浜辺美波さん。『シン・仮面ライダー』(2023)で演じた緑川ルリ子のクール・ビューティーぶりとは打って変わって、情愛に満ちた大石典子を好演しています。敷島の行動に大きな変化をもたらす存在となっていくのですが、これもまた素晴らしい。
考えたら、一年の間に『ライダー』『ゴジラ』という日本の誇る特撮コンテンツでヒロインを務めるというのはスゴいことです。ぜひ『ウルトラマン・シリーズ』にも出てもらって ”グランドスラム” を達成してほしいなぁ(笑)。
この二人はNHKの朝ドラ『らんまん』で夫婦役を演じていて話題になりましたが、私には『屍人荘の殺人』(2019)での共演の方が印象深いですね。なんとこのときは浜辺さん(当時19歳)のほうが神木さん(当時26歳)より年上の役だったという(笑)。
「敷島と典子には幸せになってほしい」って感じた観客は少なくないはず。観ているだけで応援したくなってくるのは二人の持つキャラクターのせいなのか、『らんまん』効果なのか(笑)。
元海軍の技術士官で兵器開発に携わっていた野田健治。人はいいけど線が細くて、今ひとつ頼りない。だから彼が立案した「海神作戦」も、なんだか心配だなぁ・・・って思わせるのに、吉岡秀隆という配役はまさにベストチョイスでしょう(笑)。とてもいい味出してます。
駆逐艦「雪風」の元艦長で、「海神作戦」の指揮を執る堀田辰雄。演じるのは田中美央さん。寡聞にして、この映画を観るまで御名前を知りませんでした。大河ドラマ『どうする家康』に端役で出演されてたみたいですが、本作での田中さんは実に堂々としていて元軍人の貫禄充分。それでいて威圧感や横柄さとは無縁で、寄せ集めの参加者をまとめるリーダーとしての度量を示します。
観ていて思ったのですが、メインとなる登場人物たちにはそれぞれきちんと役割が振り分けられていて、誰一人欠けてもゴジラは倒せなかったろうし、”あの結末” に辿り着くことはできなかったと思わせます。これは脚本がかなり練り込まれていたということでしょう。
ネットでの感想を読む限り、概ね好評のようですが、一部には否定的な意見も散見されます。
でもまあ評価は人それぞれ。70年も続いているコンテンツですからね。100人のゴジラ映画ファンがいれば、「理想のゴジラ映画」も100通り。100人全員に絶賛されるゴジラ映画なんて絶対に作れないのですから。
では私はどうか。私は本作を、そして ”あの結末” を全面的に肯定します。
この映画は、ゴジラを倒すストーリーに、全てが灰燼に帰した戦後から立ち上がり、復興に向けて奮闘を開始する日本人の姿を重ねていると思いましたし、さらには大震災やコロナ禍で疲弊しながらも、それでもなお希望を失わずに頑張ろうとする現代の日本人へのエールをも込められていたと思うからです。そして作中でそれをいちばん重く背負っていたのは、他ならぬ敷島でしょう。
ならば、彼が ”あの結末” を迎えることは必然だったと思います。
細かいことを言えば、いろいろ解釈の幅がありそうなエンディングですが、そのあたりを含めた詳しい感想と ”ツッコミ” は「ネタバレあり」のほうで。
今書いてるんだけど、長文になりそうなので前後編になるかな。とりあえず前編は11/22頃にアップしようかと思ってます。
月下美人を待つ庭で 猫丸先輩の妄言 [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
つぶらな瞳と仔猫のような小柄な体躯、前髪ふっさりで十代のように見えるが実は三十路。いい年をして定職にも就かず、後輩や知人からの伝手で紹介されたアルバイトで生計を立てている。しかしその頭の中には非凡な洞察力が潜んでいる。それが本書の探偵役・猫丸先輩だ。
そんな彼を主人公とした短編5作を収めた作品集、第6弾。
「ねこちゃんパズル」
猫丸先輩の後輩の一人で編集者の八木沢は、区民ホールの電光看板の底面に二つ折りの紙が貼り付けてあることに気づく。それにはアルファベットがランダムに書かれていた。紙を元に戻した八木沢は、その看板を監視し始める。やがて中年のクリント・イーストウッドに似た外国人男性が現れ、紙片を回収していった。
そんなとき、猫丸先輩から「食事をおごれ」(笑)という電話が入る。八木沢はその席で自分が見た光景を話すのだが、猫丸先輩はそこから意外な推測を引き出してゆく・・・
猫丸は説明の前振りとして、白猫と黒猫を使ったクイズを出してくるのだが、これ必要かな(おいおい)。まあ、あった方が面白いからいいのだが(笑)。
「恐怖の一枚」
藤田と山根はオカルト雑誌の編集者。読者投稿の「心霊写真」から雑誌に掲載する作品を選考していたが、いい写真が見当たらない。
そんな中、アルバイトの猫丸はある一枚を見て「これはおぞましい写真だ」と言い出す。しかしそれは、どこかの森の中で、四十代半ばくらいの冴えないおっさんを正面から写したものだった。いったいどこが「おぞましい」のか・・・
何気ないスナップ写真かと思われたものから、(信憑性は別として)よくもまあこれだけの推測を引き出してみせるものと感心させられる。
「ついているきみへ」
大学1年の柿原は、アルバイト先の先輩女子・彩音(あやね)を誘ってデートに。二人は、最近身近で起こった不思議な事件を語り合う。
柿原は、変わり者で有名な友人から贈り物をもらった。それは一辺が10cmほどの箱の中に、新聞紙で包まれたペットボトルのフタが一つだけ入っており、添えられたカードには「For Lucky Man」と記してあった、というもの。
彩音は、三日前に愛犬のチロを連れて近所のスーパーへ行ったときのこと。入り口近くにチロを繋ぎ、5分ほどで買い物を済まして戻るとチロが消えていた。周辺を探し回ったが見つからず、一時間後にスーパーへ戻ったら、チロが帰ってきていた。しかも繋がれて。
この二人の会話を後ろで聞いていた猫丸先輩がしゃしゃり出てきて、二つの謎に見事に解いてみせる、という話。ショートストーリーのネタを二つ併せて文庫70ページの短編に仕立てた、って感じかな。
「海の勇者」
外房の海岸にある海の家〈浜の家〉。その日は超大型台風が接近していて大荒れの天気。海水浴客など全くいないのだが、アルバイトの貝塚は雇い主から「休むことはまかりならぬ」との命令で、渋々ながら開店準備にかかる。
しかしそこに、グルメリポーターとして猫丸がやってきた。しばし取材の相手をした貝塚は、海岸に不思議な足跡を見つける。
海沿いに砂浜を〈浜の家〉近くまでやって来た足跡は、その後海へと向きを変え、そのまま海の中へ消えていっていたのだ。まさか自殺では・・・焦る貝塚に、猫丸が告げた解釈は・・・
人間消失パターンの謎なんだけど、ネタはバカミスレベル。だけどそこに持っていくまでが上手い。
「月下美人を待つ庭で」
主人公は初老の男性。母を亡くし、校外の新興住宅地で一人暮らしをしている。ガーデニングで育てているのは、母が開花を待ちわびていた月下美人。
しかし最近、夜中に外部から庭に侵入してくる者たちが後を絶たない状況になってしまった。その理由が分からず悩んでいた男の前にひょっこり現れた猫丸は、この謎の状況を解き明かしてみせる。
謎解きの後、孤独だった男の心にわずかながら温かいものが生まれてくるという、ちょっといい話。
こう書いてくると猫丸先輩はいい人みたいだが、決してそれだけではない(悪い人でもないけど)。
「ねこちゃん-」「恐怖の-」「海の-」では、謎解きの際にかなりショッキングな真相を言い出す。それを聞いた相手はビックリ仰天してしまうのだが、これは事態を最大限に大袈裟に解釈したもの。そのあとに ”順当な解釈” を提示して安心させるわけで、イタズラ小僧みたいな面も持ち合わせているのだ。
なにせサブタイトルが「猫丸先輩の ”妄言”」だからね。その題名にふさわしいホラ吹きぶり。たいしたものだ。
ちなみにこのシリーズは第1弾の初刊が1994年なので、なんと30年近くも続いていることになる。でも猫丸はほとんど歳をとってない。
てっきりサザエさん時空なのかと思ってたのだが、巻末の解説では、1990年代の数年間に起こった事件を、30年かけて語ってるのではないかという解釈を示してる。なるほど。
欺瞞の殺意 [読書・ミステリ]
評価:★★★★☆
昭和41年。弁護士にして資産家である楡(にれ)家の当主・伊一郎(いいちろう)の三十五日法要が行われた。その会場となった屋敷内で、故人の長女・澤子(さわこ)と孫・芳雄(よしお)が死亡する。
警察の捜査で、澤子の夫で婿養子の治重(はるしげ)の服のポケットからヒ素のついたチョコレートの銀紙が見つかった。治重は自ら罪を認め、裁判で無期懲役が確定した。
そして42年後の平成20年。仮釈放となった治重は、当主の次女・橙子(とうこ)と、毒殺事件の真相を巡って往復書簡を交わし始める・・・
事件は、未だ封建的な考え方が根強く残っていた昭和41年に起こる。
弁護士にして資産家の楡伊一郎は、いわば専制君主だった。彼の望みは、楡家の権勢をそのまま子々孫々に伝えていくこと。だから子どもたちでさえ、その目的のために道具でしかない。当然、結婚相手の選択についても伊一郎の意思には逆らえなかった。
主人公の治重と楡家の次女・橙子は、互いに相思相愛の関係にありながら、伊一郎の命によって意に染まない相手との結婚を強いられた、いわば ”被害者” だった。
楡家の長男・伊久雄(いくお)が早世してしまったことで、残された孫・芳雄が成人するまで楡家を維持することが伊一郎の最大目標となってしまった。
弁護士の治重は長女・澤子と結婚し、芳雄を養子とした。その代わり、楡法務税務事務所所長の地位を与えられた。
次女の橙子もまた、事務所の一員である弁護士・大賀庸平(おおが・ようへい)との結婚を余儀なくされてしまう。
このように ”政略結婚” を完成させた伊一郎だが、その後まもなく心筋梗塞で急死してしまう。
そして伊一郎の三十五日法要が行われた日、会場となった屋敷内で、澤子と芳雄が死亡するという事件が起こる。
警察の捜査で死因は毒殺と判明、治重の服のポケットからヒ素のついたチョコレートの銀紙が見つかり、治重は自ら罪を認めて無期懲役となった。
そして42年後の平成20年。仮釈放となった治重から橙子のもとに、手紙が送られてくる。
そこには「自分は犯人ではないこと」「しかし物証に対する反証は困難だったこと」「否認したままでは死刑の可能性もあるので、自ら罪を認めることで無期懲役となることを選択した」等が綴られていた。
さらに服役中に考えついた、彼自身の推理による ”真相” についても。
手紙を受け取った橙子は、驚きと喜びを感じるが、治重の推理に対しては、その ”欠陥” を指摘し、そして彼女もまた自らの推理を述べて返信とする。
その後、二人は往復書簡という形で事件の再検証・推理の構築・検証を繰り返し、そのたびに新たな仮説を立ち上げることになる。
この往復書簡のパートは、本書の約半分のページ数を占め、そこではさまざまな推理が模索される。中には「いくらなんでもそれはないだろう」的なものもあるのだが、可能性の大小にかかわらず、多くの仮説が俎上に上がり、検討されていく。
二人併せて5回に及ぶ書簡の往復で、いちおうの ”結論” にたどり着く。ここまででも十分に読み応えがあるのだが、まだまだ続きがあるのだ。
書簡パートが終わってからさらに新たな展開があり、最終的な決着まで事態は二転三転どころか四転五転、最終ページにいたるまでサプライズが連続するという超絶技巧的な作品になっている。
文庫で300ページほどのなかに、これほど高密度に構築されたミステリは稀だろう。
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遠巷説百物語 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
江戸時代末期の盛岡藩。筆頭家老より密命を受けた宇夫方祥五郎(うぶかた・しょうごろう)は、巷の噂話を集め始める。
その中で、妖怪・化け物の類いが関わっているとしか思えない奇怪な騒動が起こっていることを知る。調べ始めた祥五郎は、それらの背後にあって一連の事件に ”決着” をつけている謎の一団に関わることになっていく・・・
主人公の宇夫方祥五郎は27歳。盛岡藩家臣・南部義晋(なんぶ・よしひろ)に仕えていたが、義晋が筆頭家老になった際に職を辞して無役の浪士となる。
しかし、同時に義晋から御譚調掛(おんはなししらべがかり)を命じられる。
「自分の目となり耳となって、民草の動向を見極め、逐一報告せよ」
祥五郎には乙蔵(おとぞう)という幼馴染みがいた。地元の豪農の息子だったが、情報通で、さまざまなものの故事来歴・伝承から最近の武家商家の噂話・醜聞の類いまで実に詳しい。普段は野良仕事が嫌いでぶらぶらしながら、祥五郎にその手の情報(巷説)を売って糊口をしのいでいた。
祥五郎が乙蔵から仕入れた奇怪な噂を調査していくうちに、その背後で暗躍する一団に関わっていく・・・というのが毎回のパターン。
各編のタイトルは、事件の中で起きる ”奇怪な事態を引き起こしたと思われる妖怪” の名前で統一されている。
「歯黒(はぐろ)べったり」
遠野南部家御用達の菓子屋・山田屋の息子が祝言を挙げたという。相手は二人姉妹の妹。姉は祝言当日に謎の失踪を遂げたらしい。
しかし祝言後、息子は病で寝たきりになり、嫁の方も奥座敷に籠もったきりで人前に出なくなった。商売も傾きだした。
そして時を同じくして、愛宕山の裾野で花嫁姿の妖怪が出始めたという。眼鼻がなく、鉄奬(てっしょう:お歯黒)をつけた大口の女が夜な夜な婦女子を脅かすのだと。そこで祥五郎はその妖怪に遭遇したという勘定方の役人・大久保平十郎(おおくぼ・へいじゅうろう)の元を訪れる・・・
「磯撫」(いそなで)
遠野では、盛岡藩から半兵衛という米商人に「米の取り扱いを一手に任せる」という命令が下された。そのため米の取引が止まり、それは魚の流通にも波及して民は飢饉なみの状態に置かれてしまう。
祥五郎は、盛岡藩の勘定方・児玉毅十郎(こだま・きじゅうろう)と半兵衛が組んだ陰謀とみて、町奉行・是川五郎左衛門(これかわ・ごろうざえもん)とともに逃亡する2人を追う。川沿いを上流に向かう途中で追いつくが、そのとき、巨大な怪魚が川の中から現れる・・・
「波山」(ばさん)
遠野ではここ一月ばかり、行方知れずとなった娘が焼け爛れた無残な死骸で戻されるという凄惨な事件が続いていた。世間では山に住む荒くれ者の仕業と噂していたが、乙蔵は深山に棲む波山という火を吹く鳥の化け物が起こしていると言う。
祥五郎は知人の町廻役同心・高柳剣十郎(たかやなぎ・けんじゅうろう)とともに下手人捜しを始めるが・・・
「鬼熊」(おにくま)
乙蔵の話では、盛岡藩では開業を禁じているはずの隠し女郎屋が遠野にあるという。さらに、通常の2倍も3倍もある大きさの熊が里に現れたという噂を聞く。 翌日、土淵村で巨大な熊の死骸が発見され、その熊によって押し潰されたと思われる屋敷から3人の死体が発見される・・・
「恙虫」(つつがむし)
乙蔵によると、遠野南部家勘定方・佐田久兵衛(さた きゅうべえ)の屋敷が戸締め(立入禁止)になっており、疫病が発生したのではないかという噂が流れているという。
祥五郎は閉門された組屋敷に忍び込み、佐田の娘・志津(しづ)から事情を聞く。久兵衛は晩酌の後から突然苦しみだし、文箱を指さして死んだという。
祥五郎は、久兵衛は何者かによる謀殺ではないかとの疑いを持つが・・・
「出世螺」(しゅっせぼら)
乙蔵は、かつて遠野にあったという隠し金山を探して各地で発掘を続けていた。そして、山中でついに金塊を発見するが、八咫の鴉(やたのからす)を名乗る謎の男から、怪しい侍が遠野に入っていると警告される。
一方、遠野では何処かの山で宝螺が抜けて昇天し龍となるという噂が囁かれていた。
やがて一連の騒動は、「恙虫」事件で発覚した公金横領と意外なつながりがあったことが明らかになっていく・・・
京極夏彦版「必殺仕事人」ともいえるシリーズの第6弾。
悪徳商人や権力を私利私欲につかう役人たちによって苦しめられる庶民を、あるときは救い、あるときは傷ついた心を慰める。
一見して狐狸妖怪の為した、あるいは人知を超えた自然の力によって引き起こされたかに見える光景も、実はその裏には各種技能に秀でたメンバーによる ”仕事” があった、というカラクリはシリーズ共通。”仕事人” も、各シリーズに共通して登場する人物も多い。
本作に収めた6編は、一話完結ながらゆるい繋がりを持ち、とくに終盤の2編は上記の盛岡藩高官による公金横領事件が根底にあり、時系列的にも前後編という趣き。
”仕事人” メンバーもユニークだが、それ以外の登場人物にも、複数エピソードに登場していて愛着がもてるキャラクターが多い。
大久保平十郎は、遠野南部家中一の剣の達人でありながら、鉄奬女の化け物に出会ったさいに、何故か気を失ってしまう。そのため腰抜けと云う悪評が立ち、名誉挽回のために奮闘、その後は祥五郎の協力者となる。
高柳剣十郎は、猟をしていた経験から鉄砲の心得があったが、決して上手ではない。しかしそれがなぜか「鉄砲の名人」として広まってしまい、鳥の化け物退治に駆り出される羽目になってしまう。
田荘洪庵(たどころ・こうあん)は遠野の町医者。禽獣虫魚についても詳しく、巨大熊の遺体の検分にも呼ばれる。2年前に娘のお里が行方知れずになっているが、作中では将来的な再会の可能性が示される。
佐田志津は終盤でのメインヒロイン的立ち位置になる女性。勝ち気で男勝りだが機転が利いて面倒見も良く、父・久兵衛が急死した事件で知り合った祥五郎との絆を深めていく。
基本的には勧善懲悪で、悪い奴らには終盤でキツいお仕置きが与えられる。このあたりはエンタメの王道だろう。
善玉・悪玉がはっきりしていて、私腹を肥やす上級役人がいる一方で、下級役人には大久保や高柳など、ちょっとトボけてはいるが生真面目で誠実に職務に励み、庶民の暮らしを守ろうとする者が多い。このあたりも、読み心地がよい理由の一つだろう。
死者だけが血を流す/淋しがり屋のキング 日本ハードボイルド全集1 [読書・ミステリ]
死者だけが血を流す/淋しがりやのキング: 日本ハードボイルド全集1 (創元推理文庫)
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2021/04/21
- メディア: 文庫
評価:★★★☆
第二次大戦後から、日本のハードボイルド小説は独自の発展を始めた(らしい)。その初期に活躍した作家・作品のベスト集成版。
第1巻は生島治郎(いくしま・じろう)の長編1作、短編6作を収める。
「死者だけが血を流す」
舞台は "北陸の京都" と呼ばれる地方都市(モデルは金沢だろう)。
主人公の牧良一は、市議会議長にして県政の重鎮・牧喜一郎を伯父に持つ。しかし18歳の時に父の遺産を巡って喜一郎と衝突、家を飛び出して東京の大学へ進学した。しかし学生運動に関わったために就職に失敗、ヤクザの世界に。
組織を抜けるために人を殺してしまうが、彼を救ったのは喜一郎と対立する市会議員・進藤羚之介(しんどう・れいのすけ)とその妻・由美だった。裁判で正当防衛が認められた牧は、進藤の秘書となって6年間彼を支えてきた。
その進藤が、一気に衆議院議員へ打って出る覚悟を決める。しかし選挙資金の調達も、政党の公認も難航する。最悪の場合は無所属での立候補も覚悟し、やがて衆議院が解散されて選挙が始まった。
選挙区は定員4の中選挙区。上位候補3人の当選は堅く、4人目の席を遠井という候補と進藤が争うという構図になった。
進藤は加倉井(かくらい)という男と手を組むことに。彼は敏腕で知られる "選挙屋" で、カネに汚いという噂もあったが、彼が選挙参謀についた候補は100%の当選率を誇っていた。
加倉井の指導によって、劣勢だった選挙運動を立て直した進藤陣営は、遠井陣営との差を急速に縮めていく。そしてさらなる一撃として、牧は遠井候補のスキャンダルを暴くことを提案するのだが・・・
紆余曲折した過去をもつ牧の造形には深みがあるが、他のキャラも魅力的。
進藤は清濁併せ呑むタイプで、理想は持ちつつも綺麗事だけで政治はできないことを知っている。そんな彼のため、牧は苦労を惜しまない。
進藤の妻・由美は、天真爛漫を絵に描いたような人。政治家の妻とは思えないような純真さをもつ女性で、明朗な性格もあって支持者からの人気は絶大だ。
牧の恋人・宮野小夜子は、由美とは対照的な "日陰の花" として描かれる。元芸者でいまは喜一郎の愛人。なので、牧は伯父の目を盗んで逢瀬を重ねている。万事控え目な性格の彼女もまた、選挙に伴う騒乱に巻き込まれていく。
描かれるのは地方都市の腐敗した選挙戦。おそらく日本のどこでもみられる典型的なものだろう。
本書の舞台となる選挙区に於いても、票のとりまとめに "実弾" が飛び交い、裏では地元の有力者やヤクザたちの勢力争いが絡む。露骨な選挙妨害が繰り返され、ついには殺人まで起こる。その中で、故郷のしがらみと理不尽な運命に向き合う牧の、孤独な戦いが胸を打つ。
「チャイナタウン・ブルース」
主人公・久須見健三は横浜でシップ・チャンドラーを営む。航海を終えて港に入った船に、食料や雑貨などの補充品を納めて利益を得るのが仕事だ。
中華船・天堂号(ティエンダン)からの注文が、あまりにも好条件なことに不審なものを感じた健三が確認すると、物資を買うかわりに一人の男を密入国させろという・・・
健三の事務所の大家・徐明徳はしたたか。健三が巻き込まれたトラブルに乗じてちゃっかり儲ける。健三が雇っているタイピスト(時代を感じるね)・三島景子も、なかなかたくましいお嬢さんだ。
「淋しがりやのキング」
これも久須見健三が主役の短編。
貨物船ルイーズ号でボヤ騒ぎが起き、入港が長引いたので久須見は補充品を追加で納めに赴く。その翌日の夜、港の酒場でルイーズ号の船員チコと出会う。横浜にいるはずの恋人キヨミを探しているのだという。彼に代わってキヨミを探す健三は、彼女が既に水死体となって警察に発見されていたことを知る・・・
本作は1967年の発表。作中で健三が、太平洋戦争当時の自身の境遇に触れるのだが、これにはちょっと驚く。
「甘い汁」
一切他人を信じず、ひたすら蓄財に励んできた "私"。おかげで複数の不動産から多くの家賃収入を得る身となった。しかし、 "私" の経営するアパートの住人・飛田は家賃を半年分も滞納している。督促した "私" に対し、飛田は「美味しい話」を持ちかけてくるのだった・・・
これはハードボイルドではないだろう。ミステリの一種ではあるかもしれないが。強いて分類すれば、いわゆる "奇妙な味" の作品かな?
「血が足りない」
ヤクザの下請けで、拳銃の密造をしているケン。3年前、女子高生をレイプしたのだが、相手は妊娠、生まれた赤ん坊を女子高生の父親から無理矢理押しつけられてしまう。しかし、その幼子・ター坊になぜか情が移ってしまい、可愛がって一緒に暮らしている。
しかしケンはヤクザ同士の縄張り争いに巻き込まれ、加えてター坊が交通事故に遭って入院し、輸血が必要な事態になってしまう・・・
ケンは人は好いかも知れないが、結局のところ犯罪者に違いない。結末は哀切だが、こういう非情を描くのもハードボイルドの一面なのだろう。
「夜も昼も」
"わたし" は北陸のキャバレーで歌っていたしがないジャズ歌手。その "わたし" の前に現れたのは浜村耕平。かつて敏腕マネージャーとして鳴らしたが、麻薬疑惑で芸能界から消えた男だった。 "わたし" は『スターづくりの名手』だった彼の手腕に賭けてコンビを組むが、2年経ってもいっこうに芽は出ず、スター歌手への壁は厚かった。
心が折れかかった "わたし" の前に意外な展開が。求婚する男性が現れ、同時にTVの大人向け深夜音楽番組への出演オファーが入ってきたのだ・・・
これもハードボイルドというよりは、切ない恋愛小説というべきだろう。
「浪漫渡世」
作者は作家になる以前、早川書房で編集者として働いていたのだが、その当時のことを小説化したもの。もちろん登場人物や会社名などもすべて仮名になってるが、昭和30年代の早川書房の、けっこうトンデモナイ実態が描かれていて、これにはかなり驚かされる。
巻末の解説には「仮名になっていても誰をモデルにしてるかすぐ分かるだろう」なんて書いてあるが、私に分かったのは一人くらい(これもけっこう怪しいが)。よっぽど詳しい人じゃないと無理だろう。
巻末には大沢在昌のエッセイ「宝物」を収める。大沢氏が中学生の時に、生島治郎にファンレターを出したというエピソードだ。これはなかなか感動的ないい話。
大沢氏が中学生でハードボイルドに耽溺していた、というのも早熟すぎて驚くが、いまの人気を考えたら当然のような気もする。
YAMATO meets Classics 宮川泰×羽田健太郎 二人の宇宙戦艦ヤマト [日々の生活と雑感]
11/5(日)に開かれた「YAMATO meets Classics 宮川泰×羽田健太郎 二人の宇宙戦艦ヤマト」コンサートへ、かみさんと2人で行って参りました。
場所は新宿から一つ隣の初台駅の駅前。新宿駅の中を歩いてJRから京王新線の駅まで行くのですが、これがけっこう距離がある。前回の記憶も当てにならず、案内掲示を一生懸命に見ながら移動し、無事に乗り換えられて到着しました。
昼公演(12:30開演)と夜公演(17:00開演)があったのですが、参加したのは昼公演のほう。私は完全リタイアのプー太郎なのですが、かみさんはまだフルタイムで働いていて、翌日の月曜は朝から勤務。なので夜公演は見送りました。
到着は11:50頃。すでにたくさんのお客さんがいて、年配の方が多いのは毎度のことなのですが、今回は中高生くらいのお子さんを含む家族連れが多かった印象です。
コンサートの内容について簡単に記します。
前半は、指揮担当の宮川彬良さんとヴァイオリン担当の篠﨑史紀さんのトークショーから始まりました。「篠﨑史紀? 誰?」って最初は思ったのですが、話を聞いているうちに分かりました。
YouTubeで「ウルトラセブン N響」って検索すると出てくる動画に登場してます。N響が「ウルトラセブン」をテーマに演奏会をした時に、コンサートマスターを務めていた方ですね。
故・松本零士さんと同郷ということで、篠﨑さんの小学校の同級生はみんな「ヤマト」を観ていたとか。「ウルトラセブン」「仮面ライダー」「サンダーバード」と ”昭和ヒーロー” の話題が続き、彬良さんのピアノと合わせて二人で「ウルトラマン」「ウルトラセブン」を演奏したり、彬良さんのお嬢さんの宮川知子さんも加わって「サンダーバードのテーマ」を演奏したり。
あ、「イスカンダルのテーマ」もありましたね。このメロディは今日のコンサートで3回出てくるとのこと。1回目はこれで、あと2回は・・・これは説明不要ですね。
たぶんこれはコンサートの前振りみたいなもので、観客をリラックスさせ、同時に今日の二人のソリストの紹介も兼ねていたのでしょう。
トークショー自体は15分くらいかな。面白かったけど、話の流れ的にはけっこうグダグダでしたかね(笑)。
そしていよいよ東京フィルハーモニー交響楽団の皆さんが入場し、演奏開始です。
前半は 作曲:宮川泰 による「組曲 宇宙戦艦ヤマト」
I.序曲
II.宇宙戦艦ヤマト
「無限に広がる大宇宙」のテーマから始まる、交響組曲版の序曲。スキャットは林美智子さん。パンフの経歴がとんでもなくスゴいオペラ歌手の人。
そして「宇宙戦艦ヤマトのテーマ」へと続きます。もうこのメロディーを聴いただけで、ああ、魂が震える。涙腺が緩んでいく・・・(T_T)。
この曲を初めて聴いてから、もう49年も経つんですねぇ・・・
ああ、何もかも皆懐かしい。
III.イスカンダル
IV.出撃
交響組曲版でお馴染みのアレンジですね。「イスカンダル」も「出撃」も、アニメの情景が目に浮かびます。
V.大いなる愛
映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」での終曲でした。この曲にはいろいろ複雑な思いを抱いたものです。改めてここでは書きませんが、このブログの過去記事を読んだ方なら分かると思います。
でも「2202」を経た今は、「ヤマトより愛をこめて」と共に、かなり穏やかな気持ちで聴くことができるようになりました。そういう意味ではリメイク版に感謝ですね。
ここまでの5曲、普通に演奏したら20分以上かかるかと思ったのですが、私の時計で見たら15分ちょっとくらいかな。どれも短めに編曲してあるみたいです。
そして後半。
作曲:羽田健太郎 テーマ・モチーフ:宮川泰・羽田健太郎 の
「交響曲 宇宙戦艦ヤマト」。
ヴァイオリンは篠﨑史紀さん、ピアノは宮川知子さん。
知子さんもまた、パンフの経歴がとんでもなくスゴい。宮川家恐るべし(笑)。
ただ正直なところ、この「交響曲」は宮川泰さんの交響組曲や各種BGM集と比べると、とっつきにくい曲であるように感じます。
クラシックとしての完成度は高いのかもしれないけど、同時に敷居も高くなってるような気も。まあ、これは素人の印象なので、耳が肥えた人にはまた異なる感想もあるかと思うのですが。
しかも、演奏時間も1時間近い。途中で寝てしまうんじゃないかなぁと心配でした(おいおい)。
でも、フタを開けたら意外と大丈夫でした。やっぱりナマのオーケストラの迫力は半端ない。思っていたよりはるかに楽しめたのは嬉しい誤算(?)でした。
そしてアンコールは「真っ赤なスカーフ 交響組曲版」のコンサート・バージンかな。またしても目から汗が流れ出した(T_T)。
もうこのメロディーを聴いただけで、ああ、魂が・・・(以下略)。
ヤマトのコンサートも、思えばかなり参加してきました。吹奏楽メインのものもあって、これも嫌いじゃないけれど(ちなみにかみさんは吹奏楽が大好きみたいです)、やはり弦楽器の音色は素晴らしく、何物にも代えがたいものがあります。あと何回、こういうコンサートが聴けるのかは分かりませんが、できる限り参加したいものだとの思いを強くして、会場を後にしました。
最後にちょっと余計なことを。
会場に、ヤマトの艦内服のコスチュームを着た人がいました。胸に何かを抱えてるので、何かな?と思ったら、故・松本零士氏の写真のようです。
(あとでネット検索したら、その人のものと思われる画像がX(旧Twitter)に上がってましたね)。
遠く時の輪の接するところで、偉大なるクリエイターだった松本零士氏にも、今日の演奏が届いていることを祈ります。
毒入りコーヒー事件 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
文具メーカー社長の箕輪征市(みのわ・せいいち)は、妻子と共に山間の千殻(ちがら)村へ移住した。しかし12年前、長男の要(かなめ)が謎の服毒死を遂げてしまう。
そして12年後、十三回忌のために家族が集まるが、その夜に嵐が襲来して村は孤立してしまう。そして今度は当主の征市が死亡する。傍らには毒入りと思しきコーヒーが・・・
東京で暮らしている箕輪まゆは、兄・要の十三回忌のために、家族が住む千殻村へ帰郷する。バスを降り、激しい雨の中を歩くまゆは若い男の二人組と遭遇する。
大出(おおいで)と小檜山(こひやま)と名乗った彼らは、傘をなくしてすっかり濡れ鼠。まゆは二人を箕輪家へと案内することに。
いま箕輪家に住んでいるのは父・征市、母・虹緒(にじお)、姉・ひとみの三人。雨は一層強くなり、村に続く道が冠水して不通となってしまう。そのため男二人は箕輪家に泊まることになった。
12年前、まゆの兄・要は16歳だった。自室の椅子に座ったまま亡くなっているところを発見され、机の上には毒入りのコーヒーカップが残されていた。
入っていたのは植物毒のハシリドコロ。近くの山で自生しているものを要が自ら採取して精製していたらしい。さらに現場からは「遺書」が発見されていた。しかし中身は白紙という奇妙なもの。状況は不可解だったが、結局は自殺と判断されていた。
そして十三回忌の夜、こんどは父親の征市が死亡する。遺体は書斎で発見され、傍らにはコーヒーカップ、そして白紙の「遺書」が・・・
イギリスの作家アントニー・バークリーに『毒入りチョコレート事件』(1929年)という作品がある。一つの毒殺事件に対して、8つの推理が展開されるという、"多重解決" で有名な作品だ。
本作は、タイトルからしてこの『チョコレート事件』を意識しているのがわかる。そして本家を超えようとばかりに、作中には多くの工夫・仕掛けが施されている。
登場人物は虹緒・ひとみ・まゆ・大出・小檜山の五人しかいないにもかかわらず、よくまあこれだけ考えつくものだと感心するくらい多様な推論が展開される。
そして、本書にはもう一つのストーリーラインがある。本編の合間に、この事件の一年後のエピソードが分割して挿入されているのだ。
五人のうちの二人が登場し、一年前の推理を検証していくのだが、こちらにも大きなサプライズが隠されている。
ネタバレになるので触れられないが、わずか文庫280ページの中に「これでもか」とばかりに様々なカラクリが詰め込まれている。
そして、それによって二転三転どころか四転五転する真相を読者に納得させ、かつダレることなく最後まで読ませる。この筆力はたいしたものだ。
結婚って何さ 有栖川有栖選 必読! Selection 8 [読書・ミステリ]
有栖川有栖選 必読!Selection8 結婚って何さ (徳間文庫)
- 作者: 笹沢左保
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2022/12/08
- メディア: 文庫
評価:★★★☆
臨時雇いの事務員・遠井真弓(とおい・まゆみ)は、上司からの不合理なイチャモンにブチ切れし、同僚の疋田三枝子(ひきた・みえこ)と一緒にその場で退職してしまう。
憂さ晴らしで飲み歩いていた二人は森川という男と意気投合、泥酔した三人は旅館でひと部屋にまとめて泊まるが、翌朝、森川は絞殺死体となっていた。しかも部屋は内側から施錠された密室状態。
このままでは殺人犯にされてしまう。真弓は真相解明に立ち上がるが・・・
遠井真弓は20歳。東京の石油会社で臨時雇いの事務員として働いている。ある日、上司から服装とか普段の品行とかを注意されているうちに頭に血が上り、衝動的に辞めてしまう。
思いを同じくしていた同僚の疋田三枝子も一緒に辞め、二人は憂さ晴らしに夜の街へと繰り出す。酒場をハシゴしているうちに森川という郵便局員と知り合い、意気投合した三人は泥酔した勢いで旅館の離れに転げ込む。
しかし翌朝になって酔いが覚めた真弓と三枝子は、森川が絞殺死体となっていることを発見する。しかも離れは内側から施錠された密室状態。
旅館からは運良く逃げ出せた二人だったが、"あるアクシデント" に遭遇してしまい、真弓は単独行動をせざるを得なくなる。
警察に追われる真弓は森川のことを調べようとするが、手がかりは彼が所持していた一枚の切符と一枚の名刺のみ。
切符は「河口湖 → 東京都区内」、名刺は「弁護士・伴幸太郎」(ばん・こうたろう)のものだった。
真弓は中央本線で河口湖に向かうことに。しかしその車中、彼女に鋭い視線を向けてくる黒いトレンチコートの男の存在に気づく。途中で乗り換えてもついてくるので尾行者だと確信した真弓は、車中にいた若い女性に声を掛け、むりやり同行者になってもらう。
その女性も河口湖までいくという。彼女の宿泊する旅館までついていった真弓は、徐々にその女性のことを知っていく。
彼女の夫は10日前に西湖で亡くなっていること、夫は弁護士であったこと、そして彼女が宿泊者名簿に「伴早苗」(ばん・さなえ)と記入したこと・・・
真弓は警察に追われていることもあり、ほぼ全編にわたって移動し続ける。そのサスペンスと同時進行で、彼女は手がかりを集め、推理していくことになる。まさに "走りながら考える" 状況だ。
新たな殺人疑惑を知り、容疑者も浮上してくるが、強固なアリバイに守られている。真相につながるピースはたくさん集まってくるのだが、どうにも組み合わせが悪く、完成させることができない。
しかし、難解な図形問題が一本の補助線を引くことでするする解けていくように、ある "一点" から事件を見直すと全体像が浮かび上がってくる。
ミステリを読み慣れた人なら、事件のカラクリにある程度の見当がつくかも知れないが、それでもミステリとしての興味を失わせずに最後まで読ませるのはたいしたものだ。
ただ、この真相を実現するにはハードルがけっこう高い。にも拘わらず作者の文章はそれを困難なことと感じさせない。これはもう巧いとしか言い様がない。
密室トリックも、そこだけ取り出せば単純なものなのだが、単純であるが故に盲点だろう。しかも、その背後に犯人の綿密な犯行計画があったればこそ成立するもの。
タイトルだけみると、軽めの風俗小説のように感じられるかも知れないが、なかなか思い切ったトリックが投入された骨太な本格ミステリになってる。
ちなみに「結婚って何さ」とは、作中で真弓が口にする台詞なのだが、この言葉がどこで出てくるのかは読んでのお楽しみだろう。
タグ:国内ミステリ
ライオン・ブルー [読書・ミステリ]
評価:★★★
典型的な山間の田舎町・獅子追(ししおい)で、交番勤務の制服警官・長原信介(ながはら・しんすけ)が拳銃を持ったまま失踪する。彼と同期だった澤登耀司(さわのぼり・ようじ)は真相を探るために、志願して獅子追町に異動する。
しかし町では、長原が持ち去った銃による殺人が起こってしまう・・・
タイトルの「ライオン」は舞台となる町・獅子追から、「ブルー」は警官の着用する制服の色からきているものだろう。
主人公・澤登耀司は30歳の警察官。獅子追にある実家では父親がくも膜下出血で倒れ、その介護のためにと故郷への異動を志願し、赴任してきた。
ちなみに、警察官は原則として出身地での勤務はさせないらしい。人間関係のしがらみがあると不正の温床になるためだろう。
耀司の異動には別の目的があった。4ヶ月前、彼の同期だった長原が拳銃を持ったまま失踪するという事件を起こしていたのだ。
長原にはすみれという十代の姪がいる。両親を災害で喪い、祖母と暮らしている彼女のことを気に掛けていた長原には、失踪する理由がない。彼は何らかの事件に巻き込まれたのではないか?
しかし耀司の赴任後、"ゴミ屋敷" と呼ばれていた家から出火し、家主の毛利淳一郎(もうり・じゅんいちろう)が焼死体で見つかる。
さらにその数週間後、警邏中の耀司は銃声を耳にする。そして近くの民家からは地元ヤクザの親分である金居鉄平(かない・てっぺい)の銃殺死体が見つかり、犯行に使われた銃は長原が持ち去ったものと判明する・・・
物語全編を覆うのは、寂れゆく地方の街の閉塞感とでもいうべき陰鬱な雰囲気。
過疎化が進み、活気を喪っていく地方社会。隣町に巨大ショッピングモールができて、地元商店街は風前の灯火。
しかしそんな田舎でも、古くから続く実力者の家系はしぶとく生き残っている。町の大地主・千歳鷹徳(ちとせ・たかのり)を中心とした地元実力者の集まり「千桜会」は、獅子追町の利権構造に深く食い込み、陰の支配者とも云える存在だ。
いま、町にはマンション開発の話が進んでいる。これがうまくいって人口が増えれば、さらに高速道路を誘致しようという計画まである。当然ながらこれには巨額な資金が動き、おこぼれに預かろうという連中の間ではすでに勢力争いが始まっている。もちろん「千桜会」はそれらの中心にいる。
もちろん獅子追町育ちの耀司もその圏外にはいられない。マンション用地の一角には澤登家の土地があり、耀司の兄・完治(かんじ)のところにも買収の話が来ている。
日本の過疎地域ではよくある状況なのかも知れないが、物語が進むにつれて、これが一連の事件の背景、そして遠因になっていることが分かってくる。
そして耀司の同僚である交番勤務の警官たちもまた、一筋縄ではいかない者ばかり。特に先輩警官である晃光大吾(あきみつ・だいご)は、一連の事件の底にある事情について何かを知っていそうで、得体の知れぬ不気味さをたたえたキャラになっている。
さらに主人公である耀司自身にも鬱屈した過去がある。高校時代は野球部で甲子園出場経験もあるが、そのマウンド上でとんでもない ”失策” をしでかしてしまった。そしてそれは地元民なら誰でも知るところ。
強烈なトラウマとなっているその ”古傷” は、彼の行動に大きな影響を与えている。
要するに本書の登場人物は、耀司を含めてみな腹に一物抱えた裏表のある人間ばかりなのだ。
それでいて、本書は本格ミステリでもある。長原の失踪、毛利の焼死、金居の殺人、さらには14年前に起こったすみれの両親が死亡した事件まで、多くのピースがばら撒かれており、それが最後にはきれいにまとまって一枚の絵を完成させる。
しかし、この物語の背景となっている獅子追の姿は、決してこの場所だけの話ではないだろう。そして主役である耀司もまた、諸々の束縛から逃れて自由になるどころか、嫌っていたはずの故郷のしがらみに、次第に絡め取られていく。
真相が解明されてもこれほど気持ちが晴れないミステリも珍しい。