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死者だけが血を流す/淋しがり屋のキング 日本ハードボイルド全集1 [読書・ミステリ]


死者だけが血を流す/淋しがりやのキング: 日本ハードボイルド全集1 (創元推理文庫)

死者だけが血を流す/淋しがりやのキング: 日本ハードボイルド全集1 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/04/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 第二次大戦後から、日本のハードボイルド小説は独自の発展を始めた(らしい)。その初期に活躍した作家・作品のベスト集成版。
 第1巻は生島治郎(いくしま・じろう)の長編1作、短編6作を収める。


「死者だけが血を流す」

 舞台は "北陸の京都" と呼ばれる地方都市(モデルは金沢だろう)。

 主人公の牧良一は、市議会議長にして県政の重鎮・牧喜一郎を伯父に持つ。しかし18歳の時に父の遺産を巡って喜一郎と衝突、家を飛び出して東京の大学へ進学した。しかし学生運動に関わったために就職に失敗、ヤクザの世界に。

 組織を抜けるために人を殺してしまうが、彼を救ったのは喜一郎と対立する市会議員・進藤羚之介(しんどう・れいのすけ)とその妻・由美だった。裁判で正当防衛が認められた牧は、進藤の秘書となって6年間彼を支えてきた。

 その進藤が、一気に衆議院議員へ打って出る覚悟を決める。しかし選挙資金の調達も、政党の公認も難航する。最悪の場合は無所属での立候補も覚悟し、やがて衆議院が解散されて選挙が始まった。
 選挙区は定員4の中選挙区。上位候補3人の当選は堅く、4人目の席を遠井という候補と進藤が争うという構図になった。

 進藤は加倉井(かくらい)という男と手を組むことに。彼は敏腕で知られる "選挙屋" で、カネに汚いという噂もあったが、彼が選挙参謀についた候補は100%の当選率を誇っていた。
 加倉井の指導によって、劣勢だった選挙運動を立て直した進藤陣営は、遠井陣営との差を急速に縮めていく。そしてさらなる一撃として、牧は遠井候補のスキャンダルを暴くことを提案するのだが・・・


 紆余曲折した過去をもつ牧の造形には深みがあるが、他のキャラも魅力的。
 進藤は清濁併せ呑むタイプで、理想は持ちつつも綺麗事だけで政治はできないことを知っている。そんな彼のため、牧は苦労を惜しまない。
 進藤の妻・由美は、天真爛漫を絵に描いたような人。政治家の妻とは思えないような純真さをもつ女性で、明朗な性格もあって支持者からの人気は絶大だ。
 牧の恋人・宮野小夜子は、由美とは対照的な "日陰の花" として描かれる。元芸者でいまは喜一郎の愛人。なので、牧は伯父の目を盗んで逢瀬を重ねている。万事控え目な性格の彼女もまた、選挙に伴う騒乱に巻き込まれていく。


 描かれるのは地方都市の腐敗した選挙戦。おそらく日本のどこでもみられる典型的なものだろう。
 本書の舞台となる選挙区に於いても、票のとりまとめに "実弾" が飛び交い、裏では地元の有力者やヤクザたちの勢力争いが絡む。露骨な選挙妨害が繰り返され、ついには殺人まで起こる。その中で、故郷のしがらみと理不尽な運命に向き合う牧の、孤独な戦いが胸を打つ。


「チャイナタウン・ブルース」
 主人公・久須見健三は横浜でシップ・チャンドラーを営む。航海を終えて港に入った船に、食料や雑貨などの補充品を納めて利益を得るのが仕事だ。
 中華船・天堂号(ティエンダン)からの注文が、あまりにも好条件なことに不審なものを感じた健三が確認すると、物資を買うかわりに一人の男を密入国させろという・・・
 健三の事務所の大家・徐明徳はしたたか。健三が巻き込まれたトラブルに乗じてちゃっかり儲ける。健三が雇っているタイピスト(時代を感じるね)・三島景子も、なかなかたくましいお嬢さんだ。


「淋しがりやのキング」
 これも久須見健三が主役の短編。
 貨物船ルイーズ号でボヤ騒ぎが起き、入港が長引いたので久須見は補充品を追加で納めに赴く。その翌日の夜、港の酒場でルイーズ号の船員チコと出会う。横浜にいるはずの恋人キヨミを探しているのだという。彼に代わってキヨミを探す健三は、彼女が既に水死体となって警察に発見されていたことを知る・・・
 本作は1967年の発表。作中で健三が、太平洋戦争当時の自身の境遇に触れるのだが、これにはちょっと驚く。


「甘い汁」
 一切他人を信じず、ひたすら蓄財に励んできた "私"。おかげで複数の不動産から多くの家賃収入を得る身となった。しかし、 "私" の経営するアパートの住人・飛田は家賃を半年分も滞納している。督促した "私" に対し、飛田は「美味しい話」を持ちかけてくるのだった・・・
 これはハードボイルドではないだろう。ミステリの一種ではあるかもしれないが。強いて分類すれば、いわゆる "奇妙な味" の作品かな?


「血が足りない」
 ヤクザの下請けで、拳銃の密造をしているケン。3年前、女子高生をレイプしたのだが、相手は妊娠、生まれた赤ん坊を女子高生の父親から無理矢理押しつけられてしまう。しかし、その幼子・ター坊になぜか情が移ってしまい、可愛がって一緒に暮らしている。
 しかしケンはヤクザ同士の縄張り争いに巻き込まれ、加えてター坊が交通事故に遭って入院し、輸血が必要な事態になってしまう・・・
 ケンは人は好いかも知れないが、結局のところ犯罪者に違いない。結末は哀切だが、こういう非情を描くのもハードボイルドの一面なのだろう。


「夜も昼も」
 "わたし" は北陸のキャバレーで歌っていたしがないジャズ歌手。その "わたし" の前に現れたのは浜村耕平。かつて敏腕マネージャーとして鳴らしたが、麻薬疑惑で芸能界から消えた男だった。 "わたし" は『スターづくりの名手』だった彼の手腕に賭けてコンビを組むが、2年経ってもいっこうに芽は出ず、スター歌手への壁は厚かった。
 心が折れかかった "わたし" の前に意外な展開が。求婚する男性が現れ、同時にTVの大人向け深夜音楽番組への出演オファーが入ってきたのだ・・・
 これもハードボイルドというよりは、切ない恋愛小説というべきだろう。


「浪漫渡世」
 作者は作家になる以前、早川書房で編集者として働いていたのだが、その当時のことを小説化したもの。もちろん登場人物や会社名などもすべて仮名になってるが、昭和30年代の早川書房の、けっこうトンデモナイ実態が描かれていて、これにはかなり驚かされる。
 巻末の解説には「仮名になっていても誰をモデルにしてるかすぐ分かるだろう」なんて書いてあるが、私に分かったのは一人くらい(これもけっこう怪しいが)。よっぽど詳しい人じゃないと無理だろう。


 巻末には大沢在昌のエッセイ「宝物」を収める。大沢氏が中学生の時に、生島治郎にファンレターを出したというエピソードだ。これはなかなか感動的ないい話。
 大沢氏が中学生でハードボイルドに耽溺していた、というのも早熟すぎて驚くが、いまの人気を考えたら当然のような気もする。



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