SSブログ

遠巷説百物語 [読書・ミステリ]


遠巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川文庫)

遠巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川文庫)

  • 作者: 京極 夏彦
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/02/24

評価:★★★★


 江戸時代末期の盛岡藩。筆頭家老より密命を受けた宇夫方祥五郎(うぶかた・しょうごろう)は、巷の噂話を集め始める。
 その中で、妖怪・化け物の類いが関わっているとしか思えない奇怪な騒動が起こっていることを知る。調べ始めた祥五郎は、それらの背後にあって一連の事件に ”決着” をつけている謎の一団に関わることになっていく・・・


 主人公の宇夫方祥五郎は27歳。盛岡藩家臣・南部義晋(なんぶ・よしひろ)に仕えていたが、義晋が筆頭家老になった際に職を辞して無役の浪士となる。
 しかし、同時に義晋から御譚調掛(おんはなししらべがかり)を命じられる。
「自分の目となり耳となって、民草の動向を見極め、逐一報告せよ」

 祥五郎には乙蔵(おとぞう)という幼馴染みがいた。地元の豪農の息子だったが、情報通で、さまざまなものの故事来歴・伝承から最近の武家商家の噂話・醜聞の類いまで実に詳しい。普段は野良仕事が嫌いでぶらぶらしながら、祥五郎にその手の情報(巷説)を売って糊口をしのいでいた。

 祥五郎が乙蔵から仕入れた奇怪な噂を調査していくうちに、その背後で暗躍する一団に関わっていく・・・というのが毎回のパターン。
 各編のタイトルは、事件の中で起きる ”奇怪な事態を引き起こしたと思われる妖怪” の名前で統一されている。


「歯黒(はぐろ)べったり」
 遠野南部家御用達の菓子屋・山田屋の息子が祝言を挙げたという。相手は二人姉妹の妹。姉は祝言当日に謎の失踪を遂げたらしい。
 しかし祝言後、息子は病で寝たきりになり、嫁の方も奥座敷に籠もったきりで人前に出なくなった。商売も傾きだした。
 そして時を同じくして、愛宕山の裾野で花嫁姿の妖怪が出始めたという。眼鼻がなく、鉄奬(てっしょう:お歯黒)をつけた大口の女が夜な夜な婦女子を脅かすのだと。そこで祥五郎はその妖怪に遭遇したという勘定方の役人・大久保平十郎(おおくぼ・へいじゅうろう)の元を訪れる・・・


「磯撫」(いそなで)
 遠野では、盛岡藩から半兵衛という米商人に「米の取り扱いを一手に任せる」という命令が下された。そのため米の取引が止まり、それは魚の流通にも波及して民は飢饉なみの状態に置かれてしまう。
 祥五郎は、盛岡藩の勘定方・児玉毅十郎(こだま・きじゅうろう)と半兵衛が組んだ陰謀とみて、町奉行・是川五郎左衛門(これかわ・ごろうざえもん)とともに逃亡する2人を追う。川沿いを上流に向かう途中で追いつくが、そのとき、巨大な怪魚が川の中から現れる・・・


「波山」(ばさん)
 遠野ではここ一月ばかり、行方知れずとなった娘が焼け爛れた無残な死骸で戻されるという凄惨な事件が続いていた。世間では山に住む荒くれ者の仕業と噂していたが、乙蔵は深山に棲む波山という火を吹く鳥の化け物が起こしていると言う。
 祥五郎は知人の町廻役同心・高柳剣十郎(たかやなぎ・けんじゅうろう)とともに下手人捜しを始めるが・・・


「鬼熊」(おにくま)
 乙蔵の話では、盛岡藩では開業を禁じているはずの隠し女郎屋が遠野にあるという。さらに、通常の2倍も3倍もある大きさの熊が里に現れたという噂を聞く。 翌日、土淵村で巨大な熊の死骸が発見され、その熊によって押し潰されたと思われる屋敷から3人の死体が発見される・・・


「恙虫」(つつがむし)
 乙蔵によると、遠野南部家勘定方・佐田久兵衛(さた きゅうべえ)の屋敷が戸締め(立入禁止)になっており、疫病が発生したのではないかという噂が流れているという。
 祥五郎は閉門された組屋敷に忍び込み、佐田の娘・志津(しづ)から事情を聞く。久兵衛は晩酌の後から突然苦しみだし、文箱を指さして死んだという。
 祥五郎は、久兵衛は何者かによる謀殺ではないかとの疑いを持つが・・・


「出世螺」(しゅっせぼら)
 乙蔵は、かつて遠野にあったという隠し金山を探して各地で発掘を続けていた。そして、山中でついに金塊を発見するが、八咫の鴉(やたのからす)を名乗る謎の男から、怪しい侍が遠野に入っていると警告される。
 一方、遠野では何処かの山で宝螺が抜けて昇天し龍となるという噂が囁かれていた。
 やがて一連の騒動は、「恙虫」事件で発覚した公金横領と意外なつながりがあったことが明らかになっていく・・・


 京極夏彦版「必殺仕事人」ともいえるシリーズの第6弾。
 悪徳商人や権力を私利私欲につかう役人たちによって苦しめられる庶民を、あるときは救い、あるときは傷ついた心を慰める。
 一見して狐狸妖怪の為した、あるいは人知を超えた自然の力によって引き起こされたかに見える光景も、実はその裏には各種技能に秀でたメンバーによる ”仕事” があった、というカラクリはシリーズ共通。”仕事人” も、各シリーズに共通して登場する人物も多い。

 本作に収めた6編は、一話完結ながらゆるい繋がりを持ち、とくに終盤の2編は上記の盛岡藩高官による公金横領事件が根底にあり、時系列的にも前後編という趣き。

 ”仕事人” メンバーもユニークだが、それ以外の登場人物にも、複数エピソードに登場していて愛着がもてるキャラクターが多い。

 大久保平十郎は、遠野南部家中一の剣の達人でありながら、鉄奬女の化け物に出会ったさいに、何故か気を失ってしまう。そのため腰抜けと云う悪評が立ち、名誉挽回のために奮闘、その後は祥五郎の協力者となる。

 高柳剣十郎は、猟をしていた経験から鉄砲の心得があったが、決して上手ではない。しかしそれがなぜか「鉄砲の名人」として広まってしまい、鳥の化け物退治に駆り出される羽目になってしまう。

 田荘洪庵(たどころ・こうあん)は遠野の町医者。禽獣虫魚についても詳しく、巨大熊の遺体の検分にも呼ばれる。2年前に娘のお里が行方知れずになっているが、作中では将来的な再会の可能性が示される。

 佐田志津は終盤でのメインヒロイン的立ち位置になる女性。勝ち気で男勝りだが機転が利いて面倒見も良く、父・久兵衛が急死した事件で知り合った祥五郎との絆を深めていく。


 基本的には勧善懲悪で、悪い奴らには終盤でキツいお仕置きが与えられる。このあたりはエンタメの王道だろう。
 善玉・悪玉がはっきりしていて、私腹を肥やす上級役人がいる一方で、下級役人には大久保や高柳など、ちょっとトボけてはいるが生真面目で誠実に職務に励み、庶民の暮らしを守ろうとする者が多い。このあたりも、読み心地がよい理由の一つだろう。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント