月下美人を待つ庭で 猫丸先輩の妄言 [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
つぶらな瞳と仔猫のような小柄な体躯、前髪ふっさりで十代のように見えるが実は三十路。いい年をして定職にも就かず、後輩や知人からの伝手で紹介されたアルバイトで生計を立てている。しかしその頭の中には非凡な洞察力が潜んでいる。それが本書の探偵役・猫丸先輩だ。
そんな彼を主人公とした短編5作を収めた作品集、第6弾。
「ねこちゃんパズル」
猫丸先輩の後輩の一人で編集者の八木沢は、区民ホールの電光看板の底面に二つ折りの紙が貼り付けてあることに気づく。それにはアルファベットがランダムに書かれていた。紙を元に戻した八木沢は、その看板を監視し始める。やがて中年のクリント・イーストウッドに似た外国人男性が現れ、紙片を回収していった。
そんなとき、猫丸先輩から「食事をおごれ」(笑)という電話が入る。八木沢はその席で自分が見た光景を話すのだが、猫丸先輩はそこから意外な推測を引き出してゆく・・・
猫丸は説明の前振りとして、白猫と黒猫を使ったクイズを出してくるのだが、これ必要かな(おいおい)。まあ、あった方が面白いからいいのだが(笑)。
「恐怖の一枚」
藤田と山根はオカルト雑誌の編集者。読者投稿の「心霊写真」から雑誌に掲載する作品を選考していたが、いい写真が見当たらない。
そんな中、アルバイトの猫丸はある一枚を見て「これはおぞましい写真だ」と言い出す。しかしそれは、どこかの森の中で、四十代半ばくらいの冴えないおっさんを正面から写したものだった。いったいどこが「おぞましい」のか・・・
何気ないスナップ写真かと思われたものから、(信憑性は別として)よくもまあこれだけの推測を引き出してみせるものと感心させられる。
「ついているきみへ」
大学1年の柿原は、アルバイト先の先輩女子・彩音(あやね)を誘ってデートに。二人は、最近身近で起こった不思議な事件を語り合う。
柿原は、変わり者で有名な友人から贈り物をもらった。それは一辺が10cmほどの箱の中に、新聞紙で包まれたペットボトルのフタが一つだけ入っており、添えられたカードには「For Lucky Man」と記してあった、というもの。
彩音は、三日前に愛犬のチロを連れて近所のスーパーへ行ったときのこと。入り口近くにチロを繋ぎ、5分ほどで買い物を済まして戻るとチロが消えていた。周辺を探し回ったが見つからず、一時間後にスーパーへ戻ったら、チロが帰ってきていた。しかも繋がれて。
この二人の会話を後ろで聞いていた猫丸先輩がしゃしゃり出てきて、二つの謎に見事に解いてみせる、という話。ショートストーリーのネタを二つ併せて文庫70ページの短編に仕立てた、って感じかな。
「海の勇者」
外房の海岸にある海の家〈浜の家〉。その日は超大型台風が接近していて大荒れの天気。海水浴客など全くいないのだが、アルバイトの貝塚は雇い主から「休むことはまかりならぬ」との命令で、渋々ながら開店準備にかかる。
しかしそこに、グルメリポーターとして猫丸がやってきた。しばし取材の相手をした貝塚は、海岸に不思議な足跡を見つける。
海沿いに砂浜を〈浜の家〉近くまでやって来た足跡は、その後海へと向きを変え、そのまま海の中へ消えていっていたのだ。まさか自殺では・・・焦る貝塚に、猫丸が告げた解釈は・・・
人間消失パターンの謎なんだけど、ネタはバカミスレベル。だけどそこに持っていくまでが上手い。
「月下美人を待つ庭で」
主人公は初老の男性。母を亡くし、校外の新興住宅地で一人暮らしをしている。ガーデニングで育てているのは、母が開花を待ちわびていた月下美人。
しかし最近、夜中に外部から庭に侵入してくる者たちが後を絶たない状況になってしまった。その理由が分からず悩んでいた男の前にひょっこり現れた猫丸は、この謎の状況を解き明かしてみせる。
謎解きの後、孤独だった男の心にわずかながら温かいものが生まれてくるという、ちょっといい話。
こう書いてくると猫丸先輩はいい人みたいだが、決してそれだけではない(悪い人でもないけど)。
「ねこちゃん-」「恐怖の-」「海の-」では、謎解きの際にかなりショッキングな真相を言い出す。それを聞いた相手はビックリ仰天してしまうのだが、これは事態を最大限に大袈裟に解釈したもの。そのあとに ”順当な解釈” を提示して安心させるわけで、イタズラ小僧みたいな面も持ち合わせているのだ。
なにせサブタイトルが「猫丸先輩の ”妄言”」だからね。その題名にふさわしいホラ吹きぶり。たいしたものだ。
ちなみにこのシリーズは第1弾の初刊が1994年なので、なんと30年近くも続いていることになる。でも猫丸はほとんど歳をとってない。
てっきりサザエさん時空なのかと思ってたのだが、巻末の解説では、1990年代の数年間に起こった事件を、30年かけて語ってるのではないかという解釈を示してる。なるほど。
コメント 0