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ライオン・ブルー [読書・ミステリ]


ライオン・ブルー (角川文庫)

ライオン・ブルー (角川文庫)

  • 作者: 呉 勝浩
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/24

評価:★★★


 典型的な山間の田舎町・獅子追(ししおい)で、交番勤務の制服警官・長原信介(ながはら・しんすけ)が拳銃を持ったまま失踪する。彼と同期だった澤登耀司(さわのぼり・ようじ)は真相を探るために、志願して獅子追町に異動する。
 しかし町では、長原が持ち去った銃による殺人が起こってしまう・・・


 タイトルの「ライオン」は舞台となる町・獅子追から、「ブルー」は警官の着用する制服の色からきているものだろう。

 主人公・澤登耀司は30歳の警察官。獅子追にある実家では父親がくも膜下出血で倒れ、その介護のためにと故郷への異動を志願し、赴任してきた。

 ちなみに、警察官は原則として出身地での勤務はさせないらしい。人間関係のしがらみがあると不正の温床になるためだろう。

 耀司の異動には別の目的があった。4ヶ月前、彼の同期だった長原が拳銃を持ったまま失踪するという事件を起こしていたのだ。

 長原にはすみれという十代の姪がいる。両親を災害で喪い、祖母と暮らしている彼女のことを気に掛けていた長原には、失踪する理由がない。彼は何らかの事件に巻き込まれたのではないか?

 しかし耀司の赴任後、"ゴミ屋敷" と呼ばれていた家から出火し、家主の毛利淳一郎(もうり・じゅんいちろう)が焼死体で見つかる。
 さらにその数週間後、警邏中の耀司は銃声を耳にする。そして近くの民家からは地元ヤクザの親分である金居鉄平(かない・てっぺい)の銃殺死体が見つかり、犯行に使われた銃は長原が持ち去ったものと判明する・・・


 物語全編を覆うのは、寂れゆく地方の街の閉塞感とでもいうべき陰鬱な雰囲気。

 過疎化が進み、活気を喪っていく地方社会。隣町に巨大ショッピングモールができて、地元商店街は風前の灯火。

 しかしそんな田舎でも、古くから続く実力者の家系はしぶとく生き残っている。町の大地主・千歳鷹徳(ちとせ・たかのり)を中心とした地元実力者の集まり「千桜会」は、獅子追町の利権構造に深く食い込み、陰の支配者とも云える存在だ。

 いま、町にはマンション開発の話が進んでいる。これがうまくいって人口が増えれば、さらに高速道路を誘致しようという計画まである。当然ながらこれには巨額な資金が動き、おこぼれに預かろうという連中の間ではすでに勢力争いが始まっている。もちろん「千桜会」はそれらの中心にいる。

 もちろん獅子追町育ちの耀司もその圏外にはいられない。マンション用地の一角には澤登家の土地があり、耀司の兄・完治(かんじ)のところにも買収の話が来ている。

 日本の過疎地域ではよくある状況なのかも知れないが、物語が進むにつれて、これが一連の事件の背景、そして遠因になっていることが分かってくる。

 そして耀司の同僚である交番勤務の警官たちもまた、一筋縄ではいかない者ばかり。特に先輩警官である晃光大吾(あきみつ・だいご)は、一連の事件の底にある事情について何かを知っていそうで、得体の知れぬ不気味さをたたえたキャラになっている。

 さらに主人公である耀司自身にも鬱屈した過去がある。高校時代は野球部で甲子園出場経験もあるが、そのマウンド上でとんでもない ”失策” をしでかしてしまった。そしてそれは地元民なら誰でも知るところ。
 強烈なトラウマとなっているその ”古傷” は、彼の行動に大きな影響を与えている。

 要するに本書の登場人物は、耀司を含めてみな腹に一物抱えた裏表のある人間ばかりなのだ。

 それでいて、本書は本格ミステリでもある。長原の失踪、毛利の焼死、金居の殺人、さらには14年前に起こったすみれの両親が死亡した事件まで、多くのピースがばら撒かれており、それが最後にはきれいにまとまって一枚の絵を完成させる。

 しかし、この物語の背景となっている獅子追の姿は、決してこの場所だけの話ではないだろう。そして主役である耀司もまた、諸々の束縛から逃れて自由になるどころか、嫌っていたはずの故郷のしがらみに、次第に絡め取られていく。
 真相が解明されてもこれほど気持ちが晴れないミステリも珍しい。



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