SSブログ

欺瞞の殺意 [読書・ミステリ]


欺瞞の殺意 (角川文庫)

欺瞞の殺意 (角川文庫)

  • 作者: 深木 章子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/02/24

評価:★★★★☆


 昭和41年。弁護士にして資産家である楡(にれ)家の当主・伊一郎(いいちろう)の三十五日法要が行われた。その会場となった屋敷内で、故人の長女・澤子(さわこ)と孫・芳雄(よしお)が死亡する。
 警察の捜査で、澤子の夫で婿養子の治重(はるしげ)の服のポケットからヒ素のついたチョコレートの銀紙が見つかった。治重は自ら罪を認め、裁判で無期懲役が確定した。
 そして42年後の平成20年。仮釈放となった治重は、当主の次女・橙子(とうこ)と、毒殺事件の真相を巡って往復書簡を交わし始める・・・


 事件は、未だ封建的な考え方が根強く残っていた昭和41年に起こる。

 弁護士にして資産家の楡伊一郎は、いわば専制君主だった。彼の望みは、楡家の権勢をそのまま子々孫々に伝えていくこと。だから子どもたちでさえ、その目的のために道具でしかない。当然、結婚相手の選択についても伊一郎の意思には逆らえなかった。

 主人公の治重と楡家の次女・橙子は、互いに相思相愛の関係にありながら、伊一郎の命によって意に染まない相手との結婚を強いられた、いわば ”被害者” だった。

 楡家の長男・伊久雄(いくお)が早世してしまったことで、残された孫・芳雄が成人するまで楡家を維持することが伊一郎の最大目標となってしまった。

 弁護士の治重は長女・澤子と結婚し、芳雄を養子とした。その代わり、楡法務税務事務所所長の地位を与えられた。
 次女の橙子もまた、事務所の一員である弁護士・大賀庸平(おおが・ようへい)との結婚を余儀なくされてしまう。

 このように ”政略結婚” を完成させた伊一郎だが、その後まもなく心筋梗塞で急死してしまう。

 そして伊一郎の三十五日法要が行われた日、会場となった屋敷内で、澤子と芳雄が死亡するという事件が起こる。
 警察の捜査で死因は毒殺と判明、治重の服のポケットからヒ素のついたチョコレートの銀紙が見つかり、治重は自ら罪を認めて無期懲役となった。

 そして42年後の平成20年。仮釈放となった治重から橙子のもとに、手紙が送られてくる。
 そこには「自分は犯人ではないこと」「しかし物証に対する反証は困難だったこと」「否認したままでは死刑の可能性もあるので、自ら罪を認めることで無期懲役となることを選択した」等が綴られていた。
 さらに服役中に考えついた、彼自身の推理による ”真相” についても。

 手紙を受け取った橙子は、驚きと喜びを感じるが、治重の推理に対しては、その ”欠陥” を指摘し、そして彼女もまた自らの推理を述べて返信とする。

 その後、二人は往復書簡という形で事件の再検証・推理の構築・検証を繰り返し、そのたびに新たな仮説を立ち上げることになる。

 この往復書簡のパートは、本書の約半分のページ数を占め、そこではさまざまな推理が模索される。中には「いくらなんでもそれはないだろう」的なものもあるのだが、可能性の大小にかかわらず、多くの仮説が俎上に上がり、検討されていく。

 二人併せて5回に及ぶ書簡の往復で、いちおうの ”結論” にたどり着く。ここまででも十分に読み応えがあるのだが、まだまだ続きがあるのだ。

 書簡パートが終わってからさらに新たな展開があり、最終的な決着まで事態は二転三転どころか四転五転、最終ページにいたるまでサプライズが連続するという超絶技巧的な作品になっている。

 文庫で300ページほどのなかに、これほど高密度に構築されたミステリは稀だろう。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント