SSブログ

時空犯 [読書・ミステリ]


時空犯 (講談社文庫)

時空犯 (講談社文庫)

  • 作者: 潮谷験
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/01/17

評価:★★★★


 "時間遡行(時間のループ)" を証明しようとする北神博士の実験のために集められた8人の男女。実験は成功し、8人は1日前の世界へと戻った。しかしそこには、前回には存在しなかった博士の死体があった・・・。ループする時間の中で殺戮を続ける "時空犯" の正体は? そして、なぜ "時間遡行" は起こるのか?


 情報工学の天才・北神伊織博士。彼女の立案した実験のために8人の被験者が集められた。目的は "時間遡行(ループ)" の証明。報酬は1000万円。

 主人公は集められた被験者の1人、姫崎智弘(きさき・ともひろ)。私立探偵だ。
 他のメンバーは元官僚、ラブホテル経営者、警察官、男子高校生、盗聴盗撮の検出請負業者、芸能事務所スタッフ、そして女性タレント・蒼井麻緒(あおい・まお)。なかなかバラエティに富んだ人選だ。

 博士によると、時間はそもそも、何度もループ(1日前に戻る)を繰り返しており、人間はループのたびにその日の記憶を失っているという。
 博士はループによっても記憶を失わない体質で、幼少の頃から何度も同じ1日を繰り返す体験をしてきたのだと。

 博士が用意した新薬を服用すると、記憶を失わずにループできる。つまり、博士と同じように同じ1日を繰り返し体験できるはずだ。

 "時間遡行" は、深夜から未明にかけて起こる。新薬を服用した8人は、確かにループを経験した。翌朝、時間が1日前に巻き戻っていたのだ。
 しかし "前回" と異なり、北神博士が何者かに殺害されていた・・・

 さて、本作でのタイム・ループは1回では終わらず、参加者にとっては2回目のループが起こる。今度は北神博士は生きた状態で登場するが、その後は前回のループ時以上の凄絶な殺人が繰り広げられる。本格ミステリというよりは、もはやバイオレンス・アクションみたいなシーンの連続で、いささか驚かされる。

 タイム・ループの発生については、ちゃんと理由が用意されている。なんとなく70年代の日本SFの雰囲気を感じる設定で、小松左京とか山田正紀あたりが書いててもおかしくないと思うネタ。このあたりも読みどころのひとつだろう。

 もう一つの読みどころは、姫崎と麻緒の関係だ。
 麻緒が小学生の頃、家庭のトラブルで悩んでいるところを姫崎が救ってやったという経緯がある。以来、彼に想いを寄せるようになり、中学から高校にかけて姫崎の事務所に入り浸っていた。
 2人の年齢差はおよそ一回りあるのだが、それ以上に、姫崎には麻緒の想いに応えられない "ある理由" があった。

 麻緒が大学生になって距離ができ、姫崎は一息ついていたのだが、この実験で図らずも再会し、彼女の恋情は再燃してしまう。
 2回目のループ以降、物語に占める2人のラブ・ストーリーの割合は上昇し、いわゆるタイム・ループものの "定番" の展開になっていく。

 あるときはSF、あるときはバイオレンス・アクション、そしてまたあるときはラブ・ストーリー、と様々な面をもつ本書だが、ラストはきちんと本格ミステリとして着地する。
 タイム・ループについても規則性や制限がきちんと開示され、姫崎はそれらに加えて作中にちりばめられた手がかりをもとに、地に足のついた現実的な推論を積み重ねて "時空犯" の正体に迫っていく。

 なかなか "具" が多くて、"ごった煮" の様相を呈しているので、読む人を選ぶかも知れないが、私は十分に楽しませてもらいました。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

オルゴーリェンヌ [読書・ミステリ]


オルゴーリェンヌ 〈少年検閲官〉シリーズ (創元推理文庫)

オルゴーリェンヌ 〈少年検閲官〉シリーズ (創元推理文庫)

  • 作者: 北山 猛邦
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/04/28

評価:★★★★


 あらゆる書物が禁止された未来世界。『ミステリ』作家を目指す少年・クリスは、検閲官に追われる少女ユユを助け、彼女が暮らしていた "島" へやってくる。しかしそこで、オルゴール職人が次々に不可能状況の下で殺されていくという事態に遭遇する・・・。『少年検閲官』シリーズ第2作。


 長く続いた世界大戦に疲弊した人類は、暴力や殺人を描く書物の規制に乗り出した。これによりあらゆるミステリは焚書の対象となってしまう。
 探偵小説作家たちは、「ミステリ」を細かい ”要素” に分割、それぞれをデータ化して様々な個体に仕込み、世界中へ分散して隠した。それらは『小道具(ガジェット)』と呼ばれた。
 検閲官たちの任務はそれらを探し出し、廃棄・焼却処分することだった・・・

 主人公・クリスは14歳。『ミステリ』作家を目指す少年だ。そのため、『小道具』を探して世界中を旅している。
 彼は、海沿いのある街へやってくる。恩人の音楽家・キリィ先生に会うためだ。しかし彼が出くわしたのは、検閲官に追われる少女ユユだった。
 彼女と一緒に逃げ回るクリスを救ったのは、前作でクリスと行動を共にした少年検閲官エノだった。

 キリィ先生との再会を果たしたクリスは、ユユが暮らしていた海墟(かいきょ:海水面上昇によって島になってしまった場所のこと)にある屋敷・カリヨン邸へ向かう。
 エノもまた、"氷" の『小道具』がカリヨン邸にあると睨み、2人と行動を共にする。

 カリヨン邸は、主であるクラウリのもと、5人の職人たちがオルゴールを作り続けている場所だった。
 しかし、屋敷へ到着したクリスたちは、職人たちが不可能状況で殺されていく連続殺人事件に遭遇することに・・・


 人類が緩やかに滅びを迎えつつあるという退廃的なムードが漂う作品世界だが、これもミステリ要素とは切り離せない。この世界だからこそ起こった犯罪だからだ。

 書物の検閲の目的のみのために育てられた少年検閲官という存在。そのため非人間的な側面をもつ。エノは「私の心は機械」と語るように感情を持たない存在だったが、クリスと出会い、事件を解決していくうちに少しずつ内面に変化が訪れていく。

 本書では新たな少年検閲官・カルテも登場し、エノやクリスたちとしばしば対立する。検閲という行為自体に疑問を覚えないカルテと、変わり始めたエノとの対比も興味深い。

 そしてミステリを否定する立場の彼らが、本シリーズでは図らずも探偵役を務めることになってしまうことにも、何やら皮肉を感じる。

 ミステリとしての注目点は、不可能を可能にする大がかりな物理トリックが登場すること。まさに「物理の北山」という異名をもつ作者の面目躍如だが、それだけではない。

 本書は文庫で約570ページというその厚さも目を引く。序章だけでも約60ページと長め。そこでは幻想味溢れる物語が語られるが、単なるファンタジーで終わることなく、本編への壮大な伏線となっている。

 終盤に至って真相は二転三転、容易に全貌が明らかにならない。しかし最後の最後には意外な真実へと見事に着地してみせる。



nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:

密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック [読書・ミステリ]


密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック (宝島社文庫)

密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック (宝島社文庫)

  • 作者: 鴨崎暖炉
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2022/12/06

評価:★★★★


 ミステリーマニアの大富豪が住む孤島で、『密室トリックゲーム』が開催される。優勝賞金は10億円。ユニークな参加者が集まってくるが、そこで本物の殺人事件が起こってしまう。いずれも鉄壁の密室の中で、一人また一人と殺されていく・・・


 日本有数の大富豪にしてミステリーマニアの大富ヶ原蒼大依(おおとみがはら・あおい)。彼女が所有する金網島(かなあみじま)で、『密室トリックゲーム』が行われる。
 参加者が順繰りに自らが考案した密室トリックを披露し、他の参加者がそれを解く、というもの。いちばんポイントを稼いだ優勝者には賞金10億円が贈られる。

 元東京地裁判事、探偵系ユーチューバー、探偵系シンガーソングライター、自称1000年を生きる吸血鬼、そして前作にも登場した、密室を崇める宗教団体『暁の塔』幹部・・・

 なかなかキャラが濃いメンバーに加えて、前作での主役3人組も島に招待されてやってくる。高校3年生の葛白香澄(くずしろ・かすみ)、同級生の蜜村漆璃(みつむら・しつり)、そして香澄の幼馴染みで大学3年生の朝比奈夜月(あさひな・よづき)だ。

 そして始まる『密室トリックゲーム』。トリック当てゲームだったはずが、密室の中から参加者の死体が発見され、さらに惨劇は繰り返されていく・・・


 前作もリアリティよりもケレン味重視の作品だったが、本作はさらに虚構性が増している。

 舞台となる金網島は、元々はミステリ黄金時代の1920年代にデビューした大御所ミステリ作家リチャード・ムーアが所有していたもの。金網島は彼が晩年を過ごした地で、ここに彼は "密室の理想郷" を築いたのだ。

 島の周囲は金網でできた高さ30mのフェンスが覆っている。これによって島外からの侵入は不可能になっており、これが島の名の由来でもある。
 金網の中には多くのロッジが並び、奇妙な構造の建物がある。屋内には密室トリックに利用できる思われる様々なアイテムが用意されている。
 屋外にも、いろいろな機械類・車両類が収められた倉庫がある。中には、使用目的が不明なものも多々。

 サブタイトルに "七つのトリック" とあるように、次から次へと密室が現れる。そして前作でもそうだったが、物語の進行につれてそれらもどんどん解かれていく。
 コロンブスの卵みたいな、心理的な盲点を突くものもあれば、豪快で壮大なものまで、そのスケールもさまざま。
 読んでいて思ったが、序盤の密室では、まだ日常生活で存在するものを使ったトリックが出てくるが、物語の後の方になればなるほど、大がかりで突拍子もない、しかも "この島にしかない" であろうものを使ったトリックが展開されていく。

 言い換えれば "この島でしか実現できない" トリックでもあるわけで、金網島はまさに "密室ワンダーランド" と化していく。

 中でも、作中で「第5の密室のトリック」と呼ばれるものは、スケールの大きさでも、その馬鹿馬鹿しさ(褒めてます)でも群を抜く。これを思いつくのもスゴいと思うが、それを堂々と作品にしてしまうのがもっとスゴい。

 そして、最後のトリックは・・・これは読んでのお楽しみかな。しかしまあ、よく最後までこのテンションを保ったものだ。これには素直に感心してしまう。


 さて、よくバトルマンガなんかでは、"強さのインフレーション" が起こる。物語が進むに連れてどんどん敵が強大化し、それに合わせて主人公もパワーアップしていく(せざるを得ない)。しかしいつかは限界が来るわけで、行き着くところまで行って、そこで終了となるのだろうが・・・

 作者のこのシリーズにもそれに近いものを感じる。デビュー作、本作と続けてきて、いわば "密室のインフレーション" が起こっているようにも思う。
 このまま続けていって、さらに荒唐無稽なトリックの世界に行ってしまったら(作者が)たいへんだろう。それとも、次作ではガラッと違う路線でいくのか。
 このまま突き進んでいくのを見たい気もするけど、インフレの果てに "燃え尽きて" しまったマンガ家さんもいたからねぇ・・・
 余計なお世話かも知れないけど、ちょっと心配になりました。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

星空の16進数 [読書・ミステリ]


星空の16進数 (角川文庫)

星空の16進数 (角川文庫)

  • 作者: 逸木 裕
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/12/21

評価:★★★★☆


 幼い頃に誘拐されたことがある菊池藍葉(きくち・あいは)。事件は短時間で解決したが、17歳になった彼女の前に私立探偵が現れる。依頼人が藍葉に100万円を渡したいというのだ。これは誘拐犯人からの謝罪金なのか? 藍葉は、探偵に犯人の行方を調べるように依頼するが・・・


 本書には主人公が2人いる。

 まずは菊池藍葉。
 彼女は6歳の時、誘拐されたことがある。犯人は梨本朱里(なしもと・あかり)。不妊治療で悩んでいた彼女が衝動的に起こしてしまった事件だったが、2時間後に逮捕されて事件は解決した。
 現在は17歳。高校を中退してウェブデザイナーのアルバイトをしている。母親とは折り合いが悪く、現在は一人暮らし。

 その藍葉の前に現れた私立探偵が、もう1人の主人公・森田みどり。
 彼女は藍葉に100万円の現金を渡すためにやってきた。「あるかた」からそう依頼されたのだという(みどり自身も「あるかた」が誰なのかは知らされていない)。

 藍葉は朱里が謝罪のために用意したものだと感じ、100万円は受け取らず、逆にみどりに朱里の行方を調べるように頼み込む。

 藍葉は誘拐されたとき、連れ込まれた部屋である光景を見た。長方形の枠の中に様々な色が描かれたものだった。今でも夢に見るくらい衝撃的な経験で、あの光景の "正体" が知りたかったのだ。

 みどりは藍葉の依頼で朱里の行方を調べ始めるが、当時の夫とは離婚し、消息不明の状態。しかし、乏しい伝手をたどって朱里の過去を明らかにしていくうちに、誘拐事件の裏に隠されていた "秘密" に近づいていく・・・

 物語は、この2人の女性の行動を交互に描いてゆく。


 藍葉とみどりのキャラクターが対照的だ。

 他者とのコミュニケーションが不得手な藍葉。高校中退もそれが原因のひとつ。しかし色彩感覚には天才的なものがある。例えば色を16進数コードで感じることができる。例えば midnightblue を #191970 と言うことができたり。これがタイトルの由来にもなっている。
 作中では彼女の才能に惚れ込んだクライアントから、ご指名で仕事が舞い込むシーンがある。ただ、チームでの作業に不慣れな藍葉は苦労する羽目になるのだが・・・

 みどりのほうは逆に、コミュニケーション能力に長けている。接触した相手から、巧みに必要な情報を引き出していくシーンには唸らされてしまう。
 探偵という職業では、しばしば危険な場面に巻き込まれてしまうことがあるが、彼女はその "緊張感" を心地よく感じる、という困った "性癖" があった。現在は1歳の子をもつ育休中の身でありながら、藍葉の依頼を引き受けてしまったのもそのせいだ。

 この2人は、並外れた技量を持ちながら、行動に安定さを欠くという共通点がある。だから、読んでいるとハラハラさせられる。
 「そっちへいったら危ないぞ」って方へ、2人ともふらふらっと入り込んでしまったりするんだもの(笑)。まあ、それがサスペンスを高める要素にもなってるんだが。


 みどりの探索によって、朱里が引き起こした誘拐事件の意外な真相が明らかになっていくのだけど、本書の読みどころはそこだけではない。

 事件を通じて、藍葉もみどりも変わっていく。成長と云ってもいい。どう変わっていくかは読んでのお楽しみだが、そこまでの経過もすこぶる面白く、ページを繰る手が止まらない。
 そして2人の着地点が示されるラスト。納得すると同時に素晴らしい読後感を味わうだろう。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

空白の起点 有栖川有栖選 必読! Selection 2 [読書・ミステリ]


有栖川有栖選 必読! Selection2 空白の起点 (徳間文庫)

有栖川有栖選 必読! Selection2 空白の起点 (徳間文庫)

  • 作者: 笹沢左保
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2021/12/08
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 19歳のBG・小梶鮎子(こかじ・あゆこ)は、乗っていた急行列車の窓から、父親・美智雄が崖から転落死する光景を目撃する。保険調査員・新田純一は、保険金目当ての殺人とみるが、関係者は皆、強固なアリバイをもっていた・・・


 有栖川有栖・選による、笹沢左保・復刊シリーズの2巻目。

 ちなみに BG とは Business Girl のことで、今で云うところの OL のこと。当時はそう呼ばれてたんだね。

 大阪発東京行きの急行「なにわ」に乗っていたBG・小梶鮎子は、真鶴を過ぎたあたりで、列車の窓から衝撃的な光景を目撃する。男が崖から転落した瞬間だ。
 後に、男は鮎子の父親で広告会社・全通の会計課長をしていた美智雄と判明し、警察は殺人事件として捜査を開始する。

 鮎子と同じ列車に乗り合わせていたのが、保険調査員・新田純一。調べたところ、美智雄はここ1ヶ月の間に3つの生命保険に入っており、保険金の総額はなんと600万円だった。

 本書は昭和30年代半ばが舞台で、作中に「新入社員の初任給が2万円」という記述がある。およそ現在の1/10と考えると、作中の600万円は現在の6000万円ほどになるのだろう。

 美智雄は先妻との間に長男・裕一郎、長女・美子をもうけ、鮎子は後妻との子だった。妻たちは既に亡くなっており、裕一郎は家を出奔して東京で暮らし、美子も結婚を機に家を出ている。美智雄は鮎子と2人暮らしで、保険金の受取人には鮎子だけが指定されていた。

 しかし裕一郎とその愛人も、美子とその夫も、犯行時刻には確固としたアリバイが存在し、捜査は難航する。

 やがて美智雄の友人で、彼から借金をしていた国分久平という男が容疑者として浮上する。しかし国分もまた真鶴岬の崖の上から海へ身を投げて死亡してしまう。
 飛び込む瞬間を目撃した者もいて、警察は自殺と判断、捜査は終結に向かうかと思われるが・・・


 国分の死が自殺と思えない新田の視線は鮎子に向かう。しかし、急行列車通過のタイミングで父親が転落し、それを目撃した鮎子は列車内にいた。この鉄壁の事実が新田の前に立ちはだかる。

 新田の地道な調査が、この ”偶然の連鎖” を突き崩していくのがミステリとしての注目点なのだが、本書にはもう一つ読みどころがある。それは新田と鮎子の関係だ。

 新田は、過去の出来事をきっかけに他人に対して容易に心を開かなくなり、ニヒルな雰囲気を漂わせた人物として描かれる。作者の人気シリーズの主人公・木枯らし紋次郎にもちょっと似ている。
 鮎子もまた、二十歳前という若さでありながらも、職場の同僚や上司から "憂愁夫人" とあだ名されるほど神秘的な ”翳” (かげ)をまとった女性として描かれる。

 鮎子の中に自分と通じるものを感じた新田は、仕事を超えた熱意をこの事件の解明に注ぎ込むようになる。そして彼の推理は、鮎子の抱えた ”翳” の秘密を明らかにしていく。
 2人の距離は、物語が進むにつれて少しずつ近づいていくのだが・・・


 本書のメイントリックは、いわゆる "○○○○○○○の○○" なのだが、それ以外のところでも犯人は様々な詐術を用いている。
 改めて冒頭の一節を読んでみたら、笑い飛ばされそうな話題の中に重要な伏線が潜んでいて、細かいところまで計算された作品であることが分かる。ダークなロマンスをまとっているが、ミステリ部分は骨太だ。



nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:

松本零士氏、ご逝去 [日々の生活と雑感]


 2023年2月13日、SFマンガの巨匠・松本零士氏が急性心不全でお亡くなりになりました。

 その事実がマスコミで報道されたのは2月20日のことで、もう一週間以上も前のことになります。
 それなのに、なんでこんな時期外れにこの記事を書いているかというと、実はここ2週間ほど、よんどころない事情でSNSが使えない環境におりまして・・・TVは普通に見られたし、スマホは使えたので、このニュースはほぼリアルアイムで知ることができましたが。

 大昔にはスマホから投稿したこともあったのですが、もう何年もやってなかったもので、すっかり方法を忘れてしまってました。
 つい先日、その環境から脱してきて、やっとPCに向かっているというわけです。

 これから、私と松本零士という漫画家との関わりを振り返ってみようと思います。その場合の ”座標軸” は、何といっても『宇宙戦艦ヤマト』。私の人生に一番大きな影響を与えたと云っても過言ではないアニメーション作品です。


■出会い

 私が小学校の頃、「忍者ブーム」というものがありました。マンガに限っても横山光輝の『伊賀の影丸』『仮面の忍者 赤影』、白土三平の『カムイ外伝』『サスケ』・・・
 私の家にも上記の単行本がありました。その中に混じって『忍法十番勝負』という単行本もありました。
 これは10人の漫画家が(基本となるストーリーは連続している)リレー形式で1人一話ずつ競作していくというアンソロジーでした。
 参加漫画家は堀江卓・藤子不二雄A・古城武司・桑田次郎・一峰大二・白土三平・小沢さとる・石ノ森章太郎・横山光輝というそうそうたるメンバー。その中に混じって第3話を担当していたのが松本零士氏(当時のペンネームは松本あきら)でした。

 さらに、上にも名がある小沢さとる氏の ”潜水艦マンガ” も大人気で、『サブマリン707』『青の6号』も大好きでした。そして松本氏にも『スーパー99』という潜水艦マンガもありました。小沢さとる氏の作品よりもSF寄りの作風で、後の『ヤマト』の片鱗を感じるものでした。この3作も、家に単行本がありました。

 おそらくこのあたりが、私と松本氏との初接触だったのだろうと思います。


■『宇宙戦艦ヤマト』

 そして私が高校1年だった1974年、『宇宙戦艦ヤマト』が放送開始。
 このアニメが私にどんな影響を与えたか、その後の人生に大きく関わったかはこのブログで散々書きましたのでそちらを参照してください。
 『ヤマト』と出会ってその後の人生が変わった、という人も多いと聞きます。私は高校卒業後の進路に理系学部を選んだのですが、その理由の中には真田さん(『ヤマト』に登場する技師長)の格好良さにシビれた、というものもありました。
 私の中に「松本零士」という名が深く刻まれたのもこの頃でした。

 『ヤマト』のリメイク・シリーズが始まった2012年の春頃に、一念発起して大量の記事を書きまくったのも、今では記憶の彼方です・・・
 ああ、何もかもみな懐かしい。


■松本ブーム

 『ヤマト』が社会現象的なヒットとなって以後、”松本ブーム” とも言えるものが起こりました。連載作品が一気に増え、単行本の出版も相次ぎ、代表作はアニメ化されるという。特に『銀河鉄道999』は、氏の代表作とも言われるくらい人口に膾炙したものです。
 私も ”松本フォロワー” の1人となって、氏の作品が本になるたびに買ったものです。実家にいけば、押し入れの中に当時買い集めた単行本が山になってるはず。

 しかしブームの熱狂というのは、いつかは去ってしまうもので、”松本ブーム” も例外ではなく、1982年頃には下火となっていきます。
 私自身も職に就いたりと公私ともに忙しくなり、いつの間にか「漫画家・松本零士」とは疎遠になっていきました。


■その後の松本氏

 1999年、松本氏は『宇宙戦艦ヤマト』などの著作物の著作者が自分(松本零士)であることの確認を求めて、『ヤマト』プロデューサー・西崎義展氏を提訴しましたが、2003年には法廷外で和解し、西崎氏が著作者・著作者人格権者であるとされました。
 現代ならば、作品の権利関係についてはきっちり契約書で明らかにしてから製作に入るのでしょうけど、『ヤマト』が企画・製作されていた1970年代前半ではそういう意識が希薄だったのではないかと思います。西崎氏もかなりワンマンだったみたいですし(笑)。
 それ以後も、2006年には歌手の槇原敬之氏を相手取って、彼の楽曲の歌詞を巡って争ったりと、マンガ以外の面で目立つことが多かったように思います。

 一方で、本業の漫画では、自作の異なる作品に登場した人気キャラクターを同一の作品世界にまとめる、という壮大な作業に取りかかっていたようですが、それが完成する前のご逝去となりました。


■松本零士とはどんな漫画家だったのか

◎イメージ・メイカーとして
 松本零士といえば精密なメカ描写が挙げられます。現実に存在するものは、「戦場まんがシリーズ」のように現物に忠実に、架空のものは『ヤマト』をはじめとするSFメカ群のように、ひたすらカッコよく印象的なビジュアルで、どちらにしても見る者の想像力を刺激するデザインを見せてくれます。
 SF的な、あるいはファンタジックなイメージを描かせたら、類い希な才能を示す人だったと思います。

◎ストーリー・テラーとして
 松本氏のストーリー・テラーとしての私の評価は「短編の名手」というもの。これを否定する人は少ないと思います。
 単発の作品群である『戦場まんがシリーズ』、連作短編形式の『男おいどん』『銀河鉄道999』など、連載一回分で読み切りになる形式の短編作品は傑作が揃っています。

 作者は亡くなっても作品は残ります。今度実家に行ったら、久々に押し入れの中を漁って当時買い集めた単行本を手に取り、当時を振り返ろうと思ってます。


■再び『宇宙戦艦ヤマト』

 さて、いろいろ書いてきましたが、私にとっていちばん大きな存在は、やっぱり『宇宙戦艦ヤマト』ということになると思います。
 原作者としては認められませんでしたが、松本氏抜きでこの作品が世に出ることはなかったと思いますし、人気を博することもなかった。それを否定する人はいないでしょう。

 『ヤマト』(オリジナル第1作)がTV放映されてから49年。来年2024年には満50年。実に半世紀を超えます。
 そして、11年前の2012年からはまさかのリメイク・シリーズの公開が始まりました。なにぶん長い歴史を持つ作品故に、様々な毀誉褒貶はありますが、私はとても嬉しく思いますし、基本的には楽しませてもらっています。

 リメイク・シリーズには松本氏の名は一切クレジットされていませんが、オリジナルを知る人ならば彼の功績を忘れることはありません。スクリーンの中で展開される新たな「ヤマト」の物語の奥に、しっかり松本氏の存在を感じ取っているはず。
 半世紀が経とうとも、未だに新作(リメイク)が作られているヤマト。これほどの影響を残したクリエイターは希有でしょう。


■最期に

 私の人生の傍らには、常に『ヤマト』がありました。時には近くに、時には見失いそうなくらい遙か遠くに。でも、いままでともに旅をしてこれたことを幸せに思っています。そして、そういう作品を残してくれた松本氏に、万感の思いを込めて感謝の意を表したいと思います。

 ありがとうございました。

 松本氏の宇宙では、ヤマトと999が仲良く併走していることでしょう。
 彼の魂がヤマトの第一艦橋にあるのか、999の客室にあるのかはわかりませんが、楽しい旅を続けていかれることを祈ります。

 合掌。


nice!(3)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感