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名もなき星の哀歌 [読書・ミステリ]


名もなき星の哀歌(新潮文庫)

名もなき星の哀歌(新潮文庫)

  • 作者: 結城真一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/09/29

評価:★★★★


 人の脳から記憶を "抽出" し、小瓶に入れて売買する「店」で働く良平と健太。ある日2人は路上ライブをしている歌姫・星名(ほしな)と出会う。
 彼女の歌に魅せられた2人は、星名のことを調べ始めるが、やがて意外な事実にぶち当たる・・・。2018年新潮ミステリー大賞受賞作。


 新卒銀行員の岸良平、漫画家志望の田中健太は、"裏の仕事" を持っている。人の記憶を売買する「店」で働いているのだ。

 記憶を売る・・・「店」では、客の持つ記憶を買い取ってくれる。値段はそれぞれ。需要が多そうな記憶は高く売れ、興味を引かなそうなものは安く買い叩かれる。
 そしてもちろん、記憶を "売って" しまえば、売った本人の脳からその記憶は失われてしまう。

 記憶を買う・・・「店」は、買い取った記憶を他者へ売っている。記憶は香水のような瓶に液体の形で収められていて、その液体を顔に向かって吹きかけると、しばしの間、その記憶を脳内に "再生" できる、というわけだ。もちろん、その液体がなくなってしまえばお終いである。


 ある日2人は、路上ライブをしている歌姫・星名と出会う。彼女の歌う歌はみな、一つの世界観のもとにあり、その内容は特定の誰かへのメッセージともとれるもの。ファンの間では、星名はその誰かを探しているのではないか、と思われていた。

 すっかり星名の歌に魅せられてしまった2人は、彼女のことを調べ始める。星名は日本中を飛び回って路上ライブ活動を行っているが、移動距離を考えると毎月かなりの交通費が必要。しかし、ライブと移動時間を合わせると自由時間はほとんどなく、とてもそれだけの金額を稼ぎ出すことは不可能に思えた。

 彼女には、資金援助をしているパトロンがいるのではないか? 彼女の過去を探っていった良平と健太は、なんとか彼女の出身地と思われる場所を探り出した。そこでは、かつて病院を経営していた一家が1人を残して全員焼死するという事件が起こっていた。
 生き残ったのは、放蕩者で勘当されていた息子だけ。全財産を相続したその男が星名のパトロンなのではないか・・・

 しかしそんな二人のもとに脅迫状が舞い込む。「これ以上星名に関わるな」という内容の・・・


 人を、その人たらしめているのは、その人が持つ記憶に他ならない。もしその人がすべての記憶を失ってしまったら、その人は "その人" であり続けることはできない。
 本書の根幹のテーマは "記憶" であるのだが、作中には、人の記憶の操作を可能とする「店」が登場する、いわば "特殊設定ミステリ" である。

 この設定に基づき、作中に登場する人物の中には記憶を操作されている者がいる。しかし当然ながら本人には "記憶を操作された" という記憶はない(!)。
 いささかややこしいのだけど、記憶をどの程度まで操作(あるいは改竄)できるのかは、作中できっちり明らかにされているので、そこのところを踏まえて読んでいく必要がある。

 個人的な感覚だが、"記憶の操作" を可能にする、というのはいささか反則技に近い手法だと思う。
 良い方に捉えれば、ミステリとしての幅というかトリックの可能性を広げる、ともとれるけれど、悪くいえば、乱用すると "なんでもあり" で無法状態なストーリーになってしまいそうな危惧を覚える。
 本書についていえば、まあギリギリのラインで留まってるかな、とは思うが「いくらなんでもこれはないだろう」って感じる人もいるんじゃないかな。
 ミステリだと思うからいろいろ悩むので、SFとして割り切った方がすっきり読めたのかなぁとも思ったり。

 終盤になると物語は星名の "探し人" の正体、そしてその人物の所在の謎に収斂していくが、同時に星名を巡るラブ・ストーリー要素の比重も大きくなってくる。
 そしてラストシーン。この結末がハッピーなのかアンハッピーなのか。私はちょっと判断に苦しんだことを書いておこう。

 どうも私のアタマの堅さが邪魔をしてるみたいで、もっと柔軟に考えられる人はまた違った感想を持つのかもしれない。



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