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半席 [読書・ミステリ]

半席 (新潮文庫)

半席 (新潮文庫)

  • 作者: 文平, 青山
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/09/28
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆

江戸に幕府が開かれて200年。戦国の世は遥か昔となり、
武士も文官として生きることが求められる時代。

将軍家直参の家来には上位の「旗本」と下位の「御家人」という
身分差があり、御家人は代替わりがあると身分はリセットされて
新当主は無役から始めなければならないが
いったん旗本になってしまえば、その身分は世襲が許される。

しかし御家人から旗本へ昇格するには、高いハードルがあった。
それは二つ以上の役職を拝命すること。
タイトルの「半席」とは、まだ一つしか役職を経験していない者を
指す言葉で、主人公・片岡直人の現在の身分がそれだ。

直人は御家人で、辛く苦しい下積みを経て無役の小普請世話役から
徒目付(武家の調査・監察を司る)へと取り立てられたが、
旗本になるためにはさらにもう一つ上の役職に就かなければならない。

”片岡家の将来” のために仕事に励む直人だが、そんな彼のもとへ
上司である組頭・内藤雅之がしばしば ”御用” を振ってくる。
それは、武家の間で起こった奇妙な事件の調査だった。

「半席」
筏の上で釣りをしていた老侍・矢野作左衛門が、
なぜか突然走り出して川へ飛び込み、水死してしまう。
直人は作左衛門の嫡子・信二郎に会いに行くが・・・

「真桑瓜」
87歳の旗本・山脇藤九郎が参加した酒宴。
和気あいあいと進行していたが、最後に供された真桑瓜を見た藤九郎は
いきなり脇差しを抜いて、宴の主催者・岩屋庄右衛門に斬りつける。
二人は長年にわたる親友同士であったのだが・・・

「六代目中村庄蔵」
”一季奉公” とは、人件費節減のために一年契約で雇われる家来のこと。
旗本・高山元信に仕えていた茂平もまた一季奉公だったが、
働きぶりを評価され、20年以上も契約を更新されて仕えてきた。
しかしその茂平が、主を殺害するという事件を起こしてしまう。
二人は長年にわたる信頼関係で結ばれていたはずなのだが・・・

「蓼を食う」
古坂信右衛門が刃傷沙汰を起こした。相手は池沢征次郞。
お互い近所に居を構える旗本同士だ。
征次郞が下水に巣を作った亀を眺めているところに
突如、信右衛門が斬りかかったのだという・・・

「見抜く者」
直人の上司・芳賀源一郎は剣術の達人としても高名だった。
その源一郎が襲われるという事件が起きた。
相手は村田作之助、手練れとして知られていたが74歳という高齢。
しかも襲撃のさなかに心臓発作で倒れてしまう・・・

事件を引き起こした ”張本人” はみな、その理由を黙して語らない。
だから本作はミステリとしてみると ”ホワイダニット” ものになる。

事件の裏に潜むものは人間の、というよりは
武士というものの ”業” だろう。
それを直人は解き明かしていく。

どんなに剣の腕を磨いても、人生の中で
それが必要とされる場面はついに訪れることはなく、
出世のためには身を粉にして励まねばならず、
励んだからといって報われるとは限らない(これは現代も同じか)。
武士ゆえに格式にも縛られ、体面を保つためにも金がかかる。
しかしこの時代のほとんどの武士は薄給にあえいでいる。
”武士” として生きていくことは、かくも辛く苦しいものなのか。
そんな者たちの思いが時として吹き出し、”事件” を引き起こす。

探偵役となる直人は、内藤から事件の概略を聞いて仮説を立てていく。
サブレギュラーとなる胡散臭い浪人・沢田源内(たぶん仮名)との
会話からは、重要なヒントをつかむこともある。
当事者に当たる前に入手した情報から真相に迫っていくあたりは
安楽椅子探偵に近いものもある。
そうして組み上げた仮説を ”張本人” にぶつけ、
秘められていた真実を引き出していく。

内藤が持ち込んでくる案件は、直人にとって本来の仕事ではない。
出世のためにお勤めに励みたい身からすれば迷惑千万なのだが
事件の関係者と関わっていくうちに、心境が変化していく。
なにより、事件の解明をすること自体に ”やりがい” を感じ始めていく。
しかしそちらの道に深入りすることは、出世から遠ざかること。

「やりがい」をとるか「出世」をとるか。
「やりたいこと」をとるか「やらねばならないこと」をとるか。

最終話「役替え」で、直人はある決断を下すことになるのだが
そこまでつき合ってきた読者から見れば、納得の結末だろう。

あと、本書の特徴としては、”事件” を引き起こすのが
みな老人だということがある。

作中、内藤がこんなことを語る。
「歳を取ったら人は丸くなる、なんてことはない」
「結果がどうなるか見えるようになるから、堪忍することをしなくなる」
「歳を食うほどに、堪忍の歯止めが消えていく」
「若い頃には堪忍できたことでも、簡単に弾けるようになってしまう」

・・・うーん、私も「歳を食った人」だからねぇ。
”簡単に弾ける” ような性格には(まだ)なってないとは思っているが
内藤のいうことも分かるような気がする。

せいぜい、自戒して生きていきましょう(笑)。


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