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私という名の変奏曲 [読書・ミステリ]


私という名の変奏曲 (河出文庫 れ 1-1)

私という名の変奏曲 (河出文庫 れ 1-1)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2021/08/06
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 世界的に活躍する人気モデル・美織(みおり)レイ子の死体が自宅マンションで発見される。死因は青酸カリによる服毒死。

 容疑者として浮上したのは45歳の医師・笹原。
 大病院の内科部長で、妻子がありながらレイ子と恋愛関係になり、婚約までする。しかし、妻との離婚が成立したその日に、レイ子の側から一方的に婚約が破棄されてしまった。この事件は週刊誌の餌食になり、病院での地位も危うくなっているという。

 笹原は警察に逮捕される直前、腹心の部下である医師・浜野を呼び出し、1枚のメモを渡す。そこには6人の名前が書いてあった。
「レイ子が生前、自分を殺したいほど憎んでいる人間が7人いると言っていた。
 そのうち6人の名を教えてくれた。この6人を調べてほしい」

 そこに挙がっていたのは企業経営者、カメラマン、デザイナー、ファッションモデル、レコード会社のディレクターなど華やかな職業の者ばかり。

 浜野が調査を始めた直後、実業家の沢森が犯行を告白した遺書を残して自殺する。沢森はレイ子を起用したCMを制作した会社の若社長で、メモにあった6人のうちの1人だった・・・


 さて、ここからが連城マジックの炸裂だ。この後、物語はメモにある残りのメンバー(+あと1人)について語っていくのだが、なんと、彼ら彼女らがみな、”自分がレイ子を殺した” と思い込んでいるのである。

 彼女のマンションで、彼女と差し向かいに座り、青酸カリを入れたブランデーのグラスを彼女に渡し、それを飲むところを見た。そして、彼女が息を引き取って死体となったところまでを確認してからマンションを立ち去った。
 みながみな、そういう全く同じ記憶を有していたのだ。

 容疑者が2人いて、どちらも自分が殺したと思い込む、なぁんてのはたまに見るシチュエーションだが、本作はなんとそれが7人も登場する。

 まさに魔術的な謎の設定で、いったいどんなカラクリがあればこんなことが可能になるのだろうか。とてつもなく難しそうで、私は途中でほとんど思考を放棄してしまったよ。

 もちろんSFではないので、ラストにはきちんと合理的な解決が示されるんだけど、まさに ”超絶技巧” という言葉そのまんまだ。
 伏線はきちんと冒頭から随所に敷かれてはあったのだけど、あまりにも緻密すぎて、実現可能性はどうかとも思う。しかし連城作品についてそれをとやかく言うのは野暮というものかも知れない。
 このカラクリを ”絵に描いた餅” とみるか ”精緻な絵画” と捉えるかで本書の評価は決まるだろう。私はもちろん後者だ。

 ミステリとしてもスゴいが、ヒロインであるレイ子さんのキャラクターは胸に残る。
 本書の冒頭で描かれる、マンションの一室で ”犯人” と差し向かいで酒を飲むシーンが圧巻。毒入りのグラスをおいたテーブルを挟んで ”犯人” と会話を交わすところでは、強烈なサスペンスが漂ってくる。

 平凡な娘だったレイ子が、運命の悪戯からスポットライトを浴びる場所に躍り出て、日本はもとより世界でも人気を博す。
 しかし彼女の心はいつまでも孤独で、愛に餓えている。男たちの間を渡り歩いていくのも、満たされぬ思いを抱えるがゆえ。
 連城ミステリのもう一つの柱である ”情念” の描写もまた濃厚だ。



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