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ぼくたちは神様の名前を知らない [読書・冒険/サスペンス]


ぼくたちは神様の名前を知らない (PHP文芸文庫)

ぼくたちは神様の名前を知らない (PHP文芸文庫)

  • 作者: 五十嵐 貴久
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2018/11/08
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆

 主人公かつ語り手を務めるのは中学3年生の小池星多(セータ)。
 彼のもとに小学校時代の同級生・葉月が自殺したという知らせが入るところから物語は始まる。海に身を投げ、溺死したのだという。

 3年半前、小学5年生だったセータが暮らす町を東日本大震災が襲い、津波によって壊滅的な被害を受けた。多くの人が亡くなり、セータも母と祖母を喪った。さらには放射能汚染によって住むこともできなくなり、生き残った人々は町を離れた。

 セータは父とともに転居し、東京の学校に通うことに。葉月は北海道の親類に引き取られ、他の友人たちも日本各地に散らばってしまった。

 葉月の知らせを聞いた友人たちは、生前彼女が暮らしていた北海道の稚内へ集まってきた。
 しっかり者の優等生で世話好きな真帆、巨漢だが運動神経はゼロでいじられキャラだったヤッシー、スポーツ万能でリーダーシップもあるタクト、3年半ですっかり垢抜けて大人びた結菜。みな5年生の時に同じクラスで同じグループだった子どもたちだ。

 当時の担任だった菅原久子先生も加わり、セータを含めた総勢6人は葉月が命を絶った海を見に行くことに。そこは稚内の市街地から150kmの距離があり、広大な原生林を超えた先にある岬だった。
 しかしその帰路、老朽化した木造の橋が崩落、6人を載せたワゴン車は川の中に転落してしまう。

 辛くも脱出には成功するが、菅原先生は意識不明の状態に。5人の子どもたちは、助けを求めて原生林の中へ分け入っていくことに・・・


 本書は文庫で約350ページあるが、その8割近くが、原生林の中を歩き続ける5人の描写に費やされる。

 語らいながら歩いていくうちに、5人の内面が徐々に明らかになっていく。
 震災で転居・転校した先の生活で感じる疎外感、悩み、そしていじめ。
 さらには、死んだ葉月の名も挙がり、彼女も含めた6人の小学校時代の人間関係にも話は及んでいく。表向きは仲良くしていても、水面下では大きな葛藤を抱えていたこと。勉強やスポーツ、性格などで劣等感に苛まれたこと。5年生ならば恋愛感情の芽生えもあったし、グループの仲間に嫉妬も覚えていたこと・・・。やがて激しい感情を言葉に乗せてぶつけ合うようになる5人。

 語り手であるセータ自身は、比較的平穏に震災後の日々を過ごしてきたのだが、だからといって問題がないわけではない。目の前で母親が津波に呑まれるという衝撃的な場面に遭遇し、それがトラウマとなっていて、彼の言動に影を落としている。

 野犬の襲撃に遭ったり、底なし沼に沈みかけたりと冒険小説的な展開もあるけれど、メインとなるのはこの5人の会話劇だ。
 5人の中学生が原生林の中を歩きながら話をする。言ってみればそれだけなのだが、緊張感を途切れさせることなく300ページ近いシーンを読ませるのはたいしたものだ。

 冒頭で描写された ”仲良しグループ” のイメージは、原生林の中で木っ端みじんに粉砕されてしまうのだけど、そんな5人の2年後を描いたエピローグに救われる。若者は、やはり可能性に満ちている。その気になれば何度でもやり直すことができることがここで示される。

 震災に遭った人の中には、未だ立ち直れていない方もいるだろうけれども、一人でも多く、これからの人生に希望を見出してもらいたいものだと切に願う。



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