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処刑までの十章 [読書・ミステリ]


処刑までの十章 (光文社文庫)

処刑までの十章 (光文社文庫)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/10/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

連城三紀彦という作家は “超絶技巧な短編” に定評があって
今まで読んだ長編に対しては正直なところ、
そんなに “スゴい” という印象がなかったのだけど
(もちろん、水準作以上のレベルは備えているけれども)
本書は文句なくスゴい作品だと思う。

作者は2013年10月に逝去されたのだが
本書の親本(単行本)はその1年後の2014年10月の刊行。

作者には未刊行の長編がまだ何作かあるらしいのだけど
本作は “遺作長編” という位置づけらしいので
時系列的には最後に書かれた長編なのだろう。


まず章のタイトルからして奇抜だ。
「第一章 午前五時五十九分」、
そして「第二章 午前五時六十分」、
続いて「第三章 午前五時六十一分」・・・このまま続いて
最終章が「第十章 午前五時六十八分」となる。

この不可解な時刻表記だが、作中にたびたび登場してくる。
その意味するところもまた本書の謎の一つだ。


国分寺市に住む平凡なサラリーマン・西村靖彦。
妻の純子とは結婚して11年を数える。
しかしある朝、靖彦は出勤のため家を出てそのまま失踪してしまう。

目撃者の情報から、靖彦は国分寺駅で多摩湖線に乗ったことがわかった。
そのまま湖畔の旅館に向かい、そこで女と密会したらしい。

靖彦は蝶の蒐集を趣味としており、それを通じて
四国の土佐清水市在住の女性と知り合っていた。
密会相手はその女性と思われた。

一方、靖彦が失踪した日の早朝、
その土佐清水市では放火事件が起こっていた。
しかも前日には消防署宛に犯行予告ともとれる葉書が届いていた。
「明日午前五時七十一分、この町で燃え上がる火に気をつけてください」

火災現場からは男の焼死体が発見され、
発火直後に現場を立ち去った若い女性がいたことも判明する。


靖彦の弟・直行は、都内の楽器店勤務の傍ら
音楽教室でヴァイオリンを教えている。
彼は密かに義姉の純子への愛情を募らせていた。

直行は純子とともに靖彦の行方を追い始めることになるが
本書は主に直行の視点から語られる。

二度の流産を経て、靖彦との間の子に恵まれなかった純子。
そのせいもあってか、趣味に没頭するようになった夫。
10年を超える結婚生活にも微妙な陰りを見せ始めた夫婦仲。

純子を愛しながらも、その一方で実は彼女こそ
“裏ですべての糸を引いている” のではないかとの疑いを拭えない直行。
そんな二人の “危うい関係” をも描きながら物語は進行する。

やがて靖彦が会社の金を横領していたらしいこと、
直行が調査に訪れた高知では、
放火事件に関わる意外な事実が明らかになったり、
後半になるとバラバラにされた男の死体が四国各地で発見されるなど
次々に新しい展開が繰り出されていく。

一人の男の失踪と放火という、一見シンプルな事件なのに
この二つが組み合わさり、そこに複数の男女の愛憎が絡んでくると
とたんに複雑怪奇な物語へと変貌していく。


ミステリ的には “多重解決もの” と捉えることもできるだろう。
なにしろ長大な物語なので、途中で様々な “推理” が示される。
しかし上述のように新しい展開があったり新事実の判明によって
その都度、それがご破算となって再び新しい解釈が求められる。

そしてミステリ的な興味と同じくらい、
あるいはそれ以上にページをめくらせる原動力となるのは
作者の十八番ともいえる登場人物たちの恋愛情念描写。
特に純子と直行の、時に惹かれ合い時に反撥し合う “禁断の愛” の姿だ。


長さの割に登場人物は多くないが
序盤で脇役やモブキャラ的に登場した人物が
中盤以降、重要キャラとして再登場したりするので油断できない。
同様に、些細なこととして描かれていたものに
深い意味があったりするのでこれも見逃せない。
まあ、そのへんはミステリとしては当たり前かもしれないが
そういう意味では全編これ伏線。無駄がない作品とはいえるだろう。

そして二転三転する物語のラストで示される、真相の意外さは特筆もの。
ミステリを読み慣れた人でもこれは驚くだろう。
まさに “連城マジック” が炸裂する。

文庫で600ページ近い大作だけど、読み通すのに全く苦はなかったよ。
あの “連城マジック” を長編で堪能できた、至福の時間でした。

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