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ふわふわの泉 [読書・SF]


ふわふわの泉 (ハヤカワ文庫JA)

ふわふわの泉 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 野尻 抱介
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/07/24
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

遙か昔に読んだパズル本『頭の体操』シリーズ。
当時、千葉大学教育学部助教授だった多湖輝先生が書いたものだけど
一時期、ハマってた時期があった。

その中にあった問題の1つにこんなのがあった。
なにぶん記憶が怪しいので細かい文言に間違いがあるかも知れないが
内容はあっていると思う。

問題:
風船にヘリウムガスを詰めたら、空気中をふわふわと上に昇っていった。
さて、この風船の中のヘリウムガスを全部抜いて真空にした。
中身が真空になっても、この風船は潰れないと仮定する。すると、
この "真空を詰めた" 風船を空気中で放したら、この風船はどうなるか?

分かる人には簡単な問題なのだろうけど、
当時の私は見事に引っかかってしまい、
てっきり「地面に向かって落ちる」って考えてしまった。

しかし答えはヘリウムガスの時と同じく「上に昇っていく」だった。
もっと言えば、へリウムガスの時よりも勢いよく昇っていくのだ。

ヘリウムガス入りの風船が上に昇るのは、
ヘリウムガスが空気よりも軽いからだ。

 ヘリウムガスにも重さがあるが、
 同じ体積の空気の重さよりも軽いのである。
 だいたいヘリウムは空気の1/7くらいの重さである。

そして、"真空" は何もない状態なので、重さはゼロだ。
すなわち、"真空" はヘリウムガスよりも軽いので
ヘリウムの時よりもさらに勢いよく空気中を昇っていくのである。

さらに言えば、"真空" よりも軽い状態は存在しない。当たり前だけど。


いささか前置きが長くなってしまったが、
本書を読み始めてすぐに、頭の中にこの問題の記憶が甦ってきた。

女子高生・浅倉泉は、浜松西高校化学部の部長をしていた。
文化祭を間近に控え、
化学部の後輩にしてただ一人の部員・保科昶(あきら)とともに
部の展示の一環としてフラーレンの合成を始めた。

フラーレンとは、炭素原子が
サッカーボールのように球状に結合した分子のことだ。

しかし折しも天候が急変し、彼女らが実験中の校舎を雷が直撃した。
衝撃から目覚めた二人の前にあったのは、"ふわふわ" の謎の物質。
その正体は「立方晶窒化炭素」。
原子数個分の超薄膜の状態でも
大気の圧力に耐える強度を持つ、驚異の新素材だった。

つまり、冒頭に掲げた「中身を真空にしてもつぶれない風船」を
この新素材なら作ることができるのだ。

ダイヤモンドよりも硬く、空気よりも軽いこの新素材を
超安価に製造する方法を確立した二人は、高校生のまま
会社を設立し、ビジネスの世界に打って出るのだが・・・


ストーリーは至ってシンプル。
彼女らの画期的な新発明が、
社会を、世界を、そして人間の思考をも変えていく。

しかし、"努力しないで生きていくこと" を人生の目標にしてきた泉は、
相棒の昶とともに、あくまでマイペースを貫いて、
二人が変えてきた(変えつつある)世界を生きていく。

昶くんは泉のよき相棒として行動する。
泉のアイデアを現実的なものに落とし込んで実現する。
二人は理想的な補完関係を築いていくのだが
それはあくまでビジネスパートナーに留まり、
人生のパートナーにはならないところも面白い。

もっとも、本書のラストで二人はまだ二十代なので、
このあとは分からないが(笑)。

ちょっと前に紹介した「南極点のピアピア動画」でもそうだったが
本書の終盤でも、 "ふわふわ" が
人類が宇宙へ進出するためのテクノロジーとして発展していく。

読んでいて感じたのは、ある種の懐かしさ。
SFの黎明期にあった、楽観的な未来像みたいなものが感じられる。

現実の世界を見ているとかなり悲観的になってしまうけど
せめてフィクションの中だけでも明るい未来が見たいじゃないか。

泉ちゃんは賢くてカワイイし、昶くんは健気で誠実だし、
そのほかに出てくるキャラたちもユニークで悪人はほぼゼロである。
SF好きな人なら、楽しい読書の時間を味わえるだろう。


ちなみに本書は2001年に発行されたものが
版元を変えて再刊されたものである。

「星雲賞」は、毎年行われる日本SF大会参加登録者の
投票(ファン投票)により選ばれた、
前年度に発表された優秀なSF作品に贈られる賞のことだが、
本書はその「星雲賞」の
第33回(対象は2001年発表の作品)日本部門を受賞している。
うん、納得の出来である。

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