潮首岬に郭公の鳴く [読書・ミステリ]
評価:★★★★
函館でも有数の資産家・岩倉松雄(いわくら・まつお)。その孫娘のひとり、咲良(さくら)が死体で発見された。その傍には血のついた鷹のブロンズ像が。
事件の前、岩倉家には芭蕉の俳句を記した手紙が届いており、咲良の犯行はその俳句に見立てたものと思われた。やがて事件は連続殺人へと発展していく。
少年探偵ジャン・ピエール・プラットが事件の謎を解く、シリーズ第一作。
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函館で有名な企業である岩倉商事。その会長・岩倉松雄の3人の孫娘は、美人三姉妹として知られていた。その三女で16歳の咲良が行方不明になり、やがて潮首岬(函館の東方にあって津軽海峡に面している)で死体となって発見された。その傍には血のついた鷹のブロンズ像が。それは岩倉家の屋敷に飾られていたものだった。
事件の前には、松雄の元へ「芭蕉の名を汚す者ども、皆滅びよ」と記された手紙が届き、そこには芭蕉の句を四つ記した短冊が同封されていた。
その句のひとつは「鷹ひとつ 見つけてうれし 伊良湖崎(いらござき)」。咲良の殺害はこの句の "見立て" と思われた。
ということは、あと3人殺されるということを意味する。
湯の川署の舟見俊介(ふなみ・しゅんすけ)警部補を中心とした捜査の結果、被害者の咲良は、松雄の経営する岩倉病院の医師たちと、いわゆる "援助交際" を行うなど奔放な異性関係を持っていたことが判明する。
次女の柑菜(かんな)は19歳の医学生、長女の彩芽(あやめ)は21歳で、婚約者と共に函館市内でデザイン会社を経営していた。
松雄自身は男子に恵まれず、後妻であるしのぶの連れ子・健二(けんじ)を養子に迎えていた。しかしなんと三姉妹は過去に、みな健二と(時期は重ならないが)性交渉を含む交際をしていたという。
そして健二自身も咲良と同じ16歳ながら、ケロッと三姉妹との関係を認めてしまうなど、なかなかのタマである。
事業を大きくしていく中で松雄に対して恨みを持つ者は少なくない。過去には愛人も多くいたようで、この方面も同様。
松雄自身も78歳で、事業の継承や財産の相続に絡む人間も多い。
事件はさらに俳句に見立てた死者が出て、連続殺人事件へと発展していく。容疑者は次々と現れるものの決め手に欠け、捜査は行き詰まっていく。
探偵役のフランス人ジャン・ピエール・プラットは、健二の友人として登場する。若干17歳ながら、過去に警察が難渋した事件を解決したことがあり、舟見警部補は彼に協力を仰ぐことに・・・
地方の名家の美人三姉妹を殺人鬼が襲う、しかも芭蕉の俳句の見立てで。これはもう『獄門島』のオマージュそのものだ。
もちろん、事件の真相は "本家" とは全く異なるが、犯人を殺人へと駆り立てる「動機」の異様さは負けてない。
本家『獄門島』のほうの動機も、尋常ではないが、あの時代 / あの島だからこそ成立したものだろう。
『潮首岬-』のほうも、この時代、そして "あの家" だからこそ成立するもの。『獄門島』の時代には想像すらできなかった理由ではあるが、それゆえにその異様さは本家に匹敵する。
事件の解決に必要な手がかりや事実関係は、すべて警察の捜査資料に含まれていた。ジャンは資料を読み込み、推理することで真相に到達してみせる。
大量の情報の中から、過去に起こった些細なエピソードや読み逃してしまいそうな小さな事実を組み合わせていくことで、意外な真相が姿を現していく。
読んでいて、"目から鱗が落ちる" という感覚を実感した。まさに "快刀乱麻を断つ" とはこのことだ。
事件の中で犯人が仕掛けるトリックの一つは、『獄門島』よりもむしろ『○○○○○○』を思わせる。そして物語の中では、封建的な地方の名家にありがちな "血の呪縛" が随所に顔を出す。そういう意味でも "横溝風味" は少なくない。
ジャンの登場するシリーズは続巻として『立待岬の鴎が見ていた』『葛登志岬の雁よ、雁たちよ』の二冊が刊行されている。
『立待岬-』のほうは文庫化されていて、既に読了しているので近く記事を書く予定。こちらも、とてもよくできた本格ミステリになってる。
タグ:国内ミステリ
不可逆少年 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
狐の面をつけた少女が、監禁した大人を次々に殺害していく動画がネット上に公開された。「私は13歳。法では裁かれない存在。だから、今しかないの」
家庭裁判所調査官の瀬良真昼(せら・まひる)は、上司の早霧沙紀(さぎり・さき)とともに世間を震撼させた狐面の少女・神永詩緖(かみなが・しお)の事件に関わっていくが。
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現行法では、13歳以下の少年に成人と同様の刑罰を科すことはできない。
ネット上で中継された動画の中で、狐の面をつけた少女は「私は13歳。法では裁かれない存在」と語りながら、監禁していた大人たちを次々に殺害していく。刺殺、撲殺、絞殺、毒殺・・・
物語は家庭裁判所調査官・瀬良真昼のパートと、茉莉(まり)という女子高生のパートが交互に綴られていく。
動画の中で面を外し、素顔を晒した少女は当然ながら補導された。彼女の名は神永詩緖、13歳の中学生だった。精神鑑定の後、少年審判のために家庭裁判所に送られた。最終的には鑑別所に収容されることになる。
本書の最も大きなテーマは「罪を犯した少年はやり直せるか」。
家庭裁判所の調査官は、彼ら彼女らに向かい合う、いわば "最前線" にいる。
主人公の家裁調査官・瀬良真昼は、更生は可能だと信じて職務に取り組んでいるのだが、上司の早霧はいささか異なる見解を持っている。
彼女は、社会的な要因を取り除いても、なおかつ更生不可能な少年が一定数存在する、という立場だ。本書のタイトル『不可逆少年』は、そんな少年たちを指す言葉(もちろん早霧の造語)だ。
真昼はそんな早霧に時に反発を覚えつつも、ともに神永詩緖の事件に関わっていく。"真昼" という変わった名にも実は理由があり、彼の過去も作中で明かされていく。
もう一人の主人公である茉莉は旧姓・桜川。母親の再婚により雨田茉莉となった。彼女は定禅寺(ていぜんじ)高校の1年5組に在籍しているのだが、神永詩緖事件の被害者は、みなこのクラスの関係者だった。
茉莉の義父(母の再婚相手)は刺殺、クラスメイトの佐原漠(さはら・ばく)の父親は撲殺、担任だった教師は絞殺されていた。
そして同じくクラスメイトである神永奏乃(かの)は、詩緖の姉。詩緖に毒を注射されたが命は取り留めていた。
茉莉のパートは、茉莉、佐原漠とその兄の砂(すな)、そして神永奏乃が中心となる。ちなみに佐原兄弟は二人併せて 佐原砂/漠、すなわち "サハラ砂漠" というふざけたネーミングになるが、これも兄弟の父親のせいだろう。
茉莉と佐原兄弟は、義父や父親から虐待を受けており、その模様も語られていく。詩緒に殺された担任教師もまた、かつて一人の生徒を死に追いやったという過去があった。
つまり詩緒の犠牲となった大人たちにはみな、そういう共通点があった。だから当然のことながら、茉莉たちは大人に対して信頼も期待もなく、あるのは嫌悪感のみ。
茉莉たちの物語と並行して、朝のラッシュアワーの電車内で女子高生の髪が切られる事件が連続して起こっており、こちらも中盤で茉莉たちに関わってくることになる。それと同時に、茉莉のパートは急展開を見せ始める。
最終的に真昼のパートと茉莉のパートは一つになる。重いテーマを持った社会派の物語であると同時に、自分の命に価値を見いだせない若者たちが暴走するサスペンスでもあり、そして最終的には本格ミステリとしてもきっちり着地してみせる。
本書は作者の小説家デビューからわずか二作目なのだが、いくつもの要素を巧みに組み合わせて堅牢な構造物のような物語を紡いでみせる。すでにベテランのような風格さえ感じさせるその堂々とした書きっぷりには驚かされる。
「罪を犯した少年はやり直せるか」
これは少年犯罪に関わる者にとっては永遠のテーマかも知れないが、本書の最後の一行に書かれた真昼の台詞が、そのまま作者の答えなのだろうと思う。
そして読者もまた、この台詞に心を打たれながら本書を閉じることだろう。
酔いどれ探偵/二日酔い広場 日本ハードボイルド全集6 [読書・ミステリ]
酔いどれ探偵/二日酔い広場: 日本ハードボイルド全集6 (創元推理文庫 M ん 11-6)
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2021/07/21
- メディア: 文庫
評価:★★☆
日本ハードボイルド小説の黎明期を俯瞰する全集、第6巻。
本書では都筑道夫の短編集2冊を合本して収録している。
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「酔いどれ探偵」
エド・マクベインの創造した探偵カート・キャノンの贋作(パスティーシュ)として雑誌に連載されたシリーズ。出版に当たっては「贋作であることを明示すること」という契約があったとのことで、主人公の名をクォート・ギャロンと変えてある。
ギャロンは妻と親友に裏切られ、私立探偵の認可証も取り上げられた。いまはニューヨークの裏町で、ルンペンたちと一緒に酒に溺れる日々を送っている。
「第一章 背中の女」
酔い潰れたギャロンが目覚めたとき、目の前には椅子に縛り付けられた全裸の女。さらには身に覚えのない殺人容疑まで着せられていた・・・
「第二章 おれの葬式」
公園のベンチで時間を潰していたギャロン。そこへやってきた男は、ギャロンを探しているという。誰に頼まれたのか聞いたら、男はギャロンのかつての妻の名を出した・・・
「第三章 気のきかないキューピッド」
安宿に泊まっていたギャロンを訪ねてきたのは、旧知の女・キット。失踪した恋人・マイクを探してくれと云うのだが・・・
「第四章 黒い扇の踊り子」
裏町の道ばたで酒を飲んでいたギャロン。そこへ現れたチャイナ服の女はチャーリィ・ルウを助けてほしいという。彼の家で殺人事件が起こり、容疑者として捕まってしまったのだ・・・
「第五章 女神に抱かれて死ね」
ギャロンが飲んでいた酒場で乱闘騒ぎが起こり、バーテンが斧で客の腕を切断してしまう。バーテンが逃げたあと、店に入ってきた赤毛の女は私立探偵のジュディと名乗るが・・・
「第六章 ニューヨークの日本人」
9月の宵、季節外れのサンタクロースの服を着た男が倒れるところに出くわしたギャロン。介抱された男はユミオ・オオイズミ。商社員で、服を盗まれたのだというが・・・
事件に関わったギャロンが捜査を始めて真相に近づいていくと、たいてい殴られて気を失い、犯人に捕まるというパターン(おいおい)。情けなさが先立って、お世辞にもカッコいいとは言えない。まあそれでも最後には解決してしまうのだから有能なのだろう。
舞台になじみがないせいか、読んでいてもストーリーがなかなか頭に入ってこない(笑)。私とは相性が良くないシリーズみたいだ。
「二日酔い広場」
元刑事の私立探偵・久米五郎を主役としたシリーズ。久米は交通事故で妻と娘を喪っていた。彼の甥・暁(さとる)は弁護士で、桑野未散(くわの・みちる)という若い女性事務員を雇っている。彼女は時折、久米の助手として駆り出されて事件に関わっていく。
「第一話 風に揺れるぶらんこ」
久米は商事会社社長・新見優(にいみ・まさる)から妻・智子の浮気調査を依頼され、彼の兄・新見猛(たけし)を尾行する。しかし猛のアパートで智子の死体が見つかる・・・
「第二話 鳴らない風鈴」
酒場で飲んでいた久米は、自分は尾行されていると主張する青年・小牧洋一と知りあう。小牧から調査を依頼されたのも束の間、彼は路上で銃撃され、命を落としてしまう・・・
「第三話 巌窟王と馬の脚」
往年の時代劇俳優・中川余四郎(なかがわ・よしろう)。酒場で知りあった浅田純子という女のマンションで一晩過ごすが、翌朝、女は死んでいた。酔っていて記憶がないという中川から調査を依頼された久米だったが・・・
「第四話 ハングオーバー・スクエア」
商社員の柏木英俊から妻・倭文子(しずこ)の浮気調査を受けた久米。尾行中に倭文子が歌舞伎町のディスコに入っていった。久米は未散を呼び出し、二人で中へ入るのだが・・・
「第五話 濡れた蜘蛛の巣」
還暦間近の織田要蔵(おだ・ようぞう)。週末になると決まって外出するのを不審に思った妻からの依頼を受けた久米。要蔵に問うと、末娘の素行を心配しているのだと云うが・・・
「第六話 落葉の杯」
広瀬勝二(ひろせ・かつじ)には、かつて妻を殺して自殺を図ったという過去があった。刑期を終えた後は更生して塗装業を営んでいる。だが、再婚したことが原因なのか、娘が家を出て行方知れずになったという。娘の捜索を依頼された久米だったが・・・
「第七話 まだ日が高すぎる」
警察から桑野未散という女性が殺されたと連絡を受けた久米。しかし死んだのは別の女で、なぜか未散のショルダー・バッグを所持していたのだった・・・
都筑道夫という作家さんにハードボイルドのイメージはなかった。どちらかというと本格ものの作家さん。でも本書で、けっこうハードボイルド好きだったことを知った。
巻末のエッセイは香納諒一氏、都筑氏と同じく編集者を経て作家になったという共通点から、いろいろな思い出を語っている。いままでの巻末エッセイの中ではいちばん長いんじゃないかな。それくらい思い入れがあったのだろう。
タグ:国内ミステリ
かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖 [読書・ミステリ]
評価:★★★
明治41年、23歳の若き詩人・木下杢太郎(きのした・もくたろう)は、北原白秋らと「牧神(パン)の会」を結成した。料理店に集まって芸術家仲間と語り合う会だ。
会員たちが持ち込んできた "不思議な事件" についても推理を闘わせるが、謎は解けない。
そんなとき、店の女中・あやのが「ひと言よろしゅうございますか、皆様」
と口を挟み、見事に謎を解いてしまうのだった・・・
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主人公である木下杢太郎は本名・太田正雄(おおた・まさお)。詩人・劇作家としても多くの作品を残すが、後の世では皮膚科の医学者として世界的に有名となった人だ。本書では23歳の若き日の杢太郎が描かれる。
明治41年、杢太郎は歌人・小説家・洋画家・版画家などと共に「牧神(パン)の会」を結成する。両国橋ちかくの西洋料理店「第一やまと」に集まり、芸術について語り合う会合だ。
しかしそこには会員たちが見聞きした "不思議な事件" も持ち込まれてくる。メンバーたちはそれについて推理を闘わせるが誰も謎を解くことができない。
そこに店の女中・あやのが「ひと言よろしゅうございますか、皆様」と口を挟み、謎を解いてしまう。
レストランに集ったメンバーが謎について推理し、最後は給仕のヘンリーが真相を言い当てる、というのはアメリカの作家アイザック・アシモフのミステリ・シリーズ「黒後家蜘蛛の会」のパターンだが、本書はそれを ”本歌取り” した連作短編集だ。
「第一回 菊人形異聞」
団子坂の見世物小屋に展示されていた乃木将軍の菊人形に、日本刀が突き立てられるという事件が起こるが、犯行がいつ行われたのか分からない。客の目もあり、店番もいたので外部からの侵入者も考えられないというが・・・
「第二回 浅草十二階の眺め」
凌雲閣、通称 "浅草十二階" にやってきたのは、印刷局勤務の桐野泰(きりのやすし)とその同僚・竹富仁蔵(たけとみにぞう)、そしてその妻のとしの三人。泰と仁蔵は最上階の展望台に上ったが、そこから仁蔵が転落死してしまう。泰が疑われるも、事件時の展望台には多くの人がいて、見られずに突き落とすのは不可能だった・・・
「第三回 さる華族の屋敷にて」
華族にして外交官の池田兼済(いけだ・けんさい)。臨月を迎えていた妻の亮子(りょうこ)が陣痛を訴えたので産婆が呼ばれ、池田邸内で出産することに。
しかし生まれた赤子が殺害されるという事件が起こった。出産を終えて亮子が眠っている間に赤ん坊は絞殺、さらに臀部の肉が切り取られ、両目がえぐられるという猟奇的な犯行だった・・・
「第四回 観覧車とイルミネーション」
上野公園で行われた東京勧業博覧会。そこで銃撃事件が起こった。死んだのは軍人・佐藤正董(さとう・まさただ)。犯人は見つからなかったが、後日になって不可解な目撃証言が出てくる・・・
「第五回 ニコライ堂の鐘」
ロシア正教の寺院・ニコライ堂。ある日の夕刻、日曜の朝にしか鳴らないはずの鐘が鳴った。それを聞いた二人の司祭が鐘楼を登ったところ、その中でフョードル司祭が死んでいるのを発見する。しかし犯人の姿はない。鐘楼からの逃げ場はないはずなのだが・・・
「最終回 未来からの鳥」
陸軍士官学校の校長が青酸カリを飲んで死亡する。状況から自殺と思われたが、検視にやってきた森鴎外は疑問を抱く。その後ひとりの学生から、昨夜多くの生徒や教官が揃って不可解な夢を見たという・・・
「第一回」から「第五回」までは、きっちりとしたミステリになっているのだが、特筆すべきはこの時代ならではの犯罪になっていること。それは舞台であったり、動機であったり。あるいは、この時代の価値観でなければ起こらなかった事件だったりする。
その中でも「第三回 さる華族-」は、発端の怪奇性と結末の合理性が見事に両立していて、本書の白眉だと思う。
「最終回」だけはちょっと毛色が異なる。超常的な現象も発生するので、この一編だけはSFと思って読んだ方がいいだろう。
北原白秋、森鴎外、石川啄木、与謝野晶子など、実在の有名人がちょい役で顔を出すのも楽しい。
そしてなんといっても注目は探偵役の "あやの" さん。頭の回転が速いのはもちろんだが、かなりの博識でもあり高度な教育を受けていることが窺われる。
「最終回」ではそんな彼女の "素性" も明らかになる。意外ではあるが、納得の "人選" だろう。
泳ぐ者 [読書・ミステリ]
評価:★★★
『半席』に続く時代ミステリ・シリーズ第二作。
幕府が開かれて200年あまり。日本の周辺に異国の船が現れはじめ頃。
江戸の街で元勘定組頭が刺殺される。下手人は3年半前に離縁した元妻。なぜ彼女は犯行に及んだのか?
毎日、決まった時刻に大川(隅田川)を泳いでいた男が斬り殺される。下手人は下級の幕臣。なぜ彼は犯行に及んだのか?
徒目付(かちめつけ)・片岡直人(かたおか・なおと)は事件を調べるうちに、人の心に潜む、狂おしいまでの悩み、そして "闇" を知っていく・・・
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主人公・片岡直人はまもなく30歳を迎える徒目付。徒目付とはいわゆる監察官のことで、片岡のお役目は主に幕府役人等の内偵や調査だ。
勘定組頭を病で退いた藤尾信久(ふじお・のぶひさ)が刺殺されるという事件が起こる。被害者は既に寝たきりの状態の68歳。下手人は3年半前に離縁した元妻・菊枝(きくえ)。
彼女は元夫を刺した理由を黙して語らない。直人はその動機を探りはじめる。
信久は越後で百姓の身分から身を起こし、代官所で元締手代に取り立てられた。その有能ぶりを気に入った代官が江戸へ戻るに際して連れ帰った。
その後、信久は正規の幕臣ではない普請役を振り出しに謹厳実直に勤め上げ、ついには役高350俵の勘定組頭まで出世を果たした。
私生活では由緒ある大番家(幕府の上級武官)の三女・菊枝を娶り、嫡男を儲けた。しかしなぜか、3年半前に彼女を離縁していた。
嫡男をはじめ菊枝の周囲にいた者たちに話を聞き、信久の故郷の越後まで足を伸ばした直人は、ある "仮説" を組み上げていく。
信久が菊枝を離縁した理由も、菊枝が信久を刺した理由も説明できる。直人はその "仮説" を菊枝にぶつけるのだが・・・
このあと、刺殺事件自体には "決着" がつくのだが、直人は菊枝の反応から、自分の "仮説" に疑いを抱いてしまう。
納得できないままの直人の前に、さらなる事件が起こる。
毎日、決まった時刻に浅草あたりの大川(隅田川)の両岸を、泳いで往復する男がいるという。見物に行った直人は、簑吉(みのきち)という男の名と、その目的を聞き出す。商売繁盛の願掛けで、あと二日泳げば満願なのだという。
しかしその最終日、川から上がった簑吉は、その場で一人の武士に斬り殺されてしまう。
下手人は川島辰三(かわしま・たつぞう)。身分は御徒(おかち)、幕府の警護を担当する下級武士だった。捕まった川島は精神に安定を欠き、「お化けを退治した」と口走るばかり。
周囲の者に聞いたところ、川島には水練の稽古中に、相方の仁科耕助(にしな・こうすけ)を苛め殺したという過去があった。そして簑吉が大川を泳ぎだした頃から、川島は耕助の亡霊に怯えるようになっていったという。
簑吉の身上調査を始めた直人は、「商売繁盛」と語っていた目的が偽りだったことを知る。さらに、彼の出自には意外な秘密があったことが明らかに・・・
前作『半席』での直人は、出世を目指しながらも、事件が起これば調査に没頭する男だった。いくつかの事件で、なぜ下手人が犯行に及んだのか、納得できる理由を見つけるまでとことん追い続ける。そのうちに、出世よりもお役目を全うすることに自分の ”道” を見いだすまでが描かれた。
本作でもそれは変わらず、まず「元勘定組頭刺殺事件」の "なぜ" を探求するが、直人がいまひとつ納得できないまま事件は終結する。
続く「泳ぐ者事件」の調査で、簔吉の過去を探っていくうちに、人の心に潜む悩み、そして闇を知っていく。それをきっかけに、菊枝の心のうちにあった "悲哀と辛苦" に思いが至り、夫を刺した真の動機を知ることになる。
直人自身は出世の道を自ら外れたと思っているが、彼の有能さを知る上司は多いようで、今作でも出世の誘いがかかる。いまのところ直人にその気はないようだが。
本書の背景となるのは異国船が出没して海防の機運が高まってきた頃。これから幕末へと向かい始める世相の中で、直人は200年以上続いてきた幕府の中で起こる事件に取り組むという、ある意味 "内向き" の人生を送っている。
もし続編があるのなら、この時代背景がより一層クローズアップされてくるのかも知れない。そんな世界で直人はどう生きていくのか知りたいところだ。
タグ:時代ミステリ
二十面相 暁に死す [読書・ミステリ]
評価:★★★
1946年、春。二十面相の暗躍は続いていた。復員してきた明智とともに新たな戦いを始めた小林少年だったが、捕縛には一歩及ばない状態が続く、
そんな中、"口笛を吹く二宮金次郎の石像" を調べに向かった小林少年は、その意外な正体を知る・・・
辻真先版『怪人二十面相』シリーズ第二弾、『焼跡の二十面相』続編。
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1946年、春。軍に招集されて暗号業務に携わっていた明智探偵が復員して来たが、二十面相の暗躍は止むことはなかった。
資産家の羽柴壮太郎の屋敷には明智探偵と小林少年の偽物が現れ、秘蔵されていた黄金の厨子を騙し取っていったのだ。
さらに銀座の太田垣美術店では、二十面相からの予告状の通り、衆人環視の中から魔道書が盗み出されてしまった。
時を置かず、続けて名古屋でも二十面相の犯行予告が。明智と小林少年は東海道線で名古屋に向かうが、こちらも二十面相に先を越されてしまう。
東京へ戻ってきた小林少年は、中学校の同級生・白石くんから不思議な話を聞く。小中一貫の女子校・綾鳥(あやとり)学園の校庭に設置されている二宮金次郎の石像が、夜中に口笛を吹くのだという。
折しも、綾鳥学園の理事長を務める四谷春江(よつや・はるえ)に対して、二十面相から所蔵する神像を盗むという予告状が届いていた。
その夜、綾鳥学園の校庭を見張っていた小林少年は、春江理事長と数名のアメリカ兵が、校庭の地下へと入り込んでいくのを目撃する。
さらに二宮金次郎の像まで動き出した。その正体は人間、しかも小林少年と同じ歳くらいの少女だったのだ。春江たちを追って地下の通路に潜り込んだ二人だったが、発見されて逆に追われる羽目になる。
少女の名は柚木(ゆずき)ミツル。戦災孤児だったところを二十面相に拾われ、手下として働いているのだという。羽柴家に現れた偽物の小林少年に化けていたのも彼女だったのだ。危機に陥った二人は協力して脱出を試みるのだが・・・
物語の中盤は、この二人の冒険行が描かれる。本来の素質に加えて二十面相の教育よろしく、ミツルは頭の回転が速く度胸も満点。明智探偵の薫陶を受けてきた小林少年を相手に互角の、時にはそれ以上の大活躍を見せる。
四谷家は軍需企業を経営していて戦争で大儲けをし、さらに終戦のどさくさに紛れて大量の物資・美術品を横領、私腹を肥やしてきた。そしていま、奥多摩地区に綾鳥学園の新校舎を建設しているが、そこには大量の美術品等が隠匿されているらしい。
終盤ではその奥多摩を舞台に、四谷家、明智&小林少年、二十面相&ミツルの三つ巴の大混戦が描かれていく。
前半を読んでいて印象に残るのは、終戦直後の東京や名古屋の風景。このあたりの描写は、やはり当時の雰囲気を知る著者ならではのものだろう。
二十面相とミツルが東京から名古屋へ移動したのも、この時代だからこそ可能だった手段を用いている。
そしてなんと言っても本作の目玉は、ヒロインとなるミツルさんだろう。中国系アメリカ人の父と日本人の母に生まれた少女で、悪事の片棒を担いでいるのだが性格はあくまで明朗快活。口を開くと威勢の良い言葉が飛び出す、元気いっぱいのお嬢さんだ。
共に危機をくぐり抜けていく中、(吊り橋効果だろうが)小林少年との絆も深まっていく。途中、二人が手を繋いで銀座の町を闊歩するというデート(?)シーンまであって、思わず口元が緩んでしまう。小林少年のロマンスは(たぶん)原典にはなかったものだろう。
しかしながら初恋は実らぬもの。ラストシーンで二人には別れの時が訪れる。とは云っても、お互いに思いを残しての別離なので、再会の目は充分にありそうだ。
タイトルで『二十面相 暁に死す』とあるように、クライマックスでは生死不明の状況になってしまうのだが、そう簡単に死ぬはずはないので(笑)、明智探偵&小林少年の戦いはこれからも続くだろう。
本シリーズはいまのところ二作目の本書までしか刊行されていないのだが、ぜひ、続きが読みたいなあ。もちろん、ミツルさんの再登場も期待してます。
もしかして ひょっとして [読書・ミステリ]
評価:★★★
日常の謎系ミステリを6編収録した短編集。
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「小暑」
赤ん坊の那々美(ななみ)を抱いて東海道線の下り電車に乗った "私"。子どもをきっかけに、向かいに座った老婦人との間で会話が始まる。それは60年前、老婦人の兄が医学生だった頃に起こった "女性問題" の話だった・・・
どこがミステリなのかな、と思っていたら、ラスト近くで「そこだったか!」
でもまあ、分かってみれば老婦人があの話題を出してきたのも理解できるし、最後の "私" の心境の変化につなげる流れも上手い。
「体育館フォーメーション」
県立南高校の男子バスケット部の内部で、最近パワハラの嵐が吹き荒れているという。2年生の酒々井(しすい)による、練習中の1年生への罵声や恫喝が目に余り、他の部の練習にも差し支えているらしい。
苦情を持ち込まれた運動部担当の生徒会役員・荻野研介(おぎの・けんすけ)は、調査を始めるのだが・・・
ミステリとしてのオチもきちんとつくのだが、登場してくる他の運動部の部長たちがみなユニークなキャラなのも楽しい。
「都忘れの理由」
”私” は84歳の元大学教員。15年前から紀和子(きわこ)さんという家政婦を頼んでいる。5年前に妻を亡くしてからは、紀和子さんに生活全般の世話をしてもらっている。
しかしその紀和子さんが突然辞めてしまう。でも理由は何も思い当たらない。家事については無能力者な "私" はほとほと困ってしまい、彼女に会いに行こうとするのだが・・・
原因は些細な行き違いなのだが、当人にとっては重大事なのはよくあること。"私" の家事音痴ぶりは面白いのだが、自分を振り返るとあまり笑えない。
まあ、私の方が "私" より少しはマシだとは思うのだが。
「灰色のエルミー」
人材派遣会社で働く永島栄一(ながしま・えいいち)は、高校時代の友人・佐田美鈴(さだ・みすず)から飼い猫のエルミーを預かった。家を空ける用事があるのだという。
しかし美鈴は交通事故に逢い、意識不明の状態になってしまう。「猫を預かることは誰にも言わないで」と彼女に云われたことから、事故の裏に何らかの事情を感じた栄一だが・・・
美鈴の信頼に応えようとする栄一の行動が頼もしい。友人以上恋人未満だった二人の関係が、事件を通じてもう一歩先へ進みそうな予感を示して終わるラストシーンが心地よい。
「かもしれない」
不動産会社で働く昌幸は勤続20年。2年前、同期の菅野はウイルスメールを不用意に開いたことで会社に損害を与えてしまい、その後の人事で長野県の工務店へ出向を命じられていた。
あるきっかけから菅野のことを調べ直した昌幸は、女性がらみの意外な事情が潜んでいたことを知る・・・
菅野の "侠気" が泣かせる一編。
「山分けの夜」
大学4年生の卓也は、介護施設にいる70歳の伯母・芳子の要望で、彼女の身の回りの品をとりに、伯父の家に行くことになった。しかし、伯父の前近代的で男尊女卑の塊のような言動に呆れてしまい、それ以後は、伯父の留守中に伯母の用事を済ますようになる。
そしてあるとき、伯母から「伯父の部屋にある紙袋を取ってきてくれ」と頼まれて訪れた卓也は、伯父の撲殺死体を発見してしまう。そして紙袋もなくなっていた。卓也は大学のサークルの先輩・香西(かさい)に相談したのだが・・・
探偵役の香西の推理で解決かと思いきや、さらにもうひとひねり。
巻末の「あとがき」によると、「すべての短編に共通する点がある」とあるのだけど、それが何かは分からなかったなあ。
強いて言えば、どの作品もラストはそれなりにハッピーに終わること?
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アリバイの唄 夜明日出夫の事件簿 有栖川有栖選 必読! Selection 10 [読書・ミステリ]
有栖川有栖選 必読! Selection10 アリバイの唄 夜明日出夫の事件簿 (徳間文庫)
- 作者: 笹沢左保
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2023/04/13
- メディア: 文庫
評価:★★★☆
夜明日出夫(よあけ・ひでお)は元刑事のタクシードライバー。ある女性客を乗せたことが縁で初恋の女性に再会するが、彼女は殺人事件の容疑者になってしまう。
しかし彼女には、犯行時刻に現場から300km離れた場所にいたという鉄壁のアリバイがあった・・・
* * * * * * * * * *
夜明日出夫は38歳のタクシードライバー。3年前、警視庁捜査一課の刑事だった夜明は、ある殺人事件の関係者とトラブルになった。彼に落ち度はなかったのだが、マスコミに漏れて騒がれたことの責任を取って辞職、妻子とも別れてしまっていた。
ある夜、夜明は東京駅から三十代前半の女性を乗せた。その客が席に忘れていった荷物を届けたことから、彼女の名が高月静香(たかつき・しずか)であることを知る。
二週間後、夜明が上野駅から乗せた女性客の目的地は、神奈川県の逗子にある大町千紗(おおまち・ちさ)という女性の屋敷だった。女性客は千紗の従姉妹で盛岡に住む小日方律子(こひなた・りつこ)だった。
偶然ながら逗子は夜明の故郷であり、彼と千紗は幼馴染みであった。6歳差だった二人はお互いに恋心を抱いていたものの、資産家の一人娘で豪邸住まいの千紗に対し、父の急逝で大学を中退し20歳で警官になった夜明とは釣り合うはずもなく、二人の仲は自然消滅していた。
久しぶりの再会に喜ぶ二人。32歳の千紗は未だ独身だったが、ある理由から自分は生涯独身を貫くつもりだと夜明に告げるのだった。
その5日後、夜明が運転していたタクシーが追突事故に遭ってしまい、彼は会社から療養休暇をとるように命じられる。
しかしそこに警察官時代の知人で愛知県警の刑事・丸目平八郎(まるめ・へいはちろう)が見舞いにやってくる。愛知県蒲郡市で殺人事件があり、その捜査のために上京し、ついでに夜明のところに寄ったのだという。
被害者は料亭経営者・高月静香。かつて夜明が乗せた客だった。それを知った丸目は夜明を捜査の協力者に引っ張り込むことに。
現場の電話横のメモ用紙には、被害者が書いたと思われる「チサ」の文字が。静香が東京出身だったことから、犯人は東京時代の知り合いにいるとみた捜査陣は、静香の高校の同級生に「大町千紗」がいることを突き止めていた。
容疑者として浮上した千紗だったが、犯行推定時刻の一時間後には逗子の屋敷にいたという証言があった。一時間で蒲郡から逗子へ300kmの移動は不可能だ。彼女のアリバイは鉄壁かと思われたのだが・・・
中盤以降は、千紗が真犯人だと睨む丸目と、あくまで潔白を信じる夜明が対立する様子が綴られていくのだが、その夜明が千紗の弄したトリックに気づいてしまうという、なんとも皮肉な展開に。
本書の初刊は1990年。この3年前の87年には『十角館の殺人』(綾辻行人)が刊行され、"新本格ブーム" が巻き起こっていた頃。そんな中で発表された本書だが、メインとなるトリックは従来の「アリバイ崩しもの」の枠に収まらず、むしろ新本格ミステリで使われるような、意表を突いた大がかりなもの。
逆に言うと、新本格を多く読んできた人の方が見抜けるかも知れない(私もけっこう早い段階で見当がついたし)。
この頃の新本格ミステリの作家たちはほとんど20代だったはず。それに対して、笹沢左保氏はこの年に還暦を迎えている。しかしそんな若い作家たちに負けないぞ、と云う意気込みで本書を執筆したのかも知れない。
タイトルの「アリバイの唄」だが、これは夜明が千紗の潔白に疑いを抱くきっかけとなったもの。どこでどんな唄が出てくるのかは、読んでのお楽しみだろう。
沈黙の狂詩曲 精華編 Vol.1 & Vol.2 [読書・ミステリ]
沈黙の狂詩曲 精華編Vol.1 (日本最旬ミステリー「ザ・ベスト」)
- 作者: 日本推理作家協会
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2021/05/11
- メディア: 文庫
沈黙の狂詩曲 精華編Vol.2 (日本最旬ミステリー「ザ・ベスト」)
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2021/06/16
- メディア: 文庫
評価:★★★
2016年~2018年の3年間に発表されたミステリ短編から、30作を選んで編まれたアンソロジー。『沈黙の狂詩曲』にはそのうち半分の15編を収める。
残りの15編は『喧噪の夜想曲』に収録されており、こちらも文庫化されている。
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《Vol.1》
「三月四日、午前二時半の密室」(青崎有吾)
作者の短編集で既読。
女子高校の卒業式があった日の午後、クラス委員の草間は卒業式を休んだクラスメイト・煤木戸(すすきど)の家へ卒業証書を届けにやってきたのだが・・・
「奇術師の鏡」(秋吉理香子)
敗戦直後の東京。傷病兵の栄作は戦災孤児の正志を拾い、奇術を仕込み始める。そして正志の実家にあった高価そうな鏡を手に入れるのだが・・・
ミステリと云うよりは、いわゆる "奇妙な味" の作品か。
「竹迷宮」(有栖川有栖)
ミステリ作家・松丸は、実家に戻って小説を書いている昔の仲間・冴木のもとを訪れるのだが・・・
ミステリと云うよりはホラー。
「銀の指輪」(石持浅海)
作者の短編集で既読。
ヒロインは殺し屋。請け負った対象の男を尾行中に奇妙なことに気づく。既婚者なのに浮気をしており、しかも相手に会うときに限って結婚指輪をしていることに・・・
指輪一つから導き出される推理が秀逸。
「妻の忘れ物」(乾ルカ)
ヒロインの女子大生はショッピングビルの忘れ物センターでアルバイト中。ある日、年配の女性が亡夫の形見でもある「くつべら」を探しに来るが・・・
日常の謎系ミステリ。人によってモノの価値は大きく変わる。歳をとればなおさらか。
「事件をめぐる三つの対話」(大山誠一郎)
作者の短編集で既読。
殺人事件を巡る警察署内で交わされる会話が三つ。終わってみると真犯人が捕まっているという、一風変わった構成だが、ミステリとしてはきっちり。
「上代礼司は鈴の音を胸に抱く」(織守きょうや)
亡父の遺産を相続する三兄妹だが、実は異母兄がいたことが発覚。若手弁護士・木村は行方不明になっている異母兄を探し始めるが・・・
シリーズものの一編。なんとなくオチは見当がついたよ。
《Vol.2》
「署長・田中健一の執念」(川崎草志)
キャリア組なのにやる気ゼロの署長・田中が、何にもしないのに事件を解決してしまうというユーモア・ミステリ。
往年のコンビ芸人・アンジャッシュの "勘違いコント" を思い出したよ(笑)。
「不屈」(今野敏)
女性刑事・水野と女性新聞記者・山口が、水野の同期の刑事・須田について語る話。行動が鈍重なのでバカにされがちだった須田の、意外な一面が明らかになる。
「などらきの首」(澤村伊智)
新之助の田舎には、「"などらきさん"が棲んでいる」という不思議な言い伝えがある。洞窟にはその白骨化した "首" まであった。だがある日、その "首" が忽然と消えてしまう。
ミステリ的に解決される部分もあるが、最後はホラーに着地。
「迷蝶」(柴田よしき)
還暦を過ぎ、カメラで蝶の写真を撮りはじめた孝太郎。趣味を通じて杉江という男と知りあうのだが・・・。二人の過去が明らかになるにつれて高まるサスペンス、たっぷりとひねりの効いた幕切れ。上手い。
「蟻塚」(真藤順丈)
シドとアサカ、二人の警官がパトロールする行く先に、次々と事件が巻き起こる。うーん、どうもこの人の文章とは相性が悪いようです。どこが面白いのかよく分からないのは私のアタマが悪いから?
「美しき余命」(似鳥鶏)
作者の短編集で既読。
2年半前、家族は事故死して僕はひとりになった。いまは秋葉家に引き取られ、なに不自由なく暮らしている。だけど僕は不治の難病にかかっていて、3年以内に死ぬことが確定していた・・・
終盤の展開は、若い頃の筒井康隆が書いてた不条理小説を彷彿とさせる。
「三角文書」(葉真中顕)
遙かな未来、超古代文明の遺跡から見つかった謎の文書(実は将棋の棋譜)の解釈を巡り、研究者たちの討論が始まる・・・
これ、ミステリじゃなくてSFだよねえ。
「ホテル・アースポート」(宮内悠介)
宇宙エレベーターが設置された島にあるホテルで、密室殺人が起こる。
動機もトリックもこの舞台ならではのもので、よくできたSFミステリ。
本陣殺人事件 [読書・ミステリ]
金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件<金田一耕助ファイル> (角川文庫)
- 作者: 横溝 正史
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2012/10/01
旧家・一柳(いちやなぎ)家当主の婚礼の夜、離れ座敷で新郎新婦が惨殺された。周囲に降り積もった雪には足跡ひとつなく、完璧な密室と化していた・・・
日本ミステリを代表する名探偵のひとり、金田一耕助の初登場作品にして、日本家屋を舞台にした密室殺人の嚆矢ともなった、ミステリ史的にも重要な作品。
表題作のほか、中編2作を収録している。
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これから月一ペースで角川文庫の〈金田一耕助ファイル〉全20作を再読していこうと思う。みな高校~大学の頃に初めて読み、その後も読み返したことのある(多いものは4~5回くらい)作品ばかりなのだけど、最後に読んでから20年以上経つので、もう一度読んでみようと思った次第。
これが私の人生で最後の "金田一耕助体験" になるかも(おいおい)。
「本陣殺人事件」
岡山の旧家・一柳家は、江戸時代には宿場の本陣(参勤交代する大名の宿泊所)となっていた名門の一族。その当主・賢造は、若い頃に大学の講師をしていたが、現在は郷里に帰り、市井の研究者としてしばしば論文を発表するなど学者肌の人間。
時に昭和12年(1937年)、その賢造が妻を娶ることになった。相手は岡山で女学校の教師を務めていた久保克子。賢造の周囲は反対したが彼はそれを押し切り、結婚へと至った。
しかしその婚礼の夜、悲鳴と琴の音が響き、夫婦が初夜を過ごすはずの離れ座敷で二人の惨殺死体が発見される。しかも周囲に降り積もった雪により、離れは完璧な密室へと化していた・・・
西洋で生まれたミステリを "和" の世界で見事に再構成してみせた、横溝正史の代表作のひとつだろう。犯人の動機があまりにも前近代的なんだが、90年近い昔が舞台だからね。もうほとんど ”時代ミステリ” になってるのだろう。
式の数日前から一柳家の周囲には三本指の男が出没し、不気味な雰囲気を盛り上げる。現場には家宝の名琴や三本指の血痕のついた金屏風など、日本ならではの舞台装置も。
しかし今回再読して感じたのは、和のテイストや不気味な雰囲気は、あくまでミステリの土台作りに過ぎず(横溝はそれが抜群に上手いのは周知のことだが)、その上にきっちりとした建造物をつくりあげていることだ。
上にも書いた三つ指の男もそうだが、一柳家の一族、とくに賢造の弟妹たち、そして分家の当主など、みなキャラ立ちもしっかりしていて、かつ腹に一物抱えていそうで実に胡散臭い(笑)。さらに賢造の残した日記の内容など、事態を錯綜させて読者をミスリーディングさせる材料には事欠かない。
本書は "あの密室トリック"(これもまた有名かつユニークで、後の世に与えた影響も大きい)で語られることが多いが、そのトリックの周囲を何重にも、読者を煙に巻くカラクリで囲い込むという堅牢なつくりをしていることに、改めて気づかされた。しかもそれを文庫で200ページという長さにきっちり収めている。やっぱり横溝正史はスゴい。
「車井戸はなぜ軋(きし)る」
江戸時代から続く本位田(ほんいでん)家と秋月家は、K村を代表する名家だったが、維新後の混乱を上手く乗り切って財を成した本位田家に対し、秋月家は没落していった。
大正7年、本位田家と秋月家に同時に男子が誕生したが、秋月家当主・善太郎は前年に病で半身不随の身となっており、二人の子はいずれも本位田家当主・大三郎のタネであることは公然の秘密だった。当然ながら二人はよく似た容姿を示して成長した。
昭和17年、二人の男子・本位田大助と秋月伍一(ごいち)はそろって出征するが、終戦後に大助のみが復員してくる。しかし周囲は疑いの目を向ける。あれは本当に大助なのか。実は伍一ではないのか・・・
本作は大助の妹・鶴代の手記を金田一耕助が再構成した、という設定で語られる。復員兵の正体を巡る入れ替わり疑惑など、後の『犬神家の一族』でも使われたシチュエーションだったりと、なかなか興味深い。
「黒猫亭事件」
昭和22年、東京の外れにあるG町を巡回していた警官は、「黒猫」という名の酒場の裏手にある寺の庭で、ひとりの男が穴を掘っている場面に遭遇する。男は寺の見習い僧・日兆だった。そして日兆が掘っていた穴の底には女の死体が。しかし腐乱していて顔の判別がつかない。
酒場「黒猫」は改装工事で現在休業中。そこには経営者夫婦に加えて3人の娘がいたことから、死体の主はその4人の女のうちの誰かと思われたが・・・
冒頭に、作家Y(横溝正史自身がモデルと思われる)と金田一耕助の会話があり、そこで「顔のない死体」の事件の例として、この「黒猫」の事件を語られていく、という導入。
死体の顔が判別できないミステリの場合、「被害者と加害者が入れ替わっている」という真相がほとんどだ、と耕助は云う。しかしこの事件はこの "公式" に当てはまらない事件だというのだ。
作者は最初から可能性の一部を排除してしまってから書いているわけで、それだけ本作のアイデアに自信があったのだろう。実際、「顔のない死体」にもうひとひねり加えた "合わせ技" になっていて、ありきたりの作品とは一線を画していると思う。
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