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プロジェクト・インソムニア [読書・ミステリ]


プロジェクト・インソムニア(新潮文庫)

プロジェクト・インソムニア(新潮文庫)

  • 作者: 結城真一郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2023/01/30

評価:★★★☆


 極秘人体実験「プロジェクト・インソムニア」。脳にチップを埋め込み、複数の人間で夢を共有する試みだ。期間は90日間。
 被験者となった蝶野恭平は、個人の願望を具現化できる理想郷(ユメトピア)を体験するが、夢を共有するグループのメンバーが謎の死を遂げ、夢の世界を殺人鬼が跳梁していることを知る・・・


 主人公・蝶野はナルコレプシーという睡眠障害に悩まされていた。これは通称「居眠り病」とも呼ばれ、TPOに関係なく眠り込んでしまう、というものだ。
 そのせいで失業した蝶野は、友人・蜂谷の誘いで「プロジェクト・インソムニア」の被験者となる。

 それはベンチャー企業・ソムニウム社が実施する極秘実験。被験者グループ(作中では《ドリーマー》と呼ばれる)各人の脳にチップを埋め込んで睡眠時の脳波を収集、それをサーバー上で "同期"(相互に矛盾がないように調整)した上で各人の脳に "出力" する。これによって《ドリーマー》のメンバー全員が一つの夢を "共有" することになる。

 共有された夢(作中では "ユメトピア" と呼ばれる)の中では、"想像" するだけで様々なことが可能になる。例えば拳銃を思い浮かべれば、即座に拳銃が目の前に現れる、というように。
 また、"生成" される世界も千差万別。日常に限りなく近い世界もあれば、異星人の侵略で人類が滅亡に瀕したような荒唐無稽な世界も生成可能だ。
 その夢はもちろん "日替わり"。被験者たちは毎日異なる夢の中に放り込まれるわけだ。そして、ここが肝心なのだが、夢の中で死んだとしても《ドリーマー》本人が死ぬことはない。死を "経験" しても、夢から覚めれば生きている自分を発見するだけだ。

 しかし物語の冒頭、ビジネスホテルの一室で不動産会社を経営する中年男性・滑川哲郎(なめりかわ・てつろう)の死体が発見される。死因は急性心筋梗塞。
 そして物語が進行するにつれて滑川が蝶野の参加している《ドリーマー》の一員だったことが明らかになってくる。そして、彼は病死ではなく、《ドリーマー》のメンバーの誰かによって殺された疑いが浮上してくる。

 実験参加に当たり《ドリーマー》たちは夢の中では死なない、と説明を受けている。しかしストーリーが進むにつれて、実はいくつかの条件をクリアすれば夢の中で《ドリーマー》の命を奪うことができる可能性が浮上してくる。そして、滑川に続いて他のメンバーもまた次々と "消されて" いく。
 かくして蝶野は、殺人鬼の正体を探り始めるのだが・・・


 とはいってもそれはなかなか容易ではない。例えば、夢の中での《ドリーマー》の姿は、本人そのままではない。例えば老婆が女子高生の姿で現れたりすることさえ可能なのだから(《ドリーマー》たちは、事前に他のメンバーがどんな人物かは知らされていない。彼らは夢の中の姿でしか他の《ドリーマー》を認識できないのだ)。

 このように、"ユメトピア" に関する設定はかなり複雑なのだが、読んでいるとけっこうすんなり頭の中に入ってくる。そのあたりは、作者の誘導が上手いのだろうと思う。なにせ、この設定が分かっていないと終盤の謎解きに差し支えるからね。

 特殊設定ミステリなので、その作品世界のルールに則って推理されるし、犯人も導き出される。物語が進行するにつれて、この "ユメトピア殺人事件" の犯人であるためには、かなり厳しい条件をクリアしなければならないことがわかってくるのだが・・・最終的に提示される真相には「なるほど!」と膝を打つ。まさにコロンブスの卵。思わず納得してしまった。

 また、《ドリーマー》として参加している他のメンバーのキャラもかなり掘り下げられている(物語が進めば、彼ら彼女らの ”実体” も明らかになっていく)。
 こういう実験に参加しているくらいだから、皆いろいろな ”事情” を抱えている。そのうちのいくつかは真相にも関わってくるのだが、総じて悲しいものを背負った人ばかり。そして犯人のそれは、まさに哀切に堪えないものだ。



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フラッガーの方程式 [読書・SF]


フラッガーの方程式【電子特典付き】 (角川文庫)

フラッガーの方程式【電子特典付き】 (角川文庫)

  • 作者: 浅倉 秋成
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/04/23

評価:★★★★


 主人公・東條涼一(とうじょう・りょういち)は平凡な高校生。クラスメイトの佐藤さんと仲良くなりたい、ただそれだけを望んでいた彼だが、"平凡な生活を劇的に変革する" という「フラッガーシステム」のテストモニターに選ばれた日から、彼の日常はドラマチック、いやドタバタコメディの世界へと変貌していくのだった・・・


 涼一の前に現れたのは「フラッガーシステム開発プロジェクト」営業担当の村田という男。"平凡な生活を劇的に変革する" という触れ込みのシステムのモニターとして参加しないかという申し出だった。

 システムの正体は一種の電波。これを流すことによって人々の行動や思考を変容させるのだという。
 まあ、本書の根本を支えるアイデアで、これによって引き起こされるスラップスティックなドタバタコメディが描かれていくのだが、よく考えるとこれは恐ろしいシステムだ。だって一般大衆を、恣意的に一つの方向に容易く導いていってしまうのだから。
 戦隊ものの悪の組織が怪人を繰り出して幼稚園バスを襲わせるよりも(笑)、遙かに効率よく世界征服ができてしまいそうだ。実際、日本政府首脳さえもこのシステムの影響を受けてしまう描写がある(おいおい)。

 とはいっても、本書に於けるこのシステムの目標(?)は「深夜アニメのラブコメを現実化すること」らしいので(村田自身がラブコメアニメの大ファンらしい)とりあえずそっち方面の心配はしなくていいようだが(笑)。

 というわけで、モニター参加した涼一クンの日常は劇的に変貌する。まず両親がそろってアフリカへ長期出張してしまう。一人暮らしになるかと思えば、彼のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ少女・ソラが居候として転がり込んできて、一つ屋根の下で暮らすことに。しかもソラの正体は風俗嬢(!)とかいろいろ無茶苦茶である。

 学校に行ったら、クラスの男子はほとんど「集団はしか」に罹って病欠状態。そして涼一は生徒会長にして富豪令嬢の御園生怜香(みそのう・れいか)から一方的に迫られるというラブコメ展開に。
 かと思えば、魔術研究会部長の一ノ瀬真(いちのせ・まこと)に拉致されて強制入部させられ、『一級魔術師』を自称する彼女とともに最強の魔術師を目指すことになり、挙げ句の果てには "悪の組織" と対決する羽目になるなど、もう作者のやりたい放題である(笑)。

 書いてて改めて思うが、異常というかトンデモナイ展開が続く。涼一の前に現れる人物が、ことごとく常軌を逸した言動をとるわけで、これはもう漫才かコントの世界。
 巻末の解説でも書いてあるが、周囲の人物が総じてボケを演じ、それに対して涼一が一人でひたすらツッコミをする描写が延々と続く。

 往年の筒井康隆の不条理SFをライトノベルに書き直したみたい、って書いても分かる人は少ないかな。

 物語は中盤あたりから、やっと佐藤さんがストーリーラインに乗ってくる。涼一の "願望" もついに叶うか、と思われるあたりから物語は一気に風雲急を告げ、シリアス路線に。

 終盤に至ると、涼一は(文字通り)命をかけて "難題" に挑むことになるのだが、ここで物語前半でばらまかれたラブコメやらギャグやらドタバタの要素が、ことごとく伏線として立ち上がってくる。
 笑いながら読み飛ばしていた諸々のことがらが「ここで効いてくるのか」「そんな意味があったのか」と何度も驚かされることに。

 作者には最近 "伏線の狙撃手" なる異名があるらしいのだが、デビュー2作目の本書にしてその能力は全開である。文庫で480ページ超という大部だが、破綻させずに最後まで面白く読ませる筆力もまた半端ではない。

 終盤こそ不穏だが、基本はラブコメなので、あまり深く考えずにゲラゲラ笑いながら読むのが正解だろう。



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探偵さえいなければ [読書・ミステリ]


探偵さえいなければ 烏賊川市シリーズ (光文社文庫)

探偵さえいなければ 烏賊川市シリーズ (光文社文庫)

  • 作者: 東川 篤哉
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/01/09

評価:★★★


 関東の一地方都市・烏賊川(いかがわ)市を舞台としたユーモア・ミステリ・シリーズの8冊め。短編集としては3冊め。


「倉持和哉の二つのアリバイ」
 倉持和哉は、経営するレストランの赤字を埋めるべく、妻の叔父・安西英雄に借金を頼むが断られ、殺害を思い立つ。
 アリバイの証人として私立探偵・鵜飼杜夫(うかい・もりお)を仕立て上げ、首尾良く殺害に成功するが・・・。
 倉持が用意周到であるが故に墓穴を掘る。バカバカしいオチだが、舞台が烏賊川市だから許される(?)結末かも知れない。


「ゆるキャラはなぜ殺される」
 『烏賊川市民フェスティバル』で行われた「ゆるキャラグランプリ」で殺人事件が起こる。被害者は "ハリセンボンのハリー君"。「中の人」がアイスピックで刺殺されたのだ。
 犯行現場の状況から、犯人はグランプリに参加しているゆるキャラたちに絞られた。"川魚のヤマメちゃん"、"蟹のケガニン"、"カメの亀吉"、"鷲のワシオさん"・・・
 探偵役は "烏賊の剣崎マイカちゃん" と、被害者も容疑者も探偵もみな着ぐるみを着ての登場で、解き明かされる真相も "ゆるキャラ" ならではの特殊事情が背景にあり、ミステリとしてもちょっと意外な結末を迎える。


「博士とロボットの不在証明(アリバイ)」
 烏賊川市に研究所を構える秋葉原博士(笑)は、AI搭載の人型二足歩行ロボット "ロボ太" を完成させる。しかしその直後、スポンサーの深沢新吉から研究開発費用5000万円の返却を迫られてしまう。悩んだ博士はロボ太にそそのかされ(おいおい)、深沢の殺害を決意する。
 ロボ太を使ったアリバイ工作により、博士は首尾良く深沢殺害に成功するのだが・・・
 とにかくロボ太のキャラ(?)が面白い。博士との掛け合いは漫才かコントのそれ。こういう会話を書かせたら、作者は本当に上手い。
 関係ない話だが、「秋葉原博士」と聞いて『鉄甲巨兵 SOME-LINE』(吉岡平)を思い出したよ。往年の巨大ロボットアニメのパロディで、30年以上前のライトノベルだけど、面白かったなぁ・・・(遠い目)。


「とある密室の始まりと終わり」
 私立探偵・鵜飼と助手の戸村流平は、依頼人・塚田京子とともに彼女の息子夫婦(政彦/広美)の家を訪ねた。すると、キッチンには大量の血痕が残され、風呂場の浴槽の中には政彦のバラバラ死体が浮かんでいた。しかも、家の扉も窓もすべて内部から施錠された密室状態だった・・・。
 いやあこの密室トリックにはびっくり。ユーモア・ミステリの衣をまとっているけど、このトリックは想像を絶するもの。その落差がものすごい。


「被害者によく似た男」
 スーパーのアルバイト店員・北山雅人は、居酒屋で知り合った女・田代直美から、雅人の異母兄・姉小路一彦の殺害計画への協力を打診される。雅人が一彦とそっくりなことを利用して、直美は自分のアリバイづくりをするという。
 彼女は首尾良く一彦殺害に成功するが、雅人の元へ警察の手が伸びてくる。そこで直美は雅人に意外な助言をするのだが・・・
 事件の捜査を誤誘導しようとする直美の思惑が、意外なところから崩れていく。それもしっかりユーモアの衣をまとって。上手いなあ。


 タイトルの「探偵さえいなければ」。これは「探偵が現れなければ、犯人たちは上手く逃げおおせたのに・・・」という意味だと思っていたのだが、巻末の解説を担当してる作家の阿津川辰海氏は、もう一段上の解釈を示す。これには思わず「なるほど」って思った。



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オニキスII -公爵令嬢刑事 西有栖宮綾子- [読書・ミステリ]


オニキスII―公爵令嬢刑事 西有栖宮綾子―(新潮文庫nex)

オニキスII―公爵令嬢刑事 西有栖宮綾子―(新潮文庫nex)

  • 作者: 古野まほろ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/09/01

評価:★★★


 超大富豪にして日本皇室と英国王室の血を引く西有栖宮綾子(にしありすのみや・あやこ)。その肩書きは警察庁監察特殊事案対策官。司法権力掌握を目論む検察庁の裏組織〈一捜会〉が引き起こす警察の重大不祥事に介入し、極秘かつ迅速に解決していく。シリーズ第2巻。


 主人公メアリ・アレクサンドラ・綾子・ディズレーリは皇族を母に、英国王の親族を父に持つ(タイトルの "西有栖宮綾子" は通称)。"超" がつく資産を持ちながら、警察庁長官直属の監察特殊事案対策官の肩書きで、階級は警視正。

 検察庁裏組織〈一捜会〉は、警察の威信を地に落とし、司法権力を一手に握らんと全国の警察組織に様々な陰謀を仕掛け、"重大不祥事" を引き起こしている。
 箱崎警察庁長官の勅命によって、その "重大不祥事" を極秘裏かつ迅速に解決していくことがメアリの使命。有り余る資産、貴族ならではの豊富な人脈、そして特異な能力を持つ実働部隊を抱えた彼女は、奇想天外な手段で〈一捜会〉の野望を打ち砕いていく。


「第1章 女警をわたる風」
 Z県警の23歳女性巡査が、性風俗店でアルバイトをして報酬を得ていたことが発覚した。さらに、近隣の県警察の女性警官7名もそれに加わっていることが判明する。
 彼女らを勧誘したのは〈一捜会〉上級幹部にしてZ地検の元締めである宮本検事正だという。箱崎警察庁長官の密命を受けたメアリは、宮本の身辺調査を始めるのだが・・・
 今回のゲストキャラはオールバニ公爵夫人アンナ・オサリバン。冒頭で登場し、メアリをも圧倒するような強烈な個性を見せる。まあ、メアリさん自身が常人離れしたキャラなので、彼女の周りにはこんな人ばかりなんだろうなぁ・・・と、てっきり賑やかし要員かと思っていたらさにあらず、終盤で意外な大活躍。


「第2章 KOBAN NIGHT ZOMBIES」
 警察内部の秘密文書が漏洩した。総計5件の被疑者はみな女性警官。そして彼女たちの背後にいる黒幕は香呂泰也(こうろ・ひろや)警部補。その正体は現法務大臣の庶子(愛人の子)にして〈一捜会〉の手先だった。
 勤務評定は優秀でエリートコースに乗っており、現在はその一環として首都中央署の交番勤務。
 箱崎警察庁長官からの密命がメアリに下った翌日、香呂警部補は新設署への異動を命じられ、2名の女性警官を率いることになるのだが・・・
 今回は、メアリに仕えるメイドたちが大活躍である。メイドと云っても中身はスパイ並みの諜報能力をもち、彼女の手足となる "特殊部隊" なのだ。
 読者には、この異動はもちろん箱崎長官の差し金で、さらにはここで登場する2人の女性警官がメアリ配下のメイドたちであることは容易に予想できるのだが、ここからハニートラップを含めた壮大なペテンの幕が開く。その展開はおそらく誰も予想できないのではないか。
 今回は「コンフィデンスマンJP」+「必殺仕事人」モードの話。悪人なのに、真綿で首を絞めるようにずるずると罠にハマっていく香呂くんが、だんだん可哀想になってくるから不思議だ(笑)。


「第3章 丁半はここにある」
 現職警官による遺失物横領事件が発生する。被疑者の警官は皆、ギャンブルによる借金に困窮して犯行に走っていた。メアリたちの推理は、警官たちを陥れるべく、警察署内に賭場が開帳されていること、そしてその背後に〈一捜会〉があることを突き止める。
 メアリは、その賭場に乗り込んで "胴元" である署長と直接対決に臨むことになるが・・・
 なにせ彼女は超がつく大富豪だからね。ありあまる資金にモノをいわせて一気に敵を叩き潰しにかかるわけだ。
 今回のゲストは西有栖宮正英(まさひで)王妃正子(まさこ)殿下。要するにメアリのお祖母ちゃんなのだが、これがまた強烈だ。
 かなりの高齢ながら、矍鑠(かくしゃく)なんてレベルではなく、いまでも "現役"。なにが現役なのかは読んでのお楽しみなのだが、そのタフぶりに驚く。
 こちらも単なる賑やかしかと思ったら、第1話のアンナさん同様、終盤で大活躍。まぁあのメアリさんのお祖母ちゃんが温和しいわけがないなぁと思い知らされる(笑)。



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突然の明日 有栖川有栖選 必読! Selection 3 [読書・ミステリ]


有栖川有栖選 必読! Selection3 突然の明日 (徳間文庫)

有栖川有栖選 必読! Selection3 突然の明日 (徳間文庫)

  • 作者: 笹沢左保
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2022/02/08
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 新橋保健所の食品衛生監視員・小山田晴光(おやまだ・はるみつ)がマンションの屋上から飛び降り自殺を遂げる。そのマンションの一室では、料亭『高千穂』の経営者が殺されていた。晴光に殺人容疑がかかるが、彼の妹・涼子は兄の無実を信じ、晴光の先輩・瀬田大二郎とともに調査を始めるが・・・


 死の前日、晴光は家族に不思議な出来事を語っていた。
 銀座四丁目の交差点で、旧知の女性を見かけたのだという。2年前まで新橋保健所で同僚だった久米緋紗江(くめ・ひさえ)だった。声をかけたが彼女は振り向かず、追い始めた晴光がふと気づくと、緋紗江が目の前から消えていた。周囲の雑踏を見渡しても彼女の姿はない。一瞬のうちに姿を消したように見えたことに戸惑う晴光だった・・・。

 両親に子ども4人という、いかにも昭和30年代の家族構成の小山田家は、長男・晴光にかけられた殺人容疑により激震に見舞われる。彼らにとって、まさに「突然の明日」がやってきたわけだ。
 父・義久は25年勤めた銀行を辞職せざるを得なくなり、次男・忠志(ただし)もまた大学を退学。長女・悦子は3ヶ月後に迫っていた結婚が破談となり、母・雅子は寝込んでしまう。

 主人公は19歳で洋裁学校に通っている末っ子の涼子。彼女は長兄の無実を信じ、晴光の大学の先輩・瀬田大二郎とともに調査を始める。
 もう一人の主人公は父・義久。仕事から離れ、フリーな立場を手に入れた彼もまた、独自の行動で事件の謎に迫っていく。

 父と娘によって、晴光が抱えていた秘密が明らかになり、やがて容疑者が浮かぶ。しかしその人物は犯行時には九州旅行をしていたという。
 涼子は瀬田とともに九州へ渡り、アリバイを崩すべく奔走するのだが・・・


 もちろんメインはミステリ。アリバイトリックは目新しいものではないが、犯行の動機は意表を突くものでけっこう驚いた(もちろん伏線は張ってあったが)。
 そして、白昼の銀座での人間消失のからくりもなかなか。「そんなことが起こるのか」とも思うが、人間の五感というものは意外と不確かな部分も多い。そんな "盲点" をつく現象なので、私としてはけっこう納得できるものだった。

 もうひとつのテーマは家族の再生。長男の死と殺人容疑でバラバラになってしまった家族5人が、再び絆を取り戻し、再起していくラストはなかなか感動的だ。



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電気じかけのクジラは歌う [読書・ミステリ]


電気じかけのクジラは歌う (講談社文庫)

電気じかけのクジラは歌う (講談社文庫)

  • 作者: 逸木裕
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/01/14

評価:★★★


 AI(人工知能)作曲アプリ「Jing」(ジング)の登場によって作曲家が絶滅した近未来。天才作曲家だった名塚楽(なづか・がく)は自ら命を絶ち、元作曲家で名塚の友人だった岡部数人(おかべ・かずと)の元に未完成の傑作曲を送りつけてきた。名塚のメッセージの意味を探り始める岡部だったが・・・


 一時期、AIが普及することによって「無くなってしまう仕事」というのが話題になった。今でもネットで検索すると "将来なくなってしまう仕事" とかの記事がでてきて、単純作業やルーチン化された事務作業などはその筆頭に挙がっていたりする。

 プログラマとかの頭脳労働系、教育やコンサルタントのような対人系などはなかなか代替が進まないらしい。

 絵画や音楽などの芸術系などもそう簡単に取って代われない分野だと思ってきたが、手塚治虫の作品を学習したAIによる "手塚の新作マンガ" が完成した、ってニュースもあった。まさに技術は日進月歩。芸術系も時間の問題なのかも知れない。


 本書に登場する作曲AI「Jing」は、ユーザーの曲の好みを解釈/学習し、最適な音楽を生成することができる。つまり個人個人に対して最も好みの曲を提供できる、というもの。
 その結果「Jing」は爆発的に普及、登場後数年にして作曲家の仕事は激減、廃業者が相次ぐことに。
 主人公・岡部もまた作曲家をやめ、いまは「Jing」の開発元のクレイドル社の契約社員だ。仕事は「検査員」。膨大な音楽を聞き、そのときの脳の反応を記録する。要するに「音楽から受ける "感動"」をデータ化するものだ。「検査員」から収集したデータは「Jing」にフィードバックされ、これによって常にアップデートしていく、というわけだ。

 そんなとき、天才作曲家と謳われた名塚が自殺する。岡部はかつて名塚とともに3人組の音楽ユニットを結成、一世を風靡したこともあった。
 そして故人から岡部の元に送りつけられてきたのは、未発表の楽曲データと、指をかたどったオブジェだった。

 その名塚の自殺の真相、そして送ってきたものの意味を探り始める岡部の前に、様々な人物が現れる。
 名塚の従妹で、彼に思いを寄せていたピアニスト綾瀬梨紗(りさ)、名塚・岡部とともにユニットの一員だった益子孝明、「Jing」を否定する組織 "AntI"(アンチ)のメンバー、そして「Jing」の生みの親にしてクレイドル社会長の霜野鯨(しもの・くじら)・・・


 作者の作品によく現れる「自殺した者の遺志」がテーマに据えられている。ミステリ要素としては薄めかとも思うが、物語としては、いま生きている者たちがAIとどう向き合うかに焦点が当てられている。

 AI作曲による作品を楽しむ一般大衆。AIを否定する一部の者たち。
 なかでも、あくまで人間による作曲にこだわる益子の姿には鬼気迫るものがある。自らの才能に見切りをつけて「検査員」に転職したはずの岡部もまた、作曲活動から完全には離れられずにいる。しかしそれでもAIの "能力" は圧倒的だ。

 個人的には、多少不完全で出来は悪くても、そこに人間らしさが感じられる作品の方に軍配を上げたいのだが、AIはやがてそういう "人間っぽさ" さえも模倣するようになるだろう。そうしたら、人間とAIの作品にはどんな差があるというのか?

 作者は安易な結末を提示することはない。それでも、未来に一抹の希望を抱かせるラストシーンに救われる。



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