SSブログ

ゲーム・メーカー 沈黙の侵略者 [読書・冒険/サスペンス]


ゲーム・メーカー 沈黙の侵略者 (角川文庫)

ゲーム・メーカー 沈黙の侵略者 (角川文庫)

  • 作者: 池上 司
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/09/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 東京湾浦賀水道で大型商船2隻が爆発・炎上。現地へ向かった自衛隊の対潜哨戒機も撃墜されてしまう。爆発の原因は、謎のテロ集団によって敷設された大量の機雷と判明、海上自衛隊第一掃海隊群に出動命令が下る。
 その司令官は、かつて湾岸戦争で機雷掃海作業を指揮した奥寺1佐。しかしテロ集団のリーダーもまた、湾岸戦争当時に奥寺と "轡を並べて戦った" 人物だった。互いに相手の手の内を知る、2人の男の戦いが始まる・・・


 冒頭60ページほどは、"テロ集団" の背景が描かれる。先進国に対するテロというと思想的な背景がありそうに思うが。本書での "彼ら" にはそういうものはない。

 スポンサーとなる組織の目的は、純粋な金儲けである。なんでテロ行為がでそんなことで可能になるのか、その答えはいわゆる "マネーゲーム" である。このへんは "今風" だね。

 東京湾を封鎖し、日本を経済的な窮地に追い込むことによって、まあ云ってみれば "風が吹けば桶屋が儲かる" 的な理由で巨額な "儲け" が手に入る。まさに "ビジネスとしてのテロ行為"。だから実働部隊の主体も傭兵である。

 そのリーダーとなり、具体的な機雷の選定と敷設、そして現地での作戦を指揮するのは、かつて湾岸戦争に参加した英国海軍の元中尉ジェフリー・スコット。
 彼もまた、切実な理由で大量の資金を必要としており(そのあたりの事情も語られる)そのために今回の計画に加わっていた。


 ジェフリーの指揮の下、密かに敷設された大量の機雷により、浦賀水道を航行していた2隻の大型商船が爆発・炎上。現場に向かった3機の対潜哨戒機P-1も、地対空ミサイル『アドバンスト・スティンガー』によってすべて撃墜されてしまう。既に東京湾に臨む三浦半島と房総半島には、スコット率いる傭兵部隊が潜伏していたのだ。


 東京湾が封鎖されると、その影響は計り知れない。京浜・京葉工業地帯への物流がストップするだけではない。電力に限ってみても、東京電力は停止している原発の穴埋めとして東京湾岸にある火力発電所を稼働させている。これらを賄う石油・天然ガスが枯渇すれば首都圏は大規模な停電に見舞われてしまう。
 また、横須賀に寄港している米軍の空母打撃部隊は出撃が不可能になる。米軍は東アジアにおける軍事プレゼンスを喪い、世界情勢の不安定要因となってしまう。


 非常事態に対処することになった自衛隊は、苦戦を強いられる。テロ部隊を地上戦で制圧しようとするが、航空支援ができず、人口密集地なので大規模は戦闘はできず、武器使用にも制限がかかる。
 機雷除去に向かった掃海部隊の第一陣も、ジェフリーが仕掛けた用意周到な罠によって大損害を受けてしまう。


 海上自衛隊の奥寺2佐は、かつて湾岸戦争を経験した "機雷除去のスペシャリスト"。英海軍中尉だったジェフリーとともに死地を経験した仲だった。
 定年退職まであと1ヶ月と迫っていたが、岡本海将補による抜擢で1佐に昇進、掃海隊群の司令となってテロ事件に対処することに。

 ジェフリーはもちろん自衛隊に奥寺がいることは承知しており、やがて彼が自分の前に立ちはだかることを予期している。
 奥寺もまた、テロ集団が兵器としての機雷の運用に精通していることから、ジェフリーの存在を感じ取っていく・・・

 2人が相手の手の内を読み合う展開も読みどころではあるのだが、彼ら以外にも多くの人物が登場する群像劇となっており、異なる立場、異なる配置にいる様々な人物の葛藤や決断もまた描かれる。
 文庫で470ページと大部だが、緊張が途切れることなく読者を最後まで引っ張っていく。


 本書の特色として、機雷に関する膨大な蘊蓄が語られていることがある。

 機雷と云えば、水中に浮かんでいて何かと接触すると爆発する、くらいのざっくりとしたイメージしか私にはなかったのだけど、実は様々な種類が存在していることに驚く。

 潜んでいるのも水中に限らない。海底のヘドロの中に沈んで待ち構えるものもある。起爆の原因も物理的接触だけに限らず、音や振動、中には電磁波がトリガーになったり。さらには、船舶の推進音の "音紋" を聞き分けるものまである。つまり、特定の船舶を狙って爆発させるというハイテク化したものまであるわけで、これはびっくりである。

 太平洋戦争当時、日本近海には無数の機雷が設置されたことで海運がほぼ途絶し、資源のない日本は原爆の投下がなくても降伏は時間の問題だったという。そういう意味では核兵器に匹敵する "戦略兵器" でもあるわけだ。

 しかも、機雷に限らず爆発物の除去には、設置の時とは桁違いの手間と時間(と費用)が必要になるわけで「仕掛ける側に圧倒的なアドバンテージがある」という作中の言葉は重い。


 作者は1996年に『雷撃震度一九・五』という潜水艦ものの名作でデビューした人なのだが、2020年に交通事故でご逝去されたとのこと。まだ60歳だったという。
 ご存命ならまだまだ多くの著作を遺されたことと思う。とても残念です。
 合掌。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ: