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電気じかけのクジラは歌う [読書・ミステリ]


電気じかけのクジラは歌う (講談社文庫)

電気じかけのクジラは歌う (講談社文庫)

  • 作者: 逸木裕
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/01/14

評価:★★★


 AI(人工知能)作曲アプリ「Jing」(ジング)の登場によって作曲家が絶滅した近未来。天才作曲家だった名塚楽(なづか・がく)は自ら命を絶ち、元作曲家で名塚の友人だった岡部数人(おかべ・かずと)の元に未完成の傑作曲を送りつけてきた。名塚のメッセージの意味を探り始める岡部だったが・・・


 一時期、AIが普及することによって「無くなってしまう仕事」というのが話題になった。今でもネットで検索すると "将来なくなってしまう仕事" とかの記事がでてきて、単純作業やルーチン化された事務作業などはその筆頭に挙がっていたりする。

 プログラマとかの頭脳労働系、教育やコンサルタントのような対人系などはなかなか代替が進まないらしい。

 絵画や音楽などの芸術系などもそう簡単に取って代われない分野だと思ってきたが、手塚治虫の作品を学習したAIによる "手塚の新作マンガ" が完成した、ってニュースもあった。まさに技術は日進月歩。芸術系も時間の問題なのかも知れない。


 本書に登場する作曲AI「Jing」は、ユーザーの曲の好みを解釈/学習し、最適な音楽を生成することができる。つまり個人個人に対して最も好みの曲を提供できる、というもの。
 その結果「Jing」は爆発的に普及、登場後数年にして作曲家の仕事は激減、廃業者が相次ぐことに。
 主人公・岡部もまた作曲家をやめ、いまは「Jing」の開発元のクレイドル社の契約社員だ。仕事は「検査員」。膨大な音楽を聞き、そのときの脳の反応を記録する。要するに「音楽から受ける "感動"」をデータ化するものだ。「検査員」から収集したデータは「Jing」にフィードバックされ、これによって常にアップデートしていく、というわけだ。

 そんなとき、天才作曲家と謳われた名塚が自殺する。岡部はかつて名塚とともに3人組の音楽ユニットを結成、一世を風靡したこともあった。
 そして故人から岡部の元に送りつけられてきたのは、未発表の楽曲データと、指をかたどったオブジェだった。

 その名塚の自殺の真相、そして送ってきたものの意味を探り始める岡部の前に、様々な人物が現れる。
 名塚の従妹で、彼に思いを寄せていたピアニスト綾瀬梨紗(りさ)、名塚・岡部とともにユニットの一員だった益子孝明、「Jing」を否定する組織 "AntI"(アンチ)のメンバー、そして「Jing」の生みの親にしてクレイドル社会長の霜野鯨(しもの・くじら)・・・


 作者の作品によく現れる「自殺した者の遺志」がテーマに据えられている。ミステリ要素としては薄めかとも思うが、物語としては、いま生きている者たちがAIとどう向き合うかに焦点が当てられている。

 AI作曲による作品を楽しむ一般大衆。AIを否定する一部の者たち。
 なかでも、あくまで人間による作曲にこだわる益子の姿には鬼気迫るものがある。自らの才能に見切りをつけて「検査員」に転職したはずの岡部もまた、作曲活動から完全には離れられずにいる。しかしそれでもAIの "能力" は圧倒的だ。

 個人的には、多少不完全で出来は悪くても、そこに人間らしさが感じられる作品の方に軍配を上げたいのだが、AIはやがてそういう "人間っぽさ" さえも模倣するようになるだろう。そうしたら、人間とAIの作品にはどんな差があるというのか?

 作者は安易な結末を提示することはない。それでも、未来に一抹の希望を抱かせるラストシーンに救われる。



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