夜光亭の一夜 宝引の辰捕者帳 ミステリ傑作選 [読書・ミステリ]
夜光亭の一夜 (宝引の辰捕者帳ミステリ傑作選) (創元推理文庫)
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2018/08/10
- メディア: 文庫
評価:★★
創元推理文庫の、作家別時代ミステリ集の第3弾。
探偵役となる辰(たつ)親分の二つ名である ”宝引(ほうびき)” とは、いわゆる ”福引き” のことで、辰親分はお上からいただくお手当だけでは食えないので、副業として福引きの景品作りをしている、という設定だ。
収録作は13編。
「鬼女の鱗」「辰巳菩薩」「江戸桜小町」「自来也小町」「雪の大菊」「夜光亭の一夜」「雛の宵宮」「墓磨きの怪」「天狗飛び」「にっころ河岸」「雪見船」「熊谷の馬」「消えた百両」
いくつかの作品にコメントを。
「辰巳-」は奉公人と遊女の切ないラブストーリー。
「雪のー」は、冬に季節外れの花火が上がった謎を解く。
「夜光亭ー」はたった一言の失言を聞き逃さずに辰親分は犯人を見つけ出す。
「雛のー」は、飾られた雛人形が倒されるたびに、店の中で不審な出来事が。
「墓磨きー」は、古い墓を何者かが磨いて綺麗にして回るという魅力的な謎。
「にっころー」は、切られた首を抱く女や、消失する鎧武者とかホラー風味。
「熊谷のー」は不可能犯罪ものなんだけど、解決はちょっと拍子抜け。
各短編とも、事件の関係者が語り手になっている、という共通点がある。時代小説というのもあるかも知れないが、毎回語り手が異なる(年齢や職業、経歴が異なる)のは、読む方からするとややとっつきにくいところがあるように思う。
語り手が事件の中でどんなポジションにいて、登場人物たちとどんな関わりを持ってるのかを理解するまでが手間だと感じる人もいるだろう。少なくとも私はそうだった。
そして、語り手が辰親分といつも一緒にいるわけではないので、捜査の様子も知りにくいし、彼の推理の筋道も時々分かりづらいこともある。評価の星の数が少ないのも、そのへんが主な理由。
そう考えると、 ”ワトソン役” っていうのは画期的な ”発明” だったんだなあと思う。
また、当事者ゆえに語り手と特別な関係にあった者が犯人だったりすることもあり、そこがドラマのキモになることも多い。ミステリ要素もあるけれど、このシリーズの本質は ”人情もの” にあるのだろう。
辰親分は基本的には情に厚い人のようで、そのあたりも ”名探偵” という雰囲気じゃないんだな。
あ、名探偵みんなが ”人でなし” という意味ではないので念のため(笑)。
殺し屋、続けてます。 [読書・ミステリ]
評価:★★★
個人事業主としてコンサルティング会社を営む富澤充。しかし彼は「殺し屋」という ”裏の仕事” を持っていた。1人につき650万円で人殺しを請け負っているのだ。ちなみにこれは東証一部上場企業の社員の平均年収なのだという。
彼は依頼人とは直に接触しない。間に仲介者を挟んで仕事を受けるから。だから富澤は、”標的” がなぜ殺されるのか、その理由を知らない。
しかし、時として監視中の ”標的” が取る奇妙な行動や、依頼の内容の不可解さに疑問を抱いてしまい、その理由をあれこれと推理し始める・・・
というわけで、殺し屋が探偵役というユニークなシリーズの第2巻である。
今作では、富澤と同じように「殺し」を請け負う ”同業者” が現れる。
「まちぼうけ」
標的は女子大生・高松桃華。行動パターンを知るため監視を始めた富澤は、彼女の奇妙な行動を知る。大学から帰る途中、最寄りの駅前でずっと立っているのだ。それも毎日、午後6時から9時まで。彼女は誰かを待っているのか・・・?
意外な真相と、ラストに待つキレのいい捻り。上手い。
「わがままな依頼人」
標的は向井憲宏。40歳のサラリーマン。しかし指定した場所で殺してほしいという ”オプション” 付き。しかし富澤は断る。場所の条件が悪いからだ。しかし再度、依頼が来る。今度は殺害武器が指定されて・・・
2つの条件から依頼人の意図、さらにはその正体まで読み解く富澤。
「双子は入れ替わる」
富澤の恋人・岩井雪奈の行きつけのファミレスに「来島」という双子の女性店員がいる。彼女らは曜日で入れ替わる。片方は月/水、もう片方は火/木。しかしある木曜日、雪奈は今日の「来島さん」が ”火/木の来島さん” ではなく、”月/水の来島さん” であることに気づく。そして数日後、双子の一方が殺されてしまう・・・
雪奈から話を聞いた富澤は、意外な真相を引き出していく。
「銀の指輪」
ネット販売業を営むシングルマザーの鴻池(こうのいけ)。彼女には「殺し屋」という ”裏の仕事” があった。1人につき550万円で人殺しを請け負っている。
今回の標的は若木佑馬(ゆうま)。33歳既婚のサラリーマンだ。彼は会社帰りに、自宅と反対方向の店で若い女性と会っている。しかし奇妙なことに、そのとき彼は必ず結婚指輪をしているのだ。普段は外しているにもかかわらず・・・
指輪の謎も納得だが、それ以上に依頼人の正体の方が驚き。
「死者を殺せ」
富澤の今回の標的は丸岡真弓。35歳の会社員。しかし調査をすると彼女は2年前に登山中の事故で死んでいた。それを理由に断ると、依頼人は別の標的を指定してきた。しかし新たな標的・春田つかさもまた、真弓と同じ事故で死んでいたのだ。それを知らせると、さらに新たな標的が指定されて・・・
依頼人の執念というか狂気にぞっとする。
「猪狩り」
新進ベンチャー企業・白物電機の社長・榎は650万円支払って殺人の依頼をする。標的は加山淳吾。白物電機の副社長だ。彼とは一緒に起業した仲だったが、密かに裏切りを画策していたのだ・・・
珍しく第三者が語り手を務めているのだが、これが結末になって効いてくる。
「靴と手袋」
富澤の今回の標的は小橋朱美。28歳のOLだ。監視を始めた富澤は彼女の奇妙な行動に気づく。毎週火曜と金曜、彼女は仕事帰りに「サークル」に通っているのだが、途中、ある路地を通るときだけビーチサンダルに履き替えるのだ・・・
3つめの短編「銀の指輪」で、新たな殺し屋・鴻池が登場するのだけど、実は彼女の登場はこの作品だけではない。あまり書くとネタバレになるのだが、他の短編にも姿を見せている。
今のところ、富澤と鴻池はお互いの顔を知らない(他の殺し屋が介在しているらしいのは認識しているが)。
近い将来、出るであろう第3巻では、2人が出会うことになるのか? そのとき、何が起こるのか? まあ、2人とも普通なら畳の上では死ねないような稼業だからね。意外と壮絶な話になったりして(おいおい)。
ハンターキラー 東京核攻撃 [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★☆
2019年に公開された映画『ハンターキラー 潜航せよ』。原作小説はシリーズになっていて、映画になったのはその第2作だった。
第1作も翻訳され、『ハンターキラー 最後の任務』と題されて刊行された。そして本作はシリーズ3作目ということになる。
まずは、本書に登場する悪役から紹介しよう。
フィリピンを根拠地にするイスラム武装組織の首領ウリザム。彼の野望は、東南アジア一帯にイスラム統一国家を樹立しようというもの。
そのためには周辺諸国を武力で従わせる必要がある。それには世界有数の大都市を壊滅させればいいと考え、標的に選ばれたのが東京。
物語の中では、かなりストーリーが進行したあとで標的が明かされるのだけど、タイトルで堂々と『東京核攻撃』って盛大にネタバレしちゃってる(笑)。
東京を壊滅させるためには核兵器を手に入れる必要がある。そこでウリザムが接触したのが北朝鮮の実力者・金大長(キム・ダイジャン)大将。彼は闇ルートを通じてロシアから核弾頭を装備した魚雷2発を手に入れる。
ところが金大将はそのうち1発をちょろまかし、贋物と入れ替えてしまう。ウリザムには本物と偽物を1発ずつ渡し、手元に残った1発は自分の野望のために使うことにしたのだ。
金大将の野望は、世界を核戦争による大混乱に巻き込み、その隙に韓国に侵攻、朝鮮半島を統一して、ついでに北朝鮮の現指導者も追放して、自分が最高権力者に成り代わろうというもの。
ロシアの核弾頭が行方不明になったことはアメリカ情報部の知るところとなり、横須賀基地に前線司令部を設置する。
そこに招集されたのが前作で活躍したジョン・ワード。今作では潜水艦部隊指令官へ昇進し、艦からは下りている。
そしてもう一人、ビル・ビーマン。海軍特殊部隊SEALの ”チーム3” の司令となり、こちらも現場を離れている。
SEALの ”チーム3” は、新たな新人指揮官・ウォーカー中尉の指揮の下、北朝鮮への潜入と核兵器の発見及び破壊を目論むが・・・
前作もそうだったが、本作も多視点から描かれていく。
横須賀司令部、SEAL、北朝鮮、イスラム組織はもちろんだが、さらに今回はジョン・ワードの家族もメインキャラとなる。
ジョンの妻・エレンは植物学者で、学生を連れてタイの山中に入るのだが、そこで意外なトラブルに遭遇してしまう。
夫妻の息子・ジムは、少尉候補生としてロサンゼルス級原子力潜水艦〈コーパスクリスティ〉に乗り込む。
前作に登場した麻薬王・随海俊(スイ・カイシュン)、その娘で、父と袂を分かった(というか勘当された?)娘・随暁舜(スイ・ギョウシュン)も登場し、骨肉の争いを繰り広げる。
ワード夫妻の学生時代からの親友で、前作の後にJDIA(国際共同麻薬禁止局)局長代理へと昇進したジム・キンケイドも随親子を追い続ける。
ところで、文庫本の表紙には潜水艦の写真が堂々と使われているのだけど、本作での潜水艦シーンは実は多くない。
後半に入り、原潜〈コーパスクリスティ〉が麻薬組織に乗っ取られ、核魚雷を装填した後、東京へ向けて進路をとる。ジムは生命の危機にさらされながらも、反撃の機会を窺うことになる。
とはいうものの、全編を通じてイスラム組織の暗躍や、北朝鮮の所有する核弾頭の追跡劇や、麻薬がらみの内ゲバ的な戦いなど陸上の話が多くて、なかなか海の話にならない。
終盤のアクション・シーンに至って、やっと潜水艦の話らしくなる。
このシリーズ、巻を追うに従って ”潜水艦成分” が減ってるような気がするのは、私だけではあるまい。
それにしてもアメリカ海軍さん、浮上航行している原潜って、こんなに簡単に乗っ取られてしまうものなのでしょうか・・・?
ていうか、簡単に乗っ取られるようじゃマズいんじゃないですかね?
まあ、フィクションの世界だから、ってことなんだろうけど・・・
スワロウテイルの消失点 法医昆虫学捜査官 [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
「法医昆虫学」とは、死体を摂食するハエの幼虫(いわゆるウジですね)などの昆虫が、人間の死体の上に形成する生物群集の構成や、構成種の発育段階、摂食活動が行われている部位などから、死後の経過時間や死因などを推定する学問のこと。 (by wiki)
しかし日本ではまだまだ発展途上の分野らしい。
本シリーズの主人公・赤堀涼子は、日本で法医昆虫学を確立させるべく、日夜捕虫網を振り回して研究に没頭する博士号を持つ昆虫学者。
ちなみに36歳独身、小柄で童顔(笑)。
彼女が捜査一課の岩楯祐也警部補とコンビを組んで、難事件に取り組むシリーズの第7作。
東京都杉並区の住宅地で72歳の独居老人・飯山清志の絞殺死体が発見される。
赤堀と岩楯は司法解剖に立ち会うが、そのさなか、遺体の周囲にいた人間たちに発疹、出血、そして猛烈な痒みが発生する。
「ひょっとして未知の伝染病か!?」とばかり、パニック状態に陥る面々。
赤堀によってその原因が判明する。通称『小黒蚊(シャオヘイウェン)』と呼ばれる超小型の吸血虫だった。遺体に巣くっていたこの昆虫が、解剖中に飛散したのだ。しかし、『小黒蚊』の原産地は台湾で、日本には棲息していない。
さらに、被害者の部屋からはカバキコバチグモが発見される。しかしこれも、イネ科の植物があるところにしか棲息しないため、杉並区のような住宅街で発見されることはないのだという。
ちなみに、このクモは有毒生物ランキングでは世界でもトップ5に入ろうかという猛毒を持っているとか。日本中に棲息しているが、ヒトの生活圏には入らないので被害が出にくく、毒の量も少ないので死亡例もないのだと。
このシリーズを読んでると、こんな面白い(?)知識も身につくようになる(笑)。
赤堀は、この2つの昆虫の出現理由の究明に取りかかるが、これが事件の真相解明に直結していくのは、お約束のパターンである。
一方、岩楯とその部下・深水彰のコンビは被害者の私生活・交友関係を洗っていくが、なかなか有力な容疑者が見つからない。
さらに、被害者宅の周辺ではカラスが何羽も殺されるという事件が起こっていた。その犯人は中盤で判明するのだけど、これが殺人事件につながる重要な手がかりとなり、タイトルの「スワロウテイル」(燕の尾)の意味も明らかになる。
赤堀は今回も通常運転で(笑)、おおいに暴れ回るのだけど(おいおい)、今作は脇役陣も充実している。
前作で設立され、赤堀も所属することになった「捜査分析支援センター」。
前回はプロファイラーの広澤春美が大活躍だったけど、今作はもう一人のスタッフである、鑑定技術開発の専門家・波多野充晴が赤堀の ”助手” として行動を共にする。偏屈だけど、なかなか楽しいオジさんだ(笑)。
そして特筆すべきは、岩楯とともに捜査に当たる深水彰巡査部長。
”曲者” という表現がぴったりで、一筋縄ではいかない。傍若無人な言動を繰り返し、岩楯にも再三注意を受けるのだが、馬の耳に念仏。
彼がそうなってしまった理由も後半で描かれるが、とにかく ”濃いキャラ” が満載の本作にあって、まったく霞んでない。というか、一番印象に残るキャラになってるかも知れない。
たぶん、今後のシリーズにも再登場してくるだろう。
容疑者の中から犯人を絞り込んでいく、というタイプのミステリーではなく、「何が起こったのか」「なぜ起こったのか」を少しずつ解き明かして作品なのだけど、遺体の状況や周囲にいた昆虫の謎、そして終盤になって判明する意外な動機など、最後まで興味を持たせて読ませる。
犬王 [アニメーション]
まずはあらすじから。
公式サイトの「STORY」とwikiの記述をちょいと編集して・・・。
時は室町時代。2人の主人公の生い立ちから語られる。
京の都の猿楽の一座に生まれた子・犬王(いぬおう)は、その異形の姿から周囲に疎まれ、顔を瓢箪の面によって隠されて育つ。父に忌み嫌われる犬王は、芸の修業からは外されていたが、自ら舞や唄を身につけていく。
壇ノ浦に生まれた漁師の息子・友魚(ともな)。彼の一族は、海から昔の財物を引き上げることを生業にしていた。友魚の父は、かつて源平合戦で沈んだ三種の神器のひとつ、”天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)” を海から引き上げるよう依頼を受け、友魚もこれに同行する。
ちなみに ”天叢雲剣” は、別名 ”草薙剣(くさなぎのつるぎ)” ともいう。
しかし、剣を引き上げた父は ”呪い” を受けて命を落とし、剣は再び海へ。友魚もその ”余波” を受けて盲目となってしまう。
恨みを抱えて亡霊となった父の声に従い、友魚は京へ行き、出会った琵琶法師の所属する「覚一座」に弟子入りし、長じて自身も琵琶法師となる。
この2人が京の橋の上で出会う。盲目ゆえに犬王の異形を厭わない友魚。
名よりも先に、歌と舞を交わす2人。
友魚は琵琶の弦を弾き、犬王は足を踏み鳴らす。
一瞬にして拡がる、二人だけの呼吸、二人だけの世界。
「ここから始まるんだ俺たちは!」
壮絶な運命すら楽しみ、力強い舞で自らの人生を切り拓く犬王。
呪いの真相を求め、琵琶を掻き鳴らし異界と共振する友魚。
乱世を生き抜くためのバディとなった二人は、お互いの才能を開花させ、唯一無二のエンターテイナーとして人々を熱狂させていく。頂点を極めた二人を待ち受けるものとは――?
まずは、幼少期の犬王の ”異形” ぶりに度肝を抜かれる。足らしい足がなく、両手の長さが極端に違う。そして目や口の位置が常人と異なる ”異相”。
これが主人公で、映画の中で延々とこの姿を見せられるのは辛いなあ・・・と思っていたら、どうやらこれは ”呪い” によるものであることがわかってくる。
平家の亡霊がその主体らしいのだが、それだけではなく、その真相は終盤に明かされる。
この呪いは、犬王が舞の技術を身につけて、その技量が一段上がるたびに、順々に ”解けて” いくようだ。まずは両足が復活して・・・というように。
映画の中で、犬王が次々に大舞台をこなし、人気実力ともに ”上り詰めて” いくうちに、残りの部分も順次呪いが ”解けて” いく。
こう書いてくると、これによく似たシチュエーションの物語を思い出す人もいるかもしれない。手塚治虫の ”アレ” である(あえてタイトルは書かない)。
この作品は史実を元にした室町時代の歴史アニメではなく、純然たるファンタジーである。登場する人々も、京の町も、みなファンタジー世界の中にある ”もう一つの京の都” だ。
足利義満も犬王も歴史的には実在の人物だけど、この映画の中ではファンタジー世界の住人なのだ。
その極めつけが犬王&友魚の ”舞&演奏”。これは強烈なまでに独特である。
それまでの猿楽&琵琶法師の語りを ”古典的伝統芸” とすると、彼らのそれは(当時からしたら) ”超先鋭的な前衛芸術” である。
友魚の演奏はまさにパワフルなロックのサウンド。彼の琵琶の音色にはいつしかエレキギターの響きが重なっていく。大きめの琵琶をコントラバスみたいに演奏する者や巨大な太鼓を持った者などの ”バンドメンバー” も登場する。
そしてそれをバックに舞う犬王は、縦横無尽にジャンルを超越していく。
あるときはバレエのように、あるときは体操、あるいは新体操のように。
舞台の上で、スポットライトを浴びながら伸びやかな手足で華麗に舞う犬王。
お堂の欄干の上を、あたかも平均台の演技のように舞う犬王。
両端を燃やした松明を回転させつつ投げ上げ、舞いながら受け止める犬王。
高所から垂らしたロープに体をつなぎ、観衆の上を飛びまわる犬王。
(おまえは堂本光一か、ってツッコミを入れたくなる。)
この時代にはどうみても不可能そうな演出もあるのだけど、彼らのパフォーマンスに圧倒されて、観ているうちにどうでもよくなってしまう(笑)。
京の人々は熱狂的に彼らの ”舞台” を受け入れる。そしてついに将軍の前で披露することに。しかし、彼らの人気をやっかむ ”旧勢力” の者たちもまた、暗躍を始める・・・
観終わった第一印象は、『竜とそばかすの姫』に近い印象。
映像と音楽はスゴいけど、エンタメとしてはストーリーが今ひとつかな、という感じ。
『竜-』の、電脳空間をゴリゴリのCGでこれでもかと描いたのとは対照的に、室町時代の ”前衛ロックコンサート” をこれまた独特の雰囲気で映像化してる。こちらもけっこうCGは使われてると思うのだけど、それを感じさせないのは上手いと思う。
音楽も、ロックの演奏と主役2人の素晴らしい歌声で、確かに ”聴かせる” ものになってる。
よく言えば超個性的、悪く言えばもの凄くアクが強いので、観る人を選ぶ映画かなぁとは思う。一番尺を取ってるのが犬王の ”ステージ” シーンなので、そこが受け入れられるなら、たまらなくハマる人もいるだろうし、全く受けつけない人も出るだろう。
私は、うーん、その中間かなぁ。
やりたいこと、訴えたいことは分かるのだけど、どうにもテンポが合わないというか・・・。”ステージ” シーンがちょっと長すぎるって感じてしまうのは、やっぱり波長が合ってないんだろうと思う。
声優について。
犬王は「アヴちゃん」という人。
シンガーソングライターで「女王蜂」ってバンドのボーカルもしてるとか。
声優としての評価はちょっと難しい。何せ演じてるのが ”ほとんど人外” なキャラなんで(笑)。
でも、(多分にアニメの絵柄に助けられてるとも思うが)見ていて違和感がないのは流石だ。この作品だけに限っていえば、彼の起用は正解だと思う。意外と(失礼!)伸びのある、いい声だと思う。歌のシーンもハマってるし。
今は歌を歌える声優さんも多いけど、彼のようなワイルドな歌声が出せる人はそうそういないと思うし。
友魚は森山未來。
この人も音楽活動してるみたいで、友魚の歌唱シーンにも違和感ない。
総じて主役2人の起用は正解かと思う。
将軍・足利義満は柄本佑。
まあ下手ではないと思うけど、『ハケンアニメ!』を観たばっかりだったせいか、彼の顔が浮かんでしまうのは如何ともし難い(笑)。
有名俳優さんを使うとこんなことが起こる。声優としては上手でも、演じてる俳優さんの顔が ”見えて” しまうんだよねぇ。21世紀に入ってからの宮崎アニメなんか特にそうだった。だから有名人の起用はやめてって何回も(以下略)。
犬王の父は津田健次郎。物語のキーパースンとなる人物だ。ベテランらしく安定の演技で、映画を盛り上げる。
『シン・ウルトラマン』にも出てたし、最近頻繁に ”出くわす” ような気が。ものすごく売れっ子になってるのを実感する。
友魚の父は松重豊。
とても印象的なキャラなんだけど、エンドロールを見るまで松重さんだと分かりませんでした(笑)。
最後に余計なことを。
終盤に登場する ”アレ” を見て、「○○○ン○○!?」って(心の中で)叫んでしまいました。
いったんそう思ったら、もうそれにしか見えなくなって困った(爆)。
短編ミステリの二百年1 [読書・ミステリ]
評価:★★☆
創元推理文庫には既に『世界推理短篇傑作選』(江戸川乱歩編)全5巻というアンソロジーがあるのだけど、この2世紀にわたるミステリの歴史で、傑作がこれだけで済むはずはない・・・新たにこの『短篇ミステリの200年』シリーズが編まれたのは、きっとそういうことなのだろうと思う。
第1巻には12編が収録されている。
「霧の中」(リチャード・ハーディング・デイヴィス)[1901]
ロンドンのあるクラブで、大物政治家を相手に3人の男が順繰りに昨夜起こった殺人事件について語り始める。3人目の話が終わったとき、事件の真相も明らかになったかに見えたが・・・
「クリームタルトを持った若者の話」(R・L・スティーヴンスン)[1878]
ボヘミアのフロリゼル王子は、ロンドンのオイスターバーで謎の若者に出会う。大量のクリームタルトを人に勧め、断られると自分で食べてしまう。
その若者についていった王子は、怪しげなクラブへと入りこむが・・・
「セルノグラツの狼」(サキ)[1913]
セルノグラツの城に住む男爵夫人は「この城で死人が出ると、村中の獣が一晩中吠え続ける」という。しかし白髪の家庭教師シュミットは「それはセルノグラツの一族が亡くなった場合だけ」と異を唱えるが・・・
「四角い卵」(サキ)[1924]
塹壕の仲を這いずり回っていた兵士は、ふと町の小食堂のことを思い出す。そこで知り合った男は「卵は不経済な形をしているけど、私の叔母が持っている雌鶏の一羽が四角い卵を産んだ。これは儲かった」と語ったが・・・
「スウィドラー氏のとんぼ返り」(アンブローズ・ビアス)[1874]
アメリカ西部開拓期。スウィドラー氏は、絞首刑の決まった友人に対して恩赦状を出させることに成功した。しかし刑の執行は15マイル離れた町で行われる。スウィドラー氏は鉄道の線路の上をひたすら歩いてその町を目指すが・・・
「創作衝動」(サマセット・モーム)[1926]
ミセス・アルバート・フォレスターが執筆した『アキレスの像』は大評判となり、増刷に次ぐ増刷に。しかしそれまでの彼女の作品は、文学的評価は高いがさっぱり売れなかった。そんな彼女が突如ベストセラーを書けたのはなぜか・・・
「アザニア島事件」(イーヴリン・ウォー)[1932]
アフリカ東海岸沖にあるアザニア島。そこの小さな町マトディに、ブルネラという美女が現れた。彼女の歓心を得るのは3人の若者に絞られたかと思われたその矢先、ブルネラが誘拐されて身代金が要求されることに・・・。
「エミリーへの薔薇」(ウィリアム・フォークナー)[1930]
エメリー・グリアスンは斜陽の名家に生まれた。生涯結婚せず、父の死後は一人、屋敷に閉じこもった。納税を拒否するなど町の住民と数々の軋轢を生みながら。その彼女が亡くなり、人々は彼女の屋敷に踏み入ってみるのだが・・・
「さらばニューヨーク」(コーネル・ウールリッチ)[1937]
主人公の ”わたし” と夫のレイフは、生活費にも事欠く状態。かつての雇い主フロイントのもとへ金策に行くといって家を出たレイフ。帰宅した夫は500ドルを手にしていたが、新聞にはフロイントが強盗殺人に遭ったとの記事が・・・
「笑顔がいっぱい」(リング・ラードナー)[1928]
ベン・コリンズはユーモアたっぷり、いつも笑顔で交通取締をする警官だ。ある日、猛スピードで車を飛ばす美女に遭遇する。違反行為にも悪びれず、笑顔でベンに接する彼女に、惹かれていってしまうベンだったが・・・
「ブッチの子守歌」(デイモン・ラニアン)[1930]
3人組の悪党が、金庫に眠る現金を奪うために、すでに足を洗っていた金庫破りの名人・ブッチを仲間に引き込もうとあれこれ画策する。赤ん坊も生まれていたブッチは、その世話をしながら金庫破りする羽目になるのだが・・・
「ナツメグの味」(ジョン・コリア)[1941]
”わたし” の職場に来た新人J・チャップマン・リード。彼はかつて殺人の嫌疑をかけられたが、動機が見つからなかったために裁判で無罪となっていた。彼は同僚たちを自分のアパートに招き、自慢のカクテルを振る舞うのだが・・・
「ミステリの定義」は様々で、人によってもその範囲は異なるだろう。本書に収録されている作品は、いわゆる ”広義のミステリ”、それもかなり ”ゆるめ” かなと思う。
ガチガチの本格ものしか認めない、というつもりはないけれど、それでも「これってミステリなの?」って思う作品もちらほら。
「セルノグラツー」「エミリーー」はホラーだと思うし。人によっては「ナツメグー」も入るかも知れない。
「さらばー」は、サスペンスとしては出色の出来。
「クリームタルトー」「アザニア島ー」はクライム・ストーリー。
「四角い卵」「スウィドラー氏ー」「ブッチのー」はユーモア小説かな。落語やコントみたいな雰囲気も感じる。
「創作衝動」「笑顔がー」は何だろう。いわゆる ”奇妙な味” というか。一般小説でも普通にありそうな話。
ということは、本書の中で私が「ミステリだなぁ」って思ったのは、冒頭の「霧の中」だけ、ってことか。
編者のストライクゾーンが広すぎるのか、私のそれが狭すぎるのか(笑)。
巻末の「解説」が160ページ(!)もあるのが特徴的。とはいっても「評論」みたいな堅苦しさはない。東京創元社のWeb連載をまとめたもので、基本的にはエッセイ風になってるので読みやすい。
とはいっても、知ってる作品とか好きな作家さんが出てくるとか、そっち方面に興味がある人でないとなかなか面白みはないかな。
迷路の花嫁 [読書・ミステリ]
評価:★★★
横溝正史・復刊シリーズの1冊。
金田一耕助ものなんだけど、今回の主役は彼ではない。
本書で堂々の主演を張るのは、駆け出しの若手小説家・松原浩三だ。
ある夜、閑静な住宅街を歩いていた浩三は若い女に出くわすが、彼女は踵を返して逃げ去ってしまった。その場に血染めの手袋を残して。
さらに浩三は、目の前の暗闇の中に男がいることに気づく。それは足が不自由な物乞い・千代吉だった。
彼によると、目の前の家から若い女が出てきた。そして家の中からは「人殺し・・・助けて・・・」という声が聞こえたという。
駆けつけた警察が見つけたのは、5匹の血染めの猫とともに横たわる女の刺殺体だった。女はこの家の主で、霊媒師の宇賀神薬子(うがじん・くすりこ)。
薬子は、弟子の宇賀神奈津女(なつめ:本名・横山夏子)たちと暮らしており、日本橋の滝川呉服店の主人・滝川直衛(なおえ)の後援を受けていた。
さらに薬子は、心霊術師・建部多門(たけべ・たもん)の愛人でもあったらしい。
物語は一転、明治記念館の結婚式場に移る。
その日は滝川直衛の娘・恭子の婚礼の予定であったが、そこへ警察が現れる。現場で発見された血染めの手袋が恭子のものと思われたからである。
しかし新たな死体が発見され、恭子が犯人との決め手も見つからない。
等々力警部は金田一耕助に助力を求めるのだが・・・
今回の金田一耕助は物語から一歩引き、つかず離れずの位置取りだ。その行動の意味はラストで分かるのだが・・・
代わって物語の中心になるのは松原浩三だ。彼は「横山夏子に惚れた」と称して彼女に近づいていく。さらに、千代吉をはじめ、殺人事件の関係者たちにも接触を図るなど謎の行動を示すようになる。
物語が進むにつれて、建部多門という男が、女性の弱みにつけ込んで恐喝と陵辱をほしいままにする、悪逆非道の悪人であることが判明してくる。
薬子も夏子もその被害者であり、新たな標的として恭子が狙われていたことも。
やがて浩三の行動は、多門の罠に落ちてしまった人々に救いの手を差し伸べ、さらには新たな悪巧みを未然に防ぐことが目的であることが分かってくる。
このあたりの彼はダークヒーローっぽくて、なかなか痛快なのだが、同時になぜそんな行動をとっているのかも疑問として浮上してくるが・・・
ミステリというよりは、多門vs浩三の対決を描くサスペンスという趣き。
横溝正史のストーリーテラーぶりを楽しむ作品、というところか。